亡者の投票
船は島から少し離れたところに停泊した。水深が浅くなってきているので、これ以上進むと座礁の危険があるためだ。俺達は、ボートを下ろして上陸することになった。青玉鮫軍団の船員達は、俺達が少し離れると、船を旋回させ始めた。この島から去るときに備えてだ。
ボートが砂の上に滑り込む。大森林で散々やったように、俺達は船首から飛び降りてロープを掴み、陸側に引っ張り上げた。ただ、周囲にはボートを固定できるような樹木や岩がない。一面、見渡す限り、黒ずんだ火山性の砂浜で、かなりの広さがある。
逸る気持ちを抑えて、ボートの向きを海側に変えておく。最悪の事態に備えておかねばならない。何かの問題があって、大急ぎでここから逃げ出すことだってあり得るのだ。
俺は、いつになく黒ずんだ海水を、なんとはなしに見つめていた。
水の流れは半ば停滞していて、砂浜はチャプチャプと洗われる程度。そこに少し大きな波がきて、トプンと音をたてる。海底は見通せない。今、ここでは流れが淀んでいても、どこかで大波が起きているのかもしれない。それが海底の砂を巻きあげて、濁らせているのだろう。
「こっちに足跡があるわ」
今は引き潮なのだろう。黒い砂は湿ったままだったが、そこにははっきりと大勢の足跡が残されていた。
遠くを見渡すと、起伏のある島だというのが見て取れる。この砂浜はやたらと広いが、ここからまっすぐ足跡に沿って進むと、途中から舗装された道に置き換わる。更に進むとちょっとした小山に行き当たる。その中腹には、古代の建造物が腰を据えている。砦なのか、神殿なのか……
小山の麓あたりから、ポツポツと木々が生えてきていた。また、足下の道が左右に分かれる。左手は、そのまま石の階段になっていて、登った先に、さっき遠目に見た建物がある。右手には、また別の……まるで山をどこかで輪切りにしたような、巨大な台みたいなものが見えた。
「どっちだ?」
ディエドラが、右手にある古い石の標識に気付いて指差した。一抱えもある円筒状の黒い石が、ちくわのように斜めに輪切りにされている。その断面に、文字が刻まれていた。
「これは……『イーヴォ・ルーの座所』とあるぞ」
シャルトゥノーマが解読して説明する。
とすると、遠くに見えるあの台座のようなだだっ広いあの場所が、かつての魔王の居場所だったということか。城のような建造物もなく、平らな場所には木々が一切生えている様子がない。石畳で舗装でもしてあるのか? だが、一千年もの間、南国の風雨にさらされながら、一切植物が根を張らない場所というのも、少しおかしい気がする。
「多分、そっちじゃねぇな」
ジョイスが階段の上に目を向ける。
「こっちから、微かに心の声が聞こえてきやがる」
俺達は階段に足をかけた。
幅広の階段を踊り場まで登ると、その突き当たりには、壁に埋め込まれた石碑があった。
「また読んでもらっていいか」
「ああ……読めるところだけだが」
シャルトゥノーマは、手早くフォレス語に訳した。
『かの邪なる者どもの帝国は我らを脅かし、世界の主たり得ぬ女神もまた異界の剣を招き寄せた』
『我らやむなく大神の意に逆らって、魂の船を我らが槍とせんものとす』
『禁忌なるは承知なれども、始祖はいまさず、いまや民を導く者こそ自ら道を定むるべし』
『身を捧げし者どもに賞賛あれ 千九百十七年 水の月二十一日 パーディーシャー・カッシ・コントラインディ・プラブットゥア記す』
あとはひたすら人名が後ろに続いているだけだった。
「なんのこっちゃ」
わけがわからないというように、ニドが首を振る。
「禁忌、ですか」
ビルムラールが難しい顔をする。
「このプイーブ島には、普段は王族しか渡ってはならないことになっているのです。王衣の家の人間でも、ここのことはほとんど知らないはずです。ですが、魔王の何かを封じているにせよ、どうしてそこまで秘密にする必要があったのか」
「マオウじゃない、カミだ」
「そんなことより、どっちだ」
キースは、踊り場からの階段を見比べていた。左手はここからまた、別方向の下り階段になっている。右手は登りだ。
「誰かいるのは、上の方だと思うぜ」
「じゃ、さっさと行くぞ」
また、俺達は階段を登り始めた。
それから間もなく、遠目に見た、あの大きな石造りの建物に辿り着いた。斜面に聳える長方形の建物だが、そこからは山の周囲を囲うように、石の柱とそれらを繋ぐアーチも築かれていた。
山を囲むこの石柱とアーチ、それらに支えられた横の柱は、特徴的な形をしていた。ところどころ針のように突出した部分がある。横向きに渡された石の通路……あれは通路なのか? 目測だが、大人の男が一人立ったら、もうそれでいっぱいになってしまう。
中に立ち入ると、ひんやりとした空気が頬に触れた。だが、ここに人がいるのは間違いない。四角い石の燭台の上には、灯火が点されていたからだ。
室内は、二階建ての高さがあった。一階分のフロアには順路が刻まれている。足下の床に従うなら、右手に向かって歩いていき、暗い口を開けている別の部屋に入る。その部屋には二つの出入口があるが、もう一つの出口からは、こちらに戻ってくる矢印が床に刻まれている。それはそのまま右手に折れて、階段を登るようにと指し示している。
その階段の両脇に、灯火が点されているのだが、そこにあった石のプレートの記述が不穏だった。
『身を捧げるに足る者のみ通ること』
シュライ語でそう刻まれていた。
二階分の通路は右手に進むだけで、そこから次の部屋に上がるための階段に繋がっていた。
進んだ先にあった部屋も、二階分の高さがあり、奥の方が高くなっていた。今度は順路は左にまっすぐ進んでいて、下の階と同じように、二つの出入口を持つ部屋を経由するようになっていた。左右反対の造りになっているだけで、あとはほぼ同じだった。
階段のところには、やはり石のプレートがあった。
『身を捧げることを誓った者のみ通ること』
二階部分の左端に上に繋がる階段があった。
そこを登ると……
「ようこそ」
よく通る老人の声が、その広間にこだました。
構造はこれまでと変わらない部屋だ。二階分の高さがあり、奥の方が二階部分になっている。その間を階段が繋いでいる。これまでと違うところがあるとすれば、階段の位置だ。二階部分に上がるのも、更に上に進むのも、どちらも真ん中にある。
プレートには、こう刻まれていた。
『身を捧げし者は一切を忘れよう、けれどもその献身は忘れられまい』
そして、その二階部分には、三人の人影があった。
一人はイーク王太子だ。着の身着のまま連れ出されたのか、何の装飾も柄もないパジャマのような格好で、靴すら履いていなかった。そのすぐ後ろに立つ男は、一度見たら忘れられないだろう。右半身が刺青に覆われている。紫色の腕には、黒い金属の棒が握られていた。
そして最後の一人が前に立っている。黒い長衣を身に着け、フードを被っている。さっきの声の主が、彼だ。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「顔を見せろ」
俺は、そいつを睨みつけながら言った。
「黒の王衣……いや、パッシャの総帥、デクリオン」
俺の声を聞いて、彼は一瞬動きを止めたが、ゆっくりと手を添えてフードを脱いだ。そこに見えたのは、確かに見覚えのある彼の顔だった。
「偽名を使っていて申し訳なかった。だが、せめて代行者と呼んでくれたまえ」
「何を企んでいる? お前が何をしようが、もう逃げきれやしないぞ。死ぬ覚悟はできているのか」
すると彼は、本当に毒気のない笑みを浮かべた。
「君らが私を殺すということかね? いいとも! 次期ポロルカ王イークの命がなくなってもいいのなら、それは可能だろうね」
「私に構うな! ……ぐっ!?」
イークは俺達に向かって叫んだが、ウァールが後ろからその腕を捻りあげて黙らせた。
「本人は自分ごと殺していいからやれってご所望だぜ?」
タルヒを引き抜き、肩に乗せながら、キースは言った。
実際、勝ち負けだけを考えるなら、こちらの圧勝は確実だ。デクリオンも人間としては一流の魔術師で、ウァールは人外の能力を持つ元贖罪の民の戦士だが、こちらにはキースもいれば、俺が手を加えて強化してきたノーラやペルジャラナンもいる。そこにシャルトゥノーマやディエドラといったルーの種族、ジョイスにビルムラール、ニドと、それなりにやれるのが揃っているのだ。
「正直なところ、私はそれでも構わないと思っているよ。キース・マイアスだね?」
「様をつけろ、ジジィ」
「自称世界一の剣士の手にかかって死ぬのなら、光栄と思わねばなるまいね」
「自称は余計だ、クソジジィ。決めた。お前は俺が殺す」
少々内実のないやり取りの後、デクリオンは少しの間をおいて、俺に向き直った。
「だが、これは本音だ。私はもう、命を惜しんでいない。いや、本当に……私個人の生き死になど、瑣事だ。君が満足できるのなら、剣の錆にしてもらって構わないのだよ」
「どういうことだ」
「そのままの通りの意味だよ。本当のことを言うなら、実は私は、君ら相手に時間稼ぎをしなければいけない立場だった。だが、少し前にだいたい片付いたらしくてね。だからもう、私の仕事はほぼない。まぁ、生きていれば働きはするがね……死んだところで、決定的な影響はない」
俺は少し苛立って、改めて問い質した。
「だから、何をしようとしていたんだ。答える気がないなら、望み通り、すぐさま殺してやる」
「いいとも。我々がしていたのは、組織の目的を果たすことだった」
「目的? 世界の修復だと言ったな」
「そうとも! よく覚えていてくれた。その修復手段が、やっと得られたのだよ。これで世界は完全なものになる……もう誰も悲しまない。誰も苦しまない。飢えも渇きも、憎しみも悲しみもない。こんな嬉しいことが他にあるだろうか」
両手を広げて、笑顔で彼は語った。だが俺は、そこに何か狂気じみたものを見出してしまった。
「そんな、誰も苦しまない世界なんて、実在するわけがない。ああ、お前らはそうだろう。ポロルカ王国を牛耳って、ありとあらゆる欲を満たすんだ。でも、お前らの踏み台にされる人達は、これまでも、これからも、ずっと苦しみ続ける。独りよがりの正義を振りかざして満足か?」
俺の問いに、彼は大きく頷いた。
「独りよがりでない正義があるのかね? ただ、誤解は解いておきたい。我々は、王国を支配して栄耀栄華を極めようなどとは思っていない。それどころか、もし出来得るなら、この私自身こそ、最もつらく寂しい役目を果たそうとさえ思っている。そこに嘘偽りはない」
だが、そこで彼は頭を抱え、首を振った。
「ああ、済まない。君らは我々が何をしてきたのか、それを知りたいのだね。気持ちが先走ってしまって、わかりにくい話をしてしまった。お詫びに、組織のしてきたことを説明させてもらおう」
彼は中空に指を一本立てて、話し始めた。
「まず、ファルスは知っていると思うが、我々組織は、女神の支配に抗う手段を探し求めていた。スーディアでは古の封印を解いて、かつて盆地を支配していた魔王……魔王といっても、実に小者ではあるのだが……シュプンツェなる存在を復活させた」
デクリオンは拳を握りしめ、力説した。
「あれは最後までやり切らねばならない実験だったのだよ。女神の封印を破るということがまず一つ。それから、古代の神域……いわゆる『招神異境』が機能するかどうかを確かめる意味もあった」
聞きなれない単語に、誰もが眉を寄せた。
「おや? ファルス、君は知っているのかね? 招神異境の存在を」
「知るわけがないだろう」
「はっはっ……じゃ、そういうことにしておこう。これも君達にわかるように言うと、招神異境とは、今では幽冥魔境と呼ばれる場所のことだ。つまり、君らが魔王と呼ぶ存在、その本拠地を意味する言葉だよ」
ビルムラールが尋ねた。
「では、ここにはイーヴォ・ルーの本拠地があったということですか。であれば、別に不思議はありません。ポロルカ王家がこの島を禁制地にして、立ち入りを禁じてきたのにも、そうした理由があったのでしょう。しかし、いまや魔王はいません。この島を我が物にして、何の役に立つのですか?」
デクリオンは深く頷いた。
「いかにも、イーヴォ・ルーは滅びた。しかし、たとえ滅ぼされようとも、神がこの世界に及ぼした影響は、消え去りはしないのだよ。つまり、この島は変わらずイーヴォ・ルーの聖地であり、女神や龍神の手の届かない場所なのだ。そうだろう? ファルス」
俺は知っている。
シーラがアルディニアの山奥のどこかに招神異境を置いていることを。そこに閉じこもる限り、彼女は誰にも見つけられずに済む。龍神や魔王すら、その領域には立ち入れないのだ。
また、スーディアで起きたあの惨劇もよく覚えている。シュプンツェが復活し、人々を呑み込んで暴れまわっても、ヘミュービは飛んでこなかった。なぜなのか? 人間など、どうでもいいと思っている薄情な神だから? 違う。ヘミュービは、少なくとも自分だけの力ではスーディアに「入れなかった」のだ。
恐らく招神異境とは、一種の治外法権が通用する領域なのだ。
「だが、それだけではない。その神がもたらした祝福が今も生き続け、しかもその効果が最大化される場所でもある。だからこそ、組織はなんとしてもこの島を手にする必要があった」
デクリオンは、俺達の遥か後ろ、南方大陸がある方を指差した。
「だから、そのために少しばかり遠回りをした。ラージュドゥハーニーに疫病を流行らせ、次に我々組織がそれを癒した。そのことを組織の協力者だった貴族達を使って奏上させ、ある程度自由に動ける立場を手に入れた。それがこの、黒の王衣というわけだ。ついでに、患者達には特別製の薬を飲ませた。つまり……」
「この腐れ外道」
思わず俺は吐き捨てていた。
「お前らが病気をばら撒いた。それで救いを求める人には、治療薬と一緒に、精神操作魔術の触媒を飲ませたんだな? だから、その人達はお前らに操られて今、暴れ出した」
「ご名答。まさに一石二鳥の策略だった。自画自賛ではあるけれども」
「ごちゃごちゃうるせぇ」
待ちきれなくなったキースが言った。
「要するに、テメェらは何をしてぇんだ。それをとっとと言えや」
「失礼した。では、簡単に述べよう。得られた力を使って、世界を支配する」
「けっ、わっかりやすいなぁ」
「最後まで聞きたまえ。それは手段であって目的ではないよ。もし世界が大人しく我々の支配を受け入れてくれた場合には、組織はごく穏やかな手段を提案する。なんてことはない。全人類に不妊手術を施すだけのことだ」
不妊、という言葉を聞いて、俺達の中の半分くらいは、目が点になった。
ジョイスが言った。
「不妊って、ガキ産めなくするってことかよ?」
「その通り。無論、誤魔化そうとするのはいるだろうから、そういうのは誅殺しなくてはならないがね……大人しく我々の説得を聞き入れてくれた善良な市民には、決して傷をつけない。生活もこれまで通りでいいし、財産も奪わない。なんなら協力に感謝して、貧しい人にはできる限り財貨も与えたい。約束しよう」
今度はノーラが尋ねた。
「そんなことをされたら、誰も子供を産めなくなるじゃない。世界が滅ぶようなものなのに」
「それこそが我々の悲願なのだよ」
俺は首を振った。
「狂ってる。じゃあ何か、お前達の支配を受け入れなかったら、手に入れた力とやらで、全世界の人間を皆殺しにするとでもいうのか」
「その通りだとも」
「誰がそんな滅茶苦茶に賛成する? ただ独りよがりなだけだ。どこに正義らしさがあるんだ」
だが、俺の指摘に彼は我が意を得たりと笑みを深くした。
「誰が賛成するか、だって? ファルス、よく考えてくれないか」
彼は両手を大きく広げて尋ねた。
「君らの中で、私が今言ったこと……全人類の死滅に賛成する人はいるかね? 多分、恐らく、きっと一人もいないだろう」
「当たり前だ」
「だが、それはあくまで君らだけの意見だ。ただもちろん、これがもし、ラージュドゥハーニーの市民全員とか、フォレスティア王国の人間全員とかであったとしても、まぁ変わらないだろうと思っている。だが、だがね……」
彼の目が怪しく光った。
「……君は、死者の意見を取り入れたかね?」
「は?」
「既に亡くなった方々の主張を計算に入れたかと尋ねているのだよ」
そんなもの、どうやって確認できるというのか。
彼はまた人差し指を立てて言った。
「想像してみたまえ。この世界で大勢の人々が生まれ、死んでいった。大半は貧しい庶民だ。子供の頃から大人になるまで、支配者達の搾取にさらされて、ずっと重い税を支払い続けてきた。何十年も生きて、果たして人生に価値があったと思えただろうか。もちろん、愛し合える家族をもてた人なら、そう思うかもしれない。だが、多くの場合、結婚も出産も育児も、また妻子を養う仕事も、すべてが義務、義務なのだ。そんな人生の歓びは小さいか、まったくない。それは支配者達の利益を確保する新たな奴隷や家畜の再作成に過ぎない」
次は中指を立てた。
「それでも平和に生きて、平和に死ねたのならまだましだろう。だが、実際には追い詰められて野盗に身を落とし、最後は処刑された人もいる。飢饉のせいで妻子を手放した人も気の毒だが、売られた子供達の運命もまた、少なからず悲劇だ。ファルス、君のように出世できた元奴隷など、ごく一部なのだよ。多くはそこにいるニドのように、最悪の扱いを受けて死んでいく」
次は薬指。
「戦争もある。突然、隣の領地から兵士達がやってきて、妻子や友人、ことによると自分自身を殺していく。死の瞬間はどれほど悔しいことだろうね。自分達を殺した敵国の兵士を一人でも殺してやりたい。でも、それは叶わない……無念の思いを抱えたまま、彼らは幽冥魔境を彷徨うしかないのだ」
そして彼は手を下ろした。
「今を生きる人々が投票するなら、それは当然、死にたくないというだろう。今後とも世界が存続しますようにと、そちらに一票を投じるに決まっている。だが、そうした直接の利害関係を持たない死者が意見するとしたら、また話は違ってくると思わないかね。自分が生きたような重税と苦役の生涯など繰り返すべきではない。妻子と自分を敵国兵に蹂躙させるがままにしたこんな世界など、続いてほしくはない。すべて終わりにするべきだ。そういう彼らの声が聞こえてこないかね?」
世界の修復。それがパッシャの目的だ。修復とは、かつて存在したはずの理想的な状態に巻き戻すということ。だが、それは実際にはなし得ない。
だから彼は……これ以上、破損が広がらないようにしようと言っているのだ。
「だから今を生きる人達に犠牲になれと、そう言っているのか」
「いいや。言っただろう? 我々に従ってくれるのなら、暴力には訴えない。ただ、不幸の再生産をやめてもらうだけだ。みんな平等に死ぬ……そして、生きる苦しみから解放された時、やっと本当の自由がやってくる」
「馬鹿な」
「馬鹿とはなんだね。では、過去に一方的に犠牲になった人々に、無限の譲歩を強いるのかね。これから一方的に生まれることを定められる人々に、今後とも負担を求めるのかね」
声が出なかった。
それでも、と言い募るのなら、それはただの利害の衝突でしかないから。俺が生きるためにお前は死ねと、そう言っているのと変わらないから。
それに……
不老不死を追い求めてきた俺と、この世界を拒絶するデクリオンと。
どう違うというのだろう?
「あくまで君の想定する範囲の世界を救うために、物言えぬ弱者たる亡者達、いまだ生まれぬ人々に犠牲を押し付けて、正義の味方面かね。身勝手そのものだ」
そして、デクリオンは言い切った。
「我々は、そんな世界を受け入れない」




