ジョイス、見抜く
改めてですが、夏の不幸祭りの予告です。
2021/07/21~
いよいよ来週スタートです!
が、下書きは終わっていません。
いつもそうですが、今回もかなりの難産です……orz
削りだされたばかりの木の香りには、独特のすがすがしさがある。つい昨日作られたばかりの椅子とテーブルだが、見てくれはなかなか悪くない。釘を使わず、断面を噛み合わせるだけで、この出来栄えだ。大森林の木工職人達の腕は悪くないらしい。
だが、じっと身を落ち着けてよくよく観察してみると、そこには気が滅入ってくるような事情があるのだと気付いてしまう。
「あったぞ、パンが」
ジョイスがどこかの屋台から、俺達の分の昼食を買って戻ってきた。これまた真新しい木のトレイの上に、四人分のパン、それに飲料に満たされたコップもある。
「ありがとう」
「おう。ま、とりあえず食おうぜ」
やや乱暴に、ジョイスはテーブルの上にトレイを置いた。コップの中は、なんと果汁だ。パンにも、野菜と薄切り肉が挟まれている。
いかにもフォレス風のお食事に、俺は小さく溜息をつきながら首を振った。
「あん? どうした?」
「なんでもないよ。おいしそうだ」
それで、俺もノーラも、それからペルジャラナンも、それぞれパンとコップに手を伸ばした。
落ち込んでいるときには、憂鬱になるきっかけを次々見つけてしまうものらしい。その一つが、この快適な空間だ。
冒険者ギルド近くの丸い広場には、いくつもの大樹が影を落としている。そこに今、俺達が身を置いているような四人掛けの椅子とテーブルがいくつも置かれている。近くには飲食物を売る屋台が軒を連ねており、好みに応じていろいろな料理が供されている。
この景色だけ見るなら、まるで南国のリゾートだ。
この便利な場所は、誰のために用意されたのか。言うまでもなく、遠くからのお客様のためだ。タウルが生贄の季節と言っていたが、もうじき大森林にも女神挺身隊がやってくる。何もわかってない帝都の若者達がここに押し寄せるのだ。
冒険の過酷さを知らない彼らは、初年度の支援金を握りしめて胃袋を満たしにくる。だが、なにせおキレイな帝都でラクな人生を過ごしてきたお坊ちゃん達だ。小汚い場所では敬遠されてしまう。
そこで見た目だけは整えるのだ。真新しい椅子とテーブルを用意する。木製のコップも新品だ。しかし、これらはやすりがけはしてあっても、ニスは塗られていない。また、木材が充分に乾燥する前に加工されているので、時間経過とともに歪みが出てくると予想される。
それでいいのだ。どうせ挺身隊のほとんどは、一年以上耐えられない。盛大に金を使う最初だけ、それっぽくもてなせばいい。だからここの椅子とテーブルは、毎年作って毎年処分するものなのだろう。
要するに、ここも人形の迷宮と同じだ。
ただ、俺達は一足先に到着した。そしてサハリアの戦争の影響もあって、本来のお客様の到着は、やや遅れている。
「ったく、なんで大森林に行くのかと思ったら、まーたとんでもねぇこと考えてやがったんだなぁ」
誰より早く食べ終えたジョイスが、さっきの話を蒸し返す。クーとラピ、それにタウルのことは、フィラックに任せたまま、俺達はここまで出てきたのだ。
「ことがことだけに、なかなか言い出せなかった。ごめん」
「いや、俺ぁいいんだけどよ」
「本当は、エシェリクで説明しようかと思っていたんだ。だけど、あの時はもう、ギリギリの旅費しか残ってなかったし」
ジョイス自身も、あまり金を持っていなかった。一人でカークの街を目指すにも足りるかどうかで、本来なら道中で冒険者ギルドの仕事を請けながら稼ぐはずだったのだ。
「そこで説明されたって、俺が納得しないぜ」
「だけど、僕らに会ったのは偶然じゃないか。お師匠様の命令だろう?」
「それはそれ。これはこれだ。俺は修行してこいって言われたんだ。修行になるんだったら、寄り道したって文句は言わねぇだろうしな」
彼は肩をすくめて、関門城の方を見やった。
「逆にお前、怖い怖い大森林を背にしてガキ二人のお守りをして逃げ帰ってみろ。へへっ、顔向けできやしねぇ」
意志は固いようだ。いや、俺が強引に連れて行かないと言い張れば、いっそ実力行使に及べば、追い返すことはできる。ただ、そうすることにどれほどの意味があるのか。
「で、よぉ」
考えに沈む俺をおいて、ジョイスの視線は既にノーラに向けられていた。
「お前は知ってたんだよなぁ?」
「……キトで聞かせてもらった」
「ファルスもイカレてるけど、お前もたいがいだな」
背凭れに背中を預け、座席に片足をかけ、カリで購入した棒を肩に載せ、彼は体を揺らした。
「けど、人形の迷宮ブッ潰してんだもんな。どっかの伝説みてぇなモンだ。そんならおとぎ話を追っかけるのも、ま、変じゃねぇか」
だが、ノーラは一瞬、顔を歪めた。俺があそこで人生を終えるつもりだったことを思い出したのだろう。
「私はそんなものに興味ない」
「だったらとっととピュリスに帰ってくれよ」
意外な言葉に、俺はジョイスの顔を見つめ直した。
「お前が切り回してた商会なんだぞ? イーナさんじゃまわんねぇって。デキる奴がいねぇとよぉ」
これが追い返す口実になれば大変結構なのだが、そうはいかない。ノーラが俺の資産を勝手に使ってピュリスの商業地区を買い占めたのは、ひとえに俺を引き留めるためだった。その他のみんながどうなってもいいわけではないが、別に放り出したくらいで死ぬのでもない。
それに、俺もノーラもいないピュリスの商会をサポートする手段は、既に提供されている。ティズの命令で送り込まれたビッタラクが頑張ってくれているはずだ。万一、彼が機能しなくても、その場合はまた、ティズが別の手を打つだろう。
「ファルスが帰るまでは、私も帰らない」
「執念だな」
トントン、と赤い金属の棒で自分の肩を軽く叩くと、彼は身を起こした。
「ジョイス、ピュリスはそんなに困っているのか」
「あん? まぁなぁ、官邸の方はイーナさんがなんとかするけど、他がなぁ。地代の徴収くらいはなんとかなるっつってたが、仲買人とのやり取りが困るってな」
何をどれだけ仕入れるか。かつてのエンバイオ家のように、リンガ商会でもさまざまな品物を買い付けては売っていた。その判断はほぼノーラが一人でしていたという。
「その辺は解決すると思う」
「なんでだよ」
「ティズ様がその手の仕事に長けた人を送ってくれた。ビッタラクっていうんだが、会ってないか」
「いいや。行き違いか」
しかし、心配事というのなら、ジョイスにはもっと別の問題があったはずだが。
「それより、一人でこんなところまで来ていいのか」
「あん?」
「お前に何かあったら、サディスが一人きりになるんだぞ」
「ああ」
棒を地面に突き立て、彼は座り直した。
「そらそうだけどよ。あいつも十四だぜ? 早けりゃ来年にも結婚してておかしかねぇ。それがいまだに兄離れできねぇんじゃ、余計にまじぃだろ」
「見届けてやろうとは思わないのか」
「できりゃあそうすっけどよ。俺がいねぇ人生のがずっとか長ぇんだ。けど、そうだな」
腕組みして彼は空を眺めた。薄い雲がいくつも重なって、青空がなんとか垣間見える程度の晴れ空だ。
「それだったら俺もお前を連れ戻さねぇと」
「どうしてそうなる」
「お前以上にいい身分の知り合いなんざいねぇからよ。お前の顔? で、いい相手を見繕ってくれりゃ、俺も安心だ。な?」
そういう話になるか。
この世界、恋愛結婚は決して一般的ではない。一般に保守的な西方大陸では、特にそうだ。となれば、顔役の口利きで見合い話が決まる。普通、それを担うのは村長だったりするのだが、生まれた村という共同体から切り離されたジョイスからすれば、俺以外にはアテがない。
「……やることを済ませないと、帰れない」
「俺もだ」
そこまで話したとき、ノーラが席を立った。
「どうした」
「様子を見てくる」
きっと今頃は、俺の無理難題に機嫌を損ねたタウルを、フィラックが宥めてくれているのだろう。本当なら俺が頭を下げるべきところなのだが、本人がやるより周りが動いた方がこじれないということもある。
ただ、本来俺は一人で旅をするはずだった。それが結局、やるべきことを誰かに任せなくてはいけなくなってきている。
「ごめん」
「私も知ってたんだから、責任はある」
それだけ言うと、ノーラは背を向けた。するとペルジャラナンが俺達の顔を見比べて、慌てて席を立った。
「ギィィー」
意思疎通の手段がノーラの魔術しかない以上、取り残されるわけにはいかない。バタバタと彼も後を追いかけた。
二人が去った後、急に静かになった気がした。ふと、気付いて振り返る。俺はノーラの背中を見送っていたのだが、ジョイスはずっと俺に視線を向けたままだった。
「なんだ」
たまりかねて俺が尋ねると、ジョイスは首を振った。
「いやぁ、俺にゃあまるでわかんねぇ」
「だから、何が」
「お前、何が不満なんだ」
彼はとっくに真顔になっていた。さっきまでの気安い感じはない。
「不老の果実? そんなもん見つけて、どうしようってんだ」
「誰にとっても最高の宝だろう。探して何がおかしい」
「お前が使うのか」
「悪いか」
俺をじっと見てしばらく口を噤んでいたが、ジョイスは肩をすくめた。
「意外だな。そんなに死ぬのが怖ぇのか」
「そう思われてもいい」
「違うな。だったら最初っから人形の迷宮なんかに行きゃしねぇ」
何が言いたい?
いや、まさかノーラが……
「何か聞いたのか」
「いいや? なんも」
どことなく気分が悪い。とろ火で焼かれているような、なんともすっきりしない感じがする。
「どうもしっくりこねぇんだよ。お前、そんなバカじゃねぇだろ」
「なんだと?」
「死ぬのは怖ぇ。けど、歳食って死ぬのは自然なこった。それをわざわざ死ぬかもしれねぇ場所に行って、そんなんじゃ余計に寿命を縮めるだけだろが。しかも、一緒に行く奴らまで巻き添えだ。んで」
座り直し、棒を地面に突き立て、彼は正面から俺を見据えた。
「お前、そんなバカでもなきゃ、身勝手でもなかったろ。ノーラなんざ死んでも構わねぇってか?」
何か言い返そうと唇が震えたが、声が出なかった。
「んなわけねぇんだよ。だったらわざわざ、クーとかラピとか、あんなもん、ちょっと前に拾ったばっかの赤の他人だろ? 死んだってどうってことねぇじゃねぇか。ま、その辺は昔から、お前の変わらんとこだよな。でなきゃ、俺もサディスも拾われてねぇ」
鋭い視線が、俺を射抜く。
「ってなると、あとはあれか。不老の果実を手に入れてこいって、王様あたりから言われたのか……けど、ううん」
バリバリと頭を掻きむしり、そこでジョイスは迷いを見せた。
「それじゃあ辻褄合わねぇんだよな。だったら人形の迷宮なんかに寄る必要はねぇし。でも、そうでも考えねぇと、説明できねぇんだよなぁ」
「何が言いたい」
「まるでネズミみてぇってこった。カリで会ってから、ずーっとお前の様子を見てんだけどよ。なんだか前より頭悪くなったみてぇに見えるんだ。っていうか、余裕がねぇんだな。それこそネズミだ。全力で走って逃げてるネズミ」
確かにその通りだ。
自分でわかっている。目標に向かって走るのではなく、恐怖に背中から追い立てられている。
「なぁファルス」
そして彼は、核心をついた。
「お前、誰に脅されてんだよ」
息が詰まった。
一方、ジョイスは思考の糸を辿りながら、ポツリポツリと呟き続ける。
「俺もおかしなこと言ってるとは思ってるぜ? なんだかわかんねぇが、お前はバケモノらしい。俺の神通力が効かねぇって程度じゃねぇ。なんせ人形の迷宮を片付けちまったんだ。千年以上も前から、誰にもどうにもできなかったもんをよ……それをどっかの王様ごときが、脅せるもんかね? けどまぁ、俺が王様なら、お前の動かし方くれぇはわかる。お前じゃなくて、ノーラを殺すと言えば、なんとでもなるさ。けど、そうすっと話がわかんなくなる」
ノーラが去っていった方を顎で示して、ジョイスは言った。
「お前が身内を、ああまでお前にこだわってついてくる奴を見捨てたりはしないのはわかる。なのに、その肝心のノーラを死ぬかもしれねぇ場所に連れてまで、お前は何がしたい? けど、金ならピュリスに帰ればいくらでもあるだろ。地位や名誉だって、王様が黄金の腕輪をくれたんだ。そうでなくったって、お前はそんなにガメつくなかったろ。わざわざ危ねぇことして何かが欲しいなんて、あるわけねぇし」
俺の中のジョイスは、思えばずっと子供のまま、時間を止めたままだった。だが、歳月が流れ……それは本当に短い時間でしかなかったが……彼は身も心も育っていた。
「わかるのは、お前が何かしたくてここにいるってわけじゃないってことだ。そうじゃない。お前は何かを怖がってる。避けようとしてるんだ」
「ジョイス、済まない」
だが、俺はそこで話を遮った。
「説明はできない」
俺は言い切った。
「おい」
「ノーラはある程度、知っている。本当は知らせたくなかった。もちろん、タウルもフィラックも何も知らない。でもこれは」
「ざっけんな」
「知るだけで余計に危なくなるんだ!」
俺は立ち上がり、テーブルを激しく叩いた。
俺の旅は、使徒に仕組まれている。
奴の存在を知るということ、それ自体が大きなリスクだ。現にジョイス自身、奴のイメージをグルービーの心から読みだし、思い出そうとしただけで呪われた。
ノーラはもう、狙われている。これはもう変わらない。この上、ジョイスまで標的になったら。
「本当は……みんなに帰って欲しい」
「ああん?」
「自分一人なら、何も怖くない」
法律違反だろうが何だろうが、構わない。いや、いっそどこかの探索チームに加わって、そこで行方不明になったっていい。一人で大森林の奥地を目指せるのなら。
「チッ」
ジョイスも乱暴に立ち上がった。
「見ちゃいらんねぇ。マジでビビッてやがんじゃねぇか」
彼の言葉がいちいち突き刺さる。
今、俺はどんな顔をしているんだろう?
「ちったぁ周り見ろ。余裕なくしてんじゃねぇよ」
それだけ言うと、彼は背を向け、大股に歩き去っていってしまった。




