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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十三章 神秘の地へ
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山の気まぐれ

 焼け焦げたグリフォンの肉体の傍を離れると、俺は最初はゆっくり歩き、やがて速足にならざるを得なくなった。高山に吹き荒ぶ寒風は、全裸で浴びてよいものではない。思った以上に遠くに放り出されたままの自分の衣服と防具をやっと見つけて身に着けると、ようやく人心地ついた。あとは仲間と合流して、こちらに引き返せばいい。

 そう思って速足のまま駆け戻ってみると、角を曲がったところで異様な数の影が寄り集まっているのに気付いた。


 ……あの黒い影すべてがグリフォンか?


 死屍累々といったありさまで、既にノーラの手によって数多のグリフォンが息絶えて転がっている。なのに、群がるグリフォンの側には怯む様子がまったくない。既に出し惜しみなどしていられないらしく、ディエドラも白虎の姿をとって、その巨体で他の仲間を庇っている。

 あのままでは誰も逃げきれない。今はなんとか守り切れているが、時間とともに人は消耗する。だいたい、この高地では全力で動き続けること自体がリスクだ。


「待たせた!」


 もどかしさは感じながらも、息切れしない程度に走り寄る。俺に気付いたのが何頭か振り向いて覆い被さってくる。剣を一振りすると、振り下ろされた前脚が千切れ飛び、胸まで切り裂かれて、グリフォンの一頭は横倒しになってもがき始めた。


「ヌシは倒した! いったん引き離そう!」


 俺がそう叫ぶと、まずイーグーが素早く判断した。クーとラピの手を引いて駆け出す。二人の反応が遅いと見るや、背中に大荷物を抱えているのに、無理やり引っ張って小脇に抱え、走り出した。追いすがろうとするグリフォンはいたが、横合いからディエドラが体当たりして食い止めた。


「息切れしない程度に走れ! ここで食い止める!」


 次は……

 タウルとフィラックが唇を噛んでいた。次に逃げるべきは自分達なのだと悟ってしまったから。


「チャック! ストゥルン! 行くぞ!」


 槍を手にしたバジャックほどには戦えない。それはチャックも同じ。悔しくないわけではないが、無駄に意地を張ったところで、何の役にも立たないのだ。


「ノーラ! ディエドラの服を拾え! バジャック! 先に」

「どうやって減らすのよ?」

「倒しててもきりがない! いいから先に!」


 とにかく、一時的に距離をとる。その後は『人払い』だ。けれども、それで振り切れる保証はない。だが、夜になれば連中は視界を失う。それまで休んで、夜間に移動距離を稼ぐ。ただ、そうしたところで連中の速度は俺達を遥かに上回るから……

 考えても仕方がない。今は逃げ切らねば。


「ペルジャラナン!」

「ギィ!」

「当てずに破裂させろ!」


 それだけで理解したのか、彼は敵を食い止める仕事を俺に任せ、後ろに下がった。


「伏せろ!」


 背後の様子を察して、俺が叫ぶと、居残っていたシャルトゥノーマとディエドラは即座にしゃがみ込んだ。と同時に、白熱した火球が空中に放り出され、その場で炸裂した。

 敵を探すのに、その優れた視力に頼っているグリフォンは、閃光によって一時的に視力を大きく損なう。その隙をついて、俺達は走り出した。


 角を曲がって、先に待機していた他の仲間と合流した。僅かな距離を駆け抜けただけなのに、もう息が上がっている。こんなところで高山病とか、冗談ではない。ただ、シャルトゥノーマがいるから、最悪の事態は避けられるだろうが。


「これから、どうするの?」


 まだ息が上がっているノーラが尋ねる。


「人払いは」

「もうした」


 一時的にはそれで目くらましになる。だが、長くはもたない。そのうち気付かれる。


「じゃあ、地面に潜る」

「地面?」


 俺は詠唱を始める。すると、俺達の立っている場所がゆっくりと陥没し始めた。


 十分後、俺達はすっかり地中に身を潜めていた。シャルトゥノーマが魔術で空気の浄化をしてくれるのもあり、呼吸困難に陥ることもない。とりあえずのところ、グリフォンは俺達を完全に見失ったようだ。

 しかし、捜索を諦めたのでもない。『土中視覚』で頭上を確かめると、連中は散開してあちこちを見て回っている。少なくとも、餌を得るための仕事としては割に合わない作業だろう。奴らは俺達をなんとしても仕留めたいらしい。


「こんな真似もできるのか」


 バジャックが、もはや驚くのも疲れたという顔で、呆然としてそう呟いた。


「俺達も知らなかった」


 フィラックも首を振る。

 さて、俺としては困ってしまう。今すぐ火魔術を使えと言われたら……


「それより、どうするかだ」


 話を変えないと。それに問題に対処する必要もある。


「こうなっちまったら、昼間は動けねぇな」


 ジョイスが中空に目を向けつつ、そう言った。彼には『透視』の神通力がある。頭上の土の壁の向こうで飛び回るグリフォンが見えているのだ。


「まだ昼前だが、夜まで寝るか?」


 ストゥルンがそう言うと、チャックが力なくぼやいた。


「全然眠くないですよ……」


 とはいえ、この状況では、夜中に行軍するしかない。


「今は休もう。仕方がない」


 俺はそう言ってから、部屋を拡張することにした。寝室とトイレくらいは分けておきたい。

 それから俺達は、暗い穴倉の中で眠りについた。この時は、それがいい考えだと思ったのだ。


 夕暮れ時に、俺達はまた目を覚ました。俺より先に起きていたジョイスは、なんともいえない表情を浮かべて、上を眺めていた。それで俺も少し気になって、短く詠唱して地上を見上げることにした。まさかこの周囲にグリフォンの群れがいるとかじゃなかろうかと思って。

 外が暗かったので、視界に映る影はおぼろげだったが、近くに魔物の姿はなかった。しかし、別の問題が起きていた。小さな白い塵のようなものが無数に舞っているのがチラチラ見える。これって、もしかして……


「……雪?」


 地中にいるから実感はないが、これは夜間の移動は相当な寒さになるんじゃなかろうか。

 ただでさえ空気が薄いのに、まだまばらとはいえ雪がちらつき、容赦なく体力を奪う風が吹き荒れる中を進むしかないとは。


「慌てなくてもいいだろう。防寒具もある」


 シャルトゥノーマがそう言った。確かに、風魔術さえあれば、最悪の場合にも酸欠で倒れることはない。また、寒さをしのぐための防寒具もあれば、ビバークするための土魔術もある。


「そ、それより」


 チャックが目を回している。


「どっちに向かって進むんですか?」


 無理もない。昼間はグリフォンの群れに追い回され、夜中に動いて雪やみぞれに降られるとなれば。一時撤退を選ぶのも正解ではないか。


「ニげてもいい。でも、またノボるトキ、オナじこと」


 ディエドラが首を振る。

 頑張って下山するにせよ、この岩場を抜けるのに三日近くはかかる。グリフォンの群れにつけ狙われている今となっては、もっとかもしれない。


「食料にも限りがある。まだ当分は平気だが」


 ストゥルンも深刻そうな顔でそう言う。

 前進を選んだ場合、どこがゴールになるのか。また熱帯雨林にまで降りてくることさえできれば、タウルやストゥルンなら、食料になるものを見つけ出すくらいはできる。だが、今はこの山道がどれだけ続くかの見通しも立っていない。


「俺は進んだ方がいいと思う」


 バジャックはこともなげに言った。


「ヌシとやらはファルスが始末したんだろうけどな。わかってねぇことがありすぎるだろ。なんでそんなもんが二百年以上も前から、ここを見張ってやがった? んで、そいつ始末したら、グリフォンどもがキレ散らかして一斉に追いかけてきた。じゃあ、グズグズしてたら、まーたなんか厄介なのが代わりに来るんじゃねぇのか?」


 要するに、今回のアタックより次回の方が容易だと、そう言える材料が何もない。どころか、今回のヌシ討伐に対応して、もっと手強い魔物が配置されるかもしれないのだ。


「決めるのは、ファルスだけどな」


 俺は……


「進もう」


 いくつかの可能性から、これが俺にとって乗り越えられない困難ではないだろうと考えられるから。

 気持ち悪いが、使徒の存在があるからそう判断できるのだ。これまでのところ、わかるような形ではこの探索に介入してきていない。イーグーもまだ本気を出していない。

 彼にとっては俺の命など二の次ではあろうが、無駄死にさせたいとも思っていないはずだ。魔物の暴走も、高山で待ち構える怪物も、俺なら倒せると見込んでいたに違いない。

 それにバジャックが言うことにも一理ある。次は最初から、入口にグリフォンの集団が待ち構えている可能性だってある。もちろん、手段を問わなければ、それは殲滅できる。ケッセンドゥリアンの魔眼を使えば……だが、本当にそれだけで全部解決するのだろうか?


「ディエドラ、先導を頼む。ロープでみんなを繋ごう。しっかり防寒具を身に着けて、行けるところまで行く。みんな、つらくなったら言って欲しい。地面に潜って休憩しながら進もう」


 準備万端整えて、地上に出た。途端に冷たく乾いた風が一吹きした。既にとっぷりと日は暮れていて、視界は黒一色に塗り潰されていた。

 ほとんど光源もない中、時折、冷たいみぞれが頬に触れて溶けていく。俺達は一定のペースを保って歩き続けた。迂闊に立ち止まれば、体がどんどん冷えていく。冷えは、酸欠からの高山病を加速する。

 ただ、それでも俺達は恵まれている。いつでも地中に引きこもれるし、火で暖をとるのも難しくない。但し、仲間が欠けなければ、だが。

 その日は数時間ほど歩いたところで、クーが体力の限界を訴えた。他の仲間も疲労していたのもあって、早々に地中に潜った。


 半日後、また夕暮れ時に目を覚ましたが、俺達は一様に暗い表情を浮かべていた。


「まだグリフォンが俺達を探してやがんのかよ」


 ジョイスがぼやく。

 数時間かけて夜間に俺達が進んだ距離など、彼らにとってはひとっ飛びでしかない。

 天候は回復していなかった。昨夜と同じように、小雪がちらつく中、強い風が吹き荒れている。


 なお、今日からは、俺も闇の中でも視界を得られる。


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 (自分自身) (13)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・土の魔力

 (ランク9)

・アビリティ 剛力無双

・アビリティ 超回復

・アビリティ 風の魔力耐性

 (ランク4)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、12歳、アクティブ)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・スキル フォレス語   6レベル

・スキル シュライ語   5レベル

・スキル 土魔術     9レベル+

・スキル 剣術      9レベル+

・スキル 料理      6レベル


 空き(2)

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 使い道のないものを種に戻したので、思いがけず空き枠ができた。

 この先、真っ先に枯渇する物資は水だ。だが、先に水魔術の能力をケカチャワンで奪っておいたのが幸いした。いざとなれば、水を空気中などから抽出するのも不可能ではない。


 完全に夜の帳が下りてから、俺達は穴倉から這い出した。


 なだらかな斜面を進むうち、不意に左右の岩壁が途切れた。

 周囲の地形に人工的なものがなくなると、先頭を進むディエドラの足は鈍った。ただ歩けばいいのではなく、安全な足の踏み場を選ばなくてはいけなくなったからだ。

 道は、まっすぐ急な山道に繋がっていた。左手には大きな岩山が聳えており、右側には急な斜面がある。その間の歩ける場所が、進むほどに狭まっていく。


「カベ、ヒダリ、テをつけ。ロープハナすな」


 前からそんな指示がとんでくる。まだ道幅は二メートルほどある。だが、視界がない人間にとっては恐怖そのものだろう。ましてや雪と風の勢いは強まるばかりで、耳も塞がれ、足下は滑りやすくなっている。体も冷え切って、落ち着いて考える余裕もない。


「吹雪いてきやがった」


 バジャックが吐き捨てる。

 ゴッ、と俺達の遥か下から、低い唸り声をあげて暴風が襲いかかってくる。


「へっ、水には困らないな」


 後ろでフィラックが皮肉を言う。だが、それも強がりでしかない。


「ラピ、平気?」


 ノーラが声をかける。見るからに歩みが遅くなってきている。


「ディエドラ、止まってくれ。少し早いが、ここで休む」


 断崖絶壁の道を真夜中に、それも吹雪の中を進むなんて、無理にもほどがある。夜間しか動けないとはいえ、このままでは死人が出かねない。

 俺は左手の岩壁に土魔術を使って、なんとか人が入れる洞穴を拵えた。そこに転がり込んだペルジャラナンは、真っ先に魔術で火を点した。砂漠種のリザードマンである彼にとって、ある程度の寒さは耐えきれるものであるはずだが、雨や雪を伴うこの状況には、相当に苦しさを感じていたらしい。他のみんなも、倒れ込むようにして火の回りに集まってきた。


 俺達が早めに休憩をとると判断したのは、どうやら正解だったようだ。

 そのうちに風はますます強まり、暴風雪の様相を帯びてきた。しかも、遠く離れたところから雷鳴まで聞こえてくる。


 俺達は、荒ぶる雪山の中に取り残されてしまったのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 身体操作のコアとスキルの代わりに剛力無双入れてるのね。日常生活上で怪力不便なのではとも思うけど、登山中だからセーフなのかな。枠的にはトリくんよりサイくんの方がおいしいっぽい。
[良い点] グリ本はボスに近寄ると死ぬほど怒られるけど、ボスがいなくなったらいなくなったで犯人探しをする程度にはボスが好きなのね [気になる点] ファルスは見えますが、この世界の人は、実は年齢の枠に余…
[良い点] 「ペルジャラナン!」 「ギィ!」 「当てずに破裂させろ!」  それだけで理解したのか、彼は敵を食い止める仕事を俺に任せ、後ろに下がった。 すぐに意図を察するペルジャラナ…
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