歓迎の宴にて
本日2022/12/21から冬の不幸祭りです。
毎日連載になるほか、2022/12/31は2回分の掲載となります。
……って予約投稿するときに書いたんだけど、当日になってから推敲のためにこの記述を見て、何かの間違いじゃないかと思いました。
うっそぉ、もう不幸祭り?
時間の流れ、早すぎない?
作業、間に合ってるかな……
今月中に下書き、ある程度やりきらないと大変なことになりそうです。
再び待合室に戻ってきた。窓の向こうを眺めると、空の色が変わり始めている。城の東側に位置しているのもあって、微妙な薄暗さを感じた。
「なぁ、王子様」
「王子じゃないけど、なに?」
俺の言葉に、ホアは真顔になった。
「王子様じゃねぇか。ワノノマ豪族の頭領相手になんだぁありゃぁ」
「ああ、偉い人と話すのはよくあったし、慣れてるのかも」
世界各地を巡り歩いて、それこそ大国の指導者や要人と差し向かいで話す機会が何度もあったのだ。ミール王やユミレノスト師、ドーミル教皇。ヤノブル王と王家の人々。サハリア豪族の族長達や西部シュライ人の王達。現ポロルカ王のドゥサラとも行動を共にした。今更、恐れおののくほうが不自然というところまできている。
「それより」
俺はホアを見つめながら、目を細めた。
「もう逃げられないぞ」
「はぁ? なんだそりゃ」
「忠告はした。もう忘れたのか。問題を起こさないよう、ワノノマ側に管理させるつもりで、お前をここまで連れてくるという話」
指摘されて、やっと思い出したらしい。一瞬、真顔になったが、すぐ笑い出した。
「だーいじょうぶだろ! いざとなったら王子様がなんとかしてくれんだろ?」
「いや」
俺は首を振った。
「何もしない」
「あぁ?」
「旅の途中でお前が魔物に襲われたら助けるつもりだったし、俺の忠告に従って逃げるのなら、あとは追いかけないと決めていた。そのことはちゃんと言ったはずだ。だけど、お前を拘束すべきとする山の関係者やワノノマ側の考えにも一理ある。俺は、お前が逃げるという選択をしても受け入れる。でも、彼らの決定にも逆らわない」
なぜなら、俺はホアが帝都で引き起こしたトラブルの当事者ではないから。ワノノマを目指すならついでに連れていってほしいと、その依頼を受け入れただけ。
「そんなのありかよ!? オレとあんたの愛の日々はどこにいったんだよ?」
「最初からそんなもの、なかったと思うけど」
「おかしいだろ? 傍にいたらだんだんと情が湧いて、こう、くっつくもんじゃねぇのか」
フィラックは呆れ果てて、顔を覆って俯いてしまっている。あれは笑いを押し殺しているのだ。一方、ノーラはというと、どこか遠い目で、無表情にこのやり取りを眺めている。
「悪いけど、今は女どころじゃないんだ」
「何言ってんだ、おい! いいか、よく考えろよ?」
ホアが自説をぶちまけた。
「人間はいつか死ぬんだ。死ぬってことは何もなくなるってことだ」
「そうだな」
「けど、遺せるもんがある。例えばガキだ」
「うん」
「つまり、オレを孕ませるより大事なこたぁねぇだろがよ」
「最後、飛躍してる」
とはいえ、これから龍神に裁かれて死ぬことさえ覚悟している俺の立場からすれば、ホアの理屈もそこまで変ではないのかもしれない。破滅が目前に迫っているのだから。
「あぁっ? どこが飛躍してんだよ!」
「なんで相手がホアじゃないといけないんだ……」
「愛があるだろが!」
「あのね」
フィラックに続いて、俺まで頭を抱えてしまった。変な笑いまで出てくる。
彼女の理屈が通るなら、俺の片思い一つで、その辺の女性を強姦したっていいことになってしまうのだが、そこのところ、どうなんだろうか。
だが、俺が説明の言葉を繰り出す前に、階下から大勢の足音が迫ってきていた。板の廊下に響く足音が重い。それに何かが擦れ合う音……これは甲冑だ。
「失礼させていただきますぞ」
乱暴に引き戸を開けながら、武人達が雪崩れ込んできた。
「お客人、ファルス殿、並びにそのお供であるノーラ殿、フィラック殿、お騒がせして申し訳ござらん」
「いえ」
「しかしながら、我々も本土よりの命を受けてのこと、どうかご無礼はご容赦くだされ。ホア・スラットなる女を拘束せよとの指示を受けておるゆえ」
噂をすれば影、か。
「それで、ホアなる女は、どちらであるのか」
「ハイ! ハーイ! こいつ、こいつだぜ!」
ホアは迷うことなくノーラを指差し、自信満々の笑顔を浮かべていた。
武人達は頷きあい、室内に踏み入ると、無言でホアの両肩を抑え込んだ。
「な、なんだよ、なんでそうなるんだよ」
「確保ッ」
「ちょ、ちょっと待て! お、おーい、王子様ー」
「頑張れよ」
「そんなぁ!」
ドタドタと足音が遠ざかっていく。最後に残った責任者と思しき武人が、ペコリと頭を下げた。
「ご無礼仕った」
彼も去った後、ノーラがポツリと呟いた。
「あのふてぶてしさ、見習いたいわ……」
それからしばらくして、最初の案内人がやってきた。要するに、城での正式な歓待の前に、下手人を捕縛しておきたかったのだ。ホアを客人として扱うわけにはいかなかったから。
宴席の用意が整ったとのことで、俺達はまた、別の部屋へと案内された。
「赦されよ。急なことでもあり、身内だけの小さな宴ではあるが」
「とんでもございません。むしろその方が、心から寛げるというものです」
着いたその日の宴となれば、その場にいる人で、都合をつけられる人しか出席できない。山海珍味を取り揃えようにも、時間がない。
だが、俺からすれば、既にしてご馳走もいいところだ。目の前の膳には、丸く盛り上がった白米に、お吸い物の器。何より一尾丸ごと調理した魚がでかでかと横たえられている。残念ながら、見たところ、味噌も醤油も使われていないようだが。
宴席は畳敷きの部屋に設けられている。中央の突き当たりの席にはオウイが座り、その右手に俺達客人の、左手にヒシタギ家の関係者の席が用意された。座布団に一人分ずつの膳。日本を思い出す。
ふと、気付いて横を盗み見た。フィラックが微妙に顔を引きつらせていた。苦手な箸で、魚を上手に食べなくてはいけない。
「遠方より我らを訪ねてくれた客人だ。顔見知りの者もいようが、わしから紹介しよう。フォレスティア王の騎士、ファルス殿だ」
座ったまま、俺は頭を下げた。
「遠くスーディアではヤレルを助けて魔物と戦い、人形の迷宮でも、ポロルカ王国でも同じように世の安寧に尽くした。まだ若いが、その武功は誰にも引けを取らん」
偉い人相手に話すのには慣れたが、褒められるのは苦手なので、今でも身が縮む思いがする。
「ファルス殿、今日はヤレルが遠方におるので、名代としてその嫡男、ムレルを呼んだ。先年、帝都の学園を卒業したばかりの若輩者だが、歳も近いゆえ、今後は気にかけてやってはくれまいか」
「とんでもございません。こちらこそ、何かとお世話になるかと思います」
あとの出席者には、見覚えがある。俺がペコペコしているのを、次席に座るアーノは、ニヤニヤしながら眺めていた。相変わらずらしい。他の出席者が、オウイ含めて地味な服を着ているのに、彼だけ茶色と紺色の上にいぶし銀を散らした、それは見栄えのする裃を身に着けていた。これでは誰が主人だか、わかったものではない。
その更に右側には、クアオが座っていた。本来、身分的にカクア家は陪臣に過ぎないので、この場にいられるはずはないのだが、俺の顔を知っているということで、オウイが招いたのだろう。
「ヤレル様は今、どちらに」
「うむ、南西部に赤竜が出たとのことでな……魔物討伐隊を率いて、住民を守るために出向いたのよ」
「それは、何かできることがありますでしょうか」
「いや、もう一切終わって、後始末が済んだらこちらに帰ると連絡があった」
では、彼も無事だったということか。それなら何よりなのだが。
「さて、まずは一献」
オウイが手を叩くと、奥から若い女が姿を現した。
下女かと思ったが、そうではないとすぐわかった。仕草に品がある。それと、身に着けているのはこちらの女物の普通の服で、アーノが着ているような派手さはない。だが、絣模様の上品さ、素人目にもどこかできのいいものだとわかる。
髪は短く、肩にもかからないほどだ。それで気付いた。ひっつめ髪にしていたユミとは違う。これは成人していないということだ。
目鼻立ちは整っているが、まず感じたのは美しいということより、物静かな印象だった。さながら静まり返った森の奥の泉のような。全体的にほっそりとした体つきだが、痩せすぎということはない。ある程度の家柄であれば、男も女も厳しく育てられる。ユミのように、武の鍛錬もこなさなければならない。だらしない体にはなりようがないのだ。
「孫娘のヒメノだ」
紹介されて、俺は軽く頭を下げる。だが、彼女の方はというと、膝をつき、指先を揃えて身を折った。
オウイは何も言わなかったが、ヒメノの方は心得ていた。事前に用意された酒瓶をお盆に載せて、俺のところまで音もなく摺り足で近付いて、目を伏せたまま杯に酒を注いだ。まずは客人、ついで列席者、最後に主人たるオウイに酒を注ぐと、彼女は脇に引き下がった。
これも歓待の一部なのだろう。その辺の下女ではなく、身分のある孫娘に接待をさせたということだ。
「では、客人の来訪を祝して、乾杯」
そうして杯に口をつけようとしたところで、いきなり部屋の入口の襖が乱暴に引き開けられた。戸が打ちつけられて立てる音がやけに耳障りだった。
静まり返った中を、一人の巨漢が遠慮なく踏み込んでくる。
「我らのことはおいて、こんなところで酒盛りですか」
その顔は日焼けしていた。古木の洞を思わせる顔立ちには、攻撃性が滲んでいた。うっすらと笑ってみせているが、この場に居合わせた者達への敵意が充満していた。
その姿はといえば、甲冑を身に着けたまま。その上から陣羽織のようなものを身に着けているが、なんと虎柄だ。それが似合う、大木のようなガッシリとした体つきをしている。しかも右手には金棒まで携えていた。
「それでヒシタギ家頭領としての責任を果たしていると言えるのですか」
ごく低い声色で、彼はそう言い募った。
だが、オウイはすぐさま立ち上がり、後方を指差して雷のように怒鳴りつけた。
「無礼であろう! 下がれ!」
だが、その男はせせら笑うばかりだ。
「無礼とは、はて」
「時と場所を弁えよ。客人に無礼であろうが」
彼は俺を見下ろして、鼻で笑った。
「無礼も何も、ヒシタギ家にこれ以上、なくす名誉などあるものか」
だが、それ以上、逆らうつもりもないようで、彼は黙って背を向けた。
なるほど、と理解する。詳しい事情は分からない。ただ、この宴会に首を突っ込んだのは、彼なりのデモンストレーションなのだ。
……だが、誰に対しての?
俺ではない。では、オウイに? それともムレル? アーノ?
まだ見えていないことがありそうだ。
「申し訳ない」
オウイが苦々しげな表情を浮かべて、俺に詫びた。
「ワノノマの武人は、武芸ばかり磨いておるゆえ、作法を心得ぬ者が多い。あれにはわしからきつく申し付けておく」
「お気になさらないでください」
このやり取りを、アーノは相変わらずうすら笑いを浮かべたまま、なんでもないかのように眺めていた。
「ファルス殿」
そしてやっと、彼は俺に話しかけてきた。
「この城は立派だが広くない。閉じこもっていては気が塞ぐであろう。明日には陸にあがって街を歩かぬか」
「いいですね」
「案内しよう」
多分、ここで何が起きていたかを説明してくれるつもりなのだ。それだけで済めばいいが……
もう、俺には戦う理由がない。静かに龍神の下に赴いて、運命を決められるだけなのに。
平穏無事を願うばかりなのだが、なんとも思い通りにならない。




