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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第四十一章 剣、死してより
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スッケの風景

2022/12/21より、第二部最後の不幸祭り(=毎日連載、不幸かどうかはわかりませんが)を開催します!


第三部の導入部分までは毎日連載が続く感じです。

本当は導入部分の途中で切っていくつもりでしたが、多分皆さんスッキリしないので、当初の予定より連載期間を延長することにしました。


というわけで、ストックが不足しています。

下書き頑張ります。

 潤いのない道だと思った。淡い黄土色の、草さえ生えない地面の上に、たまに小石が転がっている。道の脇には丈の低い草が生えているのだが、今は青玉の月、季節はもはや冬に差しかかっているのもあって、どうにも生気がない。たまに捻じ曲がった低木が生えていたりもするのだが、それが余計に哀れっぽい印象を残すのだ。


 チュエンから出た馬車は、俺達をチャナ共和国の国境付近まで送ってくれた。

 あの、チュエンの市街地から流れる南の川は、西側に湾曲しながら他の川とも合流しつつ、最後には南東向きになって海に注いでいる。その大河を越えるまでが国境で、俺達は渡し場のある村で馬車から降りた。

 そこからは、今ではほとんど通る人のいない道を歩いている。元より陸上交易は盛んでなく、しかもスッケを始めとする東方大陸南部のワノノマ豪族の入植地は、チュエンを中心とする南東部より、南方大陸の北東部や、その向こうの東方大陸西部の諸都市との繋がりの方が深いという。世界の西側から見れば、チャナ共和国もワノノマも、同じくらい奥まった場所なのだ。

 だから道すがら、どこかの村のご厄介に、なんてわけにはいかなかった。川の南側は大地も乾燥していて農地にするには土地が痩せすぎているようで、滅多に人家もなく、当然に人も住んでいなかった。野宿を繰り返しての旅になったが、救いがあったとすれば、あまり寒くなかったことだ。


 俺達は、無言だった。もしかすると潤いがないのはこの土地ではなくて、俺達の気持ちの方なのかもしれない。

 チュエンでの出来事は、本当に後味が悪かった。特に、ノーラにとっては。これまで散々な思いをして、なんとか旅を続けてきたのに、突然、父親らしき人物が出てきて、なのに女として狙われ、挙句の果てに凄惨な最期を遂げてしまったのだ。しかも、長年の夢を断念させられかねないオマケ付きだ。

 これまで何度も心をへし折られるような体験を乗り越えてきた彼女も、これには堪えているらしい。今は死んだ目をして、淡々と歩き続けるばかりだ。


 沈黙を破ったのは、だから俺達の誰かではなく、頭上を舞う海鳥だった。グァーッ、と特徴的な低い声で鳴くのが聞こえて、俺達は顔をあげて立ち止まった。それで我に返って前方に目を凝らせば、遠くには木の屋根らしきものが見えている。

 どうやらスッケ港はすぐそこらしい。


 それにしても、使徒は本当に何も仕掛けてこなかった。あえて陸上の旅を選んだのは、巻き込まれる人を出さないようにしたいという考えもあってのことだ。船旅のが楽で、速いのだが、俺達だけが乗るなんてことにはならないし、そこに使徒が手を出してきたら逃げ場もないから。だが、杞憂だった。

 ここまで来てしまえば、逆にもう、奴が俺に何かをする余地など、ほとんどない。もちろん、ワノノマに渡航する途中の船を攻撃するのだって不可能ではないが、さすがにそれをするのは目立ちすぎる。というのも、スッケはワノノマの玄関口で、そこと本島とを結ぶ航路の維持は、いってみれば公共事業だ。

 世界統一後、東方大陸の全域がチャナ王家の管理下に収まったが、その唯一の例外がここ、大陸の東南端にあるスッケだった。暗黒時代の戦乱に対応した結果、それ以外にもワノノマ豪族の入植地が大陸の南部を覆うように細く長く広がりはしたが、ワノノマ本来の拠点はここだけだ。


 ほとんど起伏のない道を、やや速足になりながら歩いていくと、遠くに見えた家々の屋根が、だんだんと大きく見えてくる。

 その家々は、もしかすると、これまでの旅で目にした中でも、最もみすぼらしいものといえるかもしれない。壁は板か土壁、屋根も板葺きで、その上に石を載せて重しにしている。草葺きのところさえ稀だ。

 街とその外との境界線は明確ではなかった。集落の外側には、広めの庭を備えた家々があった。その造りの開放的なことときたら。入口は広く、大抵、どの家も開けっぱなしで中まで見通せる。薄暗い屋根の下、その床は半ばは土間になっており、一部が板間になっている。

 気怠げに家の中でゴロゴロしていた男達が、余所者の俺達を珍しそうな目で見た。だが、俺達が彼らの家の中を覗こうと、文句をつけてきたりもしなかった。彼らの服装も粗末そのものだった。恐らく麻の上着と下穿き。女と子供は、浴衣のようなものを一枚、体に巻き付けているだけだ。それに大抵は草鞋。子供は裸足だったりもする。

 村に留まっている男は、だいたいが子供か、年寄りだった。それに比べ女はというと、若いのも中年も老婆もいた。大抵は庭に出て、野菜の世話をしていた。その横を、野良犬なのか放し飼いなのか、白い犬が尻尾を振りながら通り過ぎ、どこかの家の土間に転がり込んで、そこで横になった。

 少し進むと、匂いが気になった。魚を天日干しにしているのだ。よく見ると、干しているのは魚だけではなく、米も大根もワカメも、同じように干されていた。横木にかけられた稲束が、重そうに頭を垂れていた。

 そうして歩くうちに、静かな納得のようなものが俺の胸を満たしていった。みすぼらしいと思ったのは、俺の先入観でしかなかった。この地の人々は、これで必要十分な暮らしができている。海産物から野菜まで、食に困ることはない。南方にあって、しかも海に面しているので冬の寒さも厳しくない。一方で、夏場には台風もくるだろうし、雨も多い土地だから、家を多少立派に作ったところで長持ちなどしない。だからほどほどにしているのだろう。


 南に連なる道がやがて大通りとなり、家々の隙間が閉じていく。通りに面して売り物を並べる店も目につくようになった。だが、それが急に途切れる。通りの向こうには何もない。ただ、何かの目印と思しき石柱が突き立っているだけだ。

 南への道はそこで途切れていたが、西側に続く道路はずっと遠くまで続いているようだった。正面方向はちょっとした下り坂になっている。そのまた向こうは、何もないだだっ広い空き地だった。そして、その先に更に段差があり、その下はもう海岸だった。綺麗な砂浜が広がっている。打ち捨てられているのか、小舟が二、三あるほかは、何も見当たらなかった。

 海のすぐ横に家を建てないのは、津波対策だろう。そして、この時期の男達の仕事は、やはり海での漁だった。


「……あれか?」


 フィラックが指差したのは、この海岸の向こう、少し離れたところにある小島だった。

 こんもりと緑の木々に覆われた岩山と言えばいいのか。ただ、その中央には明らかに屋根のようなものが見て取れる。しかも、どうやら瓦葺きらしい。ヒシタギ家の本拠たる居城は、あれに違いない。


「どうやって渡るんだよ」

「引き返して、街の人に相談しよう」


 一番手前にあった商店は、漁に使う網を売る店だった。その軒先に老婆が小さな椅子に座っていた。


「済まないが」

「アイ?」


 フィラックがハンファン語で話しかけたが、あまり通じていないようだった。俺が代わって尋ねた。


「海の上のお城まで行きたい。どうすれば行けますか」

「ああ、それなら」


 彼女は右腕を振りながら、海岸と平行になっている方の通りを指し示した。


「そっちをずーっと行くとね、お屋敷がいくつかあるから、そっちで訊くといい」

「ありがとうございます」


 果たしてそちらの道を歩き続けていると、いったん市街地が途切れたが、代わりに草葺きの屋敷が横並びになっているのが見えてきた。この道をまっすぐ行った先を眺めてみると、遠くに小山があり、そこに青々とした木々が生えているのも見える。あれは農地だろうか。本当に細長い領地らしい。

 とある大きな屋敷の前に、槍を手にした衛兵が立っているのが見えた。こちらの武人らしく、鉢金に胴丸を身につけている。声をかけたところ、ここが東の街のための兵の詰所だったので、話を通すことができた。名前を伝えると、屋敷の下人が足音を殺しつつ外へと走り出していった。

 さほど待たされることなく、俺達はとある入り江に案内され、そこに係留されていた小舟に乗せられた。軽装の武人達が櫂を取り、入り江から出たところで帆を広げた。あとは穏やかな北風を横っ腹に受けつつ、やや波の高い浅瀬を真横に突き抜けて、東向きに口を開けたその島の小さな湾に滑り込んだ。


 島はさほど大きくなく、湾内にもそこまで軍船があるのでもなかった。岩山と生い茂る木々に覆われて薄暗くなった湾内の砂浜は奥行きもほとんどない。正面には岩山を掘り抜いて拵えた城塞の基礎部分が口を開けていた。その上は、と見上げると、かなりの高さまで石垣が連なっていて、その上から唐突に真っ白な壁が聳えていた。ところどころに四角い小さな窓があるのが見えたが、その向こう、屋根まではここからでははっきり見られなかった。

 船頭を務めていた武人は、開いていた桟橋のところに静かに船を寄せると、俺達に降りるよう促してきた。


 入口の洞穴は、岩を掘り抜いたものだった。すぐ左手に折れて薄暗くなるが、視界を得られるようにと一定間隔に松明が壁の穴に挿してある。防衛を意識しているのだろう、左手に曲がってからはすぐ右、また右に曲がったところで、やっと門が見えてきた。青銅の板の上から鋲を打って強化したものだろうか。


「客人をお連れした! 開門!」


 すると内側から観音開きに扉が開かれた。

 俺達が中に立ち入ると、ここまで案内した武人は一礼して去っていき、中にいた平服の中年男性が深々と頭を下げた。


「ようこそおいでくださいました。ファルス様のお名前は、ヤレルより伝え聞いております。当主のオウイもあなたにお会いすることを心待ちにしておりました。少々お待たせするかもしれませんが、ご容赦ください。間もなくご案内致します。さ、中へ」


 門の内側も、簡素というほかなかった。岩壁と、あとは上の方の建造物を支えているらしい柱のような部分、あとはドーム状の天井が目についたが、装飾らしきものは何もなく、せいぜい足下に真四角の石材が通路のために嵌め込まれているだけだった。

 どうやって造作したのか、柱の根本あたりもやたらと饅頭のように丸みを帯びていて、それが天井の方でも同じくらい大きく張り出していた。ただ、こちらはアーチになっているのだろう。どちらかというと漏斗のようだった。そんな柱が一定間隔に並んでいて、柱に四隅を囲まれた小部屋がいくつか並んでいた。俺達はそうした空間を抜けながら、案内に立った中年男性の後に続いて、とある階段に足をかけた。

 人一人がやっと通れる程度の狭さの階段を抜けると、そこはもう館の一部だった。日本家屋のように土間と床の違いがあり、目の前には板張りの廊下が続いていた。


「お履き物をこちらでお預かりします。それと腰のものもここで」


 そこで俺達はブーツを脱ぎ、剣を預けて上がり込んだ。

 今度はさっきほど見通しの悪い階段ではなく、明るい色の木材で作られた幅広の階段を昇って、更に一つ上の階に案内された。


「こちらのお部屋でお待ちください」


 そうして案内された部屋には、懐かしいものがあった。

 例によって部屋の半分、出口に近い側は板間なのだが、奥の方、窓際には腰掛けるのにちょうどいいくらいの高さの段差がある。そしてその段の上には……


「畳だ!」

「はっ? タタミ?」


 興奮して声をあげた俺に、ノーラが怪訝そうな顔をした。

 だが、俺は構わず突き進み、畳のところにしがみついた。顔をこすりつけると、あの畳ならではの匂いがした。一瞬、これまでの人生が全部夢で、今、日本に帰ってきたんじゃないかとさえ思ったくらい、記憶の中の感情が蘇ってくる気がした。

 これだけでも、スッケを訪れる価値があった。


「ファルス、そこ、座るところじゃないのか」

「おうおう、王子様、まさかそういう趣味があるとは」


 だが、俺が構わず畳の匂いを吸っているので、彼らも構わず、それぞれ畳の上に上がり込んで休みを取った。

 しばらくは窓の外からの微風を浴びながら、何もせずのんびりしていたが、やがてさっきの案内人が戻ってきた。


「お待たせいたしました。当主オウイが皆様をお待ちしております」

あと温泉いいよ温泉……

週末潰してのんびりしただけで、こんなに気力が回復するとは思わなかったです。

いろいろ枯渇していたんだな、と再認識しました。

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[良い点] 剣、死してより いいタイトルですね。 次章 剣、死してなお [一言] 精神科医で格闘家でギャンブラーの人と話をしました。 「ちょっとナンパして、通行人に挨拶をしてきました」 「勇者…
[良い点] 懐かしのtatamiだぁーっ!どんな家に住んでいても畳がある和室は欲しいんだよなぁ(強欲) [一言] 不幸祭り、やったぜ。前回の開催はいつだったっけな……楽しみ どうやら温泉も楽しんでいら…
[良い点] 更新ありがとうございます。 不幸祭り楽しみにしています! [気になる点] > 世界統一後、東方大陸の全域がチャナ王家の管理下に収まったが、その唯一の例外がここ、大陸の東南端にあるスッケ…
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