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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十章 千年祭
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準々決勝

 ほとんど黒に近い紺色の上着。そこに血のように赤いラインが引かれ、散りばめられた星々のような金色のボタンが輝く。いかにも貴族らしい服装だった。

 そんな格好をしているのに、手にしているのが木剣では、少々ちぐはぐな印象を受けてしまう。銀色に輝く剣でなければ、釣り合いが取れないだろう。だが、ここでは本物の剣を使うことが許されない。


 闘技場の中央で、ベルノストは今、これまでの人生で最も手強い敵と向かい合っていた。白い陣羽織を身に纏い、だらりと腕を下げ、木剣を下段に構えたその男は、完全に脱力しているように見えた。対照的なことに、ベルノストの動きは、見るからに固かった。

 両手で剣を掴み、それを前へと突き出す構え。多少、可動範囲に余裕をもたせた中段の構えとも違う。肩の高さでまっすぐ平行に、敵に剣を向けている。


 当然、これでは選び取れる動きも限られてしまう。横薙ぎにするのが一番簡単で、一応、刺突を繰り出すのも不可能ではない。だが、いずれも有効性が高いとはいえない。両腕で剣を前面に突き出す分、相手からすれば攻めにくいのだが、本人も機敏な動きをしにくいのだ。総じて防御的な構えであるといえる。

 だが、これには他にも大きなデメリットがある。


 ベルノストはまた、一歩踏み出して剣を横に振った。コンパクトな動きだ。

 キースはそれを、軽く身を振っただけで簡単に避けきった。


 最初から剣をまっすぐ相手に突きつけているのだ。ということは、間合いもわかりやすく、敵はその動きにすぐ慣れてしまう。

 攻撃を避けたいばかりに、その他のいろんな部分を犠牲にしてしまっている。いくら相手が格上だからといって、これでは慎重さの意味がないではないか。


 しばらく静かに様子を見ていたキースだったが、剣を下段のまま、横ざまに構えた。それから、摺足で少しずつ距離を詰めていく……

 鋭い逆袈裟斬りが繰り出された。だが、油断なく身構えていたベルノストが、それを横に打ち払う。キースは止まらない。今度は上段から斬り下ろす。これも打ち払った。

 守りは固いと見て、キースが一歩下がる。


 その瞬間、ベルノストの体が、独楽のように回転した。


 交叉は一瞬だった。バネのように伸びた彼の左腕、その先に握られた木剣の切っ先がキースの首元に伸びる。だが、キースは身を翻してその一撃を弾き返すと、大きく踏み込んで、無防備になったベルノストの懐に潜り込んだ。

 至近距離から、大きく胴を横薙ぎ。どう見ても決着だった。


 惜しかった。

 ベルノストは、賭けに出たのだ。実力ではキースには及ばない。奇襲を浴びせようにも、武闘大会の規則の縛りがあるから、開始の合図の後でなければ無効とされる。開始直後に突っ込むという作戦も考えたはずだ。しかし、そこで気を抜いてくれるほど甘い相手でもない。

 勝利を掴むなら、意表を突く必要がある。だが、こういうありふれた奇襲では、キースには届かない。だから彼は、二つの要素を重ね合わせることにした。


 一つは間合い。そしてもう一つが、タイミングだ。

 タイミングの方は簡単だ。相手の攻撃の途切れた瞬間。体勢を整え、呼吸を静め、仕切り直す一瞬の間。そこを狙う。

 だが、重要なのは間合いだった。ベルノストは、自分が萎縮していると見せかけるためもあって、わざと両手で剣を構えた。それは不自然ではなかった。遥か格上、現代の英雄と相対するのに、防御に重点をおいた構えで臨むのは、むしろありそうなことだったから。しかし、まっすぐ肩の高さに剣を伸ばすのだから、その間合いは一目でわかる。ましてや横薙ぎを繰り返せば、余計にそうだ。

 あれは当てるつもりのない、キースに自分の間合いを覚えさせるための動きだった。そうして安全な距離を認識させたところで、ベルノストは左手だけで全力の突きを狙ったのだ。


 両手で前に向かって剣を向けるのと、片手でめいいっぱい切っ先を伸ばすのとでは、だいたい五十センチほどの間合いの違いができる。これは無視できないほどの差だ。

 この急変に対処できなければ、キースの体に剣が届いていたはずだった。だが、或いは、考え抜かれたこの作戦も、彼には見抜かれてしまっていたのかもしれない。


 準々決勝は、キースの勝利。ベルノストの敗退。

 残念ながら、順当な結果だ。ただ、次の試合でアーノが勝てば、準決勝はキースとアーノの対決となる。ここでアーノが勝ってくれれば助かるのだが。


 いったん魔術による透視能力を切った。そして控室のベンチの上に横たわった。


 キースとの件は、今のところ、ヒジリにしか相談していない。ノーラに伝えたら、どうなるだろうか。何もないかもしれない。仮に彼の剣が俺の肉体に届いたとしても、的確に急所を貫き通すとか、何かなければ、俺は即死しない。変に話をしてしまうと、事前に彼女がキースを始末してしまう、なんてことは……ああ、でも駄目だ。伝えないで、決勝戦に彼が出てきた時、タルヒを抜くのを見たら。その場でキースを殺害しかねない。

 みんな、こんなことになっているとは思っていないのだろう。特に、帝都にやってきてからの知人の多くは。ただ、知り合いが目立つところで活躍しているから、楽しみつつ応援しにくるだけなのだから。


 どうしようか?

 キースと戦わなければいけない。だが、殺すわけにはいかない。殺さず、打ち負かす。本気で武器を携えてやってくる彼を相手に?

 うまく手加減できたとしても、それで試合が終わってくれる保証はない。いや、試合が終わっても意味はない。真剣を持ち込んだ時点で、彼は失格負け。俺は控室に逃げ帰ってもいいのだ。だが、そんな幕引きを彼が受け入れるはずもない。


 いや、そんなことより、今日の試合、か。まだ勝ってもいない相手が間に二人もいる。本当なら、この辺で敗退してしまってもよかったのに。

 俺は身を起こすと、また魔術で闘技場の様子を観察した。準決勝の相手に不覚をとらないためにも、もはや予備知識を得ないわけにはいかなくなってしまったのだ。


「本日の最終試合! 西から入場したのは、毎度お馴染み、本大会のお笑い枠! ファルス・リンガ選手です!」


 もう好きに言ってくれればいい。泣いても笑ってもあと三回で終わる。


「準々決勝からご覧の皆様もいらっしゃるかと思いますので、改めてご紹介致しますが、こちら、ファルス選手は、異色の能力でここまで勝ち上がってきたと言われています。なんでも異性を虜にする力を極め、ついには相手が男性でも、その力で打ち倒せるようになったのだとか」


 前回の試合を見て、どうしてそういうコメントになるのか、さっぱりわからない。


「幼くして色の道を、あの国一番の好色家、ラスプ・グルービーに学び、世界を経巡る旅に出てからは、各地で女の子を誑かし、今ではもう、彼を食い止めることのできる者は誰もいないというありさまです」


 決めつけが凄いが、いちいち反応する気も失せた。


「さて、本日も、そんな彼の知り合いをここ、実況席に招いております」


 今度は誰だ、と見上げてみると、身近な人達の顔が目に映った。司会と実況担当の隣の特別席には、ノーラとチャル、それにディエドラとシャルトゥノーマの姿があった。

 俺は、納得した。今までは試合の回数が多かったので、試合の後に関係者の話を挟んでいた。だが、今日は四試合しかないのだ。選手達のエピソードをたっぷり語って観客を楽しませなくてはいけない。それでこうやって、先にゲストのトークを挟んでいるのだろう。


「皆さんは、あのファルス選手の領地にいる方々だと」

「ええ」

「揃いも揃ってお美しい方々ばかり……」


 どういうつもりなのか、ノーラは、以前、ヒメノから贈られたワノノマの、あの鮮やかな緑色の服を身に着けていた。化粧も、元々必要ないほどの美貌でありながら、今回はしっかりしてきている。遠目にもわかるくらいだ。とするなら、彼女はただ連れられてきたのではない。呼ばれたにせよ、能動的に準備を整えてこの場に臨んでいる。


「お噂は聞いておりますよ」

「どんな噂でしょうか」

「なんでも二年前、ティンティナブリアの領主として城に落ち着いた直後、ファルス選手はお触れを出したそうではないですか。領主様に囲われたい娘がいれば訪ねてくるようにと、城門を開けっ放しにしておいたら、そこに盗賊どもが殺到して大変なことになったのだとか」

「盗賊が城に攻め込んできた件は事実ですけれど」


 ここであの件が響いてくるのか。領地から美少女を掻き集めるドスケベ領主。違うんだ。まさかこんな形で跳ね返ってくるとは。


「が……先日の団体戦の様子を見て確信しました! ここにおいでの方々が、城内に乱入した盗賊どもを捕らえたんですね!」

「ん? 私のことか」


 ディエドラが答えると司会役が頷いた。


「はい!」

「うーん……まぁ、いいか。そうだ、そうだな」


 椅子の上でふんぞり返って、ディエドラは言った。


「あんな泥棒がどれだけ集まろうが、私の敵ではないからな! ティンティナブラム城の近くでは、もうああいう連中は一人もいないぞ!」


 急にディエドラは椅子の上にふんぞり返り、胸を張って大声でそんなことを言い出した。


「そうなんですか。何年か前は、かなり治安が悪化しているというお話でしたが」

「もう昔の話だ。そうだろう、ノーラ」


 それで察した。


「ディエドラの言った通り。今のティンティナブリアは平和そのものです。移住者に食糧を配給する余裕すらあります」

「なんと、それは凄いですね」

「帝都も賑やかでいいところだとは思いますが」


 彼女は、俺の目先の気分のためではなく、帝都における自分の役割を優先することにしたのだ。


「ロージス街道沿いの入植地は、それは静かで景色も美しいところです。街道から北を眺めると、何百年も人が踏み込んだこともない山々の、白い嶺が見られます」

「へぇぇ」

「でも、そこから馬車で何日もかからないところにイーセイ港があります。そこからなら帝都にもすぐですね。逆に内陸に進めばティンティナブラム城がありますから。言ってみれば、新たな入植地は、どこにでも行ける手つかずの田舎、といったところでしょうか」

「なんか、そう言われると、見に行きたくなるんですが」

「ええ、ぜひ。どなたでも歓迎します」


 どんな形であれ、俺が目立てば広告になる。それを利用しない手はない。


「にしても、驚きですよ。ロージス街道の復旧なんて。やっぱり、皆さんでやられたんですか?」

「ええ。私どもが」


 力みもなくノーラがそう言うので、司会役は言葉を失った。


「私どもも多少調べたんですが、ファルス選手が現地にいたのは半年ほどでしかなかったそうで……とすると、やっぱりこれは、彼より、彼の周囲を支える女性の皆さんの活躍が大きかった、とするべきところでしょうか」

「ご想像にお任せします」


 ノーラは、無難に受け流した。先日の、物産展に押し掛けた面倒な記者達のことが頭によぎったのだろう。

 司会役は、もう一人の実況担当に振り返って興奮気味に言った。


「やはりファルス選手は」

「そうですね。多くの女性を……動かすことには長けているとするしかありません」

「しかし、守備範囲が広すぎませんか。獣人に亜人まで」

「いや、さすがにちょっと失礼でしょう、実際には何も関係なんてないかもしれないのに」


 珍しく実況担当が常識的なことを呟くと、ディエドラが首を突っ込んだ。


「ん? 何の話だ?」

「いえ、その、ファルス選手の女性関係についてです。でも、別に周囲の女性が全員、手を出されているなんて、必ずしもそうと決まったわけではないですよね、と」


 そう言われた彼女は、少しだけ沈黙し、何もない空を眺めて考えてから、答えた。


「ふん、まぁ、私はとっくにファルスの女だがな」

「はぇっ!? そ、そそそ、そうなんですか」

「そうだ!」


 そういえば、この前の団体戦でも、そう宣言したんだっけ。俺はまだ、一度も抱いてないのに。キスすらしてない。あ、でも、一応、ルーの種族的には、夫なのか。


「あんな……巨体に化けられる、物凄い力があるのに、ただの人間のファルス選手の思うがままに、とは」

「何を言う。ファルスはもっと凄かったぞ」

「えっと? それは何のお話ですか? 夜の、それとも……」

「夜? ああ、確かにあの夜は凄かったな!」


 観客席がざわめく。

 違うんだ。多分、ディエドラが言っているのは、ケフルの滝の向こう、大森林の奥地で俺相手に戦った時のことだ。でも、質問者と彼女の回答が嚙み合ってない。誤解されている。

 彼女の横で、シャルトゥノーマは顔を真っ赤にして俯いていた。司会役の質問の意図を、こちらは正しく理解していたから。そんな彼女に、司会役は容赦なく質問を浴びせた。


「で、では、もしや、あなたまで」

「わ、わわわっ、私は」


 そんなシャルトゥノーマの背中を、ディエドラはドンと叩いた。


「お前もだろう。堂々としろ!」


 観客席のざわめきが、更に大きくなった。


「そうなりますと……あの、大変に訊きづらいのですが、ノーラさんは」

「ご想像にお任せします」


 ノーラは、涼しい顔でそう繰り返した。多少の風評被害など無視。実に彼女らしい。

 だが、そろそろ観客席から、俺への罵倒の言葉が響きだした。やっぱりファルスは叩き潰せ、女性の敵、と散々だった。


「では、チャルさんは」

「え? 違いますよー? お師匠は、私の料理の師匠ですー」

「おっと、そうなんですか」

「明日の料理大会の予選にも出ますからね、お師匠は」


 ほっと胸をなでおろす。そう、チャルには厳しく指導はした。不衛生な料理もどきを出された時には、殴りつけもした。だが、セクハラめいたことはしていない……


「あー、でも」

「でも?」

「最初、弟子入りしようとした時には、ひどかったですけどねー」

「と言いますと」

「簡単に言っちゃうと、色街に叩き売られそうになりましたー」


 ブッ、と噴き出した。

 そうだった。あんまりにもしつこかったので、厄介払いしようと、そういう場所に捨てていったんだっけ。


「ひ、ひどい。なんてことを、やっぱりファルス選手は」

「あ、でもお師匠、そんな悪い人じゃないんですけどー、一応、最後には見捨てずに料理を教えてくれましたしー、こう、覚悟? を確認してただけみたいな」

「いやいや、やっぱり鬼畜です。うーん、女性の扱いがもう……」


 実況担当が割って入った。


「っと、そろそろ相手選手も入場しますし、この辺で」

「そうですね、では、東からの入場となるこちら」


 声がかかって、待たされていたその男は、やっと陽光の下に歩み出てきた。


「レジャヤ最強の剣士! 王の騎士、クィロル・マグルリ選手です!」


 今日のベルノストの服装とそっくり、但し暗い緑色ベースの上着を身に着けた男が、色濃い影を落としつつ、向こう側から近づいてきた。その硬そうな焦げ茶色の髪の下には、そろそろ若者とはいえない年齢に差し掛かった、巌のような風情の顔立ちがあった。体つきも大柄で、筋肉質だ。いかにも武骨といった様子だが、俺としては好感を抱いた。あの中身のないレジャヤの宮廷にも、本物の戦士がいたのだと思うと。

 実際、ピアシング・ハンドを通して確認できるスキルも、なかなか馬鹿にならない。剣術や弓術が6レベル、風魔術が5レベル。軍人らしく、他にも指揮や医術のスキルもある。王の騎士という二つ名が似つかわしい、どこに出しても恥ずかしくない人材だろう。


「説明不要、で済ませてもいいのですが……今大会は、あまりにもキース選手が有名すぎて、他の参加者が霞んでしまうということはあるのですが」

「クィロル選手も、立派に優勝候補、シード枠からの参加なんですよね」

「とはいえ、番狂わせは起きるものです。今日も、無名だったアーノ選手が、ムーアン大沼沢の豪傑、あのウルカン選手を下しましたから」

「本日は、準々決勝ということで、彼の主君に当たるマリータ王女にお越しいただいております」


 いつの間にか、ノーラ達とは反対側に、立派な椅子が運び込まれていた。そこにマリータが腰掛ける。


「本日はお忙しい中、よくいらしてくださいました」

「いいえ、お招きありがとうございます」

「クィロル選手について、教えていただきたいのですが」

「まあ」


 数秒間、彼女は考えた。


「でも、面白いことは何もございませんことよ」

「そうなんでしょうか」

「ただひたすら忠勤に励み、暇さえあれば剣を振る。よき家臣にしてよき武人ですが、だからこそ、こういう場では大勢の人々を楽しませるところがないのです」

「な、なるほど……い、いや、でもこれは武闘大会ですから! その磨き抜かれた技さえあれば、私どもは拍手喝采するものですよ!」


 彼女は、笑みを浮かべてみせて、静かに言った。


「本日も、健闘を期待します。それだけですわ」


 彼女は説明を省略した。しかし、マリータはどこまで俺の情報を得ているのだろうか。それと、彼女の個人的な感情と、王女としての働きとは、また別かもしれない。もしかすると、この機会に俺の力量を確認しようとしている可能性もある。

 とはいえ、それも小さなことか。残念ながら、彼がいくら優秀でも、所詮は人間でしかない。


「では、本日の最終試合、始めましょう」

「両者、位置について」


 ゴングが鳴った。


「はじめ!」


 開始の合図と同時に、クィロルは勢いよく駆け寄ってきた。そして……俺のすぐ前で、姿勢を崩しながら、ややおかしな方向に剣を振った。

 俺はただ、ガラ空きになった彼の肩口に、気持ちよく一撃を入れるだけでよかった。


「はっ!?」

「い、一本……え? えええ?」


 あっという間に終わってしまった。クィロルは俺の左側、闘技場の床の上に横たわっていた。ダメージはさほどでもなく、すぐ起き上がり、俺を見上げた。それでも、左肩に残る痛みがわからないのでもない。たった一瞬の交叉で斬り伏せられたのは理解できていた。

 恐らく、彼自身も含め、この試合を見ているほとんどの人にとって、意味不明な決着だったろう。だが、これが今の俺の力なのだ。


 種明かしをすると、要するに、試合開始の合図の前に仕込みが終わっていた。まず『認識阻害』をかけて、精神の認知状態を乱した。続いて力魔術で、ごく微弱に彼の重心を崩した。要するに、彼から見た地面の向きと重力が働く方向が食い違う状態にした。最後に、光魔術と精神操作魔術の併用で、彼の視界を少しだけ歪めた。俺に攻撃を浴びせようとしたクィロルからすると、俺の立っている位置は、現実より少しだけ右側に見えていたはずだ。

 ズレた重心、ブレた視界。だが、本人はそれに気付くこともできない。自分がなぜ、いつもの通りに動けなかったのかもわからないまま。ただ走ったら、勝手に転んでしまったようなものだ。

 どうして負けたのかにさえ、辿り着けない。俺にとって武闘大会が無価値なのは、そもそも彼らと俺とでは、戦いらしい戦いが成立しないからなのだ。


「おかしいぞ」

「イカサマだ! 八百長だ!」


 観客席から、不満の声があがる。そして、観衆の一部は、手にしたものを投げ込み始めた。


「物を投げないでください! 物を投げないでください!」

「しょ、勝負あり! ファルス選手、退場してください!」


 溜息一つ。俺は一礼して、その場を後にした。

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― 新着の感想 ―
とうとうキレた…
めんどいと言うか視線がうっとおしいから空回りさせるのは上手い手では有りますな これ関係国全部がこの茶番の犯人かも知れないッスね
誤解を解くならなるべく接戦を演じるのが一番ですがもうそこらへんは面倒になったんですかね
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