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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第二十章 歴史の都
323/1082

ブッタ斬る少年

 飲食店というのは、食事を摂るだけの場所ではない。店員のサービスが、客の心に影響する空間でもあるからだ。何かのカルチャーやスタイルを演出したり、高級感を漂わせたり、はたまた楽しさや安らぎを生み出したり。

 ……という発想を捨てきれずにいる以上、俺はまだまだ、どこかで前世を忘れられないのだろう。


 クタクタになってしまった。

 こちらの世界では別に不思議でもなんでもないのだが、オバちゃんには、仕事とプライベートの区別がなかった。気付けば席を立つ余地さえ残さないほどのお喋りの嵐に巻き込まれていた。


 自分で枯葉に火種を放り込んだのは承知している。この都の常識や、現状を知りたかった。だからオバちゃんに話しかけたのだが、ここまで長話になるとは。

 それでも最初は、政治の話だったからよかったが、物価の話題がきっかけで生活の話になり、それが節約下手の息子の嫁への文句と愚痴になり……うろ覚えだが、入店したのがだいたい朝の九時半頃、今はもう昼前だ。店に他の客が入ってきて、ようやく解放された。

 さすがにあれだけ喋られると、食欲もなくなる。それにまたガレットというのも、なんだか気が乗らない。というわけで、外に出たのだ。


 今日もカンカン照りで、足元には濃い影が縮こまっている。この凸凹の石畳の上に卵を割って落としたら、目玉焼きになるんじゃないか。

 そんなに暑いなら魔法で解決すれば、と思うのだが、火魔術では、火傷するような高温を和らげることはできても、こういう常温の範囲内の暑さはどうにもならないらしい。だから耐えるしかない。


 何か軽いものを食べたい。

 これから司教を訪ねるのだし、あまりギトギトしたものを胃に入れたくない。但し、ガレット以外で。


 いくつか通りを抜けて、ふと落ち着いた佇まいの店を見つけた。


『麦の穂』


 この辺りの建物には珍しく、屋根がまだらなスレート葺きで、壁はすべて黄土色の木材だ。その看板の輪郭線は、パンとビールのジョッキを象ったものと思われた。

 なるほど、麦の穂か。


 薄暗い店内に足を踏み入れた。ぎしり、と足元の床が軋みをあげた。


「いらっしゃ……うん?」


 恰幅のいい男が笑顔で振り返り、俺が一人きりで、しかも子供でしかないのに気付いて、首を傾げた。


「こんにちは。やってますか」

「あ、ああ」


 足元の床。一瞬、建て付けが悪いだけかと思ったが、そうでもないらしい。壁も肉厚で、しっかりしている。掃除も欠かしていないらしく、窓枠にも埃なんか溜まっていない。

 そもそも、屋根がスレートなのもそうだが、全体として高級な造りになっているのだ。とすると、この床も、もともとは人の侵入に気付きやすくするためのものか。


「軽くでいいので、何かいただきたいのですが」


 俺の顔と服装、靴をジロジロと見比べてから、やっと彼は返事をした。


「あ、ああ、座ってくれ。うちはパンと……ああ、その前に、ちょっと」

「はい?」


 腰を下ろしながら向き直ると、彼は言った。


「うちはちょっと高めなんだ。その……坊主は、どっから来たんだ? 外国からか?」

「はい、エスタ=フォレスティア王国から」

「ああ、なるほどな」


 頷くと、彼は厨房に戻って手を動かし始めた。


「宮仕えの騎士様とか、お金持ちの商人さんとかのお子さんってとこか?」

「ええ、まぁ、そんなところです……あ、安心してください。ちゃんとお小遣いなら持ってますから」

「だと思った」


 彼はパンの真ん中に包丁を通して、切れ目を作る。それを皿の上に置くと、今度はフライパンを持ち出して、肉に火を通し始めた。


「地元の人間は、あんまりここには来ねぇからな」

「なぜですか?」

「そりゃあ、決まってる。割高なんだよ」


 はて。ボッタクリの店にも見えないし。

 この中年男性も、ちょっと太っているというだけで、人相が悪くもない。ピアシング・ハンドを通して確認できる能力からしても、普通の飲食店のオジさんだ。もっとも、悪党の仲間がいないという保証はないのだが。


「ほれ、お前さんみたいなのがいるからな」

「と言いますと」

「小麦のパンを食べたいんだろ? 子供が一人で来るのは、さすがに珍しいけどな」


 そう言うと、彼は金色の髭の間から、白い歯を見せて笑った。

 本当は、別にガレット以外の何かであれば、なんでもよかったのだが。もしできるなら、むしろ米を食べたい。だが、ピュリスにさえなかったのだ。ここでは期待できまい。


「そういえば、ここのお店はどこもガレットばかりでしたね」

「そういうことさ。ここじゃあ、小麦は少ねぇからな。ライ麦ならもうちょっとある。けど、なんつっても蕎麦が多いんだ」

「だから、白いパンは高い?」

「ああ」


 荒っぽく肉を裏返す。多少の焦げ目は味の変化だ。悪くない。


「ビールもそんなにはねぇからな。特に白ビールとなりゃあ、尚更だ。夜にゃあ、ちょい金持ちか、外国人の大人が酒を飲みに来るぜ」


 ワインとビール。前世日本の感覚で考えると、なんとなく前者が高くて後者が安いイメージがあるが、ここでは事情が違う。飛行機や自動車といった流通手段もないし、冷蔵庫などの保存手段もない。何十年もかけて酒を熟成させる、なんてのもなしだ。ゆえに、生産された酒は、その年のうちに、ほとんど地元で消費される。それも、時間が経てば経つほど、味が落ちていく。

 葡萄などの果実に恵まれる一方で、小麦の生産量が少ないこの地では、白ビールに白いパンこそ、贅沢品なのだ。

 とすると、彼のフランクな態度にも説明がつく。もともとここは、ちょっとだけ割高な店で、多少なりともお金を持っている人が来る。俺の身分が平均以上としても、それに尻込みなどしない。ボンボンの相手など、慣れたものというわけだ。


「じゃあ、ここの人は、どんなお酒を飲むんですか?」

「そりゃあ、まずはブランデーだな。酒に弱ぇ奴とか、女子供はワインにするが」

「どっちも僕にはキツそうです」

「ははは、安心しろ、坊主、お前さんにゃあ、果物のジュースを出してやるよ」


 パンをカラッと火で炙って、切れ目に肉や野菜を詰め込んでいく。皿の上に戻して、それをトレイに載せる。


「ほらよっ、と」

「ありがとうございます」

「ところがよ、これだけで銅貨八枚なんだ。払えるか?」

「もちろんですよ、はい」

「ははっ、持ってたか! こいつはよかった」


 俺の所持金が足りないかもしれないのに、これを出してくれたのか。

 まぁ、普通は親もこの国にいるはずとか、そんな風に考えるだろう。となれば、取りっぱぐれはないし、相手の印象もよくなる。善意だけでもないはずだ。


「おはようござい……ます?」


 パンに手をつけようとしたところで、後ろから女性の声が聞こえた。


「おせぇぞ、バカ」

「すみませぇん」

「お客、もう来てんだぞ」

「ええー、珍しい」


 お手伝いと思しき若い女性だ。朝、弱いのか、髪の毛も微妙にしおれている気がするし、目をシパシパさせている。


「お昼からお客が来ることもあるんですねー、それもお子さんだけ?」

「バッカ、お前、言ったろ。そろそろ祭りが近ぇから、油断すんなって」

「それなんですけど」


 疑問に思ったので、俺は口を挟んだ。


「お祭りって、秋ですよね」

「ん? ああ、今からだと、二ヶ月弱ってとこか」

「少し早すぎませんか?」

「ああ、そうなんだけどな」


 俺の隣に彼は腰を下ろして、説明してくれた。


「お祭りの季節ってのは、うーん、坊主には難しいかも知れねぇが、いわゆる陳情の季節だからな」

「陳情? つまり、王様か誰かに、お願いするため?」


 ピュリスにいた頃には考えなくて済んだのだが、俺の見た目はあくまでまだ子供だ。ゆえに、相手は俺が理解できないと思って、言葉遣いを選ぶし、いちいち説明を差し挟もうとする。それを前もって潰さないと、会話が余計に面倒になる。言葉の意味はわかってますよ、とアピールしなければならない。


「ああ、王様じゃないけどな」

「えっ? じゃあ、誰に」

「貴族と、教会だ」


 俺は立ち止まって言葉の意味を考える。


「じゃあ、陳情って、地方から人が?」

「おう」


 これで理解が追いついた。

 午前中のオバちゃんとの雑談が、役立ったともいう。


 お祭りの季節。それはアルディニアの地方在住者が、都までやってくる時期でもある。目的は、陳情だ。

 貧しい国土なのだ。ゆえに貴族達も、王都での仕事をしながら、田舎の領地は代官に任せっきりだったりする。要はフォレスティアの貧乏貴族と似たような構図だ。但し、こちらのほうが、懐事情はずっと厳しいだろうが。

 で、そんな土地なので、これまでの旅で目にしてきた通り、住民も当然、生活が苦しい。そして、彼らが頼るべき相手は、自分達の領主しかいない。貴族のほうでも、中央で仕事を得るのは、自分の栄達のためだけとは限らない。チェギャラ村のジノヤッチ達が王都で軍務に就いたというのも、本来であればだが、支配者層にとっては一般的な、この手の活動の一つだったと考えることもできる。要するに、現代日本の誰かに喩えるならば、彼ら貴族とは、地元に利権を引っ張ってくる代議士のようなものなのだ。

 そこに教会が首を突っ込む。豊かなこのタリフ・オリムに転がる数々の利権。豊富な農業生産、無尽蔵の鉱石、それら生産活動を支えるインフラ整備……これを誰に担わせるかをコネで決める。なにしろ王都の民意に強い影響力を持つ宗教指導者達だ。彼らもまた、地方在住者の陳情を受ける立場となる。

 とすると、ミール王が神壁派の宗教会議の常任議長になったというのも、その辺のせめぎあいがあってのことなのかもしれない。


「で、まぁ、うまいことご褒美にありつけた連中は、うちに来て、お金を落としてくれるってわけさ、ははは」

「店長、子供にそんな話は」

「いいだろ、別に。坊主、今の話、わかるか?」

「はい、大変勉強になります」

「だとよ。ははっ!」


 しかし、利権は限りがあるから利権なのだ。

 つまり、ありつけない連中もいるわけで……


「だから、坊主も気をつけろよ? 毎年この時期になるとな、どうにも街が騒がしくなるんだ」

「もらい損ねた人のせいで、治安が悪くなる、と?」

「まぁ、そういうことだな。たまに運が悪い奴がいて……」

「あ、いらっしゃーい」


 出入口の床がギシッと鳴る。

 次の来客?


「……こんなぁらぁ……」


 体格のいい日焼けした男の黒いシルエットが、店の出入り口を塞いでいた。

 右手にツルハシ、左手に酒瓶。目付きが危ない。


「って、言った傍から……っ!?」


 店主は慌てて椅子から起き上がる。


「お、お客さん、あ、あの」

「酒出せぇ!」


 怒鳴り声。男は明らかに酔っ払っていた。


「あのう、落ち着いてくださ」

「うるせぇえ!」


 手に持った酒瓶を床に叩きつける。中身はほとんど残っていなかったらしく、破片ばかりが散らばる。


「……あり金ぇ、全部だぁ……店の酒、出せるだけ出せぇ!」


 そう言って、彼は巾着袋を床に抛った。

 しかし、落下音の寂しいこと。銅貨が数枚入っているだけか。


「お客さん、困ります」

「うっせぇえええ!」

「きゃあ!」


 激昂した男が、ツルハシを真横に振り抜く。カウンターに並べられた皿やコップが吹き飛んで、バラバラに散らばった。

 冗談じゃない。いきなりなんだ、こいつは。


 いや、想像ならつく。ちょうど今、話題にしていたところだ。

 陳情に来て、何かお土産でも持たせてもらえればいいが、そうでなければ? 自暴自棄になり、酒を食らう。それで酔っ払った頭が思い出すのは、身近なお金持ちだ。実際のところ、この店にそこまでお金があるかどうかはわからないが、割高な料理で商売をしている場所なので、そんなイメージならある。

 もちろん、そんなのはこの土地の人間同士のトラブルであって、俺には関係ない。だから、さっさと逃げ出したいのだが。男は出入口に陣取っており、抜け出せそうにない。


 彼の視線がこちらに向けられた。

 同時に俺は飛び退いた。


 見境のないその大男が、手にした木の椅子を、まさに投げつけようとしていたのだから。


「わっ!?」


 勢いよく叩きつけられた椅子が、床にぶつかって砕け散る。

 大した腕力だ。日々、ツルハシで神の壁を叩き続けて、ここまで鍛え上げたのだろうか。しかし、どういう理由であれ、それを暴力に使うとなると。


「……しょうがない、か」


 というのも、今の椅子を避けた仕草が目にとまったのか、男の視線は俺に向けられている。

 走って逃げたほうがいいだろうか? 店の中はそこまで狭くないが、難しそうだ。かなり酔いが回っているようだし、さっさと潰れてくれればいいのだが。まぁ、取り押さえるのもさしたる手間ではない。


 すっと剣を抜く。

 すると男もツルハシを振りかぶった。ただ、その動きは緩慢で、足元もおぼつかない様子だ。


 殺すよりは、単に無力化したほうがいい。そして、こういう睨み合いが続くのは、俺にとって都合がいい。剣を口元に引き寄せ、そっと詠唱する。


「ぐぅう……あがぁああ!」


 理性をなくした男は、そのまま店の出入口から飛び出して、俺にツルハシを振り下ろした。離れたところに立っていた女の口から、悲鳴があがる。

 だが、今の俺にとっては、あまりに遅すぎた。


 叩きつけられるツルハシの、その柄に剣の先をそっと添え、後ろに引く。と同時に、相手の右足と左手に『行動阻害』を浴びせる。既に『弱体化』の影響を受けていた男は、これであっさり床に突っ伏した。

 派手な音をたてながらツルハシが前方にすっ飛んでいき、壁にぶつかった。俺は構わず男の後頭部を思い切り踏み抜いて、完全に気絶させる。


 簡単この上ない。だが、彼が本来の調子であれば、こうはいかなかっただろう。体は鍛え抜かれていたし、多少なりとも武術の心得もあった。泥酔していたからこそだ。

 実のところ、殺害も選択肢にはあった。凶器を持って暴れる男だ。始末したところで、大きな問題にはなるまい。だが、それでトラブルになっても困るし、恨みを買うのも避けたい。俺はまだまだ、この街で活動しなければいけないのだから、あっさりブッタ斬るわけにもいかない。

 それをいうなら、こうして暴漢を取り押さえるのは……この大男の素性も知らない。彼が、そして彼の縁者が俺を恨む可能性は……ええい、きりがない。

 それより、ポジティブに考えよう。これも善行だ。善行を積めば、司教の心象もよくなる、と思いたい。そして不死に至る、と。こちらはそんなに簡単ではないだろうが。


「さて……無事ですか?」


 暴れまわる大男を一瞬で片付けた俺を、いまだ縮こまったままの店主が、目を丸くして見つめた。横に立つウェイトレスも同様だ。

 見ると、店主の腕から血が流れている。きっとさっき割られた瓶で切ったのだろう。


「手当てしたほうがいいですよ」

「うっ、あ、ああ」

「清潔な布は……と。借りますね」


 まず、水。傷口は洗うべきだ。第一、細かな破片が残っているかもしれないし。床が汚れるが、どうせいろいろ散らばっている。あとで片付ければいい。

 それと、清潔そうなタオルを取る。


「お酒は……これですか? 一番きついのは」


 なるべく消毒効果があるように、アルコール度数の高い酒を使う。彼の手を伸ばして、横に割けた傷口に、酒をかけていく。


「いっち……」

「少し我慢してくださいね」


 それから、乾いたタオルで傷口を縛る。素人の俺にできるのは、この程度だ。


「うお、いたた」

「動かないでください」

「そ、そんなこと、言っても、いだだ!」


 さっきまでは恐怖で麻痺していた痛みが、今頃になって甦ってきたか。無理もないが。


「……ったく、どうしてあんな……」

「ここだー!」


 はて?

 事情を訊こうと思った矢先に、後ろから少年のものと思われる甲高い声が響いてきた。


「こっちだ、こっちだ!」

「本当だ、ブッ倒れてるぜ」

「なんかやってるぞ!」


 男の子が三人。それが店の中に踏み込んできた。年齢は俺と同じくらい、だいたい十歳前後か。

 背丈の高いのが一人。親分格ってところか。ギラつく目に、ツンツンした金髪。いかにも悪ガキといった印象だ。


「い、いちっ、ちょ、ちょっと、ぎえっ」


 別に脅威ではないと考え、俺はそのまま、タオルで傷口を縛る作業に戻り、店主も悲鳴をあげ続けた。


「あいつか?」

「子供じゃねぇか」

「でも、おっちゃんが痛がってるぜ! ってぇことは」


 金属が擦れる音。俺は反射的に振り向く。

 気付けば、剣を抜いていた。


 真ん中に立っていた少年が、背中に吊り下げていた大剣を引き抜いたのだ。


「お、おい、ギル! あ、あいつ抜いたぞ」

「ビビってんじゃねぇ! つまり、あいつが悪党ってことだ!」


 俺が剣を抜いたことで、後ろの少年二人はあからさまに怯んだが、真ん中のガキ大将だけは、むしろ笑みを深くした。自信満々ってところか。

 大剣を構え直すと、勢いよく飛びかかってきた。


「成敗!」


 どうする? 説得……間に合わない。

 考える時間は一瞬。

 彼はすぐにでも、俺をブッタ斬るだろう。


 ……おや?


「ぶえっ!? どばっ!」


 軸足に『行動阻害』を浴びせつつ、切っ先を受け流す。さっきとやることは同じだ。

 だが、下手に勢いをつけて突っ込んできたせいもあって、彼は簡単には止まれなかった。ひっくり返った椅子やテーブルに向かって、顔面からダイブしていった。


「ごぼっ!?」


 突っ伏したまま呻く彼の鳩尾に、下から鋭く蹴りを入れた。そうして仰向けにしてから、首筋に剣をあてた。

 向こう見ずな少年には、多少の教育が必要だろうから。


 どういう理由であれ、人に剣を向けた以上、覚悟すべきだ。

 たとえ刃を潰してあっても、だ。


 そう、さっき倒す前に気付いたのは、剣の刃が潰してあったことだった。彼が自分でやったのか、もともとそういう道具を与えられたのかはわからない。


「動くな」

「……うっ……ひっ!?」

「動くなと言っている」


 さすがに状況が飲み込めてくると、彼もこれ以上、突っ張った真似はできない。顔を引き攣らせたまま、力なく頷く仕草をするだけだ。


「あ、ああ……坊ちゃん!」


 ところが、後ろにいた店主が声をあげた。


「お知り合いですか」

「あ、ああ、あの……その剣を引いてくれ。その子は、悪い子じゃない。保証する」


 これは、まずかったか? 坊ちゃん、なんて呼ばれるくらいだし、いいところの子供だろうか。

 いや、襲いかかってきたのはこいつだ。事情を確認する前に、先に剣を抜いた。いくらでも正当防衛を主張できるか。


 俺が下がって剣を鞘に戻すと、少年もよろめきながら立ち上がった。


「いってぇー……やられちまったぜ」

「坊ちゃん、お怪我は」

「ははっ、この程度、なんてこたぁねぇぜ!」


 俺が剣を受け流したために、彼は椅子やテーブルの山に突っ込んだ。それであちこち擦り傷に打ち身にと、割とひどいことになっているのだが、本人は豪快に笑ってみせた。


「あの、こちらは」


 俺が剣を引いたことで、彼もとっくに敵意を捨てている。ようやく話ができそうなので、俺は店主に振り返り、説明を求めた。


「ああ、こちらはな」


 ところが、自分の力を信じているのか、彼は大人の言葉を遮って、堂々と、いや、いっそふてぶてしい態度で名乗った。


「俺はギル! ギル・ブッターだ。よろしくな!」

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