準々決勝
ほとんど黒に近い紺色の上着。そこに血のように赤いラインが引かれ、散りばめられた星々のような金色のボタンが輝く。いかにも貴族らしい服装だった。
そんな格好をしているのに、手にしているのが木剣では、少々ちぐはぐな印象を受けてしまう。銀色に輝く剣でなければ、釣り合いが取れないだろう。だが、ここでは本物の剣を使うことが許されない。
闘技場の中央で、ベルノストは今、これまでの人生で最も手強い敵と向かい合っていた。白い陣羽織を身に纏い、だらりと腕を下げ、木剣を下段に構えたその男は、完全に脱力しているように見えた。対照的なことに、ベルノストの動きは、見るからに固かった。
両手で剣を掴み、それを前へと突き出す構え。多少、可動範囲に余裕をもたせた中段の構えとも違う。肩の高さでまっすぐ平行に、敵に剣を向けている。
当然、これでは選び取れる動きも限られてしまう。横薙ぎにするのが一番簡単で、一応、刺突を繰り出すのも不可能ではない。だが、いずれも有効性が高いとはいえない。両腕で剣を前面に突き出す分、相手からすれば攻めにくいのだが、本人も機敏な動きをしにくいのだ。総じて防御的な構えであるといえる。
だが、これには他にも大きなデメリットがある。
ベルノストはまた、一歩踏み出して剣を横に振った。コンパクトな動きだ。
キースはそれを、軽く身を振っただけで簡単に避けきった。
最初から剣をまっすぐ相手に突きつけているのだ。ということは、間合いもわかりやすく、敵はその動きにすぐ慣れてしまう。
攻撃を避けたいばかりに、その他のいろんな部分を犠牲にしてしまっている。いくら相手が格上だからといって、これでは慎重さの意味がないではないか。
しばらく静かに様子を見ていたキースだったが、剣を下段のまま、横ざまに構えた。それから、摺足で少しずつ距離を詰めていく……
鋭い逆袈裟斬りが繰り出された。だが、油断なく身構えていたベルノストが、それを横に打ち払う。キースは止まらない。今度は上段から斬り下ろす。これも打ち払った。
守りは固いと見て、キースが一歩下がる。
その瞬間、ベルノストの体が、独楽のように回転した。
交叉は一瞬だった。バネのように伸びた彼の左腕、その先に握られた木剣の切っ先がキースの首元に伸びる。だが、キースは身を翻してその一撃を弾き返すと、大きく踏み込んで、無防備になったベルノストの懐に潜り込んだ。
至近距離から、大きく胴を横薙ぎ。どう見ても決着だった。
惜しかった。
ベルノストは、賭けに出たのだ。実力ではキースには及ばない。奇襲を浴びせようにも、武闘大会の規則の縛りがあるから、開始の合図の後でなければ無効とされる。開始直後に突っ込むという作戦も考えたはずだ。しかし、そこで気を抜いてくれるほど甘い相手でもない。
勝利を掴むなら、意表を突く必要がある。だが、こういうありふれた奇襲では、キースには届かない。だから彼は、二つの要素を重ね合わせることにした。
一つは間合い。そしてもう一つが、タイミングだ。
タイミングの方は簡単だ。相手の攻撃の途切れた瞬間。体勢を整え、呼吸を静め、仕切り直す一瞬の間。そこを狙う。
だが、重要なのは間合いだった。ベルノストは、自分が萎縮していると見せかけるためもあって、わざと両手で剣を構えた。それは不自然ではなかった。遥か格上、現代の英雄と相対するのに、防御に重点をおいた構えで臨むのは、むしろありそうなことだったから。しかし、まっすぐ肩の高さに剣を伸ばすのだから、その間合いは一目でわかる。ましてや横薙ぎを繰り返せば、余計にそうだ。
あれは当てるつもりのない、キースに自分の間合いを覚えさせるための動きだった。そうして安全な距離を認識させたところで、ベルノストは左手だけで全力の突きを狙ったのだ。
両手で前に向かって剣を向けるのと、片手でめいいっぱい切っ先を伸ばすのとでは、だいたい五十センチほどの間合いの違いができる。これは無視できないほどの差だ。
この急変に対処できなければ、キースの体に剣が届いていたはずだった。だが、或いは、考え抜かれたこの作戦も、彼には見抜かれてしまっていたのかもしれない。
準々決勝は、キースの勝利。ベルノストの敗退。
残念ながら、順当な結果だ。ただ、次の試合でアーノが勝てば、準決勝はキースとアーノの対決となる。ここでアーノが勝ってくれれば助かるのだが。
いったん魔術による透視能力を切った。そして控室のベンチの上に横たわった。
キースとの件は、今のところ、ヒジリにしか相談していない。ノーラに伝えたら、どうなるだろうか。何もないかもしれない。仮に彼の剣が俺の肉体に届いたとしても、的確に急所を貫き通すとか、何かなければ、俺は即死しない。変に話をしてしまうと、事前に彼女がキースを始末してしまう、なんてことは……ああ、でも駄目だ。伝えないで、決勝戦に彼が出てきた時、タルヒを抜くのを見たら。その場でキースを殺害しかねない。
みんな、こんなことになっているとは思っていないのだろう。特に、帝都にやってきてからの知人の多くは。ただ、知り合いが目立つところで活躍しているから、楽しみつつ応援しにくるだけなのだから。
どうしようか?
キースと戦わなければいけない。だが、殺すわけにはいかない。殺さず、打ち負かす。本気で武器を携えてやってくる彼を相手に?
うまく手加減できたとしても、それで試合が終わってくれる保証はない。いや、試合が終わっても意味はない。真剣を持ち込んだ時点で、彼は失格負け。俺は控室に逃げ帰ってもいいのだ。だが、そんな幕引きを彼が受け入れるはずもない。
いや、そんなことより、今日の試合、か。まだ勝ってもいない相手が間に二人もいる。本当なら、この辺で敗退してしまってもよかったのに。
俺は身を起こすと、また魔術で闘技場の様子を観察した。準決勝の相手に不覚をとらないためにも、もはや予備知識を得ないわけにはいかなくなってしまったのだ。
「本日の最終試合! 西から入場したのは、毎度お馴染み、本大会のお笑い枠! ファルス・リンガ選手です!」
もう好きに言ってくれればいい。泣いても笑ってもあと三回で終わる。
「準々決勝からご覧の皆様もいらっしゃるかと思いますので、改めてご紹介致しますが、こちら、ファルス選手は、異色の能力でここまで勝ち上がってきたと言われています。なんでも異性を虜にする力を極め、ついには相手が男性でも、その力で打ち倒せるようになったのだとか」
前回の試合を見て、どうしてそういうコメントになるのか、さっぱりわからない。
「幼くして色の道を、あの国一番の好色家、ラスプ・グルービーに学び、世界を経巡る旅に出てからは、各地で女の子を誑かし、今ではもう、彼を食い止めることのできる者は誰もいないというありさまです」
決めつけが凄いが、いちいち反応する気も失せた。
「さて、本日も、そんな彼の知り合いをここ、実況席に招いております」
今度は誰だ、と見上げてみると、身近な人達の顔が目に映った。司会と実況担当の隣の特別席には、ノーラとチャル、それにディエドラとシャルトゥノーマの姿があった。
俺は、納得した。今までは試合の回数が多かったので、試合の後に関係者の話を挟んでいた。だが、今日は四試合しかないのだ。選手達のエピソードをたっぷり語って観客を楽しませなくてはいけない。それでこうやって、先にゲストのトークを挟んでいるのだろう。
「皆さんは、あのファルス選手の領地にいる方々だと」
「ええ」
「揃いも揃ってお美しい方々ばかり……」
どういうつもりなのか、ノーラは、以前、ヒメノから贈られたワノノマの、あの鮮やかな緑色の服を身に着けていた。化粧も、元々必要ないほどの美貌でありながら、今回はしっかりしてきている。遠目にもわかるくらいだ。とするなら、彼女はただ連れられてきたのではない。呼ばれたにせよ、能動的に準備を整えてこの場に臨んでいる。
「お噂は聞いておりますよ」
「どんな噂でしょうか」
「なんでも二年前、ティンティナブリアの領主として城に落ち着いた直後、ファルス選手はお触れを出したそうではないですか。領主様に囲われたい娘がいれば訪ねてくるようにと、城門を開けっ放しにしておいたら、そこに盗賊どもが殺到して大変なことになったのだとか」
「盗賊が城に攻め込んできた件は事実ですけれど」
ここであの件が響いてくるのか。領地から美少女を掻き集めるドスケベ領主。違うんだ。まさかこんな形で跳ね返ってくるとは。
「が……先日の団体戦の様子を見て確信しました! ここにおいでの方々が、城内に乱入した盗賊どもを捕らえたんですね!」
「ん? 私のことか」
ディエドラが答えると司会役が頷いた。
「はい!」
「うーん……まぁ、いいか。そうだ、そうだな」
椅子の上でふんぞり返って、ディエドラは言った。
「あんな泥棒がどれだけ集まろうが、私の敵ではないからな! ティンティナブラム城の近くでは、もうああいう連中は一人もいないぞ!」
急にディエドラは椅子の上にふんぞり返り、胸を張って大声でそんなことを言い出した。
「そうなんですか。何年か前は、かなり治安が悪化しているというお話でしたが」
「もう昔の話だ。そうだろう、ノーラ」
それで察した。
「ディエドラの言った通り。今のティンティナブリアは平和そのものです。移住者に食糧を配給する余裕すらあります」
「なんと、それは凄いですね」
「帝都も賑やかでいいところだとは思いますが」
彼女は、俺の目先の気分のためではなく、帝都における自分の役割を優先することにしたのだ。
「ロージス街道沿いの入植地は、それは静かで景色も美しいところです。街道から北を眺めると、何百年も人が踏み込んだこともない山々の、白い嶺が見られます」
「へぇぇ」
「でも、そこから馬車で何日もかからないところにイーセイ港があります。そこからなら帝都にもすぐですね。逆に内陸に進めばティンティナブラム城がありますから。言ってみれば、新たな入植地は、どこにでも行ける手つかずの田舎、といったところでしょうか」
「なんか、そう言われると、見に行きたくなるんですが」
「ええ、ぜひ。どなたでも歓迎します」
どんな形であれ、俺が目立てば広告になる。それを利用しない手はない。
「にしても、驚きですよ。ロージス街道の復旧なんて。やっぱり、皆さんでやられたんですか?」
「ええ。私どもが」
力みもなくノーラがそう言うので、司会役は言葉を失った。
「私どもも多少調べたんですが、ファルス選手が現地にいたのは半年ほどでしかなかったそうで……とすると、やっぱりこれは、彼より、彼の周囲を支える女性の皆さんの活躍が大きかった、とするべきところでしょうか」
「ご想像にお任せします」
ノーラは、無難に受け流した。先日の、物産展に押し掛けた面倒な記者達のことが頭によぎったのだろう。
司会役は、もう一人の実況担当に振り返って興奮気味に言った。
「やはりファルス選手は」
「そうですね。多くの女性を……動かすことには長けているとするしかありません」
「しかし、守備範囲が広すぎませんか。獣人に亜人まで」
「いや、さすがにちょっと失礼でしょう、実際には何も関係なんてないかもしれないのに」
珍しく実況担当が常識的なことを呟くと、ディエドラが首を突っ込んだ。
「ん? 何の話だ?」
「いえ、その、ファルス選手の女性関係についてです。でも、別に周囲の女性が全員、手を出されているなんて、必ずしもそうと決まったわけではないですよね、と」
そう言われた彼女は、少しだけ沈黙し、何もない空を眺めて考えてから、答えた。
「ふん、まぁ、私はとっくにファルスの女だがな」
「はぇっ!? そ、そそそ、そうなんですか」
「そうだ!」
そういえば、この前の団体戦でも、そう宣言したんだっけ。俺はまだ、一度も抱いてないのに。キスすらしてない。あ、でも、一応、ルーの種族的には、夫なのか。
「あんな……巨体に化けられる、物凄い力があるのに、ただの人間のファルス選手の思うがままに、とは」
「何を言う。ファルスはもっと凄かったぞ」
「えっと? それは何のお話ですか? 夜の、それとも……」
「夜? ああ、確かにあの夜は凄かったな!」
観客席がざわめく。
違うんだ。多分、ディエドラが言っているのは、ケフルの滝の向こう、大森林の奥地で俺相手に戦った時のことだ。でも、質問者と彼女の回答が嚙み合ってない。誤解されている。
彼女の横で、シャルトゥノーマは顔を真っ赤にして俯いていた。司会役の質問の意図を、こちらは正しく理解していたから。そんな彼女に、司会役は容赦なく質問を浴びせた。
「で、では、もしや、あなたまで」
「わ、わわわっ、私は」
そんなシャルトゥノーマの背中を、ディエドラはドンと叩いた。
「お前もだろう。堂々としろ!」
観客席のざわめきが、更に大きくなった。
「そうなりますと……あの、大変に訊きづらいのですが、ノーラさんは」
「ご想像にお任せします」
ノーラは、涼しい顔でそう繰り返した。多少の風評被害など無視。実に彼女らしい。
だが、そろそろ観客席から、俺への罵倒の言葉が響きだした。やっぱりファルスは叩き潰せ、女性の敵、と散々だった。
「では、チャルさんは」
「え? 違いますよー? お師匠は、私の料理の師匠ですー」
「おっと、そうなんですか」
「明日の料理大会の予選にも出ますからね、お師匠は」
ほっと胸をなでおろす。そう、チャルには厳しく指導はした。不衛生な料理もどきを出された時には、殴りつけもした。だが、セクハラめいたことはしていない……
「あー、でも」
「でも?」
「最初、弟子入りしようとした時には、ひどかったですけどねー」
「と言いますと」
「簡単に言っちゃうと、色街に叩き売られそうになりましたー」
ブッ、と噴き出した。
そうだった。あんまりにもしつこかったので、厄介払いしようと、そういう場所に捨てていったんだっけ。
「ひ、ひどい。なんてことを、やっぱりファルス選手は」
「あ、でもお師匠、そんな悪い人じゃないんですけどー、一応、最後には見捨てずに料理を教えてくれましたしー、こう、覚悟? を確認してただけみたいな」
「いやいや、やっぱり鬼畜です。うーん、女性の扱いがもう……」
実況担当が割って入った。
「っと、そろそろ相手選手も入場しますし、この辺で」
「そうですね、では、東からの入場となるこちら」
声がかかって、待たされていたその男は、やっと陽光の下に歩み出てきた。
「レジャヤ最強の剣士! 王の騎士、クィロル・マグルリ選手です!」
今日のベルノストの服装とそっくり、但し暗い緑色ベースの上着を身に着けた男が、色濃い影を落としつつ、向こう側から近づいてきた。その硬そうな焦げ茶色の髪の下には、そろそろ若者とはいえない年齢に差し掛かった、巌のような風情の顔立ちがあった。体つきも大柄で、筋肉質だ。いかにも武骨といった様子だが、俺としては好感を抱いた。あの中身のないレジャヤの宮廷にも、本物の戦士がいたのだと思うと。
実際、ピアシング・ハンドを通して確認できるスキルも、なかなか馬鹿にならない。剣術や弓術が6レベル、風魔術が5レベル。軍人らしく、他にも指揮や医術のスキルもある。王の騎士という二つ名が似つかわしい、どこに出しても恥ずかしくない人材だろう。
「説明不要、で済ませてもいいのですが……今大会は、あまりにもキース選手が有名すぎて、他の参加者が霞んでしまうということはあるのですが」
「クィロル選手も、立派に優勝候補、シード枠からの参加なんですよね」
「とはいえ、番狂わせは起きるものです。今日も、無名だったアーノ選手が、ムーアン大沼沢の豪傑、あのウルカン選手を下しましたから」
「本日は、準々決勝ということで、彼の主君に当たるマリータ王女にお越しいただいております」
いつの間にか、ノーラ達とは反対側に、立派な椅子が運び込まれていた。そこにマリータが腰掛ける。
「本日はお忙しい中、よくいらしてくださいました」
「いいえ、お招きありがとうございます」
「クィロル選手について、教えていただきたいのですが」
「まあ」
数秒間、彼女は考えた。
「でも、面白いことは何もございませんことよ」
「そうなんでしょうか」
「ただひたすら忠勤に励み、暇さえあれば剣を振る。よき家臣にしてよき武人ですが、だからこそ、こういう場では大勢の人々を楽しませるところがないのです」
「な、なるほど……い、いや、でもこれは武闘大会ですから! その磨き抜かれた技さえあれば、私どもは拍手喝采するものですよ!」
彼女は、笑みを浮かべてみせて、静かに言った。
「本日も、健闘を期待します。それだけですわ」
彼女は説明を省略した。しかし、マリータはどこまで俺の情報を得ているのだろうか。それと、彼女の個人的な感情と、王女としての働きとは、また別かもしれない。もしかすると、この機会に俺の力量を確認しようとしている可能性もある。
とはいえ、それも小さなことか。残念ながら、彼がいくら優秀でも、所詮は人間でしかない。
「では、本日の最終試合、始めましょう」
「両者、位置について」
ゴングが鳴った。
「はじめ!」
開始の合図と同時に、クィロルは勢いよく駆け寄ってきた。そして……俺のすぐ前で、姿勢を崩しながら、ややおかしな方向に剣を振った。
俺はただ、ガラ空きになった彼の肩口に、気持ちよく一撃を入れるだけでよかった。
「はっ!?」
「い、一本……え? えええ?」
あっという間に終わってしまった。クィロルは俺の左側、闘技場の床の上に横たわっていた。ダメージはさほどでもなく、すぐ起き上がり、俺を見上げた。それでも、左肩に残る痛みがわからないのでもない。たった一瞬の交叉で斬り伏せられたのは理解できていた。
恐らく、彼自身も含め、この試合を見ているほとんどの人にとって、意味不明な決着だったろう。だが、これが今の俺の力なのだ。
種明かしをすると、要するに、試合開始の合図の前に仕込みが終わっていた。まず『認識阻害』をかけて、精神の認知状態を乱した。続いて力魔術で、ごく微弱に彼の重心を崩した。要するに、彼から見た地面の向きと重力が働く方向が食い違う状態にした。最後に、光魔術と精神操作魔術の併用で、彼の視界を少しだけ歪めた。俺に攻撃を浴びせようとしたクィロルからすると、俺の立っている位置は、現実より少しだけ右側に見えていたはずだ。
ズレた重心、ブレた視界。だが、本人はそれに気付くこともできない。自分がなぜ、いつもの通りに動けなかったのかもわからないまま。ただ走ったら、勝手に転んでしまったようなものだ。
どうして負けたのかにさえ、辿り着けない。俺にとって武闘大会が無価値なのは、そもそも彼らと俺とでは、戦いらしい戦いが成立しないからなのだ。
「おかしいぞ」
「イカサマだ! 八百長だ!」
観客席から、不満の声があがる。そして、観衆の一部は、手にしたものを投げ込み始めた。
「物を投げないでください! 物を投げないでください!」
「しょ、勝負あり! ファルス選手、退場してください!」
溜息一つ。俺は一礼して、その場を後にした。




