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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第四十九章 釘打ち事件
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学園に衝撃走る

本日より不幸祭り(集中連載)開催です。

 その日の朝、扉を押して教室に入ると、珍しくランディが輪の中心でお喋りをしていた。


「それから調理室は、開放されなくなったっていう……あっ、おはよう」


 だが、聞こえてきた単語が不穏すぎて、落ち着かない。調理室がなんだって?


「おっ、ちょうどファルスが来やがった」


 ラーダイが、悪乗りしている時の顔で、そう言った。それをアルマが窘める。


「ちょっと、そういう言い方はやめなよ」

「なんでだよ? あいつにピッタリな事件だろ?」


 彼が失礼なことを言うのは、いつものこと。でも、そういえば、こういう発言にやんわりとブレーキをかけてくれる人……つまりギルの姿が見えない。どうしたんだろうか?

 俺はいちいち問題にせず、ランディに尋ねた。


「何の話?」

「昔の、学園で起きた事件の話だよ」

「調理室で何かあったのか」

「学園一の秀才って言われてた、有望な学生がいたんだけどね……ナーム大学の研究室にも招かれていたんだ。当時の学園にあった、たった一つの推薦枠で送りこまれる予定だったらしくて。どこから見ても素行の問題はなかった男だったらしいんだけど、生真面目過ぎたのが欠点だったそうで」


 その帝都生まれの学生は、帝立学園の生徒としては極めて優秀で、卒業後は数年間の研究生活の後に教授になると言われていた。学問以外には目もくれない性格だったらしく、もちろん恋人なんかもいなかったらしい。

 ところが、そんな真面目君だったからこそ、溜まりに溜まった欲求不満というものがあったのだとか。


「当時から、ほとんど使われてなかった調理室に、女子学生を呼び出して、襲いかかったらしいんだ」

「えぇっ」

「さすがに、タダで済むってことはなくて。もちろん、研究室の内定も取り消し。卒業資格も剥奪されて、学園から追放ってことになったんだ。で、それから調理室は封鎖されるようになったんだけど……それを復活させたのが」


 そんな曰く付きの場所だったとは。


「気をつけろよ、ファルス」


 ラーダイがニヤニヤしながら、いらない忠告をしてくれた。


「もし落とせそうだからって、学園の中で変なことをしたら」


 そう言いながら、彼は自分の首を掻っ切る仕草をした。


「大丈夫じゃないかなぁ? だって、すっごくモテるんだしー」


 フリッカはフリッカで、少しだけズレた意見を口にした。


「わざわざ調理室で襲わなくても、いくらでも自宅に連れ帰ることができるでしょー?」

「いや、あの、そういうことは」


 リンガ村以来、実は一度も誰とも性的関係なんてないのだが。事実上の童貞なのに、この言われようは、どういうことなんだろう?


「僕はそういうことは、まずないので」

「つまんねぇなぁ。ま、そういやそうか。そんなことでしくじる程度のスケコマシが、今の身分にまで上り詰められるわけがねぇ。ってことはよ」


 相変わらず悪乗りしたまま、ラーダイはランディに振り返った。


「むしろ、お前の方がヤバいんじゃね?」

「ん? どうして僕が?」

「お前、ほら、そこに彼女いんだろ」

「え、ひどーい」


 アルマが抗議の声をあげた。


「それじゃ、私がなんか、ランディを訴えるみたいじゃん」

「訴えれば一発でこいつ、人生終わるもんなぁ」

「さすがにしないよ? ってか調理室って、そんなところでそんなこと」

「ファルスに覗かれるもんな」

「覗くって、いや、どうしてそういう話に」


 くだらない与太話をしていたところで、背後から足音が近づいてきた。ヒールがコツコツ響いているので、フシャーナだとすぐわかる。今日の一連の講義に先立っての、朝のホームルームの時間になったのだ。

 俺達が、いつものように自然と会話を中断して、それぞれの席に着くと、一人、コモが教壇の横に進み出た。この教授はどうせ居眠りするから、伝達事項を代読しなくてはいけない。


 ところが、教室に踏み込んできたフシャーナはというと、驚くほど張りつめた表情をしていた。昨日、俺と光復街でお茶をしていた時のような緩い空気など、微塵も残っていなかった。コモが代読のために書類を受け取ろうと手を伸ばすと、彼女は無言で手を振って拒絶し、席に戻るように促した。

 それから、やっと口を開いた。


「重要な連絡があるけど、その前に」


 教室内を見渡してから、言葉を継いだ。


「西方大陸史、またはフォレス語上級の講義を取っていた人。挙手して」


 いつになく真剣なフシャーナに戸惑いつつも、教室内の数人の生徒が、おずおずと手を挙げた。それを見て、彼女は頷いた。


「その二つの講義を担当していたアルダ・ジノモック教授ですが、今朝未明、死亡が確認されました」


 いきなりの訃報に、教室内は一瞬ざわめき、すぐに静まり返った。


「突然のことだったから、代講の用意もないわ。そのうち学生課から連絡がいくと思うけど、求められたら速やかに対応をお願い」


 それから、さっき自席に追い返したコモを手招きで呼び寄せた。


「大事なことは以上。あとはこれ、頼むわね」

「結局、僕が読み上げるんですか」

「これからまた職員室に戻って、今回の件の対応にまわらないといけないの。わかるでしょ? じゃ」


 そうして、いつものように、残りの連絡事項を任せてしまうと、フシャーナは足早に教室を去っていってしまった。


 その日の午前中は、ずっと学園内が騒然としていたような気がする。昼になって、午前中の講義を終えて学食に向かった。


 学食は、それ専用の棟に設けられている。食べるスペースは二階で、上から見ると大きな正方形になっている。一階部分が下拵えのための空間になっており、生徒は普通、立ち入ることができない。渡り廊下に繋がる外の階段から、二階の広々とした大食堂に繋げられている。

 大食堂は、割と簡素な造りになっている。真ん中に木製のテーブルと椅子が大量に並べられ、その間に支柱が突き立っている。壁には大きな窓があり、昼食の時間には大きく開け放たれている。壁際には一階と接続する階段があり、そちら側に食を提供するブースが設けられている。


 その日は、ちょうどタイミングが合ったのだろう。視線を部屋の隅に向けると、そこのテーブルに見覚えのある顔が寄せ集まっていた。トレイに昼食を載せると、俺も足早にそちらに向かった。


「おっ、ファルスも来たのか」


 ほとんど食べ終えていたラーダイが振り返る。


「なんかエラいことになってるっぽいな」

「殺害予告が残されていたって……」


 コモがぼそりと言った。


「怖いよね? どうしよう」

「大丈夫、落ち着いて。一人で帰らなければいいんだ」


 不安そうなアルマに、それを宥めるランディ。

 そんな彼らの横で、無言のまま、椅子に沈み込んでいるのがいる。ギルだ。


「それにしても、ビビったぜぇ? 午前中には、お前、いなかったもんだから。何かしでかしたんじゃねぇかって」


 そんな風に言われても、ギルの表情は冴えないまま。言い返す余裕もないらしい。

 彼の目の前には、コーンポタージュの皿があるばかり。この巨体で、昼にこれだけしか食べない? いや、普段ならそんなことはない。


「どうしたんだ、ギル」

「要は、仕事だったってことだ」


 彼は、乾いた声で呟くように言った。


「お前ら、一応部外者だから、あんま言えねぇんだけど、まぁ、そういうことでな。朝一番に叩き起こされて現場行ったら……まさか、顔見知りの教授が、あんなことになってるとは」


 歴史の講義を担当していたのだ。ギルが受講していたのも、自然なことだった。


「でも、前から動いていたんだろう? ということは、前の事件と今回の事件と、共通点がある」

「それは言えないんだ。具体的に現場で何を見たかは。だって、お前、今回犠牲になったのはジノモック教授だから、要は俺達学生も薄っすら容疑者になるんだからな」

「それでか」


 ランディが苦々しげに言った。


「さっき学生課に呼び出されて、根掘り葉掘り聞かれたのは」

「しょうがない。恨みから殺したって線も捨てきれないから」

「けど」


 俺は、ギルの前に置かれた皿に目をやりながら、言った。


「よっぽどだったんだな。その様子からすると」

「ああ。思い出したくもねぇ。いったいどんな恨みがあって……いや、恨みじゃねぇとしたら、それはそれで、かなりの気違いだと思うぜ? 人を殺すのが大好きなヤバい奴か、それとも怨恨に見せかけるためにわざと……」


 そこで言葉を切り、彼は首を振って、頭の中に浮かんだイメージを追い払おうとした。


「それより、多分、帰りのホームルームでまた連絡事項があると思う」

「あれか、一人で帰らないようにとかいう」

「学園の生徒の中には、かなりの身分の人間がゴロゴロいるからな。貴族、王族、大富豪……」


 コモも頷いた。


「今日だけ乗り切れば僕は困らないんだけどね。すぐ護衛を手配してもらえるから。だけど、どちらかというと、留学生の方が」

「サロンの方でも、対策を取るんじゃないかと思う。今までみたいに、リシュニア殿下辺りが一人で歩いて寮に帰るとか、そのままにしておいたら危ないし」

「お前んとこ、大変そうだもんな」


 ラーダイが指折り数え始めた。


「リシュニア、アナーニア、あとケアーナ、あとリリアーナと……ははっ、けど、みんなお前が抱えて帰ればいいか」

「行き先が違う。アナーニア様は公館だけど、リシュニア様とケアーナは学園に近い方の高級な寮に入ってるし、お嬢様は南の方の……ヒメノと同じところに入居してるから。多分、リリアーナには、従者のナギアがいるから、しばらくは無理を押してでも迎えに来るんじゃないかと思う」

「従者っつっても、女だろ。マジでヤバい凶悪犯が出たら、どうすんだよ」


 ナギアであれば、命を盾にリリアーナを逃がしそうな気がする。とはいえ、それでナギアに死なれたら、トラウマになりそうだ。


「護衛を用立てた方がいいかもしれないな」

「明るいうちなら、そんな心配はないかもよ。白昼堂々、人を襲うような事件でもないみたいだし」


 コモがそう引き取ったが、それはそれとして、とラーダイがツッコミを入れてきた。


「そういえば今、リリアーナ嬢のことをお前、お嬢様って呼んでたけど」

「昔、仕えていた家のお嬢様だったからだよ」

「いや、そいつは知ってるんだ。ってか、俺、呼び出されたからな?」

「えっ?」


 それは初耳だ。


「な? ギル?」

「あ? ああ」

「なんだ、ギルも?」


 陰鬱な殺人事件から別の話題になって、少しほっとしたのか、彼は幾分表情を和らげて、頷きながら言った。


「学校帰りに、少しお時間ありますかって話しかけられたよ」

「いつの間にそんな」

「多分、お前と一緒に帰ってる日以外は、誰かお前の周りの人間にとりついて、情報収集してそうだったぞ、あのお嬢様」


 どうしよう。なんだか嫌な予感がする。

 ラーダイと繋がったということは、ラーダイを通じて繋がっている俺の関係者とも、間接的にアクセスできるということだ。具体的には、ウィーの存在を知る可能性もある。揉め事にならないよう、早いところ「社会」を構築してしまいたいところなのに、それより先に変なことになったりしなければいいのだが。


「そういえば、ラーダイもギルも、次の休み、暇があるかな」

「お? 俺は暇だが」

「んー……微妙だけど、なんだ?」

「いや、ベルノスト様から頼まれている件があって、まぁ時間がないのに無理にとは言えないんだけど……千年祭に備えて、修行をしたいとか言ってて。よかったら、手合わせの相手になってほしいなと」


 知人の縁を早めに繋げるべきだ。もともと考えていたことでもある。


「俺は暇だけど、ギルは?」

「時間が作れたら、行く。でも、どこで?」

「あー、それが……ニドとか、あと、僕の昔の知り合いも呼ぶつもりなんだ。ジョイスっていって、こいつがまた、なかなかやるんだけど……ギル、場所は前に集まった、あのタマリアという」


 覚えていたらしい。ただ、昨年の夏以来、関わりはなかった。


「おー、そういえば、ずっと挨拶してなかったっけ。元気してるかな?」

「健康面では問題ないよ。ただ、チュンチェン区辺りで暴動が起きたらしくって、仕事にあぶれがちで困ってるとは言ってたけど」

「そっか」


 ギルは頷いて、明るい表情を浮かべて言った。


「じゃ、何か手土産でも持って挨拶すっかな」

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― 新着の感想 ―
不幸祭りありがとうございます! > お嬢様は南の方の……ヒメノと同じところに入居してるから。 リリアーナの実家って今や一流貴族なのに、住む場所はグラーブの側妾候補達のような木っ端貴族達と同じなので…
血栓が出来た帝都を血に染めるのだ。 これが本当の血液サラサラなのっ!!
不幸祭だー なんか、ついこの間問題になった女性問題と同じ匂いがするな 被害者の女性の身元が気になる。既に登場している人間っぽい 殺人事件の方は詳細がわからないと推測しようもないなぁ どちらにしろハリ…
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