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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十二章 緑の闇の中で
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探索班結成

 窓の外が明るければ明るいほど、部屋の中の一切が影に黒ずんでしまう。屋外の熱気を取り入れまいと閉め切っているせいもあって、空気の流れが滞る。南方大陸特有のお香の匂いだけではなく、そこに何か澱んだ水のような臭い、それに焦げ臭さや埃っぽさまで混じっているような感じがする。

 窓際の机には書類の山の他、ちょっとした道具がいくつか転がっている。目につくのは十字架のように直角に木の棒が組まれたもの……いわゆるクロススタッフだ。測量の道具で、現在位置を割り出すのに使われる。海の上で航海士が使うことが多いのだが、大森林でも必要とされるのだろう。


「以上、十名となります」


 フィラックは、手元の書類を読み上げると、恭しく一礼して、それを目の前の男に手渡した。


 ここは関門城の二階。探索に挑む冒険者が手続きをする事務所だ。自分の担当となる監督官のところに出向き、班の編成について報告しなければならない。

 ベルハッティは俺達を賓客として遇してくれたが、そこは一線を引いている。国家事業たる大森林の探索と開拓については、一切首を突っ込まない。どの冒険者にも贔屓はしないと、そういうことなのだろう。だから俺達は、この時ばかりは一介の探索者の立場で頭を下げる。

 監督官には、こちらの探索計画を精査した上で許可を与える権限がある。提出された計画書は、まず監督官の誰かが目を通す。好ましいものであれば、本人がそのままものにする。つまり、自分が担当になる。そうでない場合は、他の監督官にまわす。そうしてたらいまわしにされてから、やむなく誰かが受け取って、冒険者達に計画の変更を指示する。

 こちらからすれば面倒だし勝手な話だと思うのだが、彼らには彼らの都合がある。監督官は、一度の探索につき、必ず一人は同行しなければならない。行き先は危険な大森林で、彼らの仕事は資源の発見、地図の製作、無法者の退治などなど、多岐に渡る。いい加減な計画に同意したのでは、我が身が危ういのだ。


「で、班の人員は、どれ」


 向かいに座っていた監督官は、深い溜息とともに億劫そうに椅子から立ち上がり、低い声で呟いて、書類から顔を上げてこちらを見た。

 その監督官、ディアラカンは……しかし、大森林の探検という目的を考えると、あまり好ましい人物には見えなかった。背が低く、横に広いのは仕方がない。だが、こちらに向かってもっちりと突き出た太鼓腹は、日頃の不摂生を物語っている。肌は浅黒いが、顔立ちはあまり西部シュライ人らしくはない。イメージとしては、南部シュライ人とハンファン人の混血みたいな印象がある。髪も黒い直毛で、鼻の下と顎に細長い髭もある。


「班長が、ふーん、ジャスパーか」

「ここに着いてから冒険者証を取得しましたもので」

「まぁいい。そこは規則では何も決まっておらん。で、ふん、ジャスパー、次もジャスパーで……ん?」


 視線がジョイスに向けられる。


「ぐえっ」


 何の音かと思った。

 人前だというのに、遠慮なくゲップとは。


「んー? お前がアクアマリン、んで、あん?」


 態度もいただけない。

 確かにこちらは手続きをお願いする側だが、口調にもぞんざいさが滲み出ている。無論、シュライ語で話しているので、ジョイスやノーラなど、一部の仲間には言葉の意味は通じていない。けれども、心の中で何を思っているかは伝わってしまっている。


「エメラルド? 何かの間違いか」

「いえ、本当です」


 俺は首からタグを外して差し出した。ノーラもまた、同様にした。


「ふ、ふん、で、トパーズ? 子供がか」


 まぁ、この反応は無理もない。

 ディアラカンは整列した俺達を見て回りながらゆっくりと歩く。


「そこの二人は荷運び枠だな? で、そこの女は」


 いきなりボロ布を乱暴に裂いたような音がした。数秒間、理解が追いつかなかったのだが、少ししてわかった。信じられない。この監督官、今度は思いっきり放屁をかましやがった。

 ラピは一瞬、ビクッとしたが、アクアマリンの冒険者・メニエと自称するルーの種族、シャルトゥノーマは表情を変えなかった。


 だが、俺は察してしまった。きれいな女達への劣情と嫉妬、羨望ゆえの振る舞いだ。

 ノーラは言うに及ばず、ラピも平均以上の美少女だし、シャルトゥノーマも美人だ。その整い過ぎた顔立ち、美貌が気に食わなかったのだろう。欲情を掻き立てられたのには違いない。といって体を撫でまわすわけにもいかない。そして人は、誰か他の人、気になった人にとっての何者かになりたがる生き物だ。好かれないなら嫌われた方がいいくらいに。

 だから、そんな半ばセクハラめいた思いもあって、わざとこういう真似をやらかしたのだ。


「そっちの男はガーネットで……そこの真っ赤なのは、荷運びか?」

「冒険者証を持っていないそうです」

「子供は仕方ないが、取れるものなら手続きさせておけ。人員は、それから承認する」

「はい」


 一度は監督官に全員の顔を見せないといけなかった。これも規則で決まっている。監督官は、探索隊の実物を見て判断を下さなければいけない。

 しかし、それにしても最低な奴に当たってしまったらしい。これでは先が思いやられる。


「で、目的は奥地の新規探索経路の開拓、ということだが?」

「その通りです」


 失われた古代の都を探していますとか、不老不死の果実を得たいとか、そんな話をしたら、まずゴーサインは出ないだろうから。


「ケフルの滝から上陸して南方に進む場合、区画等級としては四、最も危険になる」

「はい」


 また溜息。だが、これも仕事らしく、彼は面倒臭そうに説明を続けた。


「大森林の探索は、原則として二班以上での活動が義務づけられている。特例として、区画等級が一の領域なら、実績がある班なら単独行動が認められることはある……ケフルの滝を対岸に渡ったところが等級三、その外側からは魔境だ。等級の数と同じだけの班を動員するのが計画実行の条件となる。つまり、中継地の数だな」


 タウルが予告した通り、やはり四班での行動が必要ということらしい。


「後方支援を受け入れてくれる班の目途はあるのか」

「はい、一応、二班ほどは」

「あと一班はどうする」

「そこなのですが、ディアラカン様」


 フィラックは、いちいち面倒そうに愛想一つなく低い声で呻くこの男が、もう嫌いになってしまったらしい。だが、その不快感を押し殺しながら、懇願した。


「よろしければ、監督官の目から見て、有能な班をご紹介いただければと」

「そういうことを言われても困る。王国は探索を管理はするが、非常時を除いては直接命令などしない」

「なんでしたら、お名前だけでいいのです。私どもはこちらに来て日も浅く」

「ああ、わかった。じゃあ、声だけかけておいてやる。なかなかできるのがいるからな」


 こんなもの、形だけだ。裏で癒着がないはずもない。

 どうせ他の班にも、そこまで期待はしていない。


「一応言っておくが、私が同行するのは、ケフルの滝付近のキャンプまでだ。そこで駐屯しながら探索結果を待つことになる。よいな」


 言うまでもなく、願ったり叶ったりだ。


 関門城の外に出て、雲間から覗く陽光に照らされる。ムッと立ち昇る熱気と草木の匂いさえも、さっきまでいた部屋のそれに比べればずっと爽やかに感じられた。


「みんな、思うところはあるだろうが」


 本来なら俺が頭を下げるべきところだが、一応の班長はフィラックだ。あの不愉快な監督官の前で、新入りの三人はよく我慢してくれた。特に一番気の短そうなアーノ辺りは。


「気にしていない」


 シャルトゥノーマが真っ先に言った。


「大森林の監督官など、半分くらいはああいう手合いだ。珍しくもない」

「理解があって助かる」


 イーグーも、いかにも下賤の者といった態度を演じつつ、応じた。


「いや旦那ぁ、あっしはむしろ助かりましたぜ。あっしよりムサい男が一人はいねぇと、お嬢様方に白い目で見られちまう、ハッハハ」


 アーノはまったく涼しい顔をしていた。


「下の下すぎて、相手どる気にもならん」

「あ、ただ、一応監督官だし、言われた通り冒険者証は」

「ペリドットなら取る」


 あまり馴染みのない階級が出てきた。ジャスパーの一つ下、信用も何もない本当の初心者の冒険者に与えられるものだ。


「あれは使い勝手がいいからな」

「というと」

「他の支部に共有されん。邪魔になったら捨てればいい。フフッ」


 そういうことか。

 この口ぶりからすると、過去にもそういう形で冒険者証を放り出したことがありそうだ。素行も悪そうだし、やっぱり油断ならない。


「それより」


 アーノには、他に気になることがあるらしい。


「先日、ファルスが獣人を競り落としたと聞いたのだが」

「はい。それが何か?」

「斬らんのか?」


 いきなり何を言い出すかと思えば。


「何を言ってるんですか」

「魔物であろう。そういえば噂で聞いたのだが、なんでもリザードマンを連れているとか」

「ええ」

「なぜ斬らん?」


 こいつの思考回路はどうなっているんだ。というか、やっぱりワノノマの武人だから、魔物は斬るもの、と相場が決まっているのか。


「あの、競り落としたって意味、わかってますよね?」

「うむ」

「いくらしたと思ってるんですか」


 金貨一万枚……

 いや、こいつの頭には、そういう損得勘定など通用しないんだろう。


「心配しなくても、どうにでもなります。人形の迷宮で捕まえたリザードマンですが、今のところ、僕の命令に逆らったことはないですし。獣人も、これから躾ける予定です。大森林に挑むなら、飼い慣らしたほうがいいでしょう」


 言葉を選びつつも、味方であることはハッキリ告げておく。


「だが、所詮は魔物だ。今はよかろうとも、どこで牙を剥くかわかるまいに」

「今の時点では、獣人はそうかもですね。でも、ペルジャラナン……リザードマンのほうは、まず大丈夫です」

「ふうん、つまらんな」


 つまらん、ってそういう話か?

 アーノにとっては、ルーの種族は全部殺すべきものでしかないらしい。でもそうなると、メニエの正体がバレたら、大変なことになりそうだ。

 イーグー一人だけでも悩ましいのに。少しは自重してほしい。


 いやな空気を感じたのか、フィラックが話を遮った。


「みんなそれぞれ宿をとっていると思うが、どうする。出発まで宿代が厳しいとか、何かあればこちらで纏めて泊まれるように手配するが」


 シャルトゥノーマは首を振った。


「金には困ってない。ちゃんと関門城の手前に宿をとっている」

「ああ、では……じゃあ迎えにはいかないが、さっき言ったように連絡のため、毎朝、あの小屋に集合してくれ。何か伝達事項があれば、そこで。何もなくても、俺だけはいるようにする」

「わかった」

「じゃあ、三人は解散だ。俺達は、もうすぐ小屋が人でいっぱいになるから、これから掃除だな」


 フィラックはそう言って、肩をすくめた。


 三人が去った後、俺達はペルジャラナンと合流してから、言った通りに小屋に向かった。掃除といっても、もともとがガランとした小屋でしかない。簡単に掃き清めて、椅子と机を並べ直したら終わり。だから掃除というのは口実で、本当は作戦会議だ。

 このタイミングで、伝えなければならない。


「窓を閉め切って」


 俺の指示に、しかしタウルは疑問を差し挟まず、大人しく従った。窓という窓が閉じられると、途端に空気がこもって暑苦しさが増す気がする。


「ギィ」


 ペルジャラナンが掌に火を点した。暗がりにぼんやりと彼の顔が浮かび上がる。


「なんだ」


 タウルが短く尋ねる。


「今のうちに伝えておきたい」


 俺達に同行することにしてくれたあの三人だが、いずれも危険人物だ。ある程度のことは伝えておかないと、身内の安全にかかわる。

 といって、すべてを話すわけにもいかない。なぜなら、特にイーグーには、強力な精神操作魔術があるからだ。つまり、俺が知り得たことを、例えばクーあたりに伝えてしまうと、奴はクーを通じてこちらの考えを悟ってしまう。匙加減を考えなければいけない。


「あの三人は危ない。油断するな」

「何かと思ったら。そんなのはここでは当たり前」

「そうだろうけど、特にという話だ。いいか、面接のときに、心の中は読み取れなかった」


 俺は脇に座ったノーラに目をやり、それからまた、灯火に照らされたみんなの顔を見回した。


「魔法で心の中を読めない、読みにくいというのは……だいたい相手が優秀な場合に起きる。で、三人ともほとんど何も読み取れなかった」

「うん? いいんじゃないか、それは。頼りになるということじゃないのか」

「フィラック、三人とも読めなかったんだ」


 何を指摘されているかを悟って、彼は沈黙した。


「一番平凡に見えるあのイーグー、もし本当にガーネット並みの実力しかなかったら、心が読めないなんてあり得ない。つまり、何かを隠してる」

「それならファルス、どうして合格にしたんだ」

「多分、僕を狙っている」


 この一言に緊張が走る。


「ああ、そういう意味じゃない。少なくとも、いきなり襲いかかってきたりはしない。それはわかる」

「どうしてわかるんだ。先の戦争の件で、黒の鉄鎖の生き残りが殺し屋を送りつけてきてもおかしくはないんだぞ」


 フィラックの指摘はもっともなのだが、あれはそんなチャチなものではない。俺は首を横に振った。

 今度はタウルが指摘した。


「他にどんな意味がある」

「僕を殺すというより、見張ろうとしている。恐らく」

「何のために」


 使徒のことは言えない。言ってしまうと、彼らの意識にそれが残る。今のこの話し合いも、使徒やイーグーに聞こえているかもしれないのだ。


「正確なところはわからない。だけど、カリでもいただろう? 正体不明の誰かが、僕を追っている」


 舌打ちが聞こえる。ジョイスだ。

 気持ちはわかるが、この件に巻き込んだら、本当にみんな余計に危なくなる。心苦しくはあるが、ことがことだけにどうしようもない。


「彼のことは任せてほしい。何かあっても絶対に戦ってはいけない。見たところ、一番危ないのがイーグーだ。僕に任せて、いや押し付けて欲しい。何かあり次第、全力で始末をつける」


 とはいえ、あれだけの魔法を行使されたら、俺でも危ないかもしれない。ピアシング・ハンドが使用可能な状況であれば、先手を取れれば負けはないのだが……


 ただ、イーグーが俺の推測通りの人物であるとするなら、戦闘に発展する可能性は低い。

 使徒は俺の能力について、ある程度把握しているはずだ。でなければ、女物の魔道具なんか渡さない。黒竜の魔法の能力をノーラに移植可能とわかっていたから、ああしたのだ。

 それを前提とするなら、俺がイーグーの異様な能力に気付くだろうことにも容易に気付けるはずだ。そのイーグーに俺や俺の仲間を殺害させるのは、どう考えても非合理的だろう。

 だいたい、傍にいれば俺に始末されるだけでなく、能力を奪われる可能性もある。使徒が手駒を大事にするような奴には思われないが、それにしたって刺客とするなら、あまりにやり方が雑だ。だから、恐らく純粋に監視要員だろう。


 もっとも、今の時点では彼の正体に確たる証拠がない。よって殺したり、能力を奪ったりするのは、いったん保留としておくが。


「あと二人はどうするんだ。あのアーノというやつは」

「彼は性格は危ない感じがするけど、もしかしたら一番まともじゃないかと思う」


 要はひと暴れしたいだけの男だからだ。思想的な背景が一番はっきりしている点では、不確定要素がなくありがたい。ただ、危ういには危ういし、いざ暴れだしたら、俺かノーラかペルジャラナンでなければ、立ち向かうことができない。

 また、獣人や亜人、魔物に対しては、やはりワノノマの武人らしく強い敵意を抱いている。目を離すことはできない。


「でも、もし彼が裏切ったら、みんな逃げて欲しい。でも僕もいなくて、逃げきれない場合は、ペルジャラナンが食い止めて欲しい」

「ギィ?」

「大丈夫、落ち着いて身を守れば、食い止めることはできる。でも、それでも難しい場合はノーラ」

「うん」

「済まないけど、身内の安全には代えられない。でも、ペルジャラナンにやらせると、人間を殺したことになって始末がつかなくなる」

「わかった」


 腐蝕魔術を浴びれば、さしものアーノといえども生きられまい。


「最後に……メニエ。彼女も、何かを隠している感じがする。これも対応は基本的にアーノと同じだ」


 そうなると、今の時点で最大の懸念事項が彼女になる。

 大森林の冒険者にとって、下手をすれば百年に一度のお宝、それが亜人だ。獣人より高く売れる。そんな賞金首同然の彼女が、わざわざ人間の冒険者に擬態して、俺達に同行しようとしている。

 イーグーもアーノも、想定通りなら、目的はある程度わかっている。だが、シャルトゥノーマだけは、そこが見えてきていない。


「もう一つ問題がある」


 またタウルが口を挟んだ。


「あの獣人は、どうする」

「今夜、なんとか説得する。でも、探索中に何かあった場合は」


 他と同様の対処をするしかない。


 かなりの無理がある。

 そのことにタウルもジョイスも、それぞれ不満げに首を振り、溜息をつくばかりだった。


「最後に」


 俺はクーとラピに目を向けた。


「そろそろ出発の準備が完全に整う。正式に班の一員になったら、途中で抜けるなんてできない。やめるなら今のうちだ。無理はしなくていい」


 本音のところ、彼らに抜けられると出発が更に遅れるし、信用できない人間を更に多く抱え込まねばならなくなるのも悩ましい。それでも、彼らの命が懸かっている決断だ。軽々しくついてこいとは言えなかった。


「行きます」


 クーはあっさりとそう宣言した。ある程度、予想していたことだ。


「ラピは」

「わ、私は」


 やっぱりというか、恐怖心が強くあるのだろう。

 それなら無理をすることはない。


「前にも言ったように、大森林に行かないなら、ここからエシェリクに戻って、カークから船に乗るという手がある。キトの総督には、面倒を見るように伝えることができる。大森林では、誰が死んでもおかしくない。わざわざ命を粗末にする必要はない」


 彼女は、俺の言うことを黙って聞いていたが、ややあって言葉を絞り出した。


「死んでいてもおかしくないのは……私じゃないですか」

「なに?」

「ずっと考えていました。大森林に行くのは怖いです。毎日歩き通しで、きっと大変です。できれば逃げ出したいくらいに」

「逃げてもいいと言っている」


 だが、ラピは首を振った。


「でも、ファルス様が南方大陸にいらしたのは、キニェシに立ち寄ったのはなぜですか? 大森林を目指していたからですよね。でなければ私は傭兵の慰み者になって死んでいました。なのに、助けてもらうだけ助けてもらって、私だけここから逃げ帰るんですか」

「恥じることではない」

「恥ずかしいでしょう」


 真っ向から反論されて、言葉が出てこなかった。


「私はタウルさんやクーみたいに出世したいんじゃありません。でも、役立たずでいるのは嫌です」

「そんな意地のために死ぬかもしれないんだぞ」

「もともと死んでいた身じゃないですか」


 それもそうだ。

 しかし……


 俺は、秘密と倫理の間で板挟みになる。

 ピアシング・ハンドの秘密をある程度明かしてしまえば。俺は短期間で二人の足手纏いを、そこそこの戦力に改造できる。フィラックやタウルの戦力も向上する。それによって、彼らの生存確率は高まるだろう。

 だがそれは、別の意味で彼らの安全を脅かす。俺について知れば知るほど、使徒は彼らに注目する。もちろん、俺自身にとってのリスクも小さくはない。もし俺の能力が世間に広く知られるようになったら、もうまともな社会生活など送れない。


「わかった。覚悟だけはしておいてくれ」


 こう言うしかなかった。

 とりあえず、問題を棚上げする。それ以外、何も思いつかなかった。

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― 新着の感想 ―
なぜファルスはイーグーを使徒の手先だと断定してるんだろ?使徒はどこでも見通せるともともと宣言してるし見張りが必要じゃないのがわかってるはずなのに
[良い点] ラピクーも子供とは思えないくらいしっかりしてますよね。この世界基準で言えばラピはもうすぐ大人ですが。 [気になる点] それに比べて女抱いたくらいで一喜一憂するコーザは。 現代から見て…
[良い点] いきなりボロ布を乱暴に裂いたような音がした。 エッチ先生はおならの描写がお上手 そして人は、誰か他の人、気になった人にとっての何者かになりたがる生き物だ。好かれないなら嫌われた方が…
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