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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十一章 泥土の国々
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関門城に到着

 密林の狭間にある泥濘の街道の先に、青みがかった灰色の尖塔が見えた。

 タウルは汗を拭いながらも、その場に立ち止まって聳える城砦をじっと見つめた。彼にとっては、あれこそが故郷の象徴なのだ。嬉しそうに微笑むでもなく、嫌悪の情を見せるのでもなく。ただただ感慨深いのだろう。十代前半にミルークに拾われるまで、彼はあの城壁の向こう側、無法地帯の中で生き抜いてきた。


 更に少し進むと、昼前には、ようやく関門城の全貌が見えてきた。

 左右には峻険な岩山が広がり、それが高さを増して東西に続いている。その間を埋めるように、分厚い石の城壁が連ねられている。ところどころに屯所になりそうな四角い石造の建造物が拵えられており、その真下の城壁は節目のように丸く幅広に作られていた。中央には、一際大きな四角い城砦が聳え立っており、そこから尖塔が突き出ている。その真下には、長い石のトンネルが口を開けていた。

 その足下、真ん中の大通りを避けるようにして、仮設小屋みたいな家々が軒を連ねていた。


 材木を運ぶ半裸の男達が列をなして関門城のトンネルをくぐっている。とある小屋は飲食店らしく、湯気があがっている。軒先に出てきた男はエプロンを身に着けており、声を張り上げて道行く人に宣伝をしているようだ。年端もいかない子供が籠を頭の上に載せて何かを運搬している。

 慌ただしい、という言葉がしっくりくる。活気があるのだが、それだけではなく、とにかく落ち着きがない。この興奮は、いったい何だろう?


 タウルが溜息をついた。


「どうした?」

「生贄の季節だ」


 彼は首を振った。


「今年はサハリアの戦争があったから、来ないかと思った。東岸から回り込んで、もうすぐこっちに来るんだろう」

「何が?」

「挺身隊」


 それでわかった。

 ここも人形の迷宮と同じく、世界の辺境だ。だから帝都は、世界の防衛という名目で、若者を大量に送りつける。それがウンク王国の経済を潤している。

 既に翡翠の月の中旬に差し掛かりつつある。もうしばらくしたら、新たな棄民がここまで送りつけられるのだ。


「宿をとる前に、金を用意しないと」


 またあの南京虫だらけの安宿みたいなところで寝るのはごめんだ。関門城にはギルドの支部がある。貯金を引き出す権利もあるのだから、多少値が張っても出発前くらい、まともなところで休みたい。


「薬は買えるのかしら」


 ノーラもうんざりした顔でそうこぼした。いまだに体が痒くてつらいのだろう。

 それにしても、治癒能力があるから、そのうち治るはずなのだが……もしかしたら荷物の中にあのいやらしい虫けらが紛れ込んでいて、何度も彼女を刺しているのかもしれない。とすると、いくら治したところでキリがない。

 しかもノーラの場合、サーコートの内側に黒竜のローブを着用している。要するに、体の痒い所を掻こうにも、服が分厚過ぎて、まったく意味がない。隔靴掻痒というやつだ。


「ギルドはあの城門の向こう側だ」

「じゃあ、通れないということか」

「いや」


 タウルは行き来する人々の姿に目をやりながら、説明した。


「街は城の前後に広がっている。外部の人間は、身分を示して大森林への立ち入り許可を申請すれば、本当の許可を与えられるまでの間は、街の中だけは歩き回れる」


 通行許可にはいろいろあるらしい。外部からやってきた商人は、大森林に挑む意思がないので、あくまで関門城の向こう側に物資を搬入する許可さえあればいい。冒険者などの立場となると、これは魔境の奥深くを目指すものとされるので、半永久的な許可を取る必要がある。いずれも別途、身分証を提示することが求められる。冒険者の場合は、そのまま大森林で死亡して行方不明になる場合もあるので、記録を残す必要性もある。

 また、地元の人間は城門を行き来できないと不便なので、居住者の通行証を持っている。特に関門城の防衛にあたるウンク王国の兵士などは、その資格を有している。しかし、地元民だからといって、みんながみんな通行証を得ているのでもないらしい。

 具体的には、関門城の南に居住する開拓民には、理由がない限り通行証が付与されない。無法地帯の人間に、信用などないからだ。そしてタウルもまた、開拓民の出身だった。


 トンネルの脇に、短い行列ができていた。俺達もそこに並ぶ。顔ぶれはさまざまで、ハンファン人らしいのもいれば、フォレス人っぽいのもいる。

 手続きは順調に進み、すぐ俺達の順番になった。タウルが俺の代わりに係の兵士に声をかける。


「騎士ファルス・リンガ、従士ノーラ・ネーク、他自由民三名、奴隷二名。探索許可だ」


 城壁の横の机の上でペンを走らせていた兵士は顔をあげて俺を見た。途端に訝しげになる。それで人数を確認しようと無言で指をさして一人二人と数えていく。


「一人多……ああ!?」

「ギィ?」


 最後の一人が人間でなかったことに驚いて、彼は机を跳ね飛ばして立ち上がった。


「慌てるな。これはファルスが飼っている魔物だ」


 そう言いながら、タウルはペルジャラナンの肩を軽く叩いて、その従順さをアピールした。

 彼は憤然とした表情で俺達の顔を見比べていた。それで俺は腰をかがめて、机から弾き落とされたペンやインク壺を拾い上げた。気付いたペルジャラナンは前に出てきて、倒れた机を持ち上げて元に戻した。

 そして、つぶらな瞳で兵士を見つめた。


「人間の命令を聞くおとなしい奴です。問題ありません」


 兵士は何かを言いたそうに口を尖らせたが、左右を見回し考えを纏めてから、やっと言葉を発した。


「身分証を見せろ」


 俺は黙って黄金の腕輪を見せた。

 彼はそれを見て、本物らしいと察した。それで近くにいる他の兵士に大声を出して呼びかけた。


「ここの手続きを代行しろ!」


 彼の言うここの手続きとは、俺達以外の、列に並んだ後ろの人達のための手続きのことだ。

 それから彼は、俺達を先導して少し離れた場所に立たせた。


「大森林に挑むのか」

「はい」

「一時通行許可の目的は」

「ギルド支部でお金を引き出したいです。旅費が尽きました」


 既にエメラルドに昇格した俺の階級証に、彼はまた目を丸くした。続いてノーラも同じく階級証を差し出した。こちらもトパーズだ。

 こんなに若いのに、特に冒険者なんて普通は十五歳以上から始めるものなのに、という思いもあるのだろう。しかし、リザードマンをお供に連れているような非常識な連中だ。


「わかった」


 それで彼はまた、近くの兵士を呼び止めた。

 やがて数人の兵士がこちらに駆け寄ってくる。


「そっちだ。ノーラといったな」

「はい」

「他は城の外で待つように。ギルドまでは我々が連れていく」


 当然に、こちらにも見張りがついた。これもやむを得ないことだ。

 別に何か問題が起きるとも思えないので、俺達はトンネルの真下に佇んで、ノーラが帰るのをただ待った。


 城門の前を大勢の人が行き交う。南部シュライ人と思しき髭面の半裸の労働者。革の鎧を身に着けたフォレス人っぽい冒険者。彼らがチラチラとこちらを見ながら通り過ぎていく。

 俺達は相当に奇妙な集団だ。女子供に金髪のサル、トカゲ。注目されるのもやむを得ない。


「ん?」

「どうしたジョイス」

「今、こっちを見てるのが」


 小声でそう囁かれ、俺はそちらに視線を向けた。


 フードを被った金髪の誰か。外見からすると冒険者のようだ。しかし、それにしては。

 髪は緑がかった金色で、肌は雪のように白い。それだけ見るとルイン人なのだが、体格はそこまで大きくない。どうも女のように見える。ただ、弓や短剣を手挟んでいたし、足下も普通にブーツだ。無数にいる冒険者の一人に過ぎない。

 そいつは、ペルジャラナンを眺めているようだった。こちらの視線に気付くと、すぐ振り向いて立ち去っていってしまった。

 別におかしなことでもあるまい。人間と行動を共にするリザードマンというもの自体が常識の外だ。なんだあいつらは、という視線が向けられるのも自然なこと。


「あのな」

「あん?」

「美人さんだからっていちいち気にするな」

「いや、そういうんじゃなくってな、なんかこう、いやーな感じがしたんだよ」


 やれやれ、本当だか。

 ただ、神通力が常に働いているはずなので、こちらを見物する連中の感情を自然と読み取った結果かもしれない。そして、いやな気持ちの原因には事欠くまい。彼女がセリパス教徒なら、魔物を連れた俺達を汚らわしいと考える可能性もある。また、そうでなくても周囲の人間にとって、俺やラピはムワ、つまりは被差別集団出身者に見える。


 しばらくして、ノーラが戻ってきた。


「ごめん。お待たせ」

「遅かったじゃねぇか」

「すごく混んでたの」

「何かあったのか」


 俺の問いに、彼女は答えた。


「ついこの間、戻ってきた探索隊が、大物を捕らえてきたって言ってた。それで、もう近々大きな競りがあるとかで、みんな所持金の確認をするのに窓口に殺到してて」

「大物、か……」


 してみると、こちらの大森林には、人形の迷宮とは違って、それなりに有能な冒険者もいるということか。どちらかというと、ムーアン大沼沢に近い感じだろうか。

 といって、運よくそういう連中を雇えるという保証もない。また、実力はあっても、信用できるかとなると、別問題だ。俺には身分こそあるものの、新参者でもあり、見た目が年少なだけに、信頼を得にくい気がする。


「大物って、なに?」

「なんでも、奥地で獣人を捕らえたとかって」

「ええっ!」


 すると、ルーの種族だろうか。

 実際に見てみないとなんとも言えないが。霊魂が二つ宿っていれば、理性を保っている可能性が高い。できれば競りに参加したいものだ。


「その、競りというのもあちら側?」

「そう」

「あるんだ、こういうことが」


 タウルが言った。


「獣人は滅多に捕まらない。人間が狩られるほうが多い」

「人間?」

「ウンク王国の法律を守らなかった連中。勝手に奥地に入り込んで暮らしてる連中は、狩り出されても咎められない」


 なんとも素敵な無法っぷりだ。


「王国の支配を受ければ、一応は避けられること。言うことを聞かないから、攻められる」

「それでも一応なのか」

「あちら側は別の世界」


 なんとも凄まじい。

 ただ、その辺は気にしても仕方がない。俺のせいでそうなったのではないし、俺が解決できることでもない。どうも南方大陸の西部地方というのは、やたらと野蛮にできているらしい。もう、そういうものだと思うしかなさそうだ。


「少し多めに、三百枚くらい持ってきたけど、足りるかしら」

「それだけあれば、余るくらいだ。一番きれいな宿に入れる」

「薬も買えたらいいのだけど」

「それもある」


 食欲もあまりない俺達は、簡単にこちらの酸っぱいパンもどきを買い食いし、塗り薬を買ってから、まだ日が高いのに、すぐ宿屋に向かった。

 関門城のトンネルからはやや外れた場所に、大きな木造の建物があった。ただ、基礎は石造でしっかりしている。関門城の外側の宿としては、最もいい場所だとのことだ。あれこれ考える前に、全部タウルが手早く片付けてくれた。


 個室に入った俺は用心深くなっていた。シーツの上に黒い染みがないかどうか。南京虫の地獄はもうこりごりだ。それで大丈夫そうとなったら、今度は自分達が南京虫を持ち込んでいるかもしれないので、荷物を浴室に持ち込んでいったんすべてバラして、布地などの、アレが潜んでいそうなものを片っ端から浴槽に沈めた。どうせこの暑さだ。短時間で乾く。

 水浴びの後、俺はベッドに身を横たえた。この数日間、寝不足が続いていたのもあってか、昼間だというのに、やたらと眠気を感じた。


 あれこれ一段落した、との思いもあって、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。

 ドアをノックする音で気付いた。はっとして起き上がると、窓の外は既に真っ暗になっていた。慌てて乾かしていた服を引っ張り出すと、もう乾いていてくれた。


 扉を開けると、ノーラだった。


「ごめん、寝てた」


 食事の時間だろうか。みんなを待たせてしまった。


「支度をして、出かけないといけなくなった」

「どうした」

「王様の使者が来ちゃったのよ」


 さっきの兵士とのやり取りが、そんな上にまで伝わってしまったのか。


「それで、なんて」

「晩餐に招待するって」


 となれば、無視はできない。


「わかった。すぐ行く」

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― 新着の感想 ―
[一言] 大臣が一緒だったら1日で許可が下りて、宿代とかも大臣か土地の偉い人が永遠と払ってくれたのかな? そんな事よりノーラが一人で兵士達に連れて行かれた時にエロスを感じた
[気になる点] > 続いてノーラも同じく階級証を差し出した。こちらもトパーズだ。 ノーラの冒険者階級ってトパーズでしたっけ? 『バイバイお姉ちゃん幸せになってね』時点でキースのゴリ押しが通ったとしてア…
[気になる点] 髪は緑がかった金色で、肌は雪のように白い。それだけ見るとルイン人なのだが、体格はそこまで大きくない。どうも女のように見える。ただ、弓や短剣を手挟んでいたし、足下も普通にブーツだ。無数に…
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