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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十三章 神秘の地へ
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荒天の暴君

 乾ききった冷たい風が、峡谷の狭間を抜けていく。俺達は自然と目を覚まし、青みがかった灰色の岩の上で静かに身を起こす。

 ここ三日というもの、頭上には晴れ間が見えなかった。いつ降り出すかもわからず、この岩だらけの荒涼とした山岳地帯を凍えさせる雲を、俺は恨めしげに見上げるしかなかった。


 ここに来てから、夜明けが訪れる頃には意識が覚醒するようになった。とりあえずで毛布をかぶってはいても、明け方には底冷えのおかげで目が覚めてしまうのだ。

 それは悪いことではなかった。グリフォンが眠るのも夜だ。夜が明ければ、自分達の縄張りに紛れ込んだ目障りな連中を追いかけ回すようになる。連中は目と神通力で獲物を探す。見つかりにくいように狭い場所に陣取って、暗いうちによく眠り、明るくなったらすぐさま動き出さねばならない。

 俺達は黙ってパルトヤスを口に放り込むと、それを水で流し込んだ。それから干し肉のきれっぱしを少しだけ、今度は白湯と一緒によく噛む。毛布を畳んで乱暴にリュックに突っ込む。ここまで十分もかけていない。

 ジョイスが周囲を見張っているうちに、俺達は手早く地図を確認する。ここまでのところ、記述と道筋に矛盾したところはなく、歩みこそ遅々としていたが、まず順調と言えた。


「あの坂だ」


 フィラックが指差す。


 既に俺達はこの三日間で、更に高度を上げた。今にして思うが、アンギン村で三日ほどを過ごしたのは無駄ではなかった。あれで少しずつ体が高度に慣れたからだ。それでも、既に標高四千メートルを超えているであろうこの高地では、激しい運動が難しい。走る、戦うといった行動がいちいち負担になる。深呼吸を心がけながら、ゆっくり歩くしかなかった。

 なお、この環境でも、グリフォンとシャルトゥノーマだけは元気だった。風魔術を自然体で使いこなす彼らは、呼吸に必要な空気の供給も自動的にできてしまうからだ。もしかするとイーグーにも余裕があるかもしれないが、それは表情からは窺い知れなかった。


「まっすぐ行くと、左に折れる。その先に、昔の探索隊が通れなかった場所がある」


 いよいよだ。


「どうする」


 タウルが俺に尋ねる。


「言い伝え通りなら、風の民より風魔術をうまく使う。ペルジャラナンに火の玉を打ち込ませても、逸らされるかもしれない」


 シャルトゥノーマの力をもってしても、相手の攻撃を防いだり、こちらの攻撃を当てたりするのが難しいということだ。

 ノーラが言った。


「私ができる仕事は……ないのかも」


 尻すぼみになる。

 俺から借り受けた力は確かに強大だが、これまでの経験から有効な相手とそうでないのがいるのは理解できているらしい。『変性毒』は大抵の敵に通用するし、他の魔術みたいに避けられたりもしない。ただ、あのリザードマンの王、レヴィトゥアには効かなかった。相手の能力が高い場合、効果を発揮しだすまでに時間がかかりすぎる。この点、精神操作魔術にも同じことがいえる。

 もちろん、使徒が与えてくれた魔道具の力はそんなものではない。遠慮なく『腐蝕』を使えば、多分、実体のある相手ならほとんど確実に葬り去れるだろう。ただ、それは取り返しのつかない汚染を伴う。


「ある。後ろで他のグリフォンに囲まれたら、みんなを守ってくれればいい」


 クーやラピはもちろんのこと、ここまで来ると、もうフィラックやタウルすら、戦力としては微妙になってくる。一般人からすれば普通にグリフォンが強いので、他の誰かに倒してもらうのでなければ、そのうちやられてしまう。変身しなければディエドラも役に立たないし、ストゥルンやチャックなんかは本当に立っているだけだ。

 つまり、実質的に戦闘に携わっているのは、俺とノーラ、ペルジャラナン、シャルトゥノーマくらいで、それをサポートする動きができているのがディエドラとバジャックなのだ。


「本当に一人で行くつもりなのか」


 ストゥルンが難しい顔をして俺に言う。


「これ以上、人を引っこ抜いたら、絶対に誰かがやられる」


 それが俺の判断だった。

 グリフォンの群れも十頭以上となると、さすがに対処が大変だった。こちらからの攻め手はほとんど腐蝕魔術に頼る状態になってしまう。あちらの突撃はペルジャラナンやディエドラに防がせ、風魔術はシャルトゥノーマに任せる。その間に一匹ずつ毒殺していくしかなかった。この連携から誰かを外せば、途端に機能しなくなる。


「だが、どうやって戦う。目算はあるのか」

「敵が見えさえすれば、あとはどうにでも」


 本当のことだ。

 ピアシング・ハンドのクールタイムは終わっている。能力の組み換えも済ませておいた。そして、かつての探索隊の行く手を阻んだのは、巨大なグリフォンだったというから、その能力もおよそ見当がつく。


「行こう」


 一撃でやられなければ、敵の攻め手を避けきれれば。

 ある程度は運も絡むが……相手のいることだ。ぶっつけ本番でやるしかない。


 坂道を登るうち、周囲の景観は少しずつ変わっていった。壁のようだった岩がところどころ砕けており、足下も地面になっている。この先の戦いを考えると、これは好都合だ。

 一時間ほどかけて直進する間、グリフォンが襲いかかってくることはなかった。それがむしろ不気味ではあった。空模様はますます怪しくなり、真上は灰色を通り越して、次第に黒ずんだ雲が集まってきているようにみえる。

 心の中に不安が忍び込んでこないと言えば、嘘になる。だが、俺はよく知っている。手段を問わないなら、俺にはほとんどあらゆる敵を滅ぼす力がある。それを十全に活かすためには、一人になるのが最適なのだ。


「そろそろこの辺で」


 俺は後ろに声をかけた。

 しっかりしていて崩れそうにない岩壁、道が狭まっているのもいい。俺が集団を離れた後、グリフォンの群れに襲われても、ある程度持ちこたえられる場所だ。


「ファルスだから大丈夫だとは思うけど」


 ノーラが努めて無表情を繕いながら、言った。


「無理はしないで。難しそうなら、逃げ帰ってくれた方がいい」

「わかってる」


 それだけで、俺は荷物のほとんども託したまま、一人で先に進んだ。

 問題ない。うまくいけば、まったく労力も危険もなく、難敵を葬り去れるはずだ。そのために俺が選んだ作戦は、暗殺だった。


-----------------------------------------------------

 ファルス・リンガ (13)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・土の魔力

 (ランク9)

・アビリティ 剛力無双

・アビリティ 超回復

・アビリティ 風の魔力耐性

 (ランク4)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、12歳、アクティブ)

・マテリアル キメラ・フォーム

 (ランク5、男性、122歳)

・マテリアル プラント・フォーム

 (ランク6、無性、0歳)

・マテリアル 神通力・飛行

 (ランク9)

・スキル フォレス語   7レベル

・スキル シュライ語   6レベル

・スキル 土魔術     9レベル+

・スキル 剣術      9レベル+

・スキル 料理      6レベル


 空き(0)

-----------------------------------------------------


 高度な風魔術の使い手は、雷を操る。とすると、これを目で見て回避するのは不可能だ。風魔術の挙動が通常の落雷と同じ程度だと仮定すると、遅めに見積もっても秒速二百キロメートル。一方、テニス選手のサーブでも時速二百キロだ。その三千六百倍も速い。

 だから避けるという選択肢は最初からない。最初から撃たれないのが最上。だから、グリフォンに化ける。

 もし撃たれたら、生き延びるしかない。死なずに済んだら、次の作戦もある。とにかく、こちらの攻撃手段はピアシング・ハンドだけ。というより、それより威力の大きい攻撃手段がない。相手を視認しないで済むやり方などないのだし。

 ただ、もし完全に俺の想定外の敵だったら……例えばゴーレムとか、何か神霊の類で、ピアシング・ハンドが通用しなかったら、全力で撤退する。


 俺は左に曲がってしばらく、物陰に立ち寄ると、静かに念じた。肉体が入れ替わる。

 翼を広げると、重すぎるはずの肉体なのに、ふっと浮かんだ。


 頭上の黒雲は、まるで渦巻くようだった。一応、ルートに沿って徐々に高度を上げているが、二百年以上前にここを塞いでいた魔物がまだいるという保証もない。姿が見えないというのもあって、内心では不安ばかりが募っていく。

 前方に目を向け、また周囲を改めて見回してみると、俺達が歩いてきた道筋がどれほど不自然なものかが明らかになる。まるで長方形の平たい石の板があって、それを掘り抜いたみたいになっているからだ。これが自然の地形とは思われない。イーヴォ・ルーの時代の大規模な土木工事の址なのだろうか?

 そんなことを思い浮かべていた時だった。ふと、全身を取り巻く空気が変わった気がした。


 何が起きたかわからなかった。

 何も聞こえない。衝撃を受けたのはわかる。痛みもあるのかもしれない。認識が追いつかない。斜めに傾いた格好のまま、下の地面へと落下している。


 これは自然の落雷?

 違う。どこかから、もしかすると雲の中に紛れて……


 気を取り直せたおかげで、辛うじて自由落下はせずに済んでいるものの、今の一撃は強力すぎた。一瞬、意識を持っていかれた。

 散り散りになる思考をなんとか纏める。最初の作戦は失敗。グリフォンのふりをして、強大な魔物に近づくことはできなかった。なぜ? 念話でやりとりしなかったから? わからない。


 着陸というよりは墜落に近かった。降り立った瞬間、右の前脚が折れ、左の後ろ脚を捩じってしまった。

 もともと頑強なグリフォンの肉体に『風の魔力耐性』があり、『超回復』があったから、即死を免れた。それでも、また動けるようになるまでにはかなりかかるだろう。動けたところで、追撃を浴びるだけだ。やむを得ない。なら、次の作戦だ。


 その場で俺は、グリフォンの肉体を切り離した。必然、その巨体の下に、俺は出現することになる。時間はあまりない。キトで書きとってきたメモが、今となっては生命線だ。手早く詠唱すると、俺の肉体は徐々に土の中に飲み込まれていった。

 第二の作戦。それは「土の中に潜んで、俺を襲った敵が舞い降りるのを待つ」だ。そのための土魔術だった。無論、最悪の場合は、このまま逃走する。


 だが、待てど暮らせど、最初に落雷を浴びせてきたらしい何者かは、こちらにやってくる様子がなかった。なぜだ?

 少し考えて、俺は理由に思い当たった。その魔物は、攻撃したくて攻撃してきた。グリフォンを捕食するためではない。だから、殺したことが確定したなら、いちいち降りてくる理由もない。


 迷いはあったが、賭けてみることにした。

 逃げるとすれば、俺は時間をかけて土の中を移動するしかない。残念ながら、今の俺の土魔術の知識では、あの魔物の暴走を引き起こした怪物と同じことはできない。土の中で呼吸することはできないので、空気穴を開けて『土変形』で少しずつ地面の下に空洞を作りながら、どこかに出るしかない。幸い、『土中視覚』の術はメモにあったので、これで外の様子を見ながら動くことはできる。

 だが、それでは全部やり直しだ。せっかく仲間の目を盗んでグリフォンの肉体を奪ったのに、また一日待たなくてはならない。どうせやることが同じになるなら、今、この状況を活かさなくては。


 土魔術で、地上に残したグリフォンの翼を下から押し上げた。

 翼だけでなく、体全体を震わせる程度に持ち上げる。これで、まだ生きているように見えるはずだ。トドメを刺すために降りてきてくれれば……


 そんな甘い考えを嘲笑うかのように、視界が白に染まった。轟音が響き渡り、またもや雷の槍がグリフォンの肉体を貫いた。

 だが、俺は痛くも痒くもなかった。土は良導体だ。ある程度の深さがあれば、さすがに感電させられることもない。

 しかし、俺が希望しているのは落雷ではない。術者に降りてきて欲しいのだ。だから懲りずにグリフォンの死体を下から動かし続けた。


 そのお返しは、雷の嵐だった。

 苛立ちが伝わってくるかのような立て続けの落雷が、繰り返し俺の頭上に降り注いだ。見ればグリフォンの死骸は、もう完全に黒焦げになってしまっている。誰が見ても生きているようには見えまい。なのに動いているのだから、奇妙極まりない。

 どうする? ここらでやめておくか? いや……


 雷が、止んだ。


 やがて、大きな黒い影が、しずしずと舞い降りてきた。

 大きさにして、俺が成り代わっていたグリフォンの倍はある。首から上は白く、その下は黒い羽毛に覆われている。下半身の獅子の部分は灰色だった。


------------------------------------------------------

 ゾリム (57)


・マテリアル キメラ・フォーム

 (ランク6、男性、573歳)

・マテリアル 神通力・飛行

 (ランク7)

・マテリアル 神通力・探知

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・念話

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・断食

 (ランク3)

・マテリアル 神通力・怪力

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・鋭敏感覚

 (ランク5)

・アビリティ マナ・コア・風の魔力

 (ランク9)

・アビリティ マナ・コア・光の魔力

 (ランク8)

・アビリティ 破壊神の照臨

・スキル 風魔術     9レベル

・スキル 光魔術     8レベル

・スキル 爪牙戦闘    7レベル


 空き(45)

------------------------------------------------------


 老いたりとはいえ、いまだ衰えもない。まさしく山の主と呼ぶに相応しい強大な魔物だ。

 特注品の肉体にとびっきりの風魔術、オマケに光学迷彩まで完備とくれば、いかなルーの種族の精鋭といえども、太刀打ちできなかったのは仕方ない。


 しかし、俺には関係なかった。


「……ふう」


 地面から這い出した俺は、真っ先に手を伸ばして、そこに転がる真っ赤な種を大事に握りしめた。

雷の速度はこちらを参考にしました。


https://yahuhichi.com/archives/6823.html


「ステップトリーダー」

予備的な雷が空気中に通り道を作る

秒速200km


「ストリーマ」

地表から電荷が空中に放出される


「リターンストローク」

上の2つが結びついて電気が流れるルートができてから、雷が落ちる(落雷)

秒速10万km


「ダートリーダー」

リターンストロークの通った道を通ってまた落雷、またリターンストロークが起きる

秒速2000km


ファルス君の見積もりでは、一番遅いケースを想定しています。

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人間ではゾリムに勝つのは無理ぞでしょうか? ゾリムは無理ぞのアナグラムでしょうか?
[気になる点] このグリフォン・ゾリムに対してのシードボムは『土中視覚』にて認識した上でのピアハン行使なのでしょうか? 術を介しても認識さえすれば扱えるのであれば、透視や千里眼などの神通力で認識した…
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