第三回戦
今年の夏の不幸祭りですが
なろう、カクヨム:2025/09/10〜
FANBOX:2025/08/13〜
の予定です。
あまり長くはできませんでした。
下書きが間に合わなくて……
よろしくお願い致します。
夏でもひんやりと涼しい控室。そのベンチに腰を下ろし、背中を丸めたまま、俺は思い悩んでいた。どうしてこんなところにいるのだろう、と。
いまや俺も、他の選手達と大差ない。試合開始を待ちつつも、それを恐れて縮こまる。ただ、その理由は微妙に異なるが。最低でも、あと二戦は女性を相手にしなくてはいけない。その都度、なんと言われるのだろうか。早く終わらせてしまいたい。やりたくない。
いや、過剰な悲観は不要かもしれない。既に三回戦だ。初戦は冒険者とは名ばかりの、素人に毛が生えたような女が出てきた。でも、二戦目にはちゃんと職業戦士と呼べる程度の相手が出てきたのだ。トーナメントに偏りがあるとしても、次の相手は四人に一人、つまり上位二十五パーセントの上澄みなのだ。となれば、普通の試合が成立するような相手でいてくれる可能性は、決して低くない。
「よ、よし、よしっ……いける、いける! 俺は、いける!」
そう声に出して、ともすれば気持ちが萎んでいきそうな自分を元気づける。その様子を、周囲の選手達も特に気にした様子もなく、ただ眺め、スルーした。
「九番、ファルス・リンガ」
「はい」
呼ばれた俺は、それこそ他の選手達と同じように、神妙な顔つきで係員に従って控室から出た。
これまでのように薄暗い廊下を抜け、光に満ちた競技場の中心に進み出て、俺は正面を見た。
対戦相手はまだ、入場していなかった。だが、向かいの通路に黒い人影が見えている。あれが今回の相手なのだろう。しかし、見るからに体の輪郭線がおかしい。鎧とか、武器とかが目立つのとは、少し違う。特に頭だ。丸い兜を被っているとかならわかるが、どうも過剰な装飾がなされているような……
すぐに答えがわかった。真夏の陽光の下に現れた対戦相手は、猫のコスプレをしていたのだ。いや、どちらかというと豹とかピューマとか、そっちに寄せている。そして、彼女の入場と同時に、客席の一角から大きな歓声があがった。
「さぁて、今回も好カードですね!」
「色魔ファルスを討伐するのは誰か! ですが、今日はそう簡単にはいきませんよ?」
すっかり悪役扱いだ。もうこの時点で、目眩がする。もしかしたら熱中症かもしれない。そんなわけがない。どうでもいい。とにかく早く帰りたい。
テンションだだ下がりの俺に対して、相手はもうノリノリだった。観客席から声をかけられると笑顔で飛び跳ねる。手を振られると振り返す。
「ミャオ・ムシュクといえば、知る人ぞ知る踊り子ですからね」
頭には大きな猫耳の被り物。胸には毛皮のブラジャーみたいなのをつけているだけ。腰には獣の皮でパレオみたいなのをつけている。あとはリストバンドをつけていて、それも表面は虎柄。お腹も丸見えで生足も剥き出し。目のやり場に困る。
ただ、戦いの素人ということもないらしく、じっくり見れば、体の表面にオイルのようなものが塗られているのが確認できる。掴まれたり組み敷かれた時に、少しでも抜け出しやすくするためではなかろうか。とはいえ、それにどれだけの意味があるのか。だって俺の手には木剣があるのだから。相手は無手、これでまともな試合になるだろうか?
「そういう言い方では通じませんよ! はっきり言っちゃいましょう! 彼女は繁華街の女王、有名なヌードダンサーの一人です」
俺は目元を覆った。これは俺の仕事じゃない。ニドの領分だ。
ピアシング・ハンドも、その判断を裏付けてくれている。房中術のスキルが6レベルもある。格闘術は4レベルしかないので、どっちが本業なのかは一目瞭然だ。
「つまりこれは」
「色仕掛けで次々と女達を陥落させてきた色魔ファルスと、同じくその色香で男を惑わせてきた夜の街の女王ミャオ! これは、特技を同じくする者同士の対決なのです!」
実況がそう煽ると、観客の一部から熱烈な応援の声が響いてきた。もちろん、ほとんどがミャオへの応援で、残りは俺への罵倒だ。
溜息をついて首を振る。もう俺の負けでいいから、この地獄から救い出してほしい。そう思っていると、ミャオが歩み寄ってきた。
「ねぇねぇ、お兄さん、ちょっといいかニャア」
キャラブレしないところは評価してもいいかもしれない。夜の街専門とはいえアイドル、敵意のようなものは一切見せず、魅惑的な笑みを浮かべて俺に話しかけてきた。しかも語尾は猫だ。
「これはあたしの我儘なんだけど、素手で相手しないかニャア?」
「はい?」
「だって、そんな棒切れで殴られたら、すぐ勝負が終わって楽しくないニャ」
そういえば、うちには本物の猫人間……いや、白虎なんだが、ディエドラがいたっけ。彼女は猫アピールをしないのに、偽物の猫耳をつけた女はニャアニャア言うんだなぁ。
「は、はぁ。でも、武器を使ってはいけないというルールではなかったような」
「だから、あたしの我儘ニャア」
そう言いながら、彼女はクネクネとアピールした。
実況が呟いた。
「これは何を」
「素手で勝負しようということでしょうね。ミャオ選手は、前回も、前々回もそうしてましたから」
事情を聞き知ったファン達が、口々に野次を飛ばし始めた。
「卑怯だぞー!」
「男のくせに武器に頼るなー!」
もはや公開リンチではなかろうか。
「ミャオちゃんの肌に痣が残ったら、どうしてくれるんだー!」
知るか。これは武闘大会だぞ。戦えば怪我くらいするだろう? どうして俺がそんなことに責任を負わなきゃいけないんだ。
「わかりました。わかりましたよ……」
泣き出したい気持ちで、俺は木剣を、すぐ目の前にいた審判に引き渡した。
「わぁ、ありがとうニャア!」
そう言いながら、ミャオは俺に抱きついてきた。すると、また観客席から声が飛んだ。
「羨まけしからん!」
「死ね! 幽冥魔境に落ちろ、ファルス!」
武器を捨てても罵倒されるのか。俺は遠い目をしたまま、されるがままになっていた。
試合開始のゴングが鳴った。時間も押しているらしい。
「じゃ、そろそろ時間もないので、やっちゃってください」
「審判さん、開始の合図を」
「あ、はい、はじめ」
はい?
だが、抱きつかれたままの俺はその場にひっくり返された。
「ちょっ!?」
「ごめんニャア」
これ、おかしくない? アンフェアすぎない? 武器を手放すのは百歩譲っていいとして。組み付かれた状態からそのまま雑にスタートって。殺し合いならともかく、試合でしょ?
さすがの俺も、頭が真っ白になった。確かにゴングは鳴っていたが、これはないだろう?
「おぉっと、ミャオ選手、最初から積極的ですね!」
「ファルス選手を羨ましいと思ってしまう私がいます」
石畳の上に転がされながら、俺は二、三秒ほど考えた。今にもミャオは、俺の腕の関節を取り、極めてしまおうとしている。どうしようか。
素早く体を入れ替えたミャオは、俺の顔に尻を押し付けるようにして、両足を俺の胸に叩きつけた。右手を引っ張って、そのまま腕ひしぎ十字固めの体勢に移行する。
さすがにちょっと、腹が立った。
「ミャッ!?」
ガッチリと腕を極めたはずのミャオが、間抜けな声をあげつつ、後頭部を石畳に軽くぶつけた。それもそうだろう。俺は瞬間的に『肉体液化』を用いたのだから。こうなれば関節技もへったくれもない。掴んだはずの腕もすり抜けて、技が解けてしまう。
さて、どうしてくれようか。
中腰になって起き上がったところで、ミャオも既に起き上がりつつあった。だが、遅い。
伸ばしてきた右手を左手で受けるように見せかけつつ、素早く手先を入れ替えて右手で強く斜めに引っ張る。つんのめった彼女を巻き込むようにして、あっさり背後を取ると、左腕を鎌のように彼女の首にかけ、それを右手でロックした。
背後からの裸絞だ。
「えっ? は、はやっ」
今更ながらにこちらの技量に気付いたのだろう。語尾に「ニャア」をつける余裕もなく、もがきはするものの有効な手立てもなく。数秒後、彼女は糸が切れたようになった。
「こ、これは」
「ミャオ選手? あっという間に」
「背後から抱きつかれて、そのまま」
意識不明、戦闘続行不可能。流石に文句無しで俺の勝ちだろう。俺は手を離して立ち上がった。
通路側から、担架を手に飛び出してくる係員がいたが、すぐミャオは意識を取り戻した。無事かどうか、背中を擦られながら問われた彼女は、俺の方に視線を向けて、ボソリと呟いた。
「すごかった。気持ちよかった」
落ちる瞬間は、言葉にならないほど気持ちいいというのは聞いたことがあるが……
「なんと、またしてもファルス選手、その魔性の力で女性を」
「恐ろしい、実に恐ろしいですね」
頭上で実況担当が勝手なことを吐き散らしている。興味などもう失せていたが、思わぬ声に、俺は顔をあげざるを得なくなった。
「やっぱファルスだな、いや、わかってたんだ、あいつはすげぇって」
その聞き覚えのある声は。いつの間にか実況席には、ラーダイが座っていた。その隣には、マホまで。
「我々は過小評価をしていたと」
「だってファルスだからな。他のことが何一つできなくても、女あしらいっていうたった一つの芸だけで、貴族にまで上り詰めた男だぜ? その現実を小さく見すぎなんだよ」
「貴族? ですか?」
「あれ? 登録用紙に何も書いてなかったのか? あいつ、今、ティンティナブリアの領主だぞ? ああ、ただ、領地の方は自分の女に全部任せっきりらしいけど」
マホも頷いた。
「顔だけの男のくせに……でも、その顔がバカにならないのは、認めざるを得ないと思う。学園でも、毎朝のように女の子に送り迎えされていますから」
「そんだけじゃねぇぜ? あいつ、前にリシュニア王女とマリータ王女を両脇に抱えて歩いてたしな」
おいバカやめろ。これ以上、変な噂を広めるな。
観客席からもどよめきが聞こえだした。
「俺の見た限り、あいつには、女に関して不可能ってことがないんだ。弱いくせに、まわりには凄腕の女冒険者とかだっているんだぜ。こんな試合、見るまでもなく最初っから結果なんか決まってたんだ」
「ほえぇ……おっそろしいものですなぁ」
マホは冷ややかな口調で言い切った。
「私は、ああいう女性の敵が撲滅されることを希望しますけどね」
「んなこと言っても、お前もファルスの手にかかったら」
「かからないわよ!」
どんどん風評被害が拡大していく。
でも、俺が最後に女相手に何か性的な関係をもったのは、リンガ村が最後だ。あとは全部事故か未遂で、しかも自分から何かしたわけじゃないのに。この肉体限定でいえば、最初で最後があの村のババァだぞ? なのにどうしてこうなった。
やり取りの間、俺はずっと競技場の真ん中から、抗議の声をあげていた。だが、例によって届くはずもない。
そのうち、係員から退出を命じられてしまった。




