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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十五章 南海の暗雲
761/1082

ポロルカ王の側近達

「行かせるな」


 宿の広間で、俺の顔を睨みつけて、シャルトゥノーマは言い切った。


「人のことを何だと思っているのか。どうしてこちらが媚びねばならない」

「ま、まぁ、そうなんだけど」


 彼女は完全に怒っていた。言うまでもなく、先日のザンの振る舞いのせいだ。

 冒険者ギルドで、いきなりペルジャラナンに斬りかかった件もそうだが、決定的だったのは先日の青竜討伐だ。


「どさくさに紛れて、何をしてくれたか! 顔を見たら、殺さずには済まない。あの野蛮人」


 一匹目の青竜が水門を潜り、ようやく間近に捉えたザンの船に水流のブレスを命中させた。ここまでについて、彼ら魔物討伐隊の働きはまったく称賛に値する。作戦通り、上流の水門は既に閉じられており、どのみちザンの船はここで座礁する運命ではあった。

 彼らが船を捨てて、浅瀬同然になった川底に降り立つ頃には、貯水池の脇の森に伏せていた兵士達や冒険者が大挙して青竜に襲いかかっていた。無数の矢が青竜の体に突き刺さったが、これだけでは倒しきるのに相当な時間を要したことだろう。陸上の軍団が投石機を持ち込んでいたが、これもなかなか決定打にはならなかった。

 そんな中、目に見えてダメージを与えたのが、ペルジャラナンだった。強烈な炎の弾丸が青竜の顔面を弾き飛ばした。間断なく頭部を狙われ、そのせいで青竜はなかなか効果的な反撃に出ることが難しかった。あれだけ巨大な怪物でも、目は二つしかないのだ。ある意味、ザン達が船から安全に脱出できたのは、彼のおかげだと言える。

 青竜が弱るにつれて、兵士達はだんだんと大胆になった。矢が届く距離から、投槍が届く距離にまで近づき、鱗に守られたその胴体に次々と槍を突き立てていった。俺とノーラが現場に到着したのは、ちょうどそのくらいの時点だった。

 頃合いやよし。急所に、具体的には脳や脊髄にトドメの一撃を入れようと、みんなが近付いた。ペルジャラナンも、この段階では火球を控えて、接近戦に切り替えた。爆発しているところには、誰も突撃なんかできないからだ。

 最初にキースが真下に辿り着くと、身動きなどできないかと思われた青竜が急に目覚めて噛みつこうとした。だが、そこは百戦錬磨の彼のこと、あっさり横に飛び退いて牙を避けると、一足跳びに青竜の顔面に足をかけ、眼球からタルヒを突き入れた。当然に青竜も暴れたが、キースの仕事ぶりに不足はなく、結局、頚椎をしっかり断ち切って絶命させた。


 問題はその後だ。

 青竜が今度こそ突っ伏して絶命したとわかった直後、ザンは同じくすぐ下まで駆けつけていたペルジャラナンに向けて、またもや刃を振り下ろしたのだ。さすがに今度は、ペルジャラナンも剣と盾を構えていたし、前回のことがあったので、それはあっさり受け切った。とはいえ、あまりといえばあんまりな振る舞いではないか。


「大人しく人間どもの頼みを聞き入れて危険な仕事を引き受けたのに、その報酬があれか? 駄目だ。私はあの顔を見たら、とても黙ってはいられない。恥知らずめ」


 前から思っていたが、シャルトゥノーマは若干、怒りっぽいところがある。人間への不信感と嫌悪も強い。

 この辺は、ディエドラやペルジャラナンの方が、平均から外れた存在なのだろう。とはいえ、今回はディエドラも怒っているが。


 ペルジャラナンの首を落とし損ねたザンは、遅れて俺達が駆けつけると、さすがにごまかしきれないとわかって、何事もなかったかのように刀を納めた。これはペルジャラナンが冷静だったおかげだ。彼は理不尽な攻撃に対しても、防御に徹してくれた。もし、反撃に出ていたら「魔物が暴れた」という口実を与えてしまうことになっていたかもしれない。

 とはいえ、あちらは人間の世界における人間……マジョリティの立場を利用して、やり返せば即座に悪とみなされる魔物……マイノリティの立場にあるペルジャラナンを殺そうとしたのだ。

 無論、俺達はどういうことかと彼に詰め寄った。彼のその場での回答は「剣を向けられたかと思って、思わず反撃してしまった」という、こちらの神経を逆撫でするようなものだった。


「あんな連中が顔を出すところなんかに行かなくていい」

「ギィイ……」


 しかし、当のペルジャラナンはというと、難しい顔をしてしまっている。尻尾もペタンと垂れたまま。

 ひたすら能力を注ぎ込まれて強化されてきた彼だが、性格は温厚そのもの。思えば、彼が怒ったところを見たことがない。


「呼ばれたからとか、そんなの知ったことか!」

「ギィギィ、シュウシュウ」


 青竜にトドメを刺したのはキースで、それ以前に奮闘したのはペルジャラナン。ついでに、俺が海中に潜って二匹目の青竜相手に戦ったらしいことは、ノーラ以外にもいた、水門の上の兵士や冒険者が目撃していた。まさか種に変えて消し去りましたとは言えないので、俺は単に「逃げられた」とだけ報告している。

 つまり、今回の青竜討伐における功労者なのだ。そしてそれは、ザン達も同様だ。

 だから、非公式ながらも、俺達と魔物討伐隊の連中は、揃って王家のホームパーティーに招かれてしまったのだ。


「だから、そんな理屈はどうでもいい! 斬りかかってきたのはザンでも、呼んだのは王家だからとか」


 ペルジャラナン、本当に温厚なトカゲである。


「面倒っちいな。俺も行かねぇ」

「キースさんはダメですよ」


 実のところ、シャルトゥノーマは正体も知られていないし、顔を出さなくても困らない。ディエドラもそうだ。しかし、ペルジャラナンだけは、そういうわけにはいかない。


「あの……そろそろ、迎えの馬車が、ネ」


 おずおずとワングがそう言った。

 口論もここで打ち切りだ。まさかザンといえども、王族のいる場所に刀を携えてきたりはしないだろう。


 結局、予定通りに俺とノーラ、ペルジャラナンとキースが招きに応じることになった。つまり、騎士身分の人間と「珍しいトカゲ」だけ。例によってワングが礼服一式を用意し、王家からの迎えの馬車に乗り込んだ。


「バカくせぇ服だな、これ」


 馬車の中でキースは毒づいた。


「ワングさんの持ち出しですし……これだけ手早く用意できたのは凄いと思いますよ」

「せめてタルヒと陣羽織はねぇとよ」

「何に使うんですか」


 するとキースは、自分の袖を指差した。


「見ろよ、これを」


 彼が身に着けているのは灰色の燕尾服だ。そこにワンポイントで赤い蝶ネクタイ。フォレス風の礼服だが、そういえば彼がこんな格好をしているのを見るのは、これが初めてだ。いつでも白い陣羽織にタルヒを手挟んでいたっけ。


「出向く先を考えれば、無難な服だと思いますが」

「この袖、全然アソビがねぇだろ」

「はい?」

「お前よぉ、俺がなんであんなブカブカの陣羽織着てると思ってんだ」

「何のためですか?」


 彼は肩を竦めた。


「あれで体の線が隠れんだろが。動きも読まれにくくなる。ついでに刃も逸らしやすくなるってもんだ」

「戦いにいくんじゃないんですよ」


 俺も肩を竦めた。

 キースはペルジャラナンの方に向き直って言った。


「今からでもよぉ、お前の服と変えてくんねぇか?」

「ギィ?」

「お前だけ涼しそうな麻の服着てやがって」

「ギィイ」


 どこを探してもトカゲ用の礼服なんかないので、彼はこれでいい。

 キースが服を脱がそうと手を伸ばすと、ペルジャラナンは体を縮めて声をあげた。


 馬車が到着したのは、王宮の北門の前だった。

 王宮にはいくつか門があるらしいのだが、俺達が案内されたのは勝手口のような位置づけになるらしい。それでも、一般の家屋のような感覚で捉えることはできない。


 まず、左右には大きく聳える四角い建造物があった。いずれも石造りで、表面には精緻な彫刻が施されている。そのレリーフの題材は、ギシアン・チーレムによるイーヴォ・ルーの討伐だ。

 ブイープ島に留まり、暴風を巻き起こす魔王。英雄はこれを討伐しようとするが、敵に取り囲まれ苦境に陥る。そこへ王族の中から一人の姫君が現れて彼に手を貸した。魔王はついに本性を現して、無数の触手を伸ばした忌まわしい姿をとって英雄に襲いかかる。だが彼は勝利を収め、王族の姫もまた正体を現す。実は彼女は人間に化身した女神だったのだ。それまで邪神に仕えていたポロルカの王家と民は、ここに至って女神に帰依し、その存続が認められた。

 これのどこが手が込んでいるかといえば、その造りだ。刻まれているのは英雄の活躍の図なのだが、それが白い石材と黒い石材の組み合わせでできている。この黒い石材にだけ注目すると、絵図で示された物語が言葉で表現されているのだ。しかも、高い位置の文字が低い位置の文字とほぼ同じ大きさに見えるようにデザインされている。

 これらの建造物の真ん中にはそれぞれ人が出入りできる門が口を開けているのだが、中がどうなっていて、何に用いられているかはわからない。いずれにせよ、俺達が潜る門は、左右の建物に挟まれた石畳の広場の正面、同じ大きさ、形をした正面の建物にある。俺達が到着した時点では、反対側の扉も開け放たれており、その向こうから光が漏れていた。


 建物の前には、白いターバンに茶色の礼服、その上に黄色い布を巻きつけた二人の宮廷人が立っていた。

 そこで気付いた。二人とも男性で、それもそう若くもないのに、髭がない。つまり、宦官だ。

 ワングに聞かされた話を思い出す。王族の傍仕えに留まった一族のことを。彼らはどんな気持ちで今の地位に留まっているのだろうか?

 二人は俺達に一礼すると、先に立って案内した。


 三千年も続いた王国の勝手口は、実に煌びやかだった。建物の内側は黄金の像が立ち並んでいた。だが、照明がまた絶妙で、うっすら照らす程度に蝋燭が点されているばかりだ。黄金がやけに赤く見える。

 そこを抜けると、緑の芝生が広がっていた。その真ん中を、真っ白な石の歩道が延びていた。


 宮廷人の案内に従って進むうち、眼前に四角い建物、またその四隅に、天辺にタマネギのような形をした塔が聳えているのが見えてきた。

 ここで彼らは左右に分かれ、深々と頭を下げた。ここからは客人だけが門を潜るのだ。


 黄土色の壁に、足下は緑の敷物。

 その短い通路の正面に、三人の貴人が立っていた。


「ようこそ、我が国の賓客よ」


 真ん中に立つ青いローブを着た男が、そう言った。


------------------------------------------------------

 メディアッシ・ビルー (61)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、61歳)

・スキル シュライ語   7レベル

・スキル サハリア語   5レベル

・スキル フォレス語   5レベル

・スキル ハンファン語  5レベル

・スキル 政治      3レベル

・スキル 指揮      3レベル

・スキル 管理      3レベル

・スキル 水魔術     7レベル

・スキル 光魔術     6レベル

・スキル 力魔術     6レベル

・スキル 薬調合     6レベル

・スキル 医術      6レベル

・スキル 水泳      2レベル

・スキル 操船      2レベル


 空き(47)

------------------------------------------------------


 頭には大きなターバンが巻かれているが、その色もローブと同じで、目が覚めるような鮮やかな青だった。その真ん中には、大粒のサファイアが埋め込まれていた。タワシというよりはモップのような堂々たる顎髭は、とっくに真っ白になっていた。小さな丸眼鏡をかけている。親しみを感じさせる力強い笑み、しかしそこにはしたたかさのようなものも滲み出ていた。

 俺は初対面だが、ビルムラールは彼と会っている。キースは顔を合わせたことがあるのだろうか?


「青の王衣、メディアッシ・ビルーと申します。お見知り置きを」

「お目にかかり、光栄です」


 すかさず俺は敬意を示して頭を下げたが、すぐ後ろのキースは突っ立ったままだ。何をやってるんだ、ここをどこだと思ってるんだ。

 なお、ペルジャラナンはボケッとしているが、彼は別にこれでいい。


 メディアッシの右隣にいた、赤い衣の男が、冷やかさを感じさせる視線を向けてきた。

 シュライ人にしては肌の色が白い。髭も細くて、鼻の下に筆で「八」と書いたようなのがあるだけだ。見た目は二十代後半から三十代前半くらいで、貴公子然としている。


「赤の王衣、メノラック・メラフだ」


 俺はまた腰を折った。


------------------------------------------------------

 メノラック・メラフ (31)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク7、男性、31歳)

・スキル シュライ語   6レベル

・スキル サハリア語   5レベル

・スキル フォレス語   4レベル

・スキル ハンファン語  4レベル

・スキル 政治      1レベル

・スキル 指揮      3レベル

・スキル 管理      2レベル

・スキル 火魔術     6レベル

・スキル 身体操作魔術  5レベル

・スキル 精神操作魔術  5レベル

・スキル 薬調合     5レベル

・スキル 医術      5レベル

・スキル 槍術      5レベル

・スキル 格闘術     5レベル


 空き(18)

------------------------------------------------------


 年齢の割には優秀だ。英才教育の賜物といったところだろうか? 若さから判断するに、前任者だった父が亡くなったばかりなのだろう。


 それにしても視線が……ペルジャラナンに向けられているのがわかって、やっと納得した。

 大方、青竜討伐に彼も参加していたのだ。一族の魔術師を率いて火魔術で支援するつもりが、何かで手間取って間に合わなかったのだろう。その間に、お株を奪われてしまった。そんなところだろうか。


 最後に、左側にいる中年男だ。こちらは黄色いターバンにローブなのだが、さすがにギラギラしすぎている。四角い顔に四角い眼鏡、それに少し太り気味というのもあって、なんともいえない雰囲気を醸し出している。


「黄の王衣、バフー・クニンです」


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 バフー・クニン (43)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク4、男性、43歳)

・スキル シュライ語   6レベル

・スキル サハリア語   6レベル

・スキル フォレス語   4レベル

・スキル ハンファン語  4レベル

・スキル ルイン語    4レベル

・スキル ワノノマ語   4レベル

・スキル 政治      4レベル

・スキル 指揮      1レベル

・スキル 管理      2レベル

・スキル 水魔術     5レベル

・スキル 土魔術     6レベル

・スキル 力魔術     5レベル

・スキル 薬調合     5レベル

・スキル 医術      5レベル


 空き(29)

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 彼らにビルムラールの父、ヒラン・シェフリを加えた四人が、王の側近を務める魔術師兼医師、ということだ。


「固くならずにどうぞ」


 代表して、最年長のメディアッシが言った。


「この先には王家の方々がおいでですが、今回はあくまで非公式のお茶会に過ぎません。肩の力を抜いて、楽しくお過ごしください」


 短い廊下の向こうに開けたその中庭は、温かみを感じさせる淡い黄土色の石壁に囲まれていた。情け容赦のない日差しから身を守るべく、四隅には緑の色濃い木々が植えられている。また、頭上には布が二重に渡されていた。これは以前、ムスタムで目にした暑気除けと同じ仕組みだ。

 中庭の四箇所に丸い立食パーティー用のテーブルが置かれていた。真っ白な卓上には花瓶と小さな香炉だけが置かれている。

 俺達が立ち入った場所と同じように、左右の壁にも外に繋がる通路の出入口があった。そこには白い服を身に着けた若い南部シュライ人の男がそれぞれ一人ずつ控えている。一見して、使用人とわかる。彼らもやはり宦官なのだろうか? また、左右の壁際には、身分の高そうな男達が立ち並んでいた。右にいる四人が武官で、左は文官らしい。

 そして正面には庇があり、その中央にいかにも王族らしい男が座を占めていた。椅子はこれ一つで、あとの三人の王子は立ったまま。

 三人とも同じ服装だ。これが王家の正装なのか、彼の服装は一枚の長い布を巻きつけたような代物だった。色合いは真っ白で、多分、布を留めるのに必要な金具の役目を果たしている右手首の金の輪っか以外、色のついた部分がなかった。


 俺達の姿をしっかり見つめて間をおいてから、中央の人物……イーク王子は立ち上がった。


「異国の友人よ、我らが団欒へようこそ」


 彼はフォレス語でそう呼びかけた。


 まだ若い。ピアシング・ハンドの示すところでは、二十五歳だ。実際、それくらいの若さであろうと誰でもわかる。ただ、態度には年齢以上の落ち着きが見られた。

 背はやや高め、肩幅は広く、がっしりした印象を与える。肌は南部シュライ人らしく浅黒さが見て取れるが、屋外で肉体労働する身分でもないためか、市街地の人々に比べれば明るい色合いだ。王太子ということで貫録を出したいのか、鼻の下には髭を蓄えていた。


「ポロルカ王家の名誉がとこしえに称えられますように。双眸に高貴を拝する光栄に浴したこと、卑賎なる我が身の分限を超えた恵みでございます」


 キースがまともな挨拶なんかできるわけないので、俺が代表して答礼し、深々と頭を下げた。


「よい。楽にせよ」


 キースが動かない。横を向くわけにはいかないので、どんな表情をしているかはわからないが、多分、既に不機嫌になっている。彼はこういうのが嫌いなのだ。表向きは寛容と気さくさを見せながら、実はしっかり身分の垣根がある。この世界では当たり前なのだが、根っからの戦士であるキースにとっては、そんな社会秩序なるものなど知ったことではない。うるせぇてめぇだってブッ刺しゃくたばんだろが、と内心では思っている。

 どうか失礼なことはしてくれるなよと念じながら、俺はゆっくりと身を起こした。


「紹介しよう」


 まず、王子の右手にいる、同じ服装をした青年を差した。


「弟のドゥサラだ」


 第二王子とは一歳しか違わない。だが、見た目だけなら五歳は違う。背の高さは変わらないが、よりほっそりとしている。きっと帝都では女達に騒がれただろう甘いマスクの持ち主だ。古代ギリシャの中性的な彫刻を思わせる。男らしさとあどけなさが絶妙なバランスを保っているかのようだった。

 彼は年齢の序列でいえば二番目だが、王位継承権の順序では三番手だ。


「第三王子のティーン」


 イーク王太子とは二歳差で、同腹の王子だ。兄二人と比べると、一回り小さい。

 顔立ちはドゥサラに似て整っているが、表情がよくなかった。余裕がないのがはっきり見て取れる。仮にも客人を歓待する場だというのに、愛想笑いの一つもない。

 理由なら、難しくもない。青竜がブイープ島への渡航を妨害していたからこそ、兄の戴冠が先延ばしになっていたのに、これでもう、障害物がなくなってしまったのだ。となると、竜の討伐に活躍した連中など、不快でしかない。


「最後に、第四王子のチャールだ。来年、帝都に留学する予定になっている」


 最後の王子は、ぐっと歳の差があって、まだ十四歳だ。

 花開く前の蕾のような初々しさがある。


 王太子は堂上から降りて、その脇に控える老人の肩に手を触れた。


「こちらが二代に渡って王家に仕えた、我が国の外府の長、バーハルだ」


 眉毛も髭もすっかり白くなっている。それでも背筋はまっすぐで、イーク王太子より頭の位置が高い。その頭の上には西部サハリア風にも見える丸い帽子一つ。身に纏っている長衣もそうだ。いずれも鼠色の地味な代物だった。

 彼は紹介されると、無言で軽く会釈した。


「将軍達も紹介しよう。私から見て手前から、ケマティアン、ベルバード、ヴィデルコ、ジーヴィットだ。それぞれ第一軍から第四軍までの指揮を引き受けてくれている」


 武官とはいえ、王宮の中では鎧も身に着けず、帯剣もしていない。

 ケマティアンと呼ばれた男はなかなかの押し出しだった。盛り上がるハムのような上半身をした中年男で、鼻の下に野太い髭が生えている。その眼光は燃えるようだったが、俺は不思議と恐怖心のようなものは感じなかった。

 彼より細身の、しかしよく鍛えられた男が第二軍の将軍、ベルバードだった。均整の取れた体つきで、まだ若いのもあってか、髭はきれいに剃られている。もしこの四人の中で一番怖いのは誰か、と言われたら、俺は彼を選ぶだろう。ピアシング・ハンドが示す限りでも、四人の中では最も優れた戦士である。

 対称的に、ヴィデルコは将軍と呼ぶにはいささか頼りないところがあった。頬も腹もたるんでいる。腕にも贅肉がついているのだろう。チョビ髭がワンポイントの、もっさりしたおじさんだった。

 ジーヴィットは、四人の中では最年少で、まだ二十四だ。一見して爽やかな青年だが、未熟さは否めない。家柄で役職が決まる社会とはいえ、これで抜擢というのは、つまり次期国王たるイーク王太子の腹心だからということなのだろう。


 既にザン達も来ていた。更にお供が二人。うち一人はクアオだ。

 一通りの紹介が済むと、イーク王太子はまた、堂上に立ち戻った。


「話は聞き及んでいる。キース殿は果敢に立ち向かい、ついには背にとりついてあの青竜を討ち取ったとのこと」


 キースは動かない。何も言わない。不機嫌だけがビンビン伝わってくる。


「そして強烈な火の魔法で青竜を弱らせたという……ファルス殿?」

「はっ」

「人の指示を受け付ける魔物と聞いて半信半疑だったのだが、こうして見れば、なんとも大人しいものではないか」


 俺は一礼して説明した。


「これなるペルジャラナンは、実に温厚で、人の言うことに逆らいません。命じられなければ剣を振り回すこともございません。さすがに王侯貴族に通用する作法まで心得ているかと言われると、そこはご容赦いただかねばなりませんが」

「はは、よい、よい」


 もしかして、珍獣見たさに呼び出されたのだろうか。


「ペルジャラナンは、ある程度、人語を解します。ただ、彼が何を言っているかは、ノーラにお尋ねください」

「ほう! リザードマンが話すのか」

「は、それはもう」


 そこでいったん話の流れを変えて、彼は俺についても言及した。


「それと、むしろこれこそ信じがたいのだが……ファルス殿が一人で青竜を撃退したとか」

「殿下、さすがにそれは誇張でございます」

「はて、しかし、近くの海には確かにもう一頭の青竜がいたはずなのだが、今は影形も見えないと聞いておるのだが」


 言い訳は考えてある。


「私は青竜の動きを見極めようと、水中に入っただけです。人間が一人、近くにいるだけなら、そこまで注目されないだろうと考えてのことでした。ですが、青竜は私をつけ狙って海の底まで追ってきました」

「なんと」

「あわやというところで、これは私の推測に過ぎませんが、恐らく青竜は、仲間のもう一頭が罠にかかったと悟ったのでしょう。それで急いで逃げ去ってしまったようなのです」

「左様であったか」


 その時、第二王子のドゥサラが兄に耳打ちした。


「しかしファルス殿、そなたはなんでも大森林を探検して、緑竜を討ったそうではないか」

「殿下、それは事実ですが、行動をともにした仲間全員でなしたことです」

「なるほどのう。いや、確かに一人で竜など討てるものではないか」


 正直、青竜討伐の手柄は欲しかった。それを大々的にアピールできれば、例の土地利用権の件についても、すぐさま片付いただろうから。

 ただ、ピアシング・ハンドの秘密と引き換えと言われたら、さすがにそこまでする気にはなれない。


 それに、あんまり深入りしたくないのもある。

 あの青竜達、結局、なんだったのだろう? 誰があんなものを操っていたのか。あれだけの魔獣を従えるなんて簡単ではなかっただろうし、俺が殺したとなれば恨まれるに違いない。


「私どもはこちらに向けて発つとき、緑竜の鱗と骨を携えて参りました。お許しがあれば、王家の方々に献上したく存じます」


 あんなものをあの場において得するような人物は、今のところ、第三王子くらいしかいなかったはずだ。とすると、王位継承問題絡みか? 関わりたくもない。

 だから、プレゼントで済ませる。


「ご厚意、ありがたく受け取らせてもらおう。バーハル、例のものを」

「はっ」


 脇に控えた大臣が、向かって左側の通路の奥に控えていた使用人達に目配せする。

 七人の宮廷人が出てきた。それぞれがお盆を捧げ持っており、そこには金の勲章が置かれていた。


「正式に即位する前ゆえ、あくまで王太子の身分に即した勲章しか与えられぬが」


 最初のお盆が差し出され、イークはそこから勲章を手に取った。


「今回の働きに対しての、せめてもの気持ちだ。まずは危険を冒して青竜に立ち向かった……ザン・ゾウルード」

「はっ」


 狂犬とはいえ、こういう場では大人しくしていられるものらしい。甲冑なども身に着けてはおらず、服装は直垂といえばいいのか、切り出したばかりの木の板のような明るい色合いの、ワノノマの平服姿だった。


「此度はよくぞ先陣の務めを果たした。褒めて遣わす」


 ザンは不器用に一礼して、イークに手ずから勲章を授けられた。

 要するに、俺達もこのために呼ばれたのだ。


「キース・マイアス」


 呼ばれて無視するわけにもいかず、彼は黙って前に出た。特に何をするでもなく、大人しく勲章を受けた。


「キース殿」


 だが、そこでイークが声をかけた。


「高名な戦士だと聞き及んでいる。我が国で働いてみる気はないか」


 この問いに、キースは何度か口を開きかけた。だが、どれもこれも口に出してはいけないと察したのだろう。

 興味ない。そんな拒否の言葉はまずダメだ。魔術を学びたいだけ。これもよくない。シェフリ家がこっそり魔術を指導している件に触れてしまうから。


「考えさせてください」

「そうか。よい返事を期待している」


 キースは明らかに面倒がっていたが、それより俺は、彼の背中にベルバードが鋭い視線を向けているに気付いた。戦士として、挑んでみたいという気持ちでもあるのだろうか。

 俺とノーラが勲章を受けた後、なんとペルジャラナンにもお呼びがかかった。


「素晴らしい活躍をしたと聞き及んでいる。よくぞ役立ってくれた……」


 ペルジャラナンはされるがままに首から勲章をかけられて、突っ立っていた。


「……が、その、ノーラ殿?」

「はい」

「この、ペル……」

「ペルジャラナンと申します、殿下」

「うむ、そのペルジャラナンだが」


 ちょっとした悪戯心が湧いたらしい。


「触れても構わぬかな?」

「殿下」


 大臣のバーハルが色をなした。


「お戯れを」

「今のうちくらい、よいではないか」


 回答を求められたノーラは、静かに言った。


「無論、触れていただいても構いません。理由もなく人を傷つけたり、暴れだしたりする心配はありません」

「そ、そうか」


 もしかして、あれか?

 やっぱり珍しいトカゲを見物して、撫でてみたいから呼びつけたなんてことは……


「ほおおお」


 手触りのいいツルツルの頭部の鱗の上で、イークは手を滑らせていた。


「ファルス殿、何をどうすれば、こうも躾けられるのか」

「殿下、ペルジャラナンはもともと大人しかったので、私どもが躾けたのではありません」

「なんと」


 夢中になって撫でている王太子に、そろそろ宰相のバーハルがしびれを切らした。


「殿下、そろそろ」

「うむ、そうであったな」


 また奥の通路から、宮廷人がお盆を持ってやってきた。そこには人数分のグラスが並べられていた。


「諸君らの助力があって、ようやく亡き先王の葬儀を済ませることができた。改めてお礼申し上げる……では、ここからは歓談の時間としよう。乾杯!」

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[気になる点] > 予定通りに俺とノーラ、ペルジャラナンとキースが招きに応じることになった。つまり、騎士身分の人間 そう言えばキースもタンディラールから、騎士に任じられてましたね。 キースは貴族や王…
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