プールサイドでキャー
はい、予想外ってそういうことです。
もう予想つきましたね。
出オチですね。
渡り廊下の朱色の柱に、点々と灯りが点されている。辺りには虫を遠ざけるためのお香の匂いが立ち込めていた。宮殿を取り囲む木々や草花の吐息をたっぷり含んだ夜の湿った空気は、ぬるりと濁り切っていた。星明かりさえ、妙にまばらに見える。闇は一層深かった。
「こんな真似をして、どう始末をつけるつもりなんだ」
俺の部屋に刺客を送りつけて殺そうとした。だが、仮にも俺は、赤の血盟の盟主ティズの後援を受けた騎士で、カパル王の賓客だ。バッサリ首を落としておいて、やっちゃいましたで済む相手ではないだろうに。
「だからじゃねぇの?」
「何が?」
「俺の部屋にも忍び寄ってきやがったよ。返り討ちにしてやったがな」
順調に俺やジョイス、他の従者達を殺害できたとして。その後、どう申し開きするつもりだったんだろう。
「全員纏めて始末すりゃ、なんとかなるんだろ」
「多分、ですけど」
ラピがおずおずと言い出した。
「おう」
「弟君の反乱ということにするつもりだったのではないかと思います」
「弟ぉ? そういや、年の離れたのがいやがるって聞いたっけな」
つまり、傭兵を使って俺達を殺害。でも犯人は反乱を起こした弟ですよ、という話にする。暴徒は逃げました、追撃を出しました、ほらこの通り、逆賊どもの首級を挙げました、と。もちろんその首は、近隣に住む何の罪もない農民のものだろうが。
「雑すぎやしないか」
「そうでもねぇんじゃね? クリルっつったか、あの大臣とこに傭兵まわして『反乱だ』って信じ込ませりゃ、なんとでもなるわけだしな」
「ノーラが黙ってないだろうに。あれだってティズが銀の指輪を与えているんだし」
「知らね。普通の女の子なら、一人きりにしちまえば、あとは力ずくでどうとでもなるって思ったんだろ」
実際には、俺が与えた力がある。俺が殺されたら間違いなく真相を探るだろうし、事実を知ったらほぼ確実に女王を殺すだろうが。ただ、仮にそうした能力がなかったにせよ、あの頑固なノーラがフィシズの言いなりになるなんて、まずあり得ない。ただ、そういう彼女の異常なまでの我の強さを、フィシズが知るはずもないか。
「とりあえず」
俺は背後に立つラピに視線を向けた。
「僕らに巻き込まれたらいけない。いや、もう殴られたみたいだけど、死んだら元も子もない。隠れていてくれないか」
「ファルス様はどうなさるんですか」
「仲間を探す。ジョイス、フィラックとタウルの居場所はわかるんだよな?」
「ああ」
「じゃあ、あとはノーラとペルジャラナンだ」
とはいえ、二人とも居場所がわからない。最悪、ペルジャラナンが人質にされている可能性もある。
「なぁファルス」
だが、ジョイスは思いついていたようだ。彼はニヤニヤしながら提案した。
「だったらいっそ、あっちに連れてきてもらえばいいじゃねぇか」
目から鱗だ。
こういう発想をするのが戦士の素質というものだろう。
「なるほどな。多分、ノーラもそこにいるんだろうし」
「そういうこと」
攻撃は最大の防御、というやつだ。
俺達は顔を見合わせ、頷きあった。
十分後、俺達は宮殿の中枢近くに辿り着いていた。
一本道の廊下が右に折れている。天井はない。この右手の石の壁の向こうには小さな門があり、そこが女王の宮殿の裏口になっている。今も二人の傭兵が、槍を手に見張りを続けていた。
「ここまででいい」
俺は案内してくれたラピにそう伝えた。
「え、でも」
彼女は、しかし浮かない顔をしていた。
「傭兵も大勢いますし、まだ奥に道が。迷うくらいの広さはありますよ?」
「道に迷うのは困る。でも、見咎められたら後で殺されるかもしれない。戦うのは僕らだけでやる」
「安心しろ。俺がついてるからな」
ジョイスの神通力があれば、壁の向こうまで見通せる。多少は迷うかもしれないが、ルートの把握も普通より遥かに簡単にできるだろう。そして、俺がしっかりしてさえいれば、多少の敵に囲まれても、まず負けはしない。唯一怖いのが、人質を取られること。といっても、ノーラは人質にならない。殺してしまったらフィシズは彼女を堪能できない。そしてフィラックやタウルも、今は身を隠している。彼らが何かしくじったら面倒なことになるが、それこそそうなる前に決着をつけさえすればいい。
「そこの角を曲がったら、もう衛兵がいます」
「わかった」
俺が頷くと、ラピはおずおずと後ろに下がった。何度か振り返りながら、小走りになって去っていく。
それを見届けてから、俺は詠唱を始めた。それが済んでから、俺はジョイスと目を見合わせる。
ジョイスが手にした棒を揺らして、俺に合図した。俺は石の壁から身を乗り出し、そっと掌の中の魔法の矢を投擲する。それだけで、門の前にいた守衛の一人が声も出さずに昏倒した。もう一人はというと、目を泳がせたまま、立ち尽くしている。
「あらよっと」
そこにガツンとジョイスは棒を振り下ろした。その一発で、もう一人の守衛も意識を失ってその場に倒れた。
「何を見せたんだ」
「あん? 裸の女の子」
「お前なぁ」
余裕がある。殺すまでもない。
ピアシング・ハンドで見る限り、雑兵どもの能力は決して高くない。強いのは、さっき消したゾラボンと、その双子の兄弟らしきブルーグという奴だけだろう。先日の金鉱見学の際に確認しておいた。
思うにこの外国人の傭兵どもは、そのほとんどが、他所の土地では使い物にならなかった中途半端な冒険者達なのだろう。例えば南のウンク王国あたりで大森林の探検に挑んだものの、困難に耐えられずに逃げ出してきたりとか。或いは他の土地で問題を起こしたがゆえに、こういう辺鄙な場所に身を落ち着けるしかなかったとか。
要するに、本気の戦いにはとても使えない。それでも、武力を持たない農民達にとってはそれなりに脅威だし、実力の程度もわからないから、張子の虎としては充分に価値がある。
そして、こういう穀潰しの三流傭兵どもを囲うための街、それがキニェシだった。
クース王国は、いわゆる独裁国家モデルと言おうか、要するに権力者のお膝元だけしっかり面倒を見て、あとは力と恐怖で支配するスタイルをとっている。これはそれなりに有効で、国家の中枢で反乱が起きさえしなければ、あとは個別の地方が背いたところで、政権基盤は揺るがされない。
フィシズには、国家を強く育てる動機がなかった。ティンプー王国も小国で、かつサハリアの豪族によって事実上、武装解除されている。南方のウンク王国も、規模からいって自分達と事を構えるだけの余裕はない。だいたい、ウンク王国の産物を輸出する主要なルートは、クース王国が押さえている。東側のハンファン系の都市国家は遠いし、道も険しいので、これも心配いらない。この国に留まる限り、好き勝手にできないことなどなかった。
金鉱さえ押さえておけば、彼女はこの狭い世界の中では最強の存在でいられた。
こう考えると、彼女は人というより、サル山のボスザルではないかと思われてくる。そこに人倫の道なるものなどない。ただ欲望があり、力がある。すべてはそれだけで決まる。
俺から見れば、今回の件は異常な暴挙でしかないが、彼女にとってはそうではなかった。生まれながらの王族で、民と言えば虐げても問題ないものだった。帝都に留学してはいただろうが、身分の高さから軽んじられることはまずなかっただろうし、帰国したら早速戴冠だ。それから数年間、ありとあらゆる我儘がまかり通ってきた。
一般人が考えるような、人としての常識など、最初から持ちようがなかったのだ。
「右、だったな」
ジョイスが先に立って奥へと駆け込んでいく。大雑把な道筋はラピから教わったものの、実際に女王がどこにいるかまではわからない。ジョイスの目は壁を透視できるが、その分、どこまでを透かして見るかを選ばなければいけないので、どこでもピンポイントで女王を発見できるというほど便利ではない。
だから、彼女がノーラを連れ込みそうな奥の間を目指すことになる。
「にしても、とんでもねぇドスケベなんだな、あの女王」
ラピが教えてくれた。あの女王、いったん性欲に火がつくと、並大抵では収まらないらしい。そのことを自分でもよく分かっていて、だから夜伽の際には、いつも数十人の美少女に準備を命じておくそうだ。たまに情欲の炎が激しく燃え盛ると、自分でも抑えられない衝動に駆られて、お相手を務める少女の皮膚をズタズタに引き裂いてしまうこともあるそうだ。
本当にいい趣味をしている。こんなことならゴーファトを死なせるんじゃなかった。フィシズと同じ檻の中に抛り込んだらどんな反応を示すか、ぜひ見てみたかった。
宮殿の奥の間は、かつての前線基地だった名残なのか、それとも王族を守るためなのか、曲がりくねった通路が続いていた。そのうちに石の壁が途切れ、煉瓦造りの壁に置き換わる。
「そこ、出ると広場だ。いるぞ」
「何人」
「九人」
「殺さずにいけるか」
雑兵どもが多少死んだくらいであの女王が怒るとは思えないのだが、多少にせよ話を丸く収められる可能性を下げることもない。
「やったらぁ」
「よし」
俺達が踏み込んだ先にあったのは、床まで赤い煉瓦で作られた広場だった。四隅に黒々とした木々が大きく枝を伸ばしている。その真ん中に九人の男達が固まっていたのだが、彼らの視線はあらぬ方向に向けられていた。俺達にまったく気付いていない。
隙だらけの後頭部に、俺は力任せに剣の腹を叩きつけた。
仲間の悲鳴に気付く頃には、正気に返った連中は四人にまで減っていた。だが、一人は剣を抜く前に横倒しになり、もう一人は剣を俺にへし折られて引き摺り倒され、こめかみを打たれて転がった。そのすぐ横で、最後の一人をジョイスが仕留めていた。
「てんでダメだな、こいつら」
「今度は何を見せたんだ」
「素っ裸の女王様」
俺は肩をすくめた。さぞショッキングだったことだろう。効果抜群だ。
「次はどっちだ」
「まっすぐ、だと女王様の寝床にゃあ近いが、そっちに二十人くらいいやがんなぁ」
薄暗い天井のない煉瓦の廊下の向こうに、点々と灯りが点されている。その向こうにうっすらと閉ざされた門がある。
「その頭数は相手にしたくないな。あんまり手加減できない」
「だったら、そこで右に曲がれば、ちょいと遠回りだが、いけないこたぁねぇぜ。ただ、壁を乗り越えねぇとだが……俺は行けるが、お前はどうだ?」
ジョイスには壁歩きの神通力がある。だから高い壁など普通に歩いて乗り越えられるが、俺はそうはいかない。
「そっちにしよう。なんとでもする」
「よしきた」
果たしてジョイスの案内に従ってそこに到着してみると、急に高さ五メートル以上の、普通では到底這い上がれないような壁に行き当たった。
「ここは壁が二つあってな」
「任せろ」
しまいまで言わせず、俺は剣を引き抜き、分厚い煉瓦の壁に切りかかった。
「お、おい」
意識すればした分だけ、この剣は俺の望みに応えてくれる。真四角に切り抜いた煉瓦の塊を蹴飛ばすと、そのまま抜け穴になった。
「ほえぇ」
呆れて嘆息するジョイスを尻目に、俺はそこを潜った。急に薄暗くなる。
「もう一つか」
「あ、そっちは」
だが、気が急いていたのだろう。俺はしまいまで聞かずに剣を振るった。そして勢いよく壁を蹴飛ばして、更なる抜け穴を拵えた。
聞こえたのは、水音だった。
「あーっ、開けなくてよかったのに」
「なに?」
二つ目の抜け穴から這い出ると、そこは広々とした空間だった。突き当たりまで三十メートル以上はある。空と地上を隔てるものは何もなく、大きなプールが眼前に広がっていた。
そしてそこには……
「ヒャッホウ! けどまぁ、眼福だな!」
「ジョッ、ジョイス!?」
俺はポカンと口を開けて、一瞬、硬直した。
何が起きたか、やっと認識したのだ。そう、俺もだが、あちらも。
全裸の少女達が三十人ばかり、腰まで水に浸かっていた。肌の浅黒い南部シュライ人もいれば、なんと金髪のルイン人の少女までいる。それが突然の侵入者に、そのままの恰好で硬直していたのだ。だが、やがて男が二人とわかると、甲高い声で悲鳴をあげはじめた。
「ちょ、ちょっと」
「じっくり見てくかぁ?」
「バ、バカ! 騒がれたらまずいだろうが!」
少女達の反応はさまざまだった。ある娘は体を水に浸して肌を隠し、またある娘は俺の手にある剣に気付いたのか、恐怖に顔を引き攣らせながらプールサイドに駆け上がり、左手の建物の中へと駆け込んでいこうとする。どちらかといえば、最初は前者、それがだんだんと後者の行動に切り替わっていった。
「くそっ、女王は!」
「あの娘達のお尻を追いかければ会えるぜ」
「チッ!」
この野郎、あとでお仕置き……いや、先を急ぐあまり、確認を怠った俺が悪い。第一、そんなことにこだわっている場合でもない。
バタバタとプールサイドを駆けていく全裸の娘達の後ろから、俺達は抜身の剣を手に追いかける。いや、少女達を追いかけているのではないのだが、彼女らにとってはそう見えた。彼女らはより一層激しく騒ぎ立て、恐慌をきたして逆方向に走り出し、プールの中に飛び込むのまで出てきた。
いちいち構っていられないので、俺達はそのまま建物の中へと飛び込んでいく。
「ど、どけ! 邪魔だ!」
しかし、出入口は狭く、そこに少女達が殺到していて、先に進めない。まさか斬り殺すわけにもいかない。
「殺すぞ! どけ!」
脅せば道を空けるかと思いきや、怯えてその場にしゃがみこんでしまうから、性質が悪い。
散々手間取りながら、やっと建物の入口に取りついた。
「あーあ」
俺のすぐ後ろでジョイスが気の抜けた声を漏らした。どうやらグズグズし過ぎたらしい。
怯える全裸の少女の列の向こうに、曲刀を手にした男が一人。がっしりした大柄な男だ。面倒なことに、盾まで携えている。
「ブルーグだ」
「なんだ、強いのか」
「ああ。仕方ない。手加減せず殺す」
俺が引き返して前に出ようとすると、ジョイスが棒で遮った。
「俺にやらせてくれ」
「遊びじゃないんだぞ」
「だからやるんだ。何しにここまで来たと思ってんだよ」
ジョイスも一人前の戦士だが、単純に武芸だけで比べるなら、ブルーグの方が上だろう。しかも盾があるので、重い棒の一撃を受け止めることもできる。ただ、ジョイスには神通力がある。うまく使いこなせれば、互角以上の戦いも可能だ。
では、俺はどうすべきだ? ここから建物の奥へと駆け上がって三階にあるはずの臥所まで行き、ノーラと女王を確保するか。いや、ジョイスが不利に陥ったときに横槍を入れられないと、死なせることになる。
「いっくぜぇ!」
「ふん」
ジョイスが一人で向かってくるのを見て、ブルーグは鼻を鳴らした。
「っらぁっ!」
「っと」
だが、最初の一撃が存外に重かった。たたらを踏みつつ持ちこたえたが、それでブルーグの目の色が変わった。
まともに受けては大怪我だ。だが、盾がある。一撃でやられはしない。間合いは棒のが長いから、ブルーグの勝機は、至近距離での斬り合いにある。しかし、ここには下がる場所がいくらでもある。
「おのれっ」
「ほいよっ」
曲刀を大振りするブルーグの動きを、ジョイスは軽々避ける。だが、そちらはいけない。そう思って声をあげそうになったが、気付いてやめた。
「かかったな!」
曲刀を振り抜き、返しの刃を浴びせようとしたその時、ジョイスはいつの間にか、プールを背にしてしまっていた。これも老獪な立ち回りというやつだ。
逃げ場をなくしたジョイスの胸を、真横に切り裂いた……はずだった。
「おわぁ」
当然のように仰け反って、ジョイスは水面を背に、プールの方へと身を投げた。そのまま着水、ずぶ濡れになれば服は水を吸い、動きを鈍らせる。そもそも這い上がることさえできまい。水際で待ち構えるブルーグにやられるだけ。
普通はそう考える。
水面と平行に背筋を伸ばして後ろに跳んだジョイスだったが、そこで一瞬、空中で動きが止まる。それがそのまま、真横に勢いよくスライドして、体が下ではなく、「真横」に向かって、まさにブルーグのいる方向へと墜落していく。
ハッと気付いたブルーグが、反射的に曲刀を構え直す。そこに重い金属の棍が振り下ろされた。
広い沐浴場全体を、長く甲高く響く金属音が突き抜けた。銀色の破片が回転しながら、水面に落ちた。
この一撃で、ジョイスはブルーグの曲刀をへし折ったのだ。
「オラオラおっさん、いくぜ!」
攻め手がない。折れた曲刀のきれっぱしではろくに反撃できない。そうなるとジョイスの攻勢はより一層激しくなる。そして盾とは、受け流して使うことでやっと十全に活かせるものだ。ベタ足で小刻みに、しかも重い一撃を浴びせてくるので、そのせっかくの盾もだんだんと凹みが目立つようになってきた。
とはいえ、敵もさるもの、この不利にもかかわらず、まだ致命的な一撃は浴びていない。
「おりゃっ!」
気合と共に振り下ろした一撃。壁際に追い詰められたブルーグは辛うじて盾で受けたものの、威力を殺しきれずに横に転がった。しかも、盾を取り落としてしまっている。
「勝負あったな」
「そうでもない」
戦いとは、なんでもありのものだ。その意味ではブルーグの言い分こそ正しい。
逃げ去った少女達に代わってこの場に駆けつけてきたのは、さっき別の屯所に集結していた二十人ほどの傭兵達だった。
「囲め!」
「やっ、野郎! 卑怯だぞ! てめぇでかかってこい!」
「ふん」
ブルーグが片手をあげると、何人かの兵士が左右から駆け出して、ジョイスの背後にまわった。
どうやら、ここは俺がやるしかないか。
そう思って一歩を踏み出したとき、突然の爆発音に俺達の耳目が吸い寄せられた。
俺が足をかけているこの建物の反対側、ジョイスの背中の方向にある壁の一部が砕け散った。そこから姿を現したのは、ペルジャラナンだった。どういうわけか武器は身に着けていなかったのだが、しかし、アルマスニンの指輪は彼の手にある。となれば、この程度の壁など、簡単にぶち抜けてしまう。
それとどういうわけか、彼のすぐ脇にはクーの姿もあった。どうしてここまでやってくることができた? 女王の性格を考えれば、二人して監禁されていてもおかしくなかったのに。
先行した二人に続いて、砕けた壁の向こうからフィラックとタウルが駆けてくるのも見えた。
いきなりのことに、さすがにブルーグも対応しきれず、目を見開いて硬直していた。だが、そんな彼にお構いなく、ペルジャラナンは手をかざす。たちまち悲鳴があがった。
真ん中にジョイスがいるので、手加減はしたのだろう。それでも突然に背中が赤い炎に包まれたのでは、誰だって生きた心地はしない。傭兵達は先を争ってプールの中に飛び込んだ。
この分なら大丈夫だ。
そう思い直した俺は、建物の内側へと身を翻した。
最初の階段を駆け上がったところは、大きな窓の居室になっていた。水辺で戯れる少女達を眺めるための展望台なのだろう。そこに、顔色をなくしたフィシズと、白いドレスに着替えさせられたノーラとが立っていた。
「なっ、なんたる」
目を見開き、俺を怒鳴りつけようとするも言葉に詰まって、女王は立ちすくんでいた。
「人の寝床に刺客を送っておいて、許されるわけないでしょう」
俺は冷ややかにそう吐き捨てた。
とはいえ、ここで殺してしまったら、本当に言い訳もできないが。
「ちっ、違う!」
予想した通りの言い訳が始まった。
「こ、これは謀反なのだ! 大事にしてやったのに、傭兵どもが勝手に」
「側近中の側近まで謀反、と」
「そ、そうらしい……そうとしか言えまいが!」
彼女の抱える武人の中ではトップクラス、王の両腕といってもいい二人、それがゾラボンとブルーグだ。まさに右腕たる片方を俺の暗殺にまわしたのに、なぜか俺が生きていて、ゾラボンの報告がない。想定外の出来事で、理解が追いつかないのだろう。
「では、なぜそこにノーラがいるんですか」
「こっ、これは……その、謀反が起きたらしいと伝えられる前にだな……少し差し向かいで酒を飲もうとここまで誘ったのじゃ」
この言い訳を、ノーラは黙って見つめている。
それでわかった。ペルジャラナンに連絡したのは彼女だ。考えてみれば、女王の邪念に気付く機会に誰より恵まれていたのがノーラ自身だ。初日の金鉱見学の際にも、同じ輿だったのだし。そんなの、女王陛下ともあろうものが予備の輿一つないなど、あるはずもない。だから既にその時点で下心を悟っていて、最悪の事態に備えていたのだ。
ただ、だからといっていきなり荒事にするのは避けたかった。多少の不快感をやり過ごさねばならないとしても、無事にこの国を立ち去れるのであれば、それがよかった。あまり変なことをすると、後援者たるティズにも迷惑がかかる。当然、俺にも。
しかし、女王はあっさり一線を越えてきた。力ずくの決着を避けられなくなった今、ファルスが仲間とはぐれたままでいるのはまずい。
さて、どうしようか。斬るか?
「では、すべてはただの不手際だと」
「そう、その通りじゃ」
とりあえずはやめにした。
俺としても、こんな国で政権転覆したところで、いいことなど何一つない。
「これは失礼しました」
俺は剣を鞘に納めた。
「では陛下、下での騒ぎを鎮めてくださいますよう、お願い申し上げます」
そう言われて、彼女はいそいそと階段を駆け下りていった。足音が遠ざかるのを待って、俺は向き直る。
「ノーラ」
俺は声のトーンを一つ落として、彼女を詰問した。
「なぜ相談しなかった」
「ごめんなさい」
とはいえ、彼女を一方的に責められるものかといえば。
ノーラが俺に相談できるはずもなかった。サハリアで何があったか。自分の死を誤認したことが引き金になって、ファルスが戦場でどれだけ荒れ狂ったかを知ってしまった。俺を本気で怒らせたら大変なことになる。戦争を目の当たりにしただけに、彼女の不安は大きかった。
現実には、フィシズの邪な思い一つでそこまで暴れたりはしない。もっと冷静でいられたと思う。それよりいかにやり過ごすかを考えたはずだ。とはいえ、万一を思えば、ノーラが何も言い出せなかったのも不自然ではない。
「この件は、またあとで話そう」




