一椀の飯
断末魔の叫び。ひときわ大きな苦鳴の声が、俺の夢を破った。
目を開く。真っ暗闇だった。俺は仰向けに寝たまま、肩で息をしていた。
珍しく、真夜中に意識が戻った。
窓は開けられたままだった。外を眺めると、うっすら雲がたなびく中に、金色の月が昇っているのが見えた。地上に光はなく、ただただ屋根瓦が静かに月光を照らし返しているばかりだった。
いよいよ死期が迫ってきたのか。うなされ続ける体力もなくなってきている。
どうすればいいのか。大きな問題で考えると、どうしても頭に霧がかかったようになって、答えが出てこなかった。漠然と生きる意味を考えても、知識も論理も、何も示してくれなかった。
それより、身近なことが気になった。そちらは明瞭に思い浮かべることができた。死ぬという大事に比べれば、本当にどうでもいいことでしかないのだが。
俺が死んだらまた棺桶を買わなくてはいけないだろう、汚れた死体を拭き清める仕事もある……すると、生前に本人がどれだけ身綺麗にしているかが重要だ。
トイレにでも行こうかと思ったが、もうここ二週間、何も食べていないので、排泄しようがない。とすると、他には……
俺が寝ている間に、窓枠のところにさっきのパンの入った茶碗が置かれていた。すぐ手の届くところに食べるものを用意しておこうと思ったのか。それにしてもミスマッチだ。東洋風の茶碗の中のパン。磁器の縁に月光が当たって冷たく輝いている。人の気遣いだが……ふと思った。これも返しておこう。
起き上がろうとして、俺は体に力を込めた。ずっとろくに体を動かしていなかったせいで、バランスが取れず倒れそうになる。それでもなんとかよろめきながら、寝台の下に足を下ろし、立ち上がった。そろそろと手を伸ばして茶碗を取り、トレイに載せ、そっと歩き出す。
カーテンをめくって、ふと思い出した。
よくよく考えたら、俺はこの邸宅の中をろくに歩いてもいない。道順もわからない。では、やめるか? いいや。いっそ真夜中の探検といこう。茶碗一つ戻すことにどれだけ意味があるものか。俺がやるより、元気な誰かが済ませた方がいいのは合理的に考えてわかるのだが、なんとなくそんな気分だった。
カーテンの向こう側はもう一つの部屋になっていて、こちらには背凭れのない椅子が二つ、丈の低いテーブルを挟む形で置かれていた。部屋の隅には燭台もある。突き当たりは焦げ茶色の扉だ。窓がないので、やたらと暗い。
扉を開くと、通路になった。すぐ頭の上には屋根があるが、目の前は四角い中庭だ。それを囲むように、三階部分の渡り廊下があった。右手に進むと、下り階段になっていた。手摺に掴まりながら、慎重に一歩ずつ降りていく。
二階部分の渡り廊下はもう少し幅広だった。そこまで降りて、これらの食器がどこにあるかを少しだけ考えた。炊事には火を使う。火事が怖い。となれば、水場の井戸から遠くない場所にあるはずだ。
見渡してみると、一ヶ所だけ二階部分まで突き抜けている部分があった。今いる場所からまっすぐ歩くと、分厚い煉瓦の壁に囲まれた四角い部分がある。その脇に下り階段があるから、そこが炊事場ではなかろうか。
そのまま降りていった。
中庭の中央には何もないが、縁の部分にも特に装飾はなく、花すら植えていなかった。ハンファン人の文化は、意外と自然より人工物を好むところがある。特にここはワン・ケンという武人の家で、しかも大勢の門弟が暮らす実用的な空間だから、美しく飾り立てる理由も必要もなかったのだろう。
井戸は、その隅にあった。そのすぐ脇、今の俺から見ると右斜め後ろ方向に、大きく口を開けた暗闇が広がっていた。足を引きずりながら、その中へと立ち入っていく。
まず感じたのは、匂いだった。食品の残り香。うっすら焦げたようなのも感じる。匂いには、えてして圧縮された食品の味わいのようなものがある。
そして、その匂いには、何か古い記憶を揺さぶるものがあった。
手近なテーブルにトレイを置くと、俺は何かに導かれるようにして、よろめきながら前へと歩みを進めた。
俺の目が捉えたのは鉄鍋だ。何に使われているのかを俺は直感的に悟った。
気づけば手が伸びていた。それを釜の上に載せる。これだけでは駄目だ。鍋をテーブルに戻し、俺は当たり前のように引き返すと、井戸の方に向かった。
もう夜の終わりが近い。金色の月が、中庭から見上げる瓦屋根に半ば隠されていた。静まり返った中、俺は一人、縄に手をかけて釣瓶桶を引き上げた。手足が思った以上に弱っていて、縄をしっかり握っているのも大変だった。息を切らしながら俺は水瓶をさっきの厨房に持ち帰る。
手探りで探したが、やっぱりあった。櫃の中にあったのは、精米済みの米。それを俺はボウルの中に流し込む。米の粒がぶつかり、跳ね返る音に心が躍った。まるで天上の木琴のような響きだった。
そこに水を注ぎ、丁寧に研ぐ。余計な力はかけない。一粒一粒、どれもかけがえのない大切な命だ。それから水に浸け、しばらく待つ。頃合いを見て、ザルに上げて水気を切った。
鍋に水を入れた。米の質と量から、だいたいの目分量で判断した。体感だ。
釜の下に薪を放り込み、火をつける。夜の清らかな空気を吸い込むと、釜は見る見るうちに橙色の光で辺りを満たした。それはどこか心にまで温もりを与えるかのようだった。
鍋を火にかけ、じっと見守る。蓋がコトコトと揺れる。これもどこか懐かしい。だが、眺めてばかりもいられない。釜の火勢を若干弱めた。じっくり温めるうち、蓋の隙間から溢れ出る泡が収まってきた。手袋をつけてそっと蓋を開けて中の様子を窺う。パチパチと音がした。
火を消すと、周囲は急に静まり返ったようになった。火種を拾うと、俺は隅っこにあった燭台に火を移した。先にやっておけばよかったのだが、そこまで考えられなかったのだ。
蒸らした後に蓋を開けると、湯気と一緒に甘い香りが漂った。
いつぶりだろう。こんなに美しい米粒を目にするのは。
そっと茶碗によそった。
鍋の隅の方からしゃもじを差し込むようにして取ったので、焦げた部分も目についた。だが、それは少しも見栄えを損ねたりはしなかった。
探すと、箸もあった。焦げ茶色の質素なものだ。
それをテーブルの上に置き、俺は近くにあった粗末な木の椅子に座る。そして、一椀の白米と向き合った。
熱と水気を帯びて、白く透き通るような、輝く白米。
なんとみずみずしいことだろう。
火を通されたそれらに命が宿っているはずもない。だが、どういうわけか俺には、そこに果てのない慈愛のようなものを感じた。
まるでわざわざ命を捧げてくれているような……死を通してもなお失われない愛のような。それはどのように生きればいいのか、死ねばいいのかの答えのように見えた。
理屈で考えたら、そんなわけがないのだ。植物とて、殺されまいとしている。動物のように爪や牙で抵抗したりはしないし、走って逃げたりもできないが、有毒成分を生成することで食べられるのを防いでいる。それなのに、目の前のご飯は、俺を受け入れてくれそうな気がした。
意を決して、俺は箸を取り上げ、ほんの一つまみを口に運んだ。
ちゃんとした米だ。ドゥミェコンで食べたパサパサのそれではない。潤いと温もりに満ちた一口。
嚥下した。
何の衝動も襲ってこなかった。それどころか、体の内側から暖かなものが伝わってくるかのようだった。
言葉にならない、天啓のようなものが下されたような気がした。
この思いは、どう表せばいいのだろうか。
目を閉じると、か細い光の道が見える。それは命の道だ。
確かに。どんなに上手に断食しても、一ヶ月も絶食すれば人は死ぬ。水もなければもっと短い。食べ過ぎても体に悪いし、それで寿命を縮めるどころか、本当に死んでしまった人もいる。
死の原因は食だけではない。病気、怪我、心の病からの自殺、寿命。数限りない。道は簡単に断ち切られる。まるで綱渡りだ。
では、この恐ろしい道をなお渡り続ける意味があるのだろうか?
全世界を見下ろす高峰から、霧の彼方の地上を眺める限り、それは見つからない。そこから見える景色は、確かに真実だ。人は動物を殺し、人も殺す。誰もが何かを奪って生きている。植物でさえ、陽光を独占しようとして伸びるのだ。では、今、見えているものがすべてなのか?
すべてを見通す目をもってしても、なお見えない景色がある。それは、未来だ。
人はどうやって生きてきた?
飢えをなくしたい。寒さから逃れたい。もっと長生きしたい。それは苦しみに満ちたこの世界では、自然な願いだ。その思いを叶えるために、一つずつ階段を登ってきた。昔は見殺しにするしかなかった病人に、今は薬草を煎じて飲ませることができる。
今を、受け入れるのだ。受け入れなくてはいけない。タマリアの言う通り、過去は運命だ。決して変えることはできないのだから。
けれども、それは全てではない。
受容を取り違えてはならない。
今を受け入れることは、今のままの未来を受け入れることとは違う。
祈り、願うのだ。
多くの人が、これらをまぜこぜにしてしまっている。
あるがままを受け入れること。
それから、いかにあろうとするかを心に思い描くこと。
地道な、そして丁寧な扱いを要する心の働きだ。道理を知っているからそれでよいというものではない。だから綱渡りなのだ。
気を抜けば、俺の心の中にある現実の像は簡単に歪んでしまう。それはまるで、水面に映る自分の顔を見るようなものだ。こうあって欲しい、求める通りであってほしいという欲望に引きずられて、今いる場所を見間違える。
その欲望は愛だろうか? いいや、そうではない。むしろ愛の働く場所は、その手前にある。
考えてみれば、これも自然なことだ。現状を直視するから、願望が生まれる。ならば願望が生まれる前に、既に愛は静かに働いているのだ。また、意図して働かせなくてはいけない。できれば欲望の前に。
現実と理想は常に食い違う。
どんなに愛している人でも、自分の思い通りにはなるまい。ノーラにとっての俺がそうであるように。けれども、適切に自分の中の愛を知り、働かせることができるなら、現在と未来を繋ぎ合わせることもできるのだ。
では、この愛はどこから来るのだろう? この、目立たない、静かな心の働きは、何物なのだろう?
真実は近いのに、言葉にすることができない。
けれども、大切なものが何かはもう、わかっていた。
情景が思い浮かぶ。俺は米を炊き、野菜を切って肉を焼き、一膳の食事を用意する。目の前には、それを食べる人の笑顔がある。なんと素晴らしいことだろうか。
俺の心の錨は、はじめから俺の中にあったのだ。
「あ……」
気付けば、頬を伝う熱が通り過ぎ、冷たさに変わりつつあった。
俺は、泣いていた。
受け入れるしかない。今がその時なのだ。
アイビィをこの手で葬った後、俺は自分で自分の心に蓋をした。彼女は俺に「生きて」と言い残した。けれども、この四年間、俺は生きていたと言えるだろうか。
苦しみから逃れる道を求めて、俺は世界を彷徨った。ときに多くの人の血で手を赤く染めた。迷って迷い続けて、いつの間にかこんなところまで来てしまった。
でも、これ以上、目を瞑ったまま歩き続けることはできない。
それは苦痛に満ちていた。
奪った命。引き起こした災厄。敵対した相手だけでなく、自分の身近な人々まで傷つけた。何度も間違えた。その道程のすべてを、改めて受け入れる。思い起こして受け入れ直すのだ。
それでも、俺は許されている。
今はもう、涙を流すことができている。どんなに醜態をさらそうとも、この大切な仕事を抜きにしてはいけない。
落涙は嗚咽に取って代わられ、しばらくの間、俺は、あるがままの心の働きに身を任せていた。
この日を境に、俺は悪夢に苦しめられることはなくなった。
数日間の静養の後、やっと日常に立ち戻ったのだ。




