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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十一章 泥土の国々
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追い出されてからが本当の旅

 世界のどこにいても、夜は暗いものだ。それは当たり前なのだが、この南方大陸に来てから、特に闇の深さを感じるようになった。

 多分、混じり気だらけの空気に星明かりが濁ってしまっているのと、光を遮るものが地上にたくさんあるせいだ。今、俺達が宿営している場所も、街道から少し奥に進むとすぐに密林だ。そこからか細く、鳥の鳴き声のようなものがここまで聞こえてくる。その響きに馴染みがなく、聞き慣れないせいか、どうにも気持ちが掻き乱される思いがする。

 目の前では、焚火が勢いよく燃え盛っていた。赤い舌が上へ上へと巻き上げられて形を失っていく。不思議と見飽きない。木の焦げる匂いも好ましかった。


「ご主人様」


 クーが俺の前に立ち、神妙な顔をして、先に渡した巾着を差し出した。そして跪いた。


「申し上げにくいのですが」

「ああ」

「こんな時に……お預かりしたお金ですが、もうほとんど残っておりません。お詫び申し上げます」

「なに」


 中を検めるまでもなく、目方が軽かった。


「残っているのは金貨三枚、銀貨五枚だけです」

「何があった」

「すべて付け届けに使ってしまいました」


 俺が斜め前に座るペルジャラナンに視線を向けると、彼も頷いた。


「ギィ」


 要するに、クーは俺の奴隷で、ペルジャラナンは俺の家畜だ。奴隷も家畜も丁重に扱う必要のないものだ。強いて言えば、どちらも財産なので、壊れないように注意するくらいだ。だから二人に与えられたのは、粗末な納屋か馬小屋みたいな場所だった。最低限、日中の強い日差しを避けることができ、一応の食事も与えられる。

 但し自由は与えない。家畜も奴隷も勝手に逃亡するかもしれないからだ。特にリザードマンなど、常識に照らせば魔物でしかないのだから、その理性を信じろと言うほうが無茶というものだ。

 だから、特に劣悪な環境が割り当てられた。排水溝近くのジメジメした場所に建てられた、ボロ小屋だ。魔物が暴れても被害が拡大しないように、他の建物から離れた場所を選んだ。そして魔物の見張りのためにもクーをそこに置いた。


 クーはペルジャラナンがあまり元気でないことに気付いた。言葉は通じないので、身振りや仕草だけでそう判断した。それでまず、食料事情を改善するべきと考えた。自分達の出入りを見張るシュライ人の下僕に金貨を握らせて、肉を食べさせてくれるようにと頼み込んだのだ。

 それでも、どうにもだるそうにしているのを見て、今度は暑さのせいではないかと考えた。そこで彼はまた金貨を握らせて、少し上等な小屋に移らせてもらえないかと頼んだ。これは効き目があった。実際にはペルジャラナンを苛んでいたのは暑さだけではなく、小屋の中に篭るひどい湿気だったのだが。高床式の小屋に移ってからは、今まで通り元気そうに振る舞うようになった。


 つまり、クーは俺の下僕として、しっかり仕事をしていたことになる。ペルジャラナンという大事なペットを預かる立場として、その健康を維持するべく立ち回ったのだから。


「けど、噂話まで集めるなんて思ってなかった」

「余計でしたか?」

「いや」


 しかし、クーの非凡なところは、その先にあった。

 とりあえずの食と寝床を改善すると、次に彼が考えたのは「安全」だった。


 もともと彼は、カリの高級武具店の従業員だ。となれば当然、近隣諸国の権力者の噂話を耳にすることもある。そして、フィシズ女王のよからぬ話も、聞いたことがないでもなかった。

 単に謁見して、一度か二度、宴会でも催して、そのまま出発するものだと思っていたクーは、滞在が長引いていること、そして一度も主人たるファルスとの面会がないことに不安を抱いていた。そこで彼は迷ったが、あえてまた金貨を手渡して、周囲の下僕達から心の内を聞き出すことにしたのだ。

 すると出るわ出るわ、みんな女王の陰口ばかり。キニェシ到着から四日目の時点で、クーはフィシズがかなりの暴君で、かつレズビアンであることまで知ってしまっていた。


 ノーラが狙われているということまで正確に把握できていたわけではない。それでも、このところずっと主人やその家来達と会えていない状況を鑑みるに、自分達……というよりは珍しいペットであるペルジャラナンが人質にされかねないと考えた。

 それでクーは、自分達の世話係の男の中から一人に絞り込んで、気前よく金貨を握らせ続けた。といっても一度に一枚、二枚ずつだが。いざという時、差し出すものがなければ交渉が成り立たないから。


 そして、その時はきてしまった。

 傭兵達に動きがあることを知らされたクーは、一度、宮城から脱出するべきと考えた。ペルジャラナンも心なしかそわそわしている。それで彼は、別のところに匿ってくれれば全財産を渡す、と宣言した。と言いながら、靴の中に僅かな金貨を残しておいたのだが。


「で、ペルジャラナンが勝手に走り出してしまった、と」

「そうです」


 遠く離れたペルジャラナンを呼びつけたのはノーラだった。目的は、事が大きくなる前にファルスと合流させること。彼女はずっと、精神操作魔術でペルジャラナンと定期的にやり取りしていた。おかげで現在位置は把握していたし、自分の居場所も伝えることができたのだが、肝心の女王の件については、何一つ相談しなかった。

 女王の異様な態度から、周囲の使用人の心を読み取ったノーラは、一人で問題解決をしようと抱え込んでしまったのだ。最悪、一時的に女王の玩具にされても、流血の事態に陥るよりはましだ。黒の鉄鎖をあっさり壊滅に追い込んだファルスのこと、自分ならずともペルジャラナンが犠牲になったら、身内の復讐のためにこの国を滅ぼしかねないと、そう考えた。


 その、当のノーラは、俺の向かいで小さくなってしょげ返っている。


「まぁ、結果、なんとかなったんだし、よかったじゃないか」


 フィラックが作り物の笑顔でそう言った。


「これがなんとかなったって言える状況ならな」


 ジョイスが顎をしゃくってそう言い放つ。もっとも、せせら笑いながらだが。


「ごめんなさい」


 俯いたまま、ノーラはまた謝った。


「いいんじゃないか? 体が鈍らずに済む。なぁ?」


 あくまで前向きにフィラックはそう言う。


「フッ」


 あっ。

 珍しく今、タウルが笑った。彼が噴き出すところを見るのは、これが初めてかもしれない。


「なんだ? 何か今、変なこと言ったか」

「結局、今、合計でいくらあるんだ」


 視線が俺達全員を一周する。


「え、ええと」


 隅っこの方に座っていたラピが、指を折りながら計算した。


「今、金貨三枚と銀貨五枚ですから……合計で金貨二十五枚と銀貨七枚、銅貨三枚、です……」


 だんだん声が尻すぼみになって消えていく。無理もない。


「で、タウル。あとどれくらいかかる?」

「ここからだと、歩きなら四日くらいでエシェリクに着く。そこから二日で関門城だ」

「えっと、八人だから」

「物価は安い。切り詰めれば何とか足りる」


 切り詰めるってレベルだろうか? ここには八人もいるのに。するとタウルは察して、言い添えた。


「路上で寝れば、なんとかなる」


 俺は念のため、確認した。

 まだ俺とノーラの所持金は、金貨にして三万枚以上残っている。手持ちでないだけだ。


「エシェリクって、ウンク王国の結構大きな街だったと思うけど、その、ギルドはないのかな?」

「出張所があるだけ。上級冒険者が貯金を下ろせるギルド支部は、関門城までない」

「うーわー……」


 つまり、こういうことだ。

 やったことだけ見ると、俺はとんでもない蛮行を働いたことになる。クース王国の女王陛下に賓客として招かれておきながら、急に乱心して武器を振りかざして奥の間に飛び込んでいった。侍女達の沐浴場に乱入してその露わな肌を堪能しながら追い回し、果ては女王の居室にまで踏み込んだ。護衛の兵士達にも軽い怪我を負わせた。

 もちろん、俺は抗弁した。部屋の中に傭兵が踏み込んできて、曲刀を振るってきた。襲われたから自室から逃れてきた。謀反があったなんて話も知らないし、敵と味方の区別なんてつかない。安全なはずの王宮にいて、どうしてこんなことになったのか。自分で自分の身を守って悪いのか、と。

 女王自身、謀反があったらしいと口走ってしまったので、俺の言い分が全面的に否定されることはなかったが……とにかく許される範囲を超えてしまったと判断されたらしい。どちらかというと、俺を案内したティンプー王国の大臣、クリルによって。

 彼からしてみれば、そもそも気難しいと評判の女王の相手をさせられるだけでも大変なのに、ここで外交関係がメチャクチャになったのでは、ひどい失点になってしまう。そしてどうもファルスに非がありそうだとなったら……というより、そのように考えることのできる条件が揃ったなら、女王の肩を持つ以外になかった。

 だから俺達は、今後はクリルの行列に運ばれることなく、自分達だけでウンク王国を目指すという話で、一応お咎めなしで落ち着いた。クリルはここから帰国して、一切の事情を説明することになった。


 要するに、タジュニドの予想通りになったわけだ。あれだけ彼が釘を刺しておいたのに、カパル王を玉座から引き摺り下ろしてアピールしたのに、クリルは目先の女王の機嫌を損ねることを恐れた。その場その場で刹那的に振る舞うのは、西部シュライ人の悪徳だ。


 だが、クリルの判断を、俺は恨んでいない。むしろ彼の方こそ俺を恨んでいてもおかしくない。赤の血盟とクース王国の間で板挟み。それはもう、ひどいストレスだったに違いない。

 ただ、金がない。今までは必要がなかった。小銭を持ち歩かなくても、全部クリルとそのお供が片付けてくれるのだから。しかし、キニェシにもギルド支部がなく、手元には小銭しかなかった。そのなけなしの金で当座の食料を買い、数日かかる旅路をこうして歩くことになったのだ。

 で、クーはともかく、なぜラピがいるかというと、これも彼女の安全のためだ。俺達に道案内した事実がもし知られようものなら、まず間違いなく命がない。それに、既に寵愛を失っていた彼女に、フィシズは執着しなかった。くれてやると言ったのだから、勝手に持っていけと、そういうことになってしまった。


 ノーラはまた謝った。

 ここから数日間、しんどい思いをしなくてはならない。


「ごめんなさい」


 今回、最大のミスを犯したのはノーラだ。

 早めに俺や他の仲間達に相談していれば、女王が策略を用いる前にうまいこと退去する方法を考えることもできた。さすがに俺だって、別にスケベ心一つでキレたり暴れたりなんかしない。直接俺に連絡するのは無理だったろうが、魔術で他の仲間の居場所を割り出せば、意思疎通はできたはずなのだ。


「得た物もある」


 だが、タウルも妙に前向きだった。


「得た物って……私のことでしょうか?」


 ラピが恐る恐る問う。だが、彼は首を振った。


「クーが使える奴だとわかった」


 南方大陸出身で、こちらの人間の心がわかるだけに、彼はクーを信用していなかった。彼に預けた金は、持ち逃げされることが前提だった。結果としてほとんどなくなってしまったとはいえ、クーは資金を有効活用した。


「えっ、あっ」


 クーは複雑な表情を浮かべた。

 誉められたこと、認められたこと。しかし同時にそれは、今まで信頼されていなかったことをも意味する。


「それより、この二人をどうするかだ」


 俺は首を振った。


「エシェリクの街から東に抜けて……でもそうすると、山越えもしなきゃいけないし」

「何のお話でしょうか」


 クーが疑問を投げかけるというより、詰問するような口調で俺に尋ねた。


「これから行くのは大森林だ。関門城を抜けて、更に南。魔物しかいない領域に踏み込んでいく。女と子供を連れていく余裕はない」

「ご主人様」


 クーは振り返って、また俺に目を向けた。


「ご冗談はほどほどになさっては」


 他ならぬ俺とノーラこそ、女子供ではないのかと、そういうツッコミだ。


「僕はいいんだ。ノーラは」

「ごめんなさい。今回は私が悪かった。でも、これだけは譲れない」

「二人を送り届けて欲しいんだが」


 しかし、手を挙げる者はいなかった。フィラックもタウルも、そして本来なら東に向かうはずのジョイスまで、みんな大森林に挑むつもりでここにいる。


「向こうで冒険者でも雇うか」

「あの」


 クーが声をあげた。


「ご一緒することはできないのでしょうか」

「冗談じゃない。死ぬぞ。そうだな、タウル」

「ああ」


 彼は頷いた。


「危険だ」


 当然だ。

 二人とも、奴隷の身分からは解放する。それからまぁ、せっかく力を借りられるのだから、キトにでも送って、シックティルあたりに面倒を見てもらおうか。でも、今回の件でティズが……いやいや、仮に俺の人格や行いに問題があったとしても、彼は俺の力を恐れているのだから、釈明くらいは受け付けてくれるはずだ。そうだ、手紙も送ろう。

 だが、タウルは頓珍漢なことを言い出した。


「だから連れていくという手もある」

「は?」

「関門城を越えるなら、信用できる人間は多い方がいい。前にも言ったが、強いかどうかより、そっちのが大切だ。それに、仕事は戦いだけじゃない」


 俺が目を丸くしていると、タウルは座り直して説明しようとした。


「ごめんなさい」


 またノーラが言った。それをジョイスが叱りつける。


「おい、しつけぇよ、話の腰折るんじゃねぇ」

「そうじゃなくて」


 彼女は杖を手に、すっと立ち上がった。その視線は、俺達がもと来た方向に向けられている。


「後始末をしなきゃいけないみたい」


 それで察して、みんな静かに立ち上がる。

 つまり、ノーラの『意識探知』に無数の反応があったのだ。そして、こんな街道をこんな時間に南下する大集団なんて、そうそういるわけもない。


「私のせいで」

「まともにやれば手加減はできない、が……ほとんど殺さずに追い返せるかもしれない」

「えっ」


 皆殺しにするのは難しくない。だが、さすがにそれでは大事件になってしまう。


「人数は?」

「百人以上はいそうだけど」

「じゃあ、あれを試すいい機会だ。ペルジャラナン」

「ギィ」


 先日、彼の体に埋め込んだ赤竜の能力、ビーティングロア。この野営地に着く前に、何度か練習してもらった。最初はコツが掴めなかったのだが、急に耳をつんざく強烈な声が出せるようになった。俺が自分で試した時にはどれほど繰り返しても駄目だったので、やはりこれは竜人ならではなのだろう。


「うまくいかなかったら、敵を抑えるから、その時は丸焼きだ」

「ううん、私がやる」

「逃げてくれなければでいい」


 炎で威嚇して逃げてくれれば、こちらもトドメを刺さずに済む。ノーラが『変性毒』を使った場合、勝利は確実だが、ほぼ間違いなく相手が死んでしまうので、脅しにもならない。


 ほどなくして、俺達の耳にもはっきりと大勢の足音が聞こえた。こちらが松明を手に立ち塞がっているのに気付くと、彼らも姿を隠すのをやめ、手にしていた松明に火を点した。こちらが動かないせいか、彼らの歩調もゆっくりになった。

 そしてやがて、闇の中からいくつもの顔がぼんやりと浮かび上がる。彼らは立ち止まっていた。


「見送りか」


 俺が皮肉っぽくそう吐き捨てると、真ん中にいたブルーグは、険しい顔をしてこちらを見た。


「先に一つ、訊いていいか」

「なんだ」

「ゾラボンをどうした」


 俺は肩をすくめた。


「誰のことかわからない」

「ふざけるな!」


 双子の兄弟が行方不明なのだ。もちろん、彼にとっては大事な仕事仲間でもある。

 だが、仮に女王の命令であったにせよ、俺の命を狙った。それ以前にも、この前の金鉱見学の時のように、罪のない人々を当たり前のように殺してきた。殺すものが殺されるのは、まったく公平というべきだ。自分のしでかしたサハリアでの殺戮には思うところもあるが、彼らに対しては、申し訳ないという気持ちなどない。


「お前の寝床に、あいつの曲刀が落ちていた」

「じゃあ、謀反を起こして賓客を襲った犯人だな」

「貴様」


 そんなのは形だけの話だ。お互い分かっている。


「こちらからも訊きたいことがある」

「なんだ」

「これは、女王の命令か。それともお前の独断か」


 すると、彼の口元が緩んだ。獰猛な獣が牙を剥いたかのようだった。


「知りたいか」

「教えて欲しい」

「証拠さえ残さなければ、何をしても構わんそうだ」


 不完全だが、理解はした。命令があったにせよ、或いはブルーグが申し出たにせよ、女王はこの件を知っていて、少なくとも承認を与えた。とことん救えない女だ。


「取り囲め。あのガキは腕が立つ。変な真似をさせる前になます切りにしてやれ」


 ジョイスを指差しながら、淡々とした口調で命令を下す。すると傭兵達は得物を手に、前へと踏み出した。

 この辺の判断は適切だった。彼は傭兵らしく、前回の雪辱を果たそうなどとは考えなかった。手の内を知った今、実力で挑んでも、ブルーグがジョイスに敗れる結果にはならないとは思う。それでも万一のことがないようにと、手数で押し潰す選択をした。

 無理もない。敵はジョイスだけではない。この中の誰かが、自分と同じくらいの腕利きだったゾラボンを始末しているはずだから。


 だが、彼の不幸は、あまりに俺達のことを知らなさ過ぎたことだった。

 俺は横に振り返り、ペルジャラナンに向かって頷いてみせた。それと察した仲間は、軽く後ろに飛び退いた。


 突如、あの空気を突き破る、無数のシンバルを擦り合わせたような音が、街道を貫いた。


 思った通り、ブルーグに命じられて、こちらに向かって前進していた傭兵は、衝撃を受けて立ち止まってしまっている。


「っつー」


 すぐ後ろにいたジョイスは耳から指を引っこ抜きながら、肩を揺らした。

 それから棒を構え直すと、まるで畑の畝でも乗り越えるかのような大股で目の前の傭兵に近付き、これまた鍬でも振り下ろすかのような気軽さで、棒を叩きつけた。その一発で、相手はバッタリと倒れ込む。流れ作業だった。ただ素振りをするだけ。だが、動けないのだから避けるも何もない。

 少し後ろのブルーグは、もう立ち直っていた。だが、リザードマンの見たこともない能力に驚いて、彼は既にして逃げ腰だった。


「ジョイス」

「おう」

「あとは任せた」


 俺が剣を手に前に駆けだすと、ブルーグは正気に返って、仲間の傭兵達を掻き分け、後ろへと逃げ去ろうと走り出した。その後を追い始めたところで、二度目の絶叫が轟いた。


 ブルーグは、あるところで道を逸れて脇の森の中へと踏み込んでいった。俺を引き離して、距離を取ろうとしている。理由を考えて、すぐ思い至った。

 ゾラボンは俺の部屋に曲刀を残している。つまり、直接にファルスを襲撃したはずだ。なのに今は行方不明、死んでいる可能性もある。つまり、相手取っている集団の中に強敵がいるはずなのだが、単身追ってきたのはまさかのファルス本人だった。するとこの少年騎士は、自分の相方を葬り去るくらいの力があったと考えるべきなのだ。

 だから、少なくとも接近戦は避ける。この暗がりを利用して、もう一つの特技で殺せばいい。


 そして彼は立ち止まって振り返り、背中に携えた弓を手早く引き抜いて、流れるような仕草で矢を番えた。


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 ブルーグ・ケケラサン (33)


・マテリアル プラント・フォーム

 (ランク6、無性、0歳)

・スキル フォレス語   5レベル

・スキル サハリア語   5レベル

・スキル シュライ語   5レベル

・スキル 指揮      3レベル

・スキル 剣術      6レベル

・スキル 盾術      6レベル

・スキル 格闘術     5レベル

・スキル 弓術      6レベル

・スキル 水泳      6レベル

・スキル 騎乗      5レベル


 空き(23)

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 そして、弦が間抜けな音を立てて撥ね、矢が明後日の方向に飛んでいった。

 軽い音をたてて革の鎧が地面に落ち、空気を孕みながらゆっくりと、彼の身に着けていた白いマントがその上に覆いかぶさった。


「運が良かった」


 俺は下生えを踏みしめ、丈の高い草を掻き分けながら、ブルーグの遺物に近寄った。この時間で視界も利かないから、毒蛇を踏んだりしないよう、ゆっくりとだが。

 まず回収すべきは種。マントの下、革の鎧の下に真っ赤なのが落ちていた。それと、小さな巾着もあった。多少だが、これも路銀になるだろう。


「さて、後片付けしてくるか」


 残るは雑兵ばかりだ。俺が行かなくても誰かが死んだりはしないだろうが、サボるわけにもいかない。全員叩きのめして、追い返してやらなくては。


 そうだ。これでみんな、久々に体を動かす機会になった。ちょうどよかった。

 だいたい、あんな大名行列なんて、好みじゃなかった。やっと旅らしい旅が始まった。そう思えばいい。


 そんな風に思った。

 妙に気分が良かった。

 たった今、また一人の人生を終わらせたばかりなのに。


 拾うものを拾ってから、俺は鼻歌交じりになって道を引き返した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 頭の中を味方経由で読めて、武力でも優位で、物理的に王の身柄も確保している状況で、金貨すら貰わずに奴隷ひとりもらっただけで女王を許すのはちょっと・・・。 事を荒立てたくないも何も、王宮を武力で…
[一言] ファルス君、順調に変わってきてますね……
[良い点] クーくん、有能。 こんなに気の回る子がなんで冷遇されてたのか逆に気になってきますね… 湿気でへばるペルジャラナンもかわいい。 [一言] こないだの感想についてですが、素人童貞というのは異性…
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