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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十七章 闇路
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宴の終わり

 俺達が村の中心のガゼボみたいなところでテーブルを囲んで座っていると、間もなく男が大きな鍋を抱えてやってきた。彼は慎重にそれを建物の床に降ろした。続いて中年女性が、トレイの上に皿とスプーンを満載してやってきて、それをテーブルに置いて立ち去っていった。

 既に暗くなりかけていたので、ペルジャラナンが気を利かせて魔術の火を点すと、ラピが嬉しそうに声をあげた。


「お肉入ってる!」


 近くの森にいる動物を仕留めたものか。たまたまちょうどデサ村に肉の供給があったところに、俺達が通りかかったということなのだろう。

 各自、食べる分を器に盛ると、テーブルを囲んだ。最初にタウルが毒見役を務めたが、これといった体調の変化はみられなかったので、みんな食べ始めた。味も、こんな寒村で食べるものとしては悪くない。海辺ということで塩を節約する必要もないおかげだろうか。ただ、少々塩味が勝ちすぎているし、油っこいのも気になった。

 それで俺達が物足りなくなるのを察していたのだろう。さっき料理を運んできた男が、すっかり暗くなった広場を横切って、ここまでやってきた。


「酒も飲むか」

「おっ」

「壺一つ丸ごと。開封したら長持ちしない。金貨十五枚」


 そうきたか。食べ物はコスパがいいが、酒は割高に売りつけてやれと。なかなかしたたかだ。

 タウルはぜひ飲みたいという顔をしている。フィラックは、止めようとしてやめた。やっと人里に辿り着いたのだ。ここ数日間は一滴も飲めていない。次の村も、数日後になる。今夜、ちょっと飲んだからって悪いということはない。


「毒見はまたお前がやれよ」

「わかってる」


 だが、杞憂だった。酒をガブ飲みしても、タウルは軽く酔っぱらうだけだった。食べ物にも酒にも、毒は入ってなかった。

 思いのほか、楽しい晩餐となってしまった。


「一年、だな」


 いつになく饒舌になったタウルが、酒杯を傾ける。


「たった一年だ。去年の秋には、まだ黒の鉄鎖があったんだ。それが戦争になって、ファルス、お前と会って」


 酒杯をテーブルに置くと、彼は両手を伸ばした。


「戦争には圧勝! 大森林は縦断! オマケにポロルカ王国を滅亡の危機から救った!」

「お前、やっぱり飲みすぎだ」

「たまにはいいと思うよ」


 確かに、この一年間で、俺の同行者達の人生が大きく変わった。それ以前から一緒にいたのはノーラだけだ。


 ペルジャラナンは、俺が人形の迷宮に挑まなければ、今もあの地下迷宮で、アルマスニン達と一緒にワームを狩って暮らしていただろう。

 フィラックとタウルは、ティズが身柄を預かる形になっていたが、その前はミルークの郎党だった。主人の立場が難しかったのもあって、ネッキャメル氏族の中では冷や飯食らいだった。俺が使徒の狙い通りに戦争に参加しなかったら、彼らもティズの横で戦死していたかもしれない。

 ジョイスは、カリの街で偶然出会わなければ、まっすぐ陸上を東進して、エシェリクの街からの山道を通って、今頃はとっくにカークの街にいたはずだ。

 クーは、あそこで父親に売り飛ばされなければ、きっと今頃、スラム街の娼婦のところに下級船員を案内して小銭稼ぎしていた。

 ラピはといえば、命がなかったはずだ。フィシズ女王の寵愛を失えば、あとはケケラサン兄弟の慰み者になって殺されるだけだったのだから。

 そしてディエドラは、今頃視力を失って、どこかで見世物にされるか、金持ちのペットになっていただろう。


「にーがーいー」


 あんまりおいしそうにタウルが酒を飲むので、興味を抱いたラピも、こっそり壺から汲みだして、一口だけ飲んだらしい。だが、期待したような味ではなかったようだ。


「こんなのよく飲めますね!」

「飲まなくていいと思うわ」

「うーん」


 料理人としては、酒を全否定もできない。


「お酒は、慣れが必要だからね。でも、完璧に計算されたお酒と料理の組み合わせは、それは素晴らしいものだよ」

「そんなもんですか」

「まぁ、健康を考えたら、お酒を好きになりすぎるのは問題かな。特に女の人は、子供を産むわけだし」

「こっ、子供!?」


 俺の一言に、彼女は息を詰まらせた。


「そ、そうですねー、そろそろそういう歳なんですよね」

「あと三年か、遅くても五年くらいのうちには、縁組みしないと……でも、どうしよう」


 ちょうどいいから、本人の意思確認も含め、いろいろ話しておくのも悪くない。

 ノーラが提案した。


「ティズ様に頼むっていうのはどう?」

「うーん、でもさ、ほら、家と家との繋がりというか、後ろ盾? みたいなものがないと、いいところは引き取ってくれないだろうし」


 タウルが指差しながら言った。


「簡単だ。ファルス、お前が貴族になればいい」

「は? 貴族?」

「簡単」

「簡単じゃない」

「簡単簡単。今すぐハリジョンに行けば、お前は族長。ミルーク様の養子扱いで分家の長になる」


 いや、まぁ、できるんだろうけど……

 フィラックも突っ込んだ。


「ま、ドゥサラ陛下もお前のこと欲しがってたしな。ナーハン男爵だっけ。頼めば即貴族なのは確かだ」

「う、いや、でも」

「何がそんなにイヤなんだ?」

「あ、あのですね」


 思わず口調が丁寧になってしまう。


「今頃、タンディラール王が怒り狂ってるんじゃないかな、と」

「あん? そういやお前、フォレスティア王の騎士だったもんな」

「ほら、赤の血盟と黒の鉄鎖が拮抗しているから、エスタ=フォレスティア王国としては都合がよかったのに、思いっきり赤の血盟に肩入れしたから……多分、陛下には見抜かれてると思うし……それで今度は、ポロルカ王国でも騒ぎになったわけで」


 きっと今頃、タンディラールの頭髪はひどいことになっている。ストレスで十円ハゲとかできていても、驚かない。


「でも、ファルスはちゃんと筋道通したじゃない」

「あ、うん」

「スーディアでシュプンツェを倒したんだから」

「なんですか、それは」


 思えば、あれがパッシャとの全面対決の始まりだった。


「よくわからないけど、白くてブヨブヨしてて……どんどん大きくなって、町全体を覆っちゃうバケモノだったわ」

「えぇーっ」

「そんなもんまで倒してるのか。ファルス、お前、デタラメだな」


 そう思う。ここ二年あまりの冒険は、常軌を逸した奇跡の連続だった気がする。

 タウルが酒杯を片手に笑った。


「おとぎ話だな」


 ラピも同意した。


「そう思います。怖かったり大変だったりしたけど、でも、終わってみれば楽しかったですよ」

「おい、これで終わるとは限らないだろ」

「あっ、そうですね」


 ジョイスの指摘に、けれども彼女は相変わらず笑顔だった。


「なんだか夢みたい。見たこともない世界ばっかりで。こんなにワクワクするなら、大変でも、もうちょっと続いてほしいかなーって思います!」

「え、それは勘弁」

「きゃははは!」


 俺の「それは勘弁」は割と本音だったのだが、彼女には笑われてしまった。


「んー……心残りなんですよ」

「何が?」

「あんまりお役に立てなかったから! 結局、足手纏いじゃないですか、私」


 遠い夜の森の向こうを眺めながら、ラピは少し切なそうな顔をした。


「それに、このままカークの街に行って、その後、ピュリスに行って。二、三年くらいバタバタお仕事したら、もう結婚なのかな。そうなったら、今のこと、思い出になっちゃうんだなぁ」


 ジョイスが余計なことを言った。


「遊びたきゃ、もうちょいいけるぞ? ファルスがピュリスに帰ったら、十五歳から帝都の学園でお勉強だからな。あれだ、小間使い枠で行けば」

「えっ! すごーい! パドマっていったら大都会じゃないですか! それ、私、行きます! はい! はーい!」

「それ、ついて行ったら二十歳になっちゃうし、帰国したら本当に結婚を急がないと……」


 ノーラが現実的なことを言うと、ラピが噛みついた。


「片付け先が決まってる人はいいですね!」

「決まってはいないわよ」

「ええー?」

「私だけで決められることじゃないもの」


 実にノーラらしい回答だ。自分の意志は曲げないが、他人にも意志があることを知っている。その上で同意が得られなければ、結果は自らが甘受するしかない。

 というか、片付け先が決まってるってなんだ。みんなの生温かい視線が向けられる。ごまかしたくて、俺は話題を逸らそうとした。


「でもまぁ、みんな、それぞれ先を決めないと。年齢でいえば、タウルとフィラックから結婚してもらわないと……ティズ様に頼まないと」

「俺はいらない」


 真っ先にタウルが拒否した。


「どうして」

「結婚したいと思えない。見ただろ、俺の実家を」


 あれか、過去の自分の家庭生活ゆえに、家族に幻想を抱けないという。帝都の価値観のマイナス面に毒された大森林出身者ならではだ。

 でも、それならフィラックはどうだ。こちらは生粋の正統派サハリア人、血縁と家族を大事にする。


「俺も、なしだな」

「えっ」

「あー、この話はしたことなかったか」


 彼は頭を掻いて、ポツポツと語りだした。


「俺、元々はムスタムのいいとこの商人の家の子だったんだけどな」

「それは知ってます」

「大好きだった幼馴染がいたんだ。いずれ結婚しようとも思ってて。家同士も付き合いがあったから。でも、とある仕事で海に出た時、俺は仲間に裏切られて、海賊に売り飛ばされちまった」


 そこまでは知っている。彼は西方大陸の内海を荒らす海賊のガレー船を漕ぐ人員として、足を鎖で繋がれて、死と隣り合わせの日々を送った。


「それを救ってくれたのがミルーク様だ。もちろん、恩義には感じてたんだが、せっかく助かったんだからと、俺はまず家族と幼馴染に伝えに行こうと思って、すぐムスタムに帰った。両親は大喜びしてくれたよ。でも」

「お、幼馴染は?」


 フィラックは首を振った。


「死んだって聞かされた。要するに……俺は海で殺されたことになってて。それであいつは……はは、サハリアの女ってのは気性が激しいからな。ジルなんか、そうだったろ? で、俺をハメた奴をブッ殺して、その後、捕まっちまったからな」

「そ、そんなことが」

「俺のせいで人生台無しにした女がいるのに、他の女を抱くなんて、できやしないよ」


 湿っぽい話になってしまった。

 この後、人生の意味を失ったフィラックは、報われないことを承知で、当時既に立場が悪化していたミルークの下で、郎党として仕える道を選んだ。だが、何も恩を返せないうちにミルークは命を落とし、以来、俺と行動を共にするに至ったのだ。


「そんなの、そんなの哀しすぎます!」


 ラピの大袈裟なリアクションが救いだ。


「俺はもういいよ。それよりお前らだな。とりあえず、ファルスをなんとかしないと」

「そうね」

「そうだな」


 謎の同意が積み重なっていく。


「ギィ」

「僕の何が問題なんだ」

「ジカクがナいのか」


 ディエドラまで呆れている。どういうことだ?

 だが、既に酔っぱらったタウルは、俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「ファルスはからかいやすい」

「だな」


 まぁ、構わない。

 酒の肴になるくらいは……


「おい!」


 だが、唐突に宴会はお開きとなった。

 険しい表情を浮かべた村人達が、こちらに駆けつけてきたのだ。


「さすがに夜遅い。子供も寝ている。騒がれるとこちらも寝られないから、もう寝床に行ってくれ」


 デサ村に迷惑をかけるわけにはいかない。それで俺達はすぐさま立ち上がり、男達の誘導に従った。


「じゃ、気をつけて」

「大丈夫よ」


 真っ赤な松明の光だけが、暗闇に浮かび上がる。

 分宿せよとは言われたが、まさかこんな形になるとは思わなかった。あれだけ酒も出してくれたくらいなのだから、そんなに警戒されていないかと思いきや、さにあらず。俺達の寝床は、きっちり分断されていた。村の隅の方にある農家の、それも離れになっている建物に、一人か二人ずつ、収容されることになっていたのだ。


 ノーラとラピも、そうした小屋で一晩を過ごさなくてはいけない。

 扉を開けたら、足の長い大きな黒い蜘蛛が這い出てきたが、村人は「毒はない」と気にした様子もなかった。


「しょうがない、酔っ払いはここだ」


 タウルは少々飲み過ぎていたので、一人で小さな小屋に放り込まれた。だが、それはさほどの問題にはならなかった。敷かれていた布団の上に横になると、彼は寝そべりながら俺達に手を振った。

 次の小屋には、ジョイスとフィラック、クーが落ち着いた。


「お前らはここだ」


 ひどかったのは、ペルジャラナンとディエドラの寝床だ。家畜小屋とは聞いていたが、これでは廃屋同然だ。


「キにしない」

「ギィ」


 だが、もはや人間社会での扱いは慣れたものと、二人とも頓着しなかった。こういう場合には、言い争いが無益なのは、俺も承知している。

 最後に残った俺も、村外れの小屋に案内された。


 暗い小屋の中で、ほっと息をついた。さっきまでの宴会の余韻がじんわりと心に響く。

 久々に楽しく過ごした気がする。なぜだろう、と思い返してみる。いつもいつも張り詰めっぱなしだったのが大きい。アリュノーでは、ワングの別邸でのんびりしたが、実のところ、俺は仕事を作って根を詰めるばかりだった。毎晩、手に入れた魔術書を読み耽っていた。

 その前はどうだろう? 戦争の後、キトで……でも、こっちも同じだ。黒の鉄鎖から奪った魔術書を読むのに時間を使っていたっけ。大森林での探索を成功させるべく、精神的にはずっと緊張したままだった。更にその前となると、もうピュリスに一時的に帰った時くらいか。あれはあれで、ノーラをどう振り払おうとか、悩んでばかりの時間だった気がする。

 本当に、ずっとずっと気持ちの余裕がなかった。


 いつから、こんな時間の過ごし方ができなくなったんだろう。

 そんな風に思いながら、俺は薄い布団の上に横になり、これまた薄い布団を引き寄せて、横になった。

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― 新着の感想 ―
タンディラールはファルスなんか怖く無いみたいなこと言ってたし色々上から目線なこと言ったり面倒な仕事を出したりしたんだから寧ろ禿げろ
[一言] フィラックはさっさとピュリスへ行くんだよ! これでピンと来ないファルスも大概ニブイなとも思いますが
[良い点] ここありが僕の唯一の心の錨だって最近しみじみ感じます [気になる点]  扉を開けたら、足の長い大きな黒い蜘蛛が這い出てきたが、村人は「毒はない」と気にした様子もなかった。 なぜゴキブリ…
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