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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十一章 帝都だけの花
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いい仕事、ありませんか

「世界最強! おめでとうございます!」

「いやー、俺達の誰も優勝できなかったのに、まさかリンさんが」

「娯楽の分野とはいえ、これで歴史に名前を刻んだってことになるんだもんな」


 ハリ、ガッシュ、ドロルの称賛を順番に浴びながら、リンはいかにも自慢げに、椅子にふんぞり返って高笑いした。

 帝都の西一号運河沿いにあるセミアウトドアの飲食店。より正確には、イベント・パーティー会場。足元には菱形の文様が描かれ、クリーム色の天井の下にはランタンが吊るされている。それが運河を抜けていく風に、時折小さく揺れていた。


「私の偉大さがわかったことでしょう。もっと褒め称えてもよいのですよ」

「よっ、世界一」

「ふふふ」


 これが作戦とも知らずに、リンはでご満悦だった。


「しかし、この祝賀会、わざわざ私のために、こんな場所を借りてとは……ノーラさん」

「はい」

「ここは誰が」


 そこまで言いかけたところで、背後から俺が姿を現した。


「ごめんなさい」


 ペコリと一礼して、ノーラは後ろに下がった。


「僕の手配ですよ、リンさん」

「むっ、現れましたね、好色漢」

「個人的にそう罵るだけなら、問題なかったんですが」


 彼女は今更になって、ハッとした顔をした。しかし、正面に振り返るも、既にガッシュ達はそっぽを向いてしまっている。素知らぬ顔で、互いに酒を酌み交わしていた。


「はっ、図りましたね」

「図りました。さぁ、あらいざらい吐いてもらいますよ」


 逃げ場はない。そう悟った彼女は腰を浮かせかけたが、すぐ観念したように、どっかと腰を下ろした。


「確かに、いかに信仰堅固な私といえども、いやらしいファルスの手にかかったら、あっという間に狂わされて」

「そういう冗談も、ここで喋ってるだけなら全部聞き流せたんですが」


 武闘大会の、あのひどい罵詈雑言の数々。そのきっかけを作ったのは、リンだった。


「どうしてくれるんですか? 武闘大会に出てる間中、ずーっとネタにされ続けたんですよ?」

「人の噂も七十五日、そのうちみんな忘れます」

「僕は忘れません。傷つきました。責任取ってください」

「はいはい、ごめんなさい」


 この誠意のなさに、俺はそっと詠唱した。


「って、ちょっと、今、何を……かっ」


 詠唱が終わると、リンは椅子の上で身を仰け反らせた。


「かっ、痒い! ちょっ、背中が」

「掻けば治りますが、そうしたらまた、手の届きにくいところに痒みを与えますよ?」

「ひ、卑劣な。そうして私が痒みに耐え切れずに、ついに服を脱ぐに至るまで、追い詰めようと」


 まったく、この女は……

 十年前から何も進歩していない。少しは自分の年齢を考えろと言いたい。


「まぁ、済んだことは済んだことです。ちょっと仕返しできればそれでいいです。ただ」

「ただ、なんですか」

「どこから情報を? いや、どこまで関与していましたか?」


 問題は、彼女が俺について、あることないこと言いふらしたという点には、既にない。


「正直にお願いします。まず、初戦の時点で運営には情報提供していたはずです。それと二回戦は顔を出したんですから、当然関わっているとして。ラーダイとマホに声をかけさせたのも、あなたですね?」

「ううっ、ま、まぁ、そうですね」

「その次、四回戦のキースは、関係ないらしいことがわかっていますので、いいとして」


 彼はヒジリから逃げようとして、俺のいる会場まで逃げてきたのだから、リンが暗躍した結果とはいえない。


「問題は五回戦です。どうやってあれだけの人を探して集めたんですか」


 あとは説明がつく。六回戦のリリアーナとソフィアは、ラーダイなどの学園関係者に再度、運営側がアクセスすれば、すぐ発見できる。その次はノーラ達だが、これは俺が目立っていることを彼女が利用しようとして乗り込んだに過ぎない。準決勝のヒジリはといえば、まさかここまでの大惨事になると思っていなかった彼女が、自分で火消しをするためにやってきた。だから、後半のゲストについては、不自然といえるほどのものはない。

 だが、五回戦だけは、どうにも説明がつかない。ノーラもジョイスも、この件には関わっていない。とすると、どうやってあれだけの人間を集めたのか。グルービーの屋敷にいたスィとか、フィシズ女王の侍女とか、ドゥミェコンの『森の泉亭』の従業員とか。いくらなんでも、リサーチ能力が高すぎる。


「いえ、あれは」

「あれは?」

「私は何もしていませんが……って痒っ!」


 拷問も辞さない覚悟だった。

 だが、少し離れた場所に座っていたノーラとジョイスが、目配せしてきた。ということは、リンは嘘をついていないらしい。


「じゃあ、誰がやったんですか」

「知りません!」

「まぁ、どちらにせよ、リンさんがあれこれやらかしてくれたせいで、ここまで深刻になったのは間違いないので」

「う、わぁぁ、か、痒い痒い痒い痒い!」


 そう言うと、彼女は席を立ち、人目につかない場所を目指して走り出していってしまった。

 復讐はこれでいいとして。でもそうなると、あれだけの情報を提供したのは誰だったのか。まったく見当がつかない。


「仕方ない。わからないものは、わからない、か」

「そうね」


 溜息をつき、首を傾げて、ノーラも頷いた。


「というわけで、せっかくなので、今日はのんびり飲み食いしていってください」

「おう、ありがとな!」


 声をかけられたガッシュが返事をした。

 今日の集まりの目的は、改めて帝都に来ていた友人、知人を迎えて、これを見送ることにある。千年祭の浮ついた空気の名残も、こうして少しずつ、吹き流されていってしまう。


「明後日の船で、ジョイスと一緒にティンティナブリアに行くんでしたっけ」

「ああ」


 ドロルが答えた。


「ピュリスにも行くけどよ。どうせだったら見ておきてぇじゃねぇか。だったら、先にピュリスに行ったんじゃ、また戻ることになっちまうし」

「私はまだ、ティンティナブラム城を見たことがないんですよね」


 ハリも興味があるようだった。


「英雄の時代から一千年もの間、エキセー川の上に聳える城砦ですから。せっかく千年祭に帝都まで足を運んで歴史を実感したのですし、それなら、皇帝がかつて拠点にしたこともある城を目にするのも、楽しみというものですよ」

「その城ってのが、今じゃファルスのもんだっていうんだからなぁ」


 腕を組んだガッシュが、しみじみと溜息交じりにしみじみと言った。


「でも、そういうこともあるか。あれだけ人間離れした活躍をしてたんだし」

「ま、まぁ」


 彼らはジョイスと一緒に、しばらくは城内に宿泊することになる。


「なんだか、逆に落ち着かねぇな」


 そのジョイスも、当然、この場には来ていた。


「何年もカークにいて、帝都にゃあ半年くらいか。故郷に帰るってぇのに、全然そんな気がしねぇよ」

「ピュリスにいたのも長かったし、あの辺りに帰るとなると、いつぶりかな。十年か」

「そうだな。それくらいは経ってる」

「サディスと最後に会ったのも、五年前、か」


 ジョイスは頷いた。


「修行して、多少は強くなったつもりなんだが」


 掌を開いて閉じて、呟くように言った。


「俺にできることなんざ、相変わらず、なんもねぇかもだけど。せめて、向き合いに行かなきゃな」

「僕がどうにかしていれば」

「いいや? だってお前、それって領主の権力振りかざして、無理やり結婚させるとか、そういうことになんだろ?」

「まぁ、ね」

「だったら、やってくれなくてよかったぜ。厳しいこと言うようだけどよ」


 ラージュドゥハーニーの宿で、彼が思い悩んでいたことを思い出す。

 結局、妹のためにしてやれたことは何もなかった、と。


「どんなにつらくても、心の中のことってのは、最終的には、そいつ自身でなんとかするしかねぇんだろうな。サディスが何に苦しんでいようが、今、あいつを殴ったり、閉じ込めたりする奴ぁいねぇんだから。いりゃあ俺がブチのめすけど。だから、そっから先は、どうにか折り合いつけるしかねぇ」

「こう言ってはなんだけど」


 気持ちの問題はそれでいいかもしれないが、社会的地位については、別途対策が必要になる。


「もちろん、僕がいる間は、生活の面倒は見る。できる仕事もさせるけど、そうでなくなった場合のことだ。若くもない女性で、結婚もしていなければ、助ける人なんかいない。でも、例外もないこともない。つまり、宗教施設だ」

「女神教かセリパス教の聖職者にしちまうってことか」

「あくまで選択肢として、の話だけど」

「いや、そういうのもありっちゃありだな。考えとくぜ」


 俺の力が役立つなら使ってくれていいが、どこまでいっても最後は家族の問題、ということもある。何か頼まれない限りは、本人次第とするべきかもしれない。


「うーん、ちょっと寂しいなぁ」


 両手で氷の入ったコップを包み込みながら、タマリアが言った。


「せっかく、ちょっと仲良くなってきたのに」

「タマリアも、うちまで気楽に来てくれていいのに」

「旅費がさぁ」

「それこそ、僕が」

「それはダメ」


 こういうところでは、彼女は頑として譲らない。

 わかっている。今の俺と彼女とでは、資産でも身分でも、大きな違いがある。そこでもし、俺から手助けしてもらってしまったら、もう対等にものをいうことができなくなる。俺にそんなつもりはなくても、彼女の方で、そう思わずにはいられなくなるのだろう。


「ん-、でも、お給金、結構いいし、すぐじゃなくて、そのうちでよければ、旅行も行けちゃうかもね!」

「貯金はちゃんとしておいた方がいいよ。だって、ベルノストは今年の末に卒業なんだから」

「あっ、うん」


 コップの中のジュースをちびちび飲んでから、彼女は続けた。


「でも、弟のオギリック君? が来年から留学でしょ。そしたら、もう三年間、働けるかなぁ?」

「そこは……」


 ベルノストなら、タマリアのことは許してくれる。多少、馴れ馴れしくても、多少の不手際があっても。俺の顔もあるし、そうでなくても、彼は愚かではない。些細なことで怒鳴り散らすような短慮はない。だが、オギリックまでそうかというと。

 それに……


「ベルノストは、ああいう性格だから、務まるかもしれないけど、オギリックはどうかな」

「うーん? まぁ、確かにね。最初はちょっと怖いイケメンかなって思ったけど、そうでもなかったしね、ベルノスト様の方は」


 もう一口飲んでから、タマリアは考え込んでから言った。


「そこへいくと、オギリック君はなー」

「何かあったの?」

「いやー、親切だよ? 最初、ほら、千年祭の最中にみんなで会った時にはそうでもなかったけど、今は何を言ってもニコニコしてくれるし、親しげに声をかけてくれるし」


 違和感。オギリックからすれば、タマリアは兄の使用人、それも帝都にいる間だけの、臨時の雇われ人でしかない。

 骨の髄まで貴族的な意識に染まっている彼が、タマリアに対して優しくする根拠が見当たらない。


「なんだけど、それがちょっと怖いくらいっていうか」

「ムイラ家もいろいろあるかもしれないからね。今はオギリックもタマリアによくしてくれるかもだけど、実際に留学が始まったら、どうなるかわからない」

「えっ、なにそれ、急に態度変わるの? 怖い」

「あっ、いや」


 そうなる可能性もある、というだけだ。ただ、小さな確率とも思われないのだが。

 しかし、俺が余計なことを言ったせいでタマリアが働きにくくなったら困る。


「そうじゃなくて、だってオギリックは次男だから。長男のベルノストほどお金をかけないこともあり得るから、その場合は、寮で暮らすかもしれない。そうしたら、自動的にタマリアの仕事もなくなっちゃうことになるというか」

「あーっ、そっかー、なるほど」

「まぁとにかく、あまり今の仕事に期待しすぎない方がいいかもしれない」


 オギリックが帝都にとどまっている理由。それが、兄の追い落としにあるのだとしたら。

 正直、それなら俺としては、ベルノストに肩入れしたい。グラーブのためを考えても、彼のような優れた側近候補は、二人といないだろうから。

 考えすぎであってくれればいいが……


「うーん、でも、いい仕事、あるかなぁ」

「いい仕事ですか、私も紹介してほしいです」


 考え込むタマリアのすぐ近くに、いつの間にかリンが戻ってきていた。


「はい?」

「ですから、いい仕事です」


 図々しくも、リンは俺にいい仕事を紹介させようとしていたらしい。


「週一度の説教くらいの軽い仕事で、一日中ゲームしていても文句を言われない環境で、でも金額的には平均以上で、そういう都合のいい仕事はありませんか」

「ないですし、あっても他の人に回します」

「正義の女神は、薄情者になるべからずと教えていますよ?」

「聖典の言葉ですか? でも、過剰な贅沢とか、怠惰も戒めていますよね? リンさんにはもう、教会の楽な仕事があるんだから、どっちにせよ、紹介するおいしい職場なんかないです」

「おお、モーン・ナーよ、かの者を罰したまえ」


 本当に、どの口が言うのだろう?

 それから俺は、タマリアに振り返って言った。


「まぁ、続けられるところまで続けたらいいよ。もし困ったら、何か仕事を探すから」

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>>この誠意のなさに、俺はそっと詠唱した。 「って、ちょっと、今、何を……かっ」 詠唱が終わると、リンは椅子の上で身を仰け反らせた。 何の魔術でしょうか?『行動阻害』を超弱くしたものか呪文を少…
オギリックの態度の変化から感じられるのは柔軟性じゃなくて損得勘定だから地力の無い立場で頼って良い相手じゃないね あれは貴族というより野望ばかりたっぷりな駆け出し商売人だ
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