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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十章 千年祭
1052/1082

見つけられた者達

 冷たい石の床の上には、汗ばんだ男の巨体が横たえられていた。


「平気なのか」

「体は、な。痛ぇだけだろ。くそっ」


 俺が駆けつけた時には、やはり試合は終わってしまっていた。アーノに油断も手加減もあるわけがなく、ギルは逆袈裟斬りを浴びて一本負けしてしまっていた。

 木刀とはいえ、達人の一撃だ。一応、革の胸当てなど、仕事のときと同じように防具を着用して臨んだ彼だったが、実戦を前提に腕を磨いてきたアーノは、容赦なく鎧の隙間、左の脇腹から打ち込んでいた。一本を取るだけなら、或いはきれいに命中させれば、鎧の上からでも認められたかもしれないが、試合での点取り、道場剣法などに興味なんかないのだろう。


「骨は」

「折れてねぇってよ。けど、これ、実戦だったら今頃」


 平気と言いつつ、やはりそれなりに痛みはありそうだった。


「健闘はできたか?」

「どうだかな。デカい剣を短く使う工夫はしたんだが、あっちからすると、重くて固い動きだったのかもしんねぇ。隙は作らないようにしてたんだけどな……鍔迫り合いになったかと思うと、急にぬるりって手応えになって、気付いたら横からバッサリだった」


 ありそうな結果だった。肩を竦めるしかできない。


「ま、得したと思うしかないな。あんな強敵と戦って命があるなんて、試合じゃなきゃ、まずないんだ」

「そうだな」

「ちぃっとすぐには起き上がれそうにないけど、死んだりはしないし、まぁ、見舞いはこの辺でいいぜ。お前も忙しいだろ」


 俺は頷いた。

 こうなる結果は覚悟していたかもしれないが、それで悔しさがなくなるはずもない。負けは負けなのだ。一人になりたいのかもしれない。

 闘技場を出ると、薄暗かった控室が、まるでどこにもなかったかのようだった。辺りを真っ白に染める陽光に、俺は手で庇を作った。


 旧公館に帰る頃には、もう昼下がりと言える時間に差し掛かっていた。これは、余り物をミアゴアに出してもらって簡単に食事を済ませるなどした方がよさそうだ。料理大会も近いし、夜は自分で作って、そろそろ周囲の人達にも試食してもらうのがいいかもしれない。そんなようなことを考えながら、勝手口の扉を開けると、そこにはポトが待ち構えていた。


「旦那様、お疲れのところ、申し訳ございませんが」

「来客か」

「はい。早速ですが、一階の客間に」


 先に立って歩こうとする彼を手振りで押し留めた。一人で行ける。それに、誰が顔を出したのかは、もう想像がついている。供を前に立たせて会うような相手ではない。

 渡り廊下に足を踏み入れたところで、もう叱責の声が聞こえてきていた。ヒジリだ。彼女が人を叱るのを耳にするのは、これが初めてではないのだが、今回は特に念入りというか、クドクドしているというか。恨みがこもっている。俺が何かされるわけではないにせよ、ちょっと近寄りたくない。だが、顔を出さずに済ませるなんてできそうにない。


「……恩を仇で返すような振る舞いの数々、それでどう申開きできると思っているのですか」

「やるこたぁやってんだろが」

「そういう問題ではありません! ワノノマの至宝を借り受けておきながら、それであなたがしてきた狼藉の数々」

「あのぅ」


 俺が部屋の戸口に立つと、ようやく二人はやり取りを止めて、こちらを見上げた。


「旦那様、いらっしゃるのなら、どうして先にお伝えくださらなかったのですか」

「今、帰ったところなので……それで、やっぱり」


 今更なのだが、どうも彼女としては、こういう姿をあまり見られたくなさそうだった。もう、どんなに怖い女かは、とっくに思い知らされているのに、何を取り繕う必要があるのだろうか。

 俺は、ついさっき試合会場で見かけたばかりの男に声をかけた。


「キースさんも、うちまで来てくれたんですか」

「そうじゃねぇよ」

「はい」


 ヒジリも不機嫌そうに答えた。


「私が捕まえたのです」

「どうしてまた」

「この男は、スッケで大騒ぎを起こした後、特別に許されて、ついにはタルヒを貸し与えられさえしたというのに」


 また火がついたらしい。彼女はキースに向き直って、鞭打つような厳しさで言った。


「改心した様子が見られません。傭兵の仕事から足を洗うでもなく、そればかりか誘拐のようなくだらない犯罪にも気軽に手を貸して、いったいどういう」

「終わったことだろ。今更ゴチャゴチャと」

「何も終わっていません! いいですか、あなたはモゥハの赦免を踏みにじったに等しいのです。まったく、いつまで経っても」

「えっと」


 思考が追いついてくる。つまり、キースが武闘大会に出場するということをアーノから聞きつけて、ヒジリは網を張っていたのだ。


「あの競技場でキースを待ち構えてたの?」

「いえ、最初は大会運営の事務所で」

「事務所?」


 キースが溜息をついて説明した。


「知らなかったぜ。まさかヒジリが帝都にいるなんてよ」

「あれ?」


 だが、キースがいることを教えてくれたのはアーノなのに……


「アーノさんには会いました?」

「なんだ? ああ、顔は見た……あんちくしょう!」


 彼はヒジリがここにいることを教えなかったのだろう。

 キースは俺がヒジリを伴って帰る前にピュリスに立ち寄り、そこでペルジャラナンを散々練習台にして、それからまた、遠くに去っていった。つまり、俺が彼女と婚約していたことも、一緒に帝都で暮らしていることも知らなかったのだ。


「じゃあ、僕の試合に顔を出したのは」

「そいつはな。事務所の敷地の外で、ポトの野郎がうろついてやがったもんだから、こりゃヤベぇってことで。それで対戦表も、まぁ、手元にあったからよ。都合よくお前の試合があったから、俺の方から運営に申し出たんだ。こいつ知り合いだが、なんか喋ってやろうかってな。そうすりゃ、歩いて敷地を出ねぇで、馬車の中に隠れることができるだろ?」


 が、いったんはやり過ごしたはずのヒジリに、結局は捕捉されてしまい、こうして捕縛に至ったと、そういうことのようだった。


 しかし……


「ヒジリは、でも、キースをどうするつもり?」

「はい?」

「叱りつけるのはいいとして、その他処罰らしい処罰ができるのかなと」


 タルヒを授けることを決めたのは、モゥハか、それともウナか。どちらにせよ、ヒジリの独断ではないだろう。


「何か言って、それを聞き入れるような人でもないし……」

「わかってんじゃねぇか、お前」

「付き合い長いですからね」


 だが、怒りが収まらないのだろう。ヒジリは言い募った。


「だからといって許しておけと、そういうわけには」

「いや、そうじゃなくて」


 俺は肩を竦めて首を振った。


「何を言っても無駄ってこと」

「おい」

「事実でしょうに」


 キースも、ヒジリも、そもそも話し合いでどうにかできる人種ではない。


「まだ言いたいことはあるのですが」

「聞きたいことじゃねぇよ」

「生意気を言うようになりましたね。久しぶりに思い知らせてあげましょうか」

「ふぅん? いつまでもガキだと思ってんじゃねぇぞ、おい」

「まぁまぁ」


 間に入って、俺はヒジリから宥めた。


「これでも少しずつはまともになっているんだし、長い目で見てあげないと」

「旦那様がそう仰るのであれば」

「おい、ファルス」


 彼は神妙な顔をして、尋ねた。


「さっきからちょっと気になってたんだが、その、旦那様ってのは、なんなんだ」

「えっと、ワノノマまで旅をした後、ヌニュメ島で、オオキミが婚約をと」

「は?」

「ですから、ヒジリは今、僕の婚約者なので」


 キースは俺の顔を見つめ、その目を見開いた。


「なん……だと」

「どうかしましたか?」


 彼は俺の肩を掴み、揺さぶった。


「マジか。マジなのか」

「え、ええ、本当ですが」


 彼はその場で硬直し、深い溜息をついた。


「強く……強く生きろ」

「はい?」

「お前の人生は苦しいものになるかもしれん。だが、絶望するな。女は人生のすべてなんかじゃねぇ。俺に言えるのは、それだけだ」


 彼は、まるで酸っぱい梅干しを口の中いっぱいに含んだみたいな顔をして、そう吐き捨てた。


「人聞きの悪い……」


 ボソッとヒジリが呟いたが、それだけだった。


「ヒジリ、キースさんには、食事は?」

「いいえ、出してはおりませんが」

「僕もまだ、何も食べてないんだ。せっかくだし、本当は僕が」

「いえ、ミアゴアに急ぎ用意させましょう。簡単なものしかございませんが」


 そういうと、彼女は腰を浮かせた。

 ヒジリが部屋から去っていったのを、キースは驚きの目で見送っていた。


「お前……」

「はい?」

「いや、何かしでかしたんだろうって思ってたんだが」

「まぁ」


 ヒジリはもともと、俺の監視役なのだから、その理解で間違っていない。


「だが……いや、俺の勘違いかも……でも、なぁ」

「何がですか」

「なんでもねぇ。忘れてくれ」

「気になるじゃないですか」


 だが、それ以上、やり取りは続かなかった。本当に彼女は簡単な、ありあわせのものを運ばせたらしい。お茶と握り飯だけ。いろんな意味で、合理的だった。

 一つには、腹を空かせた俺を待たせないため。これは本音でもあり、口実でもある。そして次、客ではあっても、賓客として遇するのは避けたいキースに、ありあわせのものを出すということ。お前のように弁えのない者には、これくらいの扱いが適当だ、という意思表示にもできる。といっても、ミアゴアの握り飯は、塩加減も絶妙なので、招かれざる客に食わせる冷や飯としての役目など、果たせそうにないのだが。


「聞きましたよ」


 食べながら、俺はキースに言った。


「何をだよ」

「ペルジャラナンを散々痛めつけたらしいじゃないですか」

「なんだよそりゃ。俺ぁただの練習のつもりでやったんだ」


 その成果は確かにあったらしい。なんと、キースの剣術のレベルが8に達していた。ここまでの高みに達していながら、お手本さえあれば、なお上にいけるのが天才というものなのだろう。


「それにしても、武闘大会なんて、いや、前にも王都で出てはいましたけど、今更、ああいうのに興味を持つとは思いませんでしたよ」

「ふん」


 早くも握り飯を食べきった彼は、お茶を一気に喉に流し込んでから、言った。


「何ができるか、手探りってこった。せっかく剣を手に取ったんだしな。いけるところまで、何があるかわかんねぇなら、なんでも挑んでみるって、それだけだ」


 いまだ見ぬ強者との対決によって、自分を成長させたいのか。それとも、この大会を通じて、永遠の名声を手にするためか。

 ただ、彼の並外れたところは、ここまでの名声を手にしながら、なお人目を気にせず、ありのままの自分でいようとしている点にある。周囲からの尊敬の眼差しに惑わされず、また阿ったりもしない。だから実況席に呼ばれた時にも、あんな風に率直に話すことができていた。


「お寛ぎのところ、申し訳ございません」


 縁側にトエがやってきて、膝をついた。


「旦那様にお客様がいらっしゃいました」

「どなたか」

「ヤシュルン・ヨクと仰いました。スーディアで面識をとのことですが、旦那様に覚えは」

「あぁ、あの人か!」


 やっと記憶が追いついてきた。

 でも、いいのか。タンディラールの隠密じゃないか。


「なんだ、客か? だったら、俺は帰ったほうがいいんじゃねぇのか」

「いえ、それがキース様」

「あん?」

「ご同席願いたいと」


 それから間もなく、俺達三人のいる部屋に、ヤシュルンがやってきた。彼は、厳しい視線を向けるヒジリに対して、まず頭を深々と下げた。


「卑しい身の上ですが、どうかお目こぼしくださいますように」

「作法は問いません。ですが、何のためにここを訪れたのですか」


 一目で彼の本職を見抜いたらしく、ヒジリの視線は氷の刃物のようだった。


「ファルス様を、あとはキース様を、揃って昔の知人に引き合わせようと思いまして、機会を窺っておりました」

「俺はてめぇなんぞ知らんぞ」

「はい」


 なんと説明したものか。だが、キースは不機嫌を露わにして言った。


「するってぇと、てめぇか。帝都に来てから、俺の様子をチラチラ追ってやがった奴は」

「ええと、キースさん」

「面倒臭ぇと思ってたんだ。バッサリ片付けてぇとこだったんだが、帝都で余計なことすっと、さすがにまじぃからな」


 しかし、密偵である彼がどうして、こうして表に出てきたのか。俺はヒジリと彼を見比べて、それから手短に言った。


「ヒジリ、この人は、陛下に仕えている」

「おや」

「そういう意味では、身元もはっきりしている人だ。僕を連れていきたいというのなら、おとなしくついていこうと思う」


 ヒジリは目を閉じ、静かに頷いた。


「旦那様がそう仰るのであれば、お止めは致しません」

「マジかよ」

「キース、お前も呼ばれているようです。顔くらい出してあげてはいかがですか」

「そうするぜ。こんなところに取り残されたんじゃ、またどんな説教が続くか、わかったもんじゃねぇしな」


 通りに出ると、そこには既に、馬車が用意されていた。向かった先は、帝都の北西の端、繁華街の向こう側の、少々寂しい通りだった。古びた平屋の家が連なっている。


「着きました。ですが、この件はどうかご内密に」


 御者席から下りてきたヤシュルンが、俺とキースにそう言って、先に立って歩き出した。

 目の前にあるのは、陸屋根の古い石造りの家だった。広い庭があったが、そこには小石と丈の低い草が残るだけで、いかにも殺風景だった。


「私だ」


 ヤシュルンが呼びかけると、内側から扉が開けられた。そこには、随分前に見たきりの顔があった。


「えっ……?」


 その灰色の僧衣に身を包んだ女性は、俺とキースの姿を見て、目を見開いた。

 一瞬、見ただけでは、誰のことか、わからなかった。思わずピアシング・ハンドで名前を確認して、やっと記憶が甦ってきた。


「まさか、イータ、さん?」

「そういうあなたは、もしかして、ファルス君!?」


 およそ八年前の、王都の内乱。あの時、セニリタート王を毒殺した容疑で追われる身の上になったのが、ドク・モールだった。そして、彼の下で立ち働いていたのが、イータをはじめとする看護師達だった。


「なんだぁ。誰かと思ったら……あんまり思い出せねぇな。頭お花畑のちんちくりんってことしか覚えてねぇぞ」

「覚えてるじゃない!」


 しかし、なぜ彼らの居場所をヤシュルンが知っているのか。というより、彼がここに俺達を案内した以上、タンディラール王もまた、逃げたモール達の身元を把握していたことになる。


「とりあえず中に」

「そうね」


 床板も色褪せていた。それに、一歩室内に踏み入ると、独特の臭いがした。薬品だ。


「先生、お客様が」

「おぉ」


 禿げ上がった丸い頭。丸い眼鏡。老人は、木製の車椅子の上に座っていた。そして、小刻みに震えているように見えた。


「こちらは、もしや」

「そうよ、私達を逃してくれた、ファルス君とキースさん」

「おぉ、おぉ、その節は」

「ご無事でよかったです! では、今までずっと帝都に?」


 俺とキースは席を勧められた。といっても、背凭れもない古びた木の椅子でしかなかったが。同じく、古びた丸テーブルを囲んで、二人の話を聞いた。

 モールを連れて、イータ達は北に逃れた。レーシア湖畔を南に伝って一度フォンケニアを経由し、そこで護衛の冒険者を雇って、南東に道を取ってティンティナブリアに入った。治安の空白状態にあったこの地は相当に危険だったそうだが、どうにかエキセー川に沿って南下し、トーキアから帝都に向かう船に乗ることができたという。


「まさか、見逃されてたなんてね」

「お前達を完全に捕捉できていたわけではなかったようだが、トーキアで身元は割れていたな。ここで船に乗る可能性もあるとして、前もって確認するように指示があったのもある」


 そのまま彼らは帝都に行き、落ち着き先を探した。ごく若い頃、モールは帝都への留学経験があったので、市民権そのものは付与されていた。それで一行は、目立たないようにと、この街の外れの家を確保し、そこで小さな診療所を営んでいた。

 だが、それから二年後、そこにヤシュルンが顔を出した。つまり、俺とスーディアでゴーファト相手に戦った後、彼は一度、ここまで来ていた。


「陛下に仇なすわけでもなし、余計なことを言いふらすのでもないから、もう逃げる必要はないと告げるためだな」

「見張ってるってことでもあるでしょ」

「まぁ、そうとも言うが」


 肩を竦め、ヤシュルンは俺達に言った。


「僅かながら、陛下からも支援はある。最低限、暮らしていけるように面倒はみているというわけだ」

「元王宮勤めの侍医への待遇としては、どうなんでしょうね」

「いや、わしには不満はない」


 モールは静かに首を振った。


「老い先短いこの身の上、今更、大金を貰っても、使い道もない。贅沢なんぞ、体が受け付けん。ここで死ぬまで、患者の世話をする方が性に合っとる」

「というわけで、好きにさせているのさ」

「今では、他の看護師はそれぞれ、帝都で結婚して、ここを離れて普通の暮らしをしておる。イータだけは、残ってしまったのだが」

「お世話する人がいなかったら、先生が」


 キースが意地の悪い笑みを浮かべた。


「こいつは傑作だ。要するに、帝都の男どもには見る目があったってことだな」

「どういう意味よ、それ!」


 ヤシュルンが割って入った。


「とはいえ、過去については秘密ということになっている。それで、ファルスとの接点も持たせないでおいたのだが、こちらに留学してきていることも、そのうち知られてしまうということでな。それであれば、先にこうして会わせておいた方がいいと、そういう判断になった」


 俺は頷いた。

 言葉通りに受け止めるべきではない。タンディラールは、理由のない善意だけで動くような人物ではないからだ。


 思うに、ヤシュルンからの報告を聞いた彼は、相当な驚きをもって一連の出来事を受け止めたはずだ。聞いただけでは信じられないだろうが、シュプンツェの暴走によってスーディアの天候すら変わってしまったのだ。粘液のような雨が降り、どこからともなく真っ白な魚のようなものが溢れかえり、人を飲み込む白いチューブのようなものが街中を覆い尽くした。天変地異という言葉でも生ぬるい状況を、最終的には俺が終わらせた。

 彼も考えたに違いない。もし送り込んだのがファルスでなかったとしたら。最終的には、軍を差し向けるなどして解決を図る必要があっただろう。だがその場合、どれほどの犠牲者が出たことだろうか。

 つまり、彼はこの俺、ファルスに対策する必要があった。そして、この相手に有効な手段は、既に明らかになっている。ピュリスの商会の人々を見捨てられない人間なのだから、そういう関係者は多ければ多いほどいい。そんな計算もあって、モール達を囲い込むことにしたのだろう。


「ふん、あの鼻持ちならねぇ王様のくせに、たまにゃあ人間みてぇなこと考えやがるわけだ」


 ここにキースを呼んだのも、計算の一部ではあるのだろう。いまやキースは世界に名を轟かせた英雄だ。だが、彼が内乱の後、王都を去る時、どんな振る舞いをしたか。王の差し出す金印を叩き落とした。はっきりと喧嘩別れしてしまっていたのだ。つまり、これは遠回しに、キースに対して和解を望むと、そういうシグナルを発するための動きでもある。


 ただ……


「ご無事で良かったです」


 どんな理由があったにせよ、彼らはこうして生きている。今はタンディラールに追われる心配もない。それはいいことに違いない。


「適当に口実を考えますから、よかったら今度、うちに遊びにでもきてください。お役に立てることがあればと思いますし」


 どこかで誰かが幸せに生きることができている。それが、なにかどこか、俺にとっても救いになっている。そんな気がした。

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― 新着の感想 ―
何か生き残った人全員集合みたいな展開になってきたけど、将来へのフラグかな? そこまでファルスと関連性や情がある相手じゃないし、存在もほぼ忘れてたのにわざわざ引き合わせなくても。 違うかファルスへの…
ヒジリはファルスの婚約者だということを直接的に非難、間接的にファルスへの同情という形で四方八方から攻撃を受けている これがモテる男と一番乗りで婚約した女の代償なのか 南無南無
取りこぼしたものは多いけどなんとか繋がった縁はこんなにも有難いんだなぁ 晒される害意や得たもの失ったものいっぱいあるけどよかったねファルス まぁこれから不幸は形を変えて叩きつけられる訳だが
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