第五回戦
うっかりしていました
2025/09/24まで不幸祭りです
→
勘違いしていました
スタートを一週間早めに見間違えていました、申し訳ありません
とりあえず、翌日分は公開します
今日という日を、どれほど待ち望んだことか。
冷たい石の控室、そのベンチに身を落ち着けつつ、俺は湧き上がる喜びに何度もガッツポーズを取っていた。
初戦から四戦目まで、ずっと女性選手の相手をさせられてきた。恐らく、何かの手違いで俺をあのポジションに置いてしまったのだろう。勘違いした学生、無名の弱小選手か何かだと思って。そうして当局の思惑とは裏腹に、女性選手の活躍の場を潰しまくってしまったのだが、ここまでくればもう、そんな悩みなどない。今日の相手は、間違いなく男性だ。
いつ負けてもいい武闘大会だったが、今日だけは勝つ。ちゃんと観客に見えるよう、まともな試合をする。強さをアピールする。そうすれば、何か怪しげな女性専用の必殺技で勝ち上がってきたのではないのだと証明できる。汚名返上だ。
「六番、ファルス・リンガ」
呼ばれた。俺は勢いよく立ち上がり、やる気満々で係員の横を大股に通り抜けた。
薄暗い廊下の向こうに、四角く区切られた光の世界が見える。あらゆる不名誉が洗い流される清浄の地へ、いざ。
闘技場の中央に立つ。前回までの会場と異なり、少し広い場所に変わっている。
予選もかなり消化され、小さな競技場はもう、武闘大会では使われなくなってきていた。決勝戦までいくとすると、あと五回くらい試合があることになる。全世界から数百人もの選手が集っての大会なのだ。つまり、日程的にはそろそろ折り返し地点だが、試合数でみると、ほとんどはもう終わった計算になる。ただ、そこはよく考えられていて、団体戦の試合がこの後に組まれているのだとか。
余計なことを考える余裕もある。大丈夫。空は青い。白い入道雲が遠くに浮かんでいる。会場を埋め尽くす観衆。問題ない。
しばらくすると、通路の向かい側から相手選手がやってきた。
使い込まれた革の鎧、がっしりとした肩幅、そして鋲を打った革のヘルメット。その下にあるのは、日焼けした顔と、ゴワゴワした顎髭。よかった。運命の女神の悪戯もここで終わり。誰がどう見ても、あれは男だ。
「こんにちは。いい試合をしましょう」
あまりに気分が良くて、思わず相手にそう話しかけてしまった。だが、彼は俺をじろりと睨みつけると、それっきりで、一言も発しなかった。それも無理はない。これから実利と誇りをかけての勝負なのだ。気合が抜けるのを避けたくもあるだろう。まったく失礼だとは思わないし、不快でもなかった。
「では、位置について」
審判の指示に従い、俺は開始線に引き返した。
すると、頭上からいつもの、例の司会の声が響いてくる。
「さぁさぁ、第五回戦、本日の三番試合! 東の雄は、ゴモ・シェクサ! 帝都出身の豪傑で、広い世界で活躍することを夢見て、各大陸を渡り歩いた本物の冒険者です!」
「ムーアン大沼沢で戦った経歴もあるそうですね」
「今回は、故郷に錦を飾るためなのか、帝都に戻ってきました。さて、今回も勝利を手にすることができるのか!」
なんだか申し訳ない。俺みたいなイカサマ選手の相手をするばっかりに、ここで脱落だなんて。でも、そこそこの強さではあるものの、これではキースやアーノには遠く及ぶまい。これも運命と諦めてもらう。
「対するは、ファルス・リンガ! 帝立学園の生徒で、特技は女たら……はい?」
当然ながら、会場が変わるということは、実況担当も変わるということ。ただ、片方は見覚えのある顔だったが。
最初の一人が渡された資料をそのまま読もうとして、その異様さに彼は口ごもった。
「なんですか、これ……なんだか、物凄いこと書いてありますね。どれどれ、えぇ、二人の王女様を両脇に抱きかかえてデートとか」
「事実らしいですよ」
「それはいいんですが、どういうことですか? 彼を直視しただけで女性は昏倒するとか。一歳の時に童貞卒業とか、信じられないんですが」
「私も前の試合で知ったのですが、驚きでした」
「女あしらい以外、何の取り柄もないとか、ひどいですね」
読まなくていい。読まなくていいから。
「ま、まぁ、稀代の好色家、ということでいいんでしょうか」
よくない。
「なんか、関係者の手配も……まぁいいや、試合に関係ないでしょう。ゴモ選手はそもそも男性ですし。では、始めましょうか」
なんか締まらない感じだが、もうそこは構わない。美しい剣技で観客を魅了してやろう。借り物の力で自慢できるものではないが……だからといって、これまた実態からかけ離れた汚名を甘受する理由もないのだし。
「では、はじめ!」
実況席の付近から、ゴングが鳴り響いた。
その瞬間、ゴモは木剣を手に、さながら放たれた矢のように突っ込んできた。
速い。そして、動きに無駄がない。司会の紹介を真に受けたなら、俺という対戦相手が強敵であると認識するはずはないのだが、彼に油断はなかった。最初から全力で倒しにきている。好感がもてる。これこそ戦士だ。
「うぉっ」
だが、これまで相手取ってきた強敵に比べると、やはり遠く及ばない。余裕をもってその剣を受け流す。同時に体捌きで身体の位置を入れ替える。流れるような動きで、すれ違いざま、彼の首に木剣の刃先を添えた。
振り返ると、ゴモはたたらを踏みながら、何が起きたかを確認しつつ、こちらに向き直った。今の交叉で、もう力量差はわかったはずだ。だが、俺は手招きした。試合は続行。
顔色を変えた彼は、改めて木剣の柄をしっかりと握り直し、小刻みに、的確にこちらの手首を、肩口を狙い打ってきた。やはり、悪くない。ここまで勝ち上がってきただけのことはある。
普通の人なら、多少なりとも押し込まれるほどの猛攻だった。火花が散るほどの連打なのに、彼の動きが雑になることはなかった。立派なものだ。しかし、それでも俺には届かない。先に息を切らしたのは、ゴモの方だった。その肩を、俺の木剣が軽く叩く。
「おや?」
実況席から声があがった。
「さっきもですが、今も……決着、ついていませんか?」
そろそろ終わらせるとしよう。手招きすると、ゴモは頷いた。次が最後のチャンス。全力で挑んでみろと。
とっておきの技なのだろう。彼は剣を脇、腰の下に引きつけ、身を沈めた。なるほど、間合いを読ませないため。居合のようなものだ。
「はぁっ!」
裂帛の気合いとともに繰り出された横薙ぎ。だが、その出だしのところで、彼の木剣の根本に、俺の木剣の切っ先が添えられていた。
次の瞬間、俺は勢いよく剣を振り抜いた。スパン、と気持ちいい音がして、彼はその場に膝をついた。
「おぉぉ!」
「鮮やか! ファルス・リンガ選手、見事な剣技を披露して、勝利をもぎ取りました!」
これ。これだ。
俺はここまで、実力で勝ち上がったんだ。正体不明の女殺しの秘術なんかではなく。それを認めてもらえさえすれば、俺はこの不毛な戦いから下りられる。
額から汗を流すゴモは、膝をついたままだった。苦々しさを垣間見せつつも、不思議とサッパリした笑みを浮かべていた。
「完敗だ」
「お見事でした」
俺は手を差し伸べた。彼はそれに掴まって立とうとしたが、さっきまでの勝負で限界まで力を振り絞っていたのだろう。足に力が入らず、すぐには立ち上がれなかった。
その時、頭上から声が聞こえた。
「ところで、ファルス選手の関係者がこちらに駆けつけているのですが」
ビクッと背中が震えた。前回まで、俺の試合の司会役をしていた方だ。
まさか。いや、気にすることはない。俺の立派な戦いぶりを、観客はみんな見ている。わかってくれるはずだ。
そう思いながらも、俺は実況席に目を向けた。ゴモもまた、膝をついたまま、同じようにした。
「まずはこちら、ファルス選手の同級生、ギル・ブッターさんです!」
来てくれた! やはり、持つべきものは友だ。
「ギルさんには噂の真偽を確かめたいのですが、ファルス選手の女殺しの技というのは」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
イエス! イエスイエス! ギルなら、本当のことを伝えてくれる。
「お前ら、今のファルスの戦いを見ただろ。相手のゴモっておっちゃんも、動きはかなり良かったぜ。けど、結果は見ての通りだ」
「で、ですが、資料によると、先の四回の試合では」
「知らねぇけど、手加減でもしたんじゃねぇの? 怪我でもさせねぇようにって。あのな」
一息つくと、ギルは言った。
「俺がガキだった頃、十一の時か? ファルスの奴は、タリフ・オリムまで来てるんだ。それで、秋の降臨祭の大会で、大人の選手を一人で次々ぶっ倒してたんだ。ホンモノなんだよ」
動かぬ事実。根拠薄弱な恥辱は今、拭い去られる。
「その件は……いえ、後にしましょう」
「あ?」
「実は、ファルス選手が世界中を旅していたらしいことは、我々も把握しておりまして、今日はそうした方々の声を集めております。例えばこちら、ゴモ選手と同じく沼地の冒険者で、ロイエ市からお越しの方が」
誰だろう、と思ったが、特に記憶にある誰かではない。だが、あちらは俺のことを覚えていたらしい。
「ファルス選手のことをご存知とか」
「はっきり覚えてます。沼地から黒竜が這い上がってきて、そりゃもう大惨事になるところだったんで」
「それで、ファルス選手の好色さについて、教えてほしいのですが」
「つっても、俺が知ってるのって、女連れだったことだけですよ? 細い腰の美人さんをいっつも連れ歩いてて」
マルトゥラターレのことだ。
「何があっても、彼女を傍に置き続けた、と」
「ああ、まぁあそこは治安もいいところじゃないし、大きな声では言えないんですが、まぁ……連れ歩いてるとろくなことにならないのにって、当時のですね、知り合いにカチャンってシュライ人がいたんですが、そいつもぼやいてましたっけ。でも、何を言われても女を手放そうとしなかったって」
ギルは反論した。
「アホらしい。それが、ファルスがスケベっつう証拠かよ? 治安悪ぃんだろ? そんなところで女を放り出したら、どんなことになるか、わかったもんじゃねぇ」
「それがですね」
司会役は、別の証拠を突きつけた。
「その後、なぜかファルス選手はレジャヤの宮廷に招かれたのですが、そこでも彼女を連れていたようなのです」
「それがどうしたんだ」
「国王陛下が宛てがった最高級ホテルなのに、そこの使用人にも、彼女に近づくことを禁じていたそうです。ただ面倒をみていただけなら、こんなことはしないでしょう?」
亜人なのをごまかそうとしていたから。もっというと、魔宮の秘密を守ろうとしていたから。
だが、傍からみると、そうは思われないのか。美貌の女奴隷を囲い込んで……いや、それは下衆の勘繰りだ。
「しかも、それだけではないのです」
更なる証人が、実況席に招かれた。だが、また見覚えのない男だった。あれは誰だったっけ?
「あなたは、あの世界の魔境だったドゥミェコン、人形の迷宮のすぐ上にある街で暮らしていたそうですが」
「そうですね」
「そこで、その……いかがわしいお店で働いていたと」
「えっと、まぁ、その。ほら、危ないところで戦う冒険者には、そういうのも必要なんで……自分は『森の泉亭』ってとこで裏方やってたんですが」
なんだか嫌な予感がしてきた。
「今でもはっきり覚えてます。どう見ても十歳かそこらのですね、でも、顔と名前は知ってたんですよ。あの頃、ドゥミェコンには、ドミネールってぇ顔役がいまして、そいつがこの、ファルスって人をですね、なんでか目の敵にしていたんで、覚えてたんですよ。それがなぜか、うちの店にきて、女を買ったんです」
観客席に、細波が走った。
「確かラーニャちゃんって娘だった。金貨四枚も払って、遊んでいきましたから」
「そんな、でも、当時だと、十とか、十一とか」
「でも、うちは壁薄かったんで、その、声もしっかり聞こえちまいましたし」
あれは情報収集のためだったのだが、まさか、そんなところが今になって響いてくるなんて。
「更にですね、こんな声もあるんです。世界中を旅したファルス選手、南方大陸ではなぜかクース王国の宮廷にも招かれたそうなんですが」
次に出てきたのは、一人の見目麗しい若い女性だった。
「あなたはファルス選手に見覚えがあるとか」
「間違いありません! この人です!」
ビクッと肩が震えた。
もしかして、彼女は……
「あの夜のことは、忘れられません。私、女王陛下にお仕えする侍女の一人だったんですけど」
「はい」
「陛下の宮殿の奥のプールで水浴びをしていたら、いきなり敷地の壁が倒れて、そこから」
ノーラを救出しようとした時のことだ。
「男が二人、裸の少女ばかりのところに、飛び込んできたんです! あの顔は、覚えています! 女神にかけて誓います!」
嘘だろ……
俺は呆然としたまま、硬直していた。
「と、このように」
司会役は、証拠は出揃ったと言わんばかりの様子で、落ち着き払って言った。
「どうも、証言から判断すると、数年前のファルス選手は世界中を旅しては、女性を追い回していたようなのですね」
「それがどうしたってんだよ」
ギルの声は少し弱々しくなってはいたが、それでも噛みついてくれていた。
「そんなもん、試合と何の関係もねぇだろうが!」
「いえ、そうではないのです。ここからが肝心なのですが」
あと三人、証人がいるらしい。そのうちの一人、ほっそりとした女が招かれた。ただ、彼女はこの暑さにも関わらず、帽子の下には日除けのようなものを被って、顔を覆い隠していた。
「あなたは、あの大富豪だったラスプ・グルービーの下で働いていたとか」
「その通りです」
美しく、よく通る声だった。
誰だろうと思ったら……あれはスィ・ヴィートだ。まさか彼女まで、千年祭を見物にきていたとは。でも、だからだろう。顔を隠しているのは、身元をごまかしたいから。グルービーの使用人だった女性。お手つきに決まっているから。今の社会的立場を傷つけられたくないのだ。
「少年時代のファルス選手のことをご存知とか」
「はい。特に、主人……グルービーの晩年のことは、よく覚えております」
「それはどのような」
いや、落ち着け。俺は何も変なことはしていない。
スィにエロ将棋での勝負を持ちかけられはした。だが、あれは引き分けに持ち込んだ。将棋の駒だった女達はほとんど裸だった? そうだけど、それは俺が脱がしたわけじゃない。グルービーは、滞在中の俺に自称「ボディブラシ」、自称「枕」の女達を山ほど送りつけてきたが、それだって俺が何かした結果とはいえない。
「実は、主人の死の直前のことなのですが、ファルス様と揉め事があったようで」
「ほうほう、それはどんな」
「詳しいことは……ですが、こんなようなことを言っておられました。ファルス様を自室に招いてから、護衛の者も、側仕えの者も、全員部屋から出るように、と」
スィが言っているのは、俺とグルービーの決戦の直後の話だ。俺が彼の肉体を奪い、彼を大木の中に封印した後の。だから、彼女がいうグルービーとは、実は俺のことだ。
「それから、ファルス様と一晩を共にするから、誰も立ち入ってはいけないとも」
「えっ、それって」
「主人は……基本は女性を好んでいましたが、それに飽きると、美少年にも手を出すことがありまして……つまり」
まさか。そんな。
つまり、彼女の中での俺は、グルービーの毒牙に……
「おい、いい加減にしろよ」
ギルが、燻る焚き火を思わせるような声で割り込んだ。
「なんだか知んねぇけど、その、グルービーっつうのは、俺も名前聞いたことあるくらいの金持ちだろ。そんなもん、ガキが逆らえる相手じゃねぇ。人が無理やり襲われた話をこんな場所で面白おかしくしやがって、どういうつもりなんだ。あのな、ここまでくると、こりゃもう笑える話じゃなくて、立派な名誉毀損なんだよ」
至極まっとうな意見だ。
だが、司会役は神妙な顔をして言った。
「それは、これが彼にとって過去の傷であれば、というお話です」
「どういうこったよ」
次の証言者がやってきた。
「こちらもアルディニア王国からお越しの、元近衛兵のロイ・ハラッシュさんです」
「どうも」
「あなたは、降臨祭の際の、ファルス選手の戦いぶりを目にしたそうですが」
「そうです」
そういえば、そんなような男がいたっけ。確か「デルミアの若獅子」相手にわざと負けてやっていた人だ。彼も、この武闘大会に参加するためにやってきたのだろうか。
「あれは凄まじい技でした」
「それは、具体的には」
「最初に相手取ったのは、近衛兵を率いる将軍、イリシットでしたが……ファルス選手は、執拗に彼の股間を狙い打ったのです」
「ほう」
相槌を打ちながら、ロイは続けた。
「それで面子を潰された近衛兵達は、よってたかってファルス選手を倒そうと、競技場に乱入したのですが」
「子供相手に大人気ないですね」
「その全員が。いいですか、全員、打ち負かされたのです。彼一人に」
「そうだろ。俺も見てたんだ」
ギルの言葉に、ロイはまた頷いた。
「気になっているのは、倒された近衛兵が一人残らず、股間を狙われていたことです」
「なぜでしょうか」
「わかりません。ですが、他のところを狙うこともできたはずなのに、敢えて股間だけを」
だが、ギルは首を振って拒否した。
「理由になんねぇな。要はそれだけ腕前があったってだけ。どこを狙ってるか見せつけても、きっちり当てられるってことを思い知らせるためにやったんだろ」
「そういう解釈もありといえば、ありですね。しかし、ここでもう一人、重要な証言者が」
「って、お前」
「ごめんっ」
呼ばれて出てきたのは同級生のプチトマト、ケアーナだった。
「ここまでの話を聞いちゃったら、正直に言わないといけないかな」
「こちら、同級生のケアーナ・カークスさんです」
「えっと、いつも私、寮から学園に通っているんですけど、その……去年の春頃かな? ちょうど寮の入口近くで、ファルス君が男の人に絡まれてるのを見ちゃって」
……まさか。
「それはどんな」
「ゴツい感じでしたよ。ヒゲを生やしていて、頭はツルッパゲで。体格は逞しかったです。弓も持ってて、いかにも強そうな人だったんですけど」
「ふむふむ、それで?」
「ちょうど私が通りかかった時に、その強そうな男の人が、ファルス君に向かって、ハッキリこう言ったんです……『もう我慢できない! もう我慢できない! お願い、ボクを女の子にしてっ!』……って」
ここへきて、ウィーの件まで響いてくるのか。
「つまり、ここから考えられること、それは」
司会役が、さまざまな「事実」を纏め始めた。
「実は、ファルス選手は地元のピュリスでは、変態王と呼ばれているそうです。なぜかというと、あのラスプ・グルービーのいかがわしい商売をそのまま引き継いだからです。しかし、もし仮にグルービーから、そのような非道な扱いを受けたのであれば、こんなことにはならないでしょう。要するに、グルービーと二人きりで過ごしたことは、彼自身の積極的な選択であったと、大変厳しいところではありますが、そのように考えざるを得ません。要するに」
そして「結論」に至った。
「ファルス選手は、女殺しなだけでなく、男殺しでもあった、ということです」
会場を、沈黙が覆った。
我に返って前を見た。さっき、助け起こそうとしてゴモの手を握った。思わず必要以上に力を込めてしまって、未だに握りしめたまま。その彼と、目が合った。彼の目には、怯えの色が浮かんでいた。
繋がったままの手を、彼は振り払おうとした。二度、三度、大きく振ると、手が外れた。彼は腰を浮かせると、小さな悲鳴をあげて、舞台裏へと逃げ帰っていった。
「あっ、ちょっと」
そんなバカな。こんな与太話を真に受けるなんて。
俺は観客席に振り返り、手を差し出した。その時。
観客席が、波打った。
「えっ……」
振り返る。俺の視線が向けられると、そこが動いた。まるで指で触れると身を縮めるオジギソウのように。
これまでは、俺に向かって物を投げる観客さえいた。それはそれでひどい振る舞いではあった。だが、いまや観客は、自分が「餌食」になる可能性を意識し始めたのだ。
「そんな、違う、いくらなんでも」
呆然として佇む俺に、背後から声が降り注いだ。
「というわけで、ファルス選手、次の試合があるので、退場してください」




