ポロルカ王国の内情
メリークリスマス!
今年のクリスマスは……
本作中では、それらしい何かはありませんorz
去年はネッキャメル氏族の険悪な会議
一昨年はニドの爆炎
その前はコンソメスープ(スープ)
そのまた前はテンタクの……(チョコケーキ)
五年前はフォレスティア軍のパレード(パレード)
六年前は連載開始、でした。
連載開始より、ついに六年です。
こんなに長丁場になるとは。
なんとか終わりまで走り切りたいものです……
郷に入っては郷に従えというが、今の俺達は既にしてポロルカ王国の空気に順応していた。
朝から気怠い。食事を済ませてから、かれこれ一時間ほど。何もしていないのに、みんな疲れた顔をしている。昨日のお散歩がしっかり効いていた。何も言わずにひたすら薄暗い広間のソファに身を沈めるばかりだった。
こちらの人間も決して勤勉とは言えず、時間にはルーズだ。それはこの蒸し暑さのせいでもあるのだろうが、もう一つ、要因があるとすれば、それは待ち時間のためでもあるのだろう。他のコミュニティーが意思決定に関与する問題においては、急いだところで何も変わらない。
事実、この朝早くからでも、仕事をする人はちゃんと働いている。窓の外を眺めやれば、通りの左右に露店が立ち並ぶ前に、一人の男が大きな袋を背負って歩いているのが見える。あれはゴミ拾いだ。街の清掃も血縁集団の利権になっている。とはいえ、そんな領分を守っている彼らの地位は、言うまでもなく低い。
初日に見た、あのワングの容赦ない態度は正しかった。相手にとってもこちらにとっても、属する階層が異なれば、それはもう人間ではない。本質的には対立していると言ってもいい。だから、互いを徹底的に道具扱いする。馬車に乗るコツとは、御者が馬を叱りつけるのと同じように、俺達もまた御者に怒鳴り散らすことなのだ。ここにいる限り、冷酷になることを要求され続ける。
中でもシャルトゥノーマやディエドラの失望ぶりには痛々しいものがあった。ポロルカ王国の人々と彼女らの祖先とは、かつてイーヴォ・ルーの支配の下、共生していたはずなのだ。その意味では、他の国の人々以上に親近感も抱いていたし、期待もあった。それが実物を見てみたら、まったく取り付く島もない連中だったのだ。
「皆さん、気分はいかがですかネ?」
ずーんと沈んだままの俺達に、調子外れなワングの声がとんでくる。彼だけは、この国にストレスを感じていないかのようだった。
「もうすぐバンサワン様の屋敷に行く時間ネ。行くのはファルス様とノーラ様だけネ。他の人は自由時間ネ」
キースとビルムラールを除く全員の視線が、恨めし気に向けられる。
「ど、どうしたネ?」
「ワングの旦那、みんな昨日のお出かけでへたばっちまったんですよ」
「何か疲れるようなことがあったネ?」
ソファに顔を埋めたままのラピが、消え入るような声で呻いた。
「何食べても辛い……」
「刺激的ネ!」
「ギィ」
西部シュライ人の世界の食べ物は、酸味が勝っていることが多かった。そちらはラピには馴染みがあったので、なんとも思わなかったようだが、南部は一転して辛さ辛さのオンパレードだ。
「ま、気分を変えて遊びに行くといいネ」
「馬車に乗っても、変なところで降ろされるんですが」
「怒鳴りつけないからネ! とにかくこう、手足をバタバタさせて絶対に譲らないことネ! そうすれば相手が折れてくれるネ」
「駄々っ子ですか……」
タウルが座り直して、昨日持ち帰った朗報を繰り返す。
「そう長居しないでも済む。シェフリ家は失職しただけで、それ以上の罰は受けてない。実家に戻っても問題ない。あとはファルスが土地の利用許可を得たら、すぐ出国できる」
俺も頷いた。
「その辺もついでに裏付けを取ってこないとね。世間の噂でもそうで、貴族もそう言うのなら、多分間違いのないところだと思うし」
ワングが俺の姿を上から下までジロジロ見回して、言った。
「そういえば言い忘れてたネ。ファルス様、バンサワン様に会う前にその服装は着替えておくネ。ちょっと早いけど金ピカの衣装にしておくネ」
およそ一時間後、そのバンサワンとかいう貴族のところから、迎えの馬車がやってきた。その頃には、俺とノーラは身動きもできないようなゴテゴテした服に着替えさせられていた。
ノーラの方は、いつもの黒いローブではなく、銀色にテカテカと輝くワンピースを着せられ、その上に金色の一枚布を巻きつけている。こちらでは女性はそもそも肌や髪を隠すものらしく、黒髪の上にもしっかり金色の布がかかっている。
俺の方はというと、なんだか前世の白い軍服みたいな恰好だった。ただ、胸にあるのは勲章ではなく、金糸を織り込んだ紐で、それが横一列に並んで垂れ下がっている。髪の毛も香油をたっぷり塗り付けられ、ベタベタになっていた。
到着してみると、そこにはよく手入れのされた庭園が広がっていた。丸く刈り込まれた庭木、絨毯のような芝生の広がる、それは目にも麗しい空間だった。足場になる飛び石がずっと奥へと続いており、その向こうには高台の上の東屋があった。
頭にターバンのようなものを巻いた痩せた男の使用人が俺達に一礼し、先導する。その東屋まで連れて行くと、座るように促した。そしてすぐ立ち去った。
この場所、実に開放的だが、むしろ密談にはもってこいなのかもしれない。周囲には身を隠す場所がないからだ。
「立って」
ずっと一方を注視していたワングが促すと、俺達はそれに従った。
間もなく、向かい側の通路から、一人の男が歩いてやってくるのが見えた。黒々とした髭が目立つ、大柄な中年男だ。頭には大きなターバンを巻いており、その真ん中には水色のトルコ石が嵌めこまれている。ただ、服装はというと、俺達よりむしろ地味だ。白いマントのようなものを羽織っているが、その下には木目のような複雑な色合いの上着が垣間見える。一応、金のネックレスを首から提げているし、金の腕輪も着けているものの、それくらいだ。
貴族にもかかわらず、彼はお供を誰も連れてきていなかった。いい心がけだ。俺達がする話は、別に陰謀でもなんでもないが、シェフリ家の現状などについても尋ねるつもりでいる。使用人から話が漏れることもあるのだし、こちらとしてはありがたい。
彼が東屋の中に足を踏み入れると、ワングは深々と頭を下げた。俺とノーラもそれに倣う。
「待たせたな」
「ご無沙汰しておりました」
「いい。顔をあげろ」
物言いから、ワングとはかなり関係が深いのだろうと想像した。
「こちらの少年が、先に聞いていた王の騎士ファルスか」
「左様でございます」
「楽にしてくれ。ポロルカ王国へようこそ」
「歓迎のお言葉、痛み入ります」
彼は身振りで座るように促した。
「なかなか珍しいお客だ……なぁ、ワング?」
「はい」
「フォレスティア王タンディラールのお気に入りで、古風にも騎士の修行の旅に出て、なんとあの人形の迷宮の攻略にも加わった。どういうわけか、タンディラールとは水と油のはずの赤の血盟にも気に入られて、大森林を縦断して緑竜の鱗まで持ち帰った。現物を見ていなければ、到底信じられない話だ」
俺の経歴を簡単に説明すると、こうなる。
俺はタンディラールから騎士の腕輪を与えられたが、内乱時の武功については、実はあやふやだ。ルースレスを討ったのは事実だが、死体は見つかっていない。公式の記録ということでは、ムーアン大沼沢で黒竜の主討伐者になっている。だが、実績としては、ほぼこれだけだ。人形の迷宮の主討伐者はキースだし、緑竜討伐を含む大森林の探索も、隊長はフィラックで、俺は班員の一人でしかない。そしてスーディアでの戦いも、サハリア東部の戦争も、一般には俺の関与は知られていない。
つまり、世間の認識としては、それなりに見込みのありそうなラッキーボーイ程度なのだ。むしろバンサワンは、より踏み込んだ情報を聞き知っている側といえる。
「それで、今回はトゥワタリ王国の土地利用権が欲しいとか」
「はい」
「理由を尋ねても?」
「ご説明致します」
本当はバラしたくないくらいの話なのだが、言わなければ何も進まないだろう。
「……というわけで、これが炒った豆です」
「食べられるのか」
「どうぞ」
バンサワンは手を伸ばして、紙包みから一粒、焙煎済みのコーヒー豆を拾い上げ、口に入れた。途端にしかめっ面になる。
「で、この豆が獲れる土地の田畑を買い取りたいと」
「そうです」
「ふうん」
なんでこんなものを、という顔をしている。
「まぁ、構わない。もちろん尽力はしよう、と言いたいのだが」
「何か不都合がございましたでしょうか」
「あ、いや、ファルス殿が悪いということはない」
バンサワンは座り直し、白いテーブルの上で手を組んだ。
「これはまだ一般に公開されていないのだが」
「はい」
つまり、秘密にせよということだ。
「国王陛下がお亡くなりになった」
「えっ」
「まだ訃報は伏せられている。内府の知人から聞かされた話だ。外府の貴族達も、非公式には聞き知っているが、まだ一般には伝えられていない」
もしやこんなところでまたお家騒動なんてのは……
「そんな顔をしなくても、後継者は決まっている。ご嫡男のイーク殿下が次代の王に指名されている。この件で揉めることはない」
「そうでしょうか」
「軍は外府にあるからな。内府で殺し合いがあったって、私達は知らぬ顔だ」
さっきから外府とか内府とか、なんのことだろう? 疑問が顔に出たらしく、バンサワンは丁寧にも説明をしてくれた。
ポロルカ王国では、暗黒時代を通して強力な中央集権化が進められた。だから地方領主も一応残存してはいるが、彼らには兵権がない。猫の額のような狭い領地しかないし、仮に領民が反乱を起こしたとしても、常備軍などはないので、基本的には近くの王国の駐屯所から兵を借りるしかない。それでは時間がかかりすぎるので、当座のところは近くにある冒険者ギルドから傭兵を駆り出すこともある。
そんなポロルカ王国の中央政府は、大きく二つに分かれている。外府と内府だ。
外府は、それぞれ部署ごとに縦割りになっている。徴税担当、開発担当、軍事担当とまったく別々だ。その外府の頂点に貴族達がいる。ただ、彼らには実行権限がない。今からバンサワンが近くの砦に駆け込んで出兵せよと叫んでも、誰も命令を聞かない。
実行権限は、内府から与えられる。内府は、外府が徴税などで集めた資金を管理しており、それらの利用権と同時に、外府の貴族を一時的に長官に任命し、必要な計画の差配を任せる。では内府の人間は単純に外府の上にいるのかというと、そう単純でもない。掌握している資金や兵権は、王族とその側近達の討議の結果、外府の人間に委託される。内府の人間が直接、砦に駆け込んでも命令はできない。
だから、外府の貴族が何かをやるべきと考えた場合には、計画書を作成して上奏しなくてはならない。もちろん、逆に内府の側から計画書が下りてきて、外府から担当者を募ることもある。ただ、こうした性質上、外府の貴族には具体的な何かの分野のスペシャリストになる人物が多く、逆に内府の要人達は、浅く広く学ぶジェネラリストになる傾向が強い。
なお、シェフリ家のような王衣の家柄は、魔術に関してはスペシャリストだが、その他についてはジェネラリストだ。王の横に立って、その健康を見守り、必要に応じて知識を提供するのが彼らの役目なのだ。
「何かにつけ、手続きが面倒な国だが、こういう時には都合がいい」
バンサワンは肩を竦めた。
「まぁ、内府の方の人事はゴタついている。噂でしかないが、先王が亡くなる前に、黒の王衣が指名されたらしい」
「黒の王衣? ですか?」
「王の側近の家系は、赤、青、緑、黄と四色の王衣を名乗っている。即ちメラフ、ビルー、シェフリ、クニンだな。それと彼らの下に、各家に仕える傍系の家があって、それが我が国の魔術師達になる。しかし、これとは別に、王が一代限りの王衣を任命することもできる。それが黒の王衣だ。黒の王衣は子に継承されないが、格としては他の四色の王衣の上に位置する。王族を除けば、内府では一番の発言権を持つ立場になるわけだ」
そんな人事が先王の末期にあった。しかし、そうなると、もしかして……
「王位の承認は、王族の権利者達と、王衣達の投票で決まる。黒の王衣が加わることで、一票増えるからね」
「じゃあ、他の王子が選ばれる可能性も」
「ないよ」
両手を広げて、バンサワンは全否定した。
「亡き先王と本人、それとシェフリ家を除く王衣の代表二人が、第一王子を支持している。それと第二王子もね。これだけで五票だ。今回、シェフリ家は処分が解かれていないから一票を投じることはできない。あとは第三、第四王子がいるが、四番目のチャール殿下はまだ、帝都に留学もしていない。成人していないから投票できない。黒の王衣に誰がなろうが、残り三票だ。ひっくり返しようがない」
じゃあ、何を揉めているのか?
「要は第三王子、ティーン殿下が粘っているだけだ。ただ、こちらも三、四年前の件で傷ができたからね。本人以外、支持するのはいない」
「何があったんですか」
「ん? シェフリ家も巻き込まれた例の騒動だよ。市内の排水工事計画の提案が外府からあがってきて、それをティーン殿下の指示でヒランが調査したんだ。内容に問題がないからと認可したんだが、工事代金の一部が横流しされたという訴えがあった」
で、シェフリ家は別に不正はしていないが、見抜けなかったこともあって、一時的に王衣としての地位を剥奪されている、と。
政治的に更なる追い打ちがないとも限らないので、ビルムラールは父の命令で出国させられたのだ。
「今はシェフリ家はどうなんですか?」
「青息吐息だろう。収入が断たれてしまっているから。ただ、新王即位と同時に恩赦になる可能性もかなりある。あまり締め付けすぎて、魔術師が外国に流出するというのも避けたいところだから」
「じゃあ、追及は終わっている感じですか」
「そうだ。こちらとしても、もうシェフリ家に関心は向けられていないよ」
これは一安心といったところか。少なくとも、いきなりビルムラールが逮捕されたりすることはなさそうなのだから。
「ただ、そういうことでね……ああ、もう一つ。新王の即位に際しては、都の対岸にあるブイープ島で継承の儀を行わないといけないんだが、そちらも何か、海に魔物が出ている関係で、渡航できなくなっているらしい……まぁ、そういう諸々の事情で、即位が遅れそうになっている」
「はい」
「まず代替わりが終わらないと、ファルス殿の陳情も通らない」
「そういうことですか」
バンサワンは頷いた。
「この国でやっていくコツを教えるよ……それは、とにかく待つことだ」
気が遠くなった。
そんな俺の顔を見て、彼は悪戯っ子のように笑った。




