フェイムス攻略(下)
地下の空洞は、荒々しい肌を見せていた。鍾乳洞のように、洞窟のあちこちを上下に結ぶ柱は、真ん中が薄くて、上下が分厚かった。そんな柱があちこちにあるおかげで、見通しは必ずしも良くはない。そして足下は光を照り返す岩肌、しかしこれも起伏が激しく、場所によっては滑りやすくなっており、しかも水溜まりもあったりする。挑戦者達を消耗させてやろうとの女神達の気配りなのだろう。
環境に困難がある分、斥候役のニドの負担も小さくはない。余計な戦闘は回避するという方針の下、なるべく足音を殺しつつ、柱の陰に身を隠して先へ先へと様子を見に行くのだが、まったくしくじらずに済ませるというのは、さすがに無理があった。
言葉はない。だが、遠慮なくこちらに駆け戻ってくる足音から、俺達はそれと察する。
「見つかってしまいましたか」
「問題ないです。戻り次第、一掃するので」
ニドの姿が視界に入る。と同時に、その背後から無数の足音が迫ってくるのが聞こえる。この空洞ゆえにあちこちに反響して、あちこちから魔物が殺到してきているような気がしてしまう。これを聞きつけた他の魔物が、一斉にここに殺到するのではないかという不安に駆られもする。
「下がって」
「すまねぇ」
彼が横を抜けると、俺は前に出た。
「この方が手っ取り早い」
剣を引き抜いて、それから急いで詠唱する。それが終わる頃に、ニドを見つけて追い回した魔物の群れが視界に入った。
大きめの牝ライオン、と呼べばいいのだろうか。体高が人間の背丈ほどもある。それが十数匹、あちこちの柱の狭間から顔を出して、勢いよく迫ってくる。
詠唱を終えて、剣を高く掲げた。と同時に、ライオンの足下の岩が爆発し、人間の胴体ほどの太さの杭が無数に突き出て、彼らを天井に縫い付けた。
「さっさと進もう」
「デタラメもいいとこだな」
呆れたようにニドが呟く。ギルも、どこか遠い目をしている。
フェイムスがテクニカルな訓練場だったのは、十階層までだった。その下に降りると、まったく違う課題を突き付けられた。
この巨大ライオンを見てもわかるように、この先にいるのは、どれもこれも体の大きいパワーファイターばかりだ。打たれ強く、攻撃力にも優れる。単純だが手強い。それも、人間の膂力を越えた相手だ。だが、これを力押しで退けていけなくては、先に進めない。
変な話だが、俺にとっては、ある意味、ちょうどいい戦闘訓練になっている。というのも、ここの魔物には魂がない。ピアシング・ハンドがないので、能力を見抜くこともできないし、相手が死んだかどうかすら、不確定になる。そういう条件での戦闘は、ずっと体験してこなかった。
とはいえ、毎度、何かあるたびにこんなやり方で問題解決されたのでは、彼らにとって何の訓練にもならない。俺もそれはわかっているので、今後は彼らの探索に参加する機会を絞り込んでいくつもりでいる。
ただ、今日、十四階層まで一気に潜ってしまえば、一応、ギルの経歴に花を添えることができる。上級冒険者になれば、悪くしてもどこかの国軍の正規兵くらいにはなれるだろうから。
もちろん、一番大事な本音は、とにかく今日中にフェイムスの最下層まで行きたい、というところにある。何度も迷宮に行きたいなんて、まったく思っていない。醤油があるのか、ないのか。可能性を明確にするために、貴重な時間を割いている。
「まっすぐ行ったところに……多分、これがあの階層のボスだ。近い」
魔術で壁を透視した先に、一匹だけ牡のライオンが控えていた。そのすぐ脇には、下り階段がある。
「少し試したいことがあるんだけど、いいかな」
「なんだよ」
「ある魔法が効くかどうかの確認」
一通り、先に詠唱を済ませると、藍色の鏃が掌の中に浮かび上がった。即死の魔法だ。果たして、魂のない相手にも、これは通用するのだろうか。
「駄目ならすぐ、力押しで潰すから大丈夫」
居並ぶ柱の狭間を抜けると、ようやくさっき透視した牡ライオンに射線の通る場所に出られた。それはとりもなおさず、あちらからも視認可能ということでもある。侵入者に気付いたライオンは、仲間を呼び寄せようと、雄叫びをあげ……その途中で横倒しになった。
「ちゃんと死ぬらしい」
魂がなくても、即死の魔法は効くようだ。これは基本、不随意運動を強制停止して心臓麻痺を引き起こす術式らしいから、一応、効果が出るように設定してくれているのだろう。
「何やったんだ、今」
「即死の魔法」
「はぁ?」
ギルが目を白黒させている。彼の記憶の中にある俺の強さと、今、目の前で振るっている力の差。気味が悪くなったのかもしれない。
階段を降りると、十二階層の下の安全地帯に入った。
「次の目的地は十四階層か。どこまであるんだったっけ」
「ギルドが認定するのは十四階層の突破まで。迷宮でいくら頑張っても、トパーズより上には行けねぇぜ」
「そうじゃなくて、最下層はってこと」
ビルムラールが口を挟んだ。
「確か、十八階層くらいまであったかと思います。そこまで行く人が滅多にいないので、自信をもっては言えないのですが」
「降りられるだけ降りてみたい。いいかな」
「まぁ……」
他の四人は顔を見合わせた。
十三層を抜けて、下の階段に向かう頃には、俺以外の全員が死んだ目をしていた。では、俺はというと、女神共のやり口に呆れていたのだが。
「……あんな竜がいるなんて、見たことも聞いたこともなかったです」
ビルムラールがポツリとそうこぼした。
「やけにすばしっこいよなぁ、あれは」
「そうかと思ったら、何あれ、背中が全部甲羅になってる……」
「俺が読んできた本にも、あんなのなかった」
だが、彼らにとって未知であった魔物のほとんどについて、俺は名前を挙げることができる。オヴィラプトルとか、アンキロサウルスとか。前世の恐竜の復元図そっくりの怪物が、次から次へと湧いて出てきた。
小型、といっても体高三メートルはある肉食竜に、全身を甲羅に覆われた、ハンマーのような尻尾を持つ草食竜。そこへ音もなく滑空してくる翼竜まで混ざって、寄ってたかって俺達を押し潰そうとしてきたのだ。
もちろん、その大半は俺が強引に魔法で叩き潰したのだが、背後から迫ってくる敵については、残りの四人で対処することになってしまった。見覚えのない魔物、しかも巨体とそのパワーゆえに、相当な苦戦を強いられたらしい。中でもアンキロサウルスもどきには、矢が刺さらないか、刺さってもほとんどダメージになってくれず、目を潰しても暴れるだけでなかなか死んでくれなかったので、特にウィーが打ちのめされていた。
「こんな怪物が這い出てきて暴れたら、誰が止められるんだ?」
「出てきたことがないから、考えなくていいのだと思いますよ」
「昔の人は、こんなの相手に戦ってたのかな……」
「統一時代の連中は魔法を使いまくってたわけだしな。今の俺らとは違うんじゃねぇの?」
彼らとは違う感想を一人抱きつつ、俺は溜息をついた。恐竜そっくりの怪物をわざわざ出してくる時点で、やはり四大迷宮は、皇帝陛下由来の何かであろうと、一千年前にできたものと考えてよさそうだ。
とにかく、ここまできて十四階層を制覇しないなんてもったいない。だから、あれこれ言いながらもみんな、俺の後ろについてきていた。
「さて、何が出てくるか……」
階段を降りきった先にあったのは、ガランとした大きな丸い部屋だった。そこにいたのは、たった一匹の魔物。そいつはすぐにこちらに気付き、のっそりと起き上がった。
「トリケラトプスだ!」
俺がそう叫ぶと、ウィーが不思議そうに首を傾げた。
「ト、トリケラ?」
「くるぞ!」
鋭い三つの角をこちらに向けると、そいつは全力で突進してきた。
「散れ!」
全員を散開させてから、俺一人だけ前へと出た。幸い、トリケラトプスは方向転換することもなく、まっすぐこちらに向かってきてくれている。
俺は直前で、事前詠唱しておいた『土中移動』で全身を地面の中に沈めた。角の一撃が空を切ったことに戸惑ってか、奴の動きが一瞬、鈍る。そこを狙って、四本の脚の間から地上に飛び出し、全力で腹を裂いた。
大きく走り抜けてから振り返ると、トリケラトプスはまだ倒れておらず、緩慢な動きながらもこちらに振り返り、次の突進をしようと身構えていた。
「しぶとすぎるな」
溜息一つ。剣で倒しきるのは、かなり骨が折れそうだ。手応えからして、肋骨も切り裂けているのは間違いないのだが、心臓には届いていない。単純に剣の丈が足りないのだ。そうなると、この剣の長さでも届く急所を的確に貫かなければ、決着はつかない。
対処法なら、すぐ思い浮かぶ。まずは突進を止めること。右手を掲げると、そこには白熱した火球が浮かび上がった。それを地面すれすれに投擲する。
爆発音の後、つんのめって転倒したトリケラトプスは、なおも起き上がろうともがいていた。足の肉がごっそり削れているのに、痛みを感じていないのだろうか? やや呆れながら、俺は歩み寄って、首を保護するフリルの脇から剣を差し込み、息の根を止めた。
十四階層の下の安全地帯で、俺達は少し長めの休息をとった。持ち込んだパンをモソモソと食べ、水筒の水を飲んだ。ギルはぐったりした様子で部屋の中をうろつき、十四階層攻略の証となる、備え付けの印章を探して、持ち込んだ用紙に押していた。
思った以上の過酷さだったのだろう。みんな元気がない。
ここでふと思い出した。そういえば、さっきのトリケラトプスも、この迷宮の産物なのだから、食べられたはずだ。肉を一切れくらい、持って帰ればよかった。
「なぁ、ニド」
「なんだ」
「お前、アエグロータスで十四階層まで一人で行ったんだよな」
「ああ」
「よく行けたもんだな」
ニドは首を振った。
「あそこは、こういうんじゃなかったんだ。すばしっこいのは、まぁいたんだが、こう、ここまでデカくて重いのはいなかったからな。まぁ、フェイムスでも十二階層までなら、ドジ踏まなきゃ、ギリギリ俺でもなんとか切り抜けられるとは思うが」
「その先は、ちょっとなんというか、世界が違うよ……」
ウィーが俯きながら呻いた。
「まともに矢が通らない相手なんて、どうすればいいのさ」
「デカい相手なら、クロウラーみたいなのが、外の世界もいるんだし、なんとかできなきゃいけねぇんだろうけど」
「数がここまでいなければ、私達でもどうにかなると思うんです。ただ、数が……」
大森林の奥地で体験した、あの魔物の暴走。あれを基準に考えるなら、まだここまでの階層は、なんてこともない。ましてや、クロル・アルジンの脅威に比べたら。
ただ、女神の設計意図がどの辺にあるのかという点は、少し気になるところだ。四大迷宮が人間達に与えられた訓練場とするなら、つまり、一般の冒険者がこの程度の魔物の集団と戦うことは前提なのだ。いったい、女神は未来に何が起きると考えていたのだろうか? 迷宮で手にできる上級冒険者の称号、そのハードルが、やけに高い気がする。
「どうする?」
俺の短い問いに、ニドが答えた。
「お前は一番下まで行きたいんだろ?」
「まぁ。でも、付き合うのがきついなら」
「俺は行くぜ。見ておくだけでも損はねぇし」
それでみんな、意を決してのっそりと立ち上がった。
できる限りのことをやろう、これも試練と思って挑んでみよう……そんな彼らの意思は、しかし、階段を降りきったところで、無になった。
ひどく高い天井、遮るもののない広い空間。そこには、恐らく植物型のモンスターと思われるものがびっしりと場を覆い尽くしていた。巨大な樹木に、ハンマーのような果実をブラブラさせていたり、人の手足を拘束しようとウネウネ動く蔓が這い回っていたり。そしてもちろん、無数の恐竜が待ち構えていたのだ。さっきのトリケラトプスみたいなのもいれば、あの誰もが知る有名な、ティラノサウルスみたいなのもいる。そういうのが所在なく突っ立っていて、それが訪問者の姿を見かけると「ガァ?」とか言いながら、こちらに注目してきたのだ。
冗談みたいなゲームバランスだ。本当に、何を考えているのか。
「これは、もう無理……全部吹っ飛ばさないと」
俺は、ありったけの火球を辺り一面にぶちまけた。
それからしばらく。周囲は恐竜の死骸に埋め尽くされた。肉が抉れて肋骨を剥き出しにしたまま、仰向けになって転がるのもいれば、頭を潰されて突っ伏しているのもいる。
変な笑いが漏れてきそうだ。いったいここは、剣と魔法の異世界なのか。それとも、パニック映画の世界なのか。人間爆撃機と化してひたすら周囲を吹っ飛ばすばかり。あとの四人は、もはや戦うことさえ忘れて、耳を塞いでトボトボとついてくるばかりだった。
こんな調子で、三階層に渡って大量の巨獣相手に、ひたすら爆炎を見舞い続けて、さすがに俺も疲労感をおぼえるようになってきた。ただ、幸いだったのは、そこまで道に迷うこともなく、わかりやすいところに下り階段があったので、順調に十八階層まで降りてくることができた。
「鍛え直さねぇとなぁ……」
ニドがポツリと言う。
「うん……でも、どうやって?」
ウィーが返事とも言えない返事に問いかけをかぶせる。答えはない。
「いや、これ、気にしなくていいと思う」
俺は、自分なりの考えを述べた。
「多分だけど、こんな少人数での突破は想定されてないんだと思う。特に十四階層から先は。数十人とか数百人とか、軍隊並みの頭数で戦闘訓練するための場所だったんじゃないかな。それだったら、多人数で儀式をして強力な魔法を使うことだってできるし。でなかったら、統一時代の人達にとっても、ここはまず乗り越えようがないから」
「なるほどですね」
疲れた声で、ビルムラールが同意した。
「とはいえ、もうさすがにこれより下を目指したくはない気分です」
「同感だな」
「けど、この階段降りたら、また何か出てくるんじゃないのか」
とはいえ、ここまできて下に降りてみないのも、もったいない。それで全員、足を止めたりはしなかった。
「今度こそ、危なそうだったら、撤退しよう」
そう宣言して、俺が最初に下まで降りてみた。
だが、十八階層には、何もなかった。いや、その壁面は明らかに人工的なものだった。縦長の石板が壁に埋め込まれている。その周囲からは、うっすら緑色の光が漏れていた。そんな真四角の部屋があるだけで、魔物の姿は見えなかった。
「ちょっと待て」
ニドが進み出た。
「罠がないかくらいは、俺が調べる。それくらいはしねぇとよ」
それから彼は、部屋の隅から隅まで小走りになって調べ、また壁に埋まった石板に触れたりもした。だが、結局、何も起きなかった。
「なんもねぇみたいだ」
それからみんな、階段を下りてきて、床にしゃがみこんだ。
「ふぇーっ……ここがフェイムスの一番下か」
「途中からとんでもなかったですね。いや、貴重な体験でした」
「いろいろ考えさせられたね」
すっかり気の抜けた仲間達に、ニドが言った。
「少し休んだら戻ろうぜ。疲れてるんだろうが、さっきのところにまた、新しくバケモノが戻ってきたら、面倒だしよ」
聞こえているのかいないのか。まず、ウィーが地べたに仰向けになった。それからギルも。ビルムラールまで、横倒しだ。
「ったく」
それでもニドは、自分の仕事と心得て、一人だけ立ったまま、周囲に視線を走らせている。
そんな中、俺も部屋のあちこちに目を向けていたのだが、ふと、階段の反対側に黒い口を開けた下り階段らしきものがあるのに気付いた。
「あれ? ニド」
「なんだ」
「ここが一番下? 全部確認した?」
「ああ。罠も何もなかったぜ」
奇妙な答えに、俺は指差した。
「じゃあ、あれは?」
「あん?」
「あそこに、何がある?」
「何って……壁だろ? それがどうした?」
ちゃんと見たのか、と問い直そうとして、やめた。察したからだ。
この感覚、なんとなく記憶にある。ニドには多分、本当にあの下り階段が見えていない。タリフ・オリムの、あの聖女の祠と同じだ。強力な力で隠蔽されているものは、人間の目では見分けられなくなる。
「ちょっと見てくる」
「おう?」
それだけで、俺はさっさと部屋の向かい側まで行き、その階段を下りた。
短い下り階段の向こう側は、ごく狭い正方形の部屋だった。四隅に燭台があり、橙色の火が燃え続けているが、油など燃料が補給されているようには見えない。入口の反対側には、祭壇のようなものがあり、その上に、一抱えもある大きな水晶球が浮かんでいた。
「これは……」
もしかして、迷宮の管理を司る装置、とかだろうか? とにかく、一般人の目に触れさせていいものではない。だからこそ、ああして隠蔽されていたのだし。
俺は、おずおずと手を伸ばしてみた。触れても何も起きない。だが、持ち帰ろうと引っ張ると、何かゴム紐でも結び付けられているかのように、強い力で元の場所へと戻ろうとする。
とにかく、四大迷宮が皇帝や女神の手によるものであろうことは、ほぼ確実だろう。そして、この水晶球には、ここに設置されなければならないだけの理由がある。一方で、誰かに発見され、破壊されたりしてしまっては困るのも明らかだ。となれば、この場所、女神達に見張られているということはないだろうか?
「おーい」
俺はその水晶球に呼びかけてみた。だが、反応は、なかった。
「ギシアン・チーレム、女神様、聞こえてるか」
反応は、なかった。
「醤油をくれ」
反応は、なかった。
それで俺は、おもむろに剣を引き抜き、正眼に構えた。
俺が大骨折ってここまでやってきたのは、醤油を手に入れるためだった。だが、当然ながら、そんなものはどこにも見当たらなかった。
では、大人しく諦めて帰るしかない? いいや、この場所をもし、女神達が監視しているのなら、脅迫という手段が役に立つ。
「持ち帰ることもできない、何を言っても応答しない……じゃ、これは無用の長物だな。どうせだし、ここで叩き壊してしまおう」
わざとそう言ってみて、俺は剣を振り上げた。
その瞬間、ひらひらと紙切れが頭上から降ってくるのに気付いた。
『まって』
それだけ書いてある。日本語、それも走り書きの丸文字で。
「おっ」
それを拾った俺は、周囲を見回した。
「誰だ。出てこい。出てこないと」
狭い部屋の壁に、俺の声は吸われていくばかりだった。だが、またすぐ、小さな紙片が降ってきた。
『そっちにはいけない。許して』
これを書いているのは誰だろう? ギシアン・チーレムだろうか? それとも女神か? いずれにせよ、俺の呼びかけに応えているのだから、この迷宮に関係する何者かだ。
「誰だ」
だが、しばらく応答はなかった。俺が痺れを切らした頃に、長文の返事が頭上から舞い降りてきた。
『詳しい説明はできない。証拠は残したくない。そこの水晶球は壊さないで。迷宮が動かなくなっちゃう。醤油が欲しいみたいだけど、今のままの帝都では作れない。でも、どうしても欲しいみたいだから善処する。これで許して』
「うわっ」
俺が読み終わると同時に、その紙片は燃え始めた。そして、跡形もなくなってしまった。
どうやら、可能な対話はこれで終わりらしい。諦めて俺は引き返した。
結局、疲労感に負けたのか、それとも女神か誰かが何かしたのか、十八階層に引き返すと、なぜかニドまで寝込んでいた。みんなを起こして、これまでの道を歩いて帰った。もう、魔物は出なかった。




