表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十五章 南海の暗雲
777/1082

不死身の怪物の訪問

 冷え冷えした夜の最後の吐息が、そっと俺の頬を撫でていく。

 それが内心の焦りを掻き立てる。


 一直線に続く街路は、いまだに濃い灰色のシルエットでしかなかった。左右に並び立つ家々は、かすかに青みがかった長い影を落としている。けれども、道の向こうには灰色の雲が、まるでショーウィンドウに顔を押し付ける子供達のように犇めきあっていて、その狭間からは一条の光が差し込んできている。

 完全に夜が明けるまで、もう間がない。


「左の通路の兵士、行きました」

「念のため、人払いは続けてる」

「よし、進もう」


 いまだに金獅子軍団の兵士達は、俺達を探し回っているらしい。無理もない。この状況では迷惑がかかるのは間違いないが、それでも俺達はシェフリ家に行くしかなかった。

 アーウィンが俺達を追ってきた。つまり、今、ポロルカ王国を揺るがそうとしているのは、パッシャだ。それも、恐らくだが俺をバグワン殺害犯に仕立て上げるくらいには、権力に食い込んでいる。だが、それだけではない。


「ねぇ、ファルス」

「なんだ」

「そこまで急ぐ必要があるの?」


 ノーラの疑問ももっともだ。

 パッシャは世界にとっての脅威ではある。それが六大国のうちの一つを動かすようになったとすれば、大問題だ。だが、それに立ち向かうのは、別に俺達の義務ではない。事実が明らかになれば、世界中がポロルカ王国に自浄を求めるだろう。

 だが、パッシャが今回、目的としている何かは、単に一つの王国を裏から支配する、といった程度のものではないように思われる。


「たぶん」

「どうして? このまま逃げて、ティズ様に伝えるだけではダメなの?」

「シッ」


 ジョイスが前に出て腕を広げる。俺達は立ち止まり、数秒間待つ。


「行ったぜ」


 それでまた、俺達は目を見合わせて、小走りになる。


「急ぐ理由は」


 疲れもあって、言葉がすぐ出てこないが、俺は声を落として説明を続けた。


「パッシャが急いでいるからだ。奴らの目的はわからないけど、その目的はもうすぐ達成される」

「どうしてわかるの?」

「イーグーが一人で戦いを挑んだこと。アーウィン相手に負けたみたいだけど」


 まず、これが材料だ。

 もしパッシャの目的がポロルカ王国の支配にあるだけなら、イーグーだって慌てて決着をつける必要がなかった。


「僕にバグワン殺害の容疑をかけたのも余計だ。僕がパッシャの人間なら、そんなことはしない。ほったらかしにしておく。そうすれば邪魔な僕らは、そのうちこの国を去っていく」

「そうね」

「いや、その前にバグワンを使って王都から遠ざけたのも、そのためだったのかも。あそこで二週間も過ごせば、王都に帰ってくる頃には土地利用の許可も下りている。僕は何事もなく、またアリュノーに引き返していた」


 クーが難しい顔をしていた。


「つまり、バグワンという地方領主の方は、パッシャの協力者だったということになりますね」

「他に考えられない。でも、僕を毒殺しようとはしていなかった。彼の仕事は、あくまで足止めだったんだ」


 だが、わかるのはそこまでだ。


「じゃあよ、第三王子? あの、牢屋まで来たっつうティーンって野郎もパッシャと手ェ組んでんじゃねぇのかよ。ちょうどイーク王子に王位を取られて、悔しがってたろうが」

「どうだろう。そこは確信がもてない」

「なんでだよ?」


 確かに、ティーンとバグワンがどちらもパッシャの協力者で、互いのことも把握しているという可能性はある。だが、それはいろんな意味で問題があるのだ。


「ティーンはバグワンと一緒にパッシャに協力していて、互いにそのことを知っていたとする。じゃあ、バグワンは何のためにパッシャに手を貸すのかな」

「そりゃあ正式な貴族に」

「密告した方が早い」


 イーク王子辺りにティーン王子の不祥事を伝えるだけで、功績になる。無論、パッシャに報復されるリスクもついてくるが……ただそれは、そもそもパッシャに協力した時点で、ことが露見して処刑される可能性を考えれば、どっちもどっちといったところではないか。


「ティーンもバグワンも、どちらもパッシャの協力者で、でも互いのことを知らなかったとする。だとしたら、ティーンはバグワンを殺してまで僕を罠にかけようとしたことになる」

「お、おう」

「だけど、自分が後援者になっている人物を、そうやすやすと殺すかな? 普通は他の方法を考える。だって、バグワンと僕を引きあわせたのは彼自身なんだから。この件は、ティーン王子自身にとっても失点になっている。だから、もしこれが成立するとすれば、ティーンだけがバグワンの事情を承知しているという状況だ。だけど、それって変じゃないか?」


 走りながら、ジョイスは数秒間考えて、首を傾げた。


「変じゃねぇだろ? 王子様と地方領主じゃ、格が違ぇんだ。そういうことだってあるだろ」

「格が違う。その通りだ。でも、それは誰にとって?」

「あん?」


 察したクーが言い添えた。


「パッシャにとって、ですね」

「その通りだ」

「どういうこったよ」


 呼吸を整えてから、クーは説明した。


「ティーン王子がバグワン様の裏事情を知っていて、逆はないとすればですよ? その裏事情を教えたのは誰ですか。王子とバグワン様は、それぞれ個別にパッシャの協力者になったわけですから」


 つまり、仮に王子がバグワンを切り捨てるという決断をしたにせよ。そのような判断を下すように誘導したのは、パッシャの側なのだ。


「それに、不可解なこともありますし」

「ちょっとクーちゃん、喋ってばかりいないで、『人払い』やってよ」

「あっ、ごめんなさい」


 息を切らしたラピの指摘に、彼は慌てて詠唱を始めた。

 だが、彼の言わんとしたところは、俺もよく承知している。


「そう、いまだに辻褄が合っていないところが残ってる」


 それをタウルが端的に指摘した。


「ファルス毒殺のこと」

「そう」


 あの場で俺を殺すメリットがあっただろうか? 余計なことをしなければよかったのに。


「僕があれで死んだとしよう。そうしたら、ノーラはどうする?」

「……まず、原因を調べるわ」


 そして彼女は一人ではない。俺と行動を共にしてきたペルジャラナンや、ビルムラールの手を借りることもできる。キースの頭の中はわからないが、いざとなったらノーラは拝み倒してでも協力を引き出すだろう。名門シェフリ家の助力を得て、人間としては一流の戦士と共に真相究明に乗り出すのだ。

 シャルトゥノーマやディエドラはどうするかわからないところがあるが、彼女らの任務は人間社会を学ぶことだ。俺の代わりにノーラが保護者の役目を果たすことを考えれば、これまた力を貸してくれるに違いない。もっとも、亜人や獣人のことまで、パッシャが把握しているとは考えにくいのだが。

 仮に先のサハリアの戦争でのノーラの働きをある程度でも知っていたとすればどうだろうか。実際、知っていた可能性が非常に高いのだが……ノーラはフマルの騎兵隊を壊滅に追いやった謎の戦力だ。こんなものを怒らせる理由がない。

 だが、昨夜、マバディはノーラを攻撃した。そうする必要があったからだ。これまた倒しきれないまでも負傷させて、時間稼ぎをしようとしたためかもしれない。


「どう考えても、パッシャは得をしない。想像を膨らませて、例えば第三者が僕にパッシャの存在を教えるという目的があったにしても、ちょっと乱暴すぎるやり方だし」

「あの」


 クーが口を差し挟んだ。


「もしかして、両方にとっての敵、ということはないでしょうか」


 とすると、話が一気にややこしくなる。

 だが、あり得ないことではなかった。


「この辺、まだわかっていないとするしかない」

「見えてきた」


 タウルが指差した先に、あの寂れたシェフリ家の石の壁が小さく見えた。


 礼儀も何もあったものではなく、俺達はいきなり庭に踏み込み、荒れた芝生の上を歩いて、門を小さくノックした。

 さほど待たされることもなく、年老いた使用人のアディンが扉を開けてくれた。そして、以前訪問した時と同じ、あの微妙に埃っぽい応接間に案内された。


「みんな」


 この早い時間にもかかわらず、ほとんどみんなが既に目を覚ましていた。キースだけは寝ているようだが。

 しかも、フィラックは既にこちらに仲間を連れて合流していたらしい。


「しくじった。金獅子軍団に追われている」

「魔物討伐隊にも狙われてるみたいだな。昨夜、こっちに逃げ込んでから、真夜中だっていうのにザンのやつが顔を出したよ」


 まだ俺達をつけ狙っているのか。

 無駄に疲労感をおぼえて、俺は溜息をついた。その時、足音が廊下の向こうから響いてきた。


「ファルス殿がいらっしゃったか」

「ヒラン様」


 家の主に、俺は慌てて頭を下げた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「いや、話は聞いております。どうやらおかしなことになっているようで」


 俺が不当に逮捕された件も承知してくれているのだろう。

 それなら話が早い。


「では、ヒラン様。今は非常事態です。先の冤罪の件、まだ恩赦は下っていないかと思いますが、至急、王家に話を伝えていただかなくてはなりません。実は」


 その時、アディンが部屋に駆け込んできた。真っ青な顔をしている。


「お話し中すみません、旦那様」

「どうした」

「お客様が」


 ヒランは怪訝そうな顔をしたが、もしかするとディンやワングがやってきたのだろうかと、俺は楽観的に考えた。

 だが、その期待は、廊下から聞こえてくる足音によって否定された。ピタッ、ピタッと聞こえてくるこの音は、素足で歩いていることを示している。ストゥルンじゃあるまいし、そんな奴がその辺にいるわけもない。第一、彼なら使用人の案内を待つくらいの礼儀は弁えている。

 そして、そいつは部屋の入口に姿を現した。


「や、やぁ、おは、おはよう」


 その馬面の男には、見覚えがあった。

 髪の毛も白くなりかけていたが、肌はといえば生気がなく、まるで死人のように青白かった。顔は皺だらけで、瞼が縫い合わされている。服はといえば、辛うじてズボンを履いているだけで、上着はほとんど裂けてしまっている。そこから覗くのは、浮き上がった肋骨だ。


「ひ、久しぶり、ファルス」


 フォレス語で話しかけてきたそいつは、いかにも嬉しげに微笑んだ。

 この場にいるほとんどの人は、彼が何者かを知らない。俺とノーラだけが知っていた。


 俺は、一瞬の混乱から立ち直ると、身を低くして前へと一足に踏み出し、剣を横に振り抜いた。


「えぇっ!?」


 ラピが驚きの声をあげる。

 この一撃でそいつの首は宙を舞った。


 いきなり殺すとは思わなかったのだろう。だが、相手が相手だった。

 まさかこんなところにノコノコと、パッシャの最高幹部、第六位階のハイウェジがやってくるとは。


 首を吹っ飛ばした後、俺は鋭く後ろに飛び退いて、剣を鞘に戻した。

 あとはハイウェジの胴体が前に倒れるのを待つだけ……


 と思ったら、宙を舞った首が、まるで吸い寄せられるかのように、また元の場所に落下した。若干のドロつく血が床に散ったが、それだけだった。


「い、いきなり、ひどいな、はは」


 今、確かに首を両断したのに。

 ハイウェジは、何事もなかったかのように、微笑んでみせた。


「えっ、ええぇぇぇっ!?」


 突然の殺人に続いて、殺しても死なないという奇跡を目にしたラピは、また叫んでしまった。

 これには誰もが目を丸くした。


「お、おれは、そんなものじゃ、死なない」


 どもりながら、ハイウェジはあくまで穏やかにそう言った。


------------------------------------------------------

 ハイウェジ・クオーナ (39)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク4、男性、39歳)

・スペシャルアビリティ 痛苦の生

・マテリアル 神通力・高速治癒

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・思念視覚

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・怪力

 (ランク2)

・マテリアル 神通力・縄抜け

 (ランク2)

・スキル フォレス語  5レベル

・スキル ルイン語   5レベル

・スキル シュライ語  5レベル

・スキル 格闘術    5レベル

・スキル 軽業     2レベル

・スキル 水泳     3レベル

・スキル 裁縫     1レベル

・スキル 農業     1レベル


 空き(26)

------------------------------------------------------


「みんな! こいつはパッシャの幹部だ! 気をつけろ!」


 言外の意味を悟って、タウルは通路とは反対側、庭のある方に注意を向けた。後をつけられたのか、それとも最初からシェフリ家を見張っていたのか。とにかく、新手がやってくる可能性がある。


「こ、ここには、おれ一人」


 だが、彼は俺達に襲いかかるでもなく、淡々と話した。


「ファルス、お前と話をしたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] パッシャとルーの種族の考えは似ているから、共通の敵は使徒ということになる。つまりルアが言いたかったのは、使徒が起こす災厄をパッシャと協力して止めろ。 これですね、分かっちゃいました。
[気になる点] 何が起こっているのか、この世界の勢力図はどうなっているのか、切りの良いタイミングでまとめて解説して欲しいです。人物名と所属団体が記憶にない、、、。誰だっけ、、、。 [一言] 777話、…
[良い点] 痛苦の生、まるでエッチ先生なのです。 思念視覚ってなんだろ。 [気になる点] ハイウェジは変性毒や腐蝕では死ぬのだろうか? ピアハン使えばほぼ確定で死にそうだけど。 縛れば無力化できるか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ