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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十章 千年祭
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グラーブの懇親会(下)

いつの間にかレビューをいただいていたようです。

それと、気付かないうちに日間ランキングに入ることがあったみたいです。

もう二度と食い込むことはないかなと思っていたのですが……

皆様のおかげです。

ありがとうございます。

 サフィスへの挨拶が済んでから、俺は一息ついた。

 なお、彼からは一度、宿舎に顔を出すようにと、それとなく言われた。何か伝えておきたいことがあるのだろうが、概ね想像がつく。リリアーナを穢す虫けらになってくれるなとか、そういう話だろう。


「そうなんだー、いいなぁー」

「なかなか大変だったけど」

「でも、そんなの、普通、行けないよー」


 その割には、サフィスは娘の行動を制限しなかった。今日は好きにしなさいといって、俺にナギアともども預けてしまったのだ。ただ、嫡男だけは手元に残していたが。家を継ぐのがウィムである以上、挨拶回りの本番はここからだ。してみれば、最初に俺達に話しかけられたのは、彼にとってはちょっとした予行演習のようなものだったのかもしれない。多少の失礼があったところで、俺が文句を言うはずもないから。


「いいなぁー、ねぇ、ファルスー」

「は、はい? なんでしょう、お嬢様」

「私も旅に行きたいー」


 ナギアが仏頂面で言った。


「ダメです」

「えー、どうしてー」

「言われなくてもわかるでしょう」


 詳細まで説明されずとも、ナギアも察している。ノーラはざっと旅程を簡単に口にしただけだ。それも一部は事実を伏せてではあるが。

 つまり、ムスタムから人形の迷宮を目指し、赤竜の谷を横目にヌクタットからアーズン城に行って、そこでティズの保護を受け、護衛をつけられてハリジョンで缶詰生活。南北の戦争が終わった後、南方大陸に渡って関門城へ。そこから人跡未踏の大森林を縦断してポロルカ王国に入り、運悪くパッシャの陰謀に巻き込まれた。そういう筋書きだ。だが、戦争とかパッシャとかを別としても、人形の迷宮や大森林という、それだけで何回死んでも不思議でない場所を通過しているのだ。


「じゃあ、どうしよう。ファルスー、どこだったら連れてってくれるー?」

「どこだったらって」


 この先は、ティンティナブリアに帰って領地を復興し、それが済んだらあとはヌニュメ島で幽閉生活の予定なんだから、どこにも行かない。

 でも、そういえば、ノーラとシャハーマイトとか、あとはワディラム王国に行くって約束はした。俺はまだ、知恵の塔も見ていないのだし。でも、それをここで口にしたら、面倒なことになりそうだ。


 会場を見渡すと、北東の隅のテーブルに、グラーブとアナーニア、リシュニアが陣取っていた。彼らは挨拶をして回る側ではなく、受ける側だ。話しかけたい人が彼らを探すので、わかりやすい場所に留まっているのに違いない。しかし、そうなると、いつも彼らの傍にある顔が、今は近くにないような……


「お久しぶりです」


 思いもよらない方向から、そんな声が飛んできた。

 振り返ると、低い位置にプチトマト……ではなくて、ケアーナが立っていた。今日はアナーニアの世話係はしなくていいらしい。グラーブが手元に置いているからだろう。


「まぁ、ケアーナ様、いつぞやぶりでしたでしょうか」


 他所行きの顔で、ヒジリが対応した。


「誰かと思ったら」

「やっ」


 片手を挙げて、彼女はごく軽い調子で俺に挨拶した。俺の周囲の人間には礼儀正しくするのに、俺にはこれだ。でも、それでいいらしいことは、多分、俺の関係者の共通認識だろう。


「リリアーナちゃんもこんばんはー」

「こんばんはー」


 ユルい感じで仲良くしてくれている。少なくとも、見た限りでは。


「あ、こちら、私の従者を務めてくれてるナギア。会うのは初めてだよね?」

「そうなんだ。よろしく!」

「はい。いつも主人がお世話になっております」


 そしてナギアはそのノリには乗らない。折り目正しく頭を下げてやり過ごす。


「じゃあ、そちらの方は?」

「ああ、ノーラ、こちらはケアーナ様。ファンディ侯の娘で。前に軽く伝えたと思う。で、彼女はノーラ・ネーク。ほら、ティンティナブリアで代官をしてもらってる」

「えー! じゃあ、たった二年で領地を復興させたのって……えぇ、すっご」


 頭を下げかけたノーラだが、勘違いを正そうと片手をあげた。


「その、私だけの力では」

「でも、私と歳変わらないんでしょ? それで盗賊団を壊滅させたり、ロージス街道を復旧したり、凄い人らしいって聞いてたから」


 その情報はどこからだろう? ファンディ侯の手紙だろうか。

 別に秘密にはしていないし、むしろイーセイ港のことは積極的に宣伝しているので、こういう伝わり方もあり得た。


「あー、目の保養になるわ」


 遠い目をして、ケアーナがそう呟いた。美女が四人、立ち並んでいるのだ。とはいえ、自分の容姿にコンプレックスを抱いている彼女だが、これは半ば自虐ネタだろう。

 リアクションに困ったところで、彼女は前のめりになって俺に尋ねた。


「それで、何か困ったことない?」

「はい?」

「こう、建設資金が足りないとか、口利きが必要だとか」


 それで察した。


「点数稼ぎですか」

「そう! パパがね、イーセイ港のことでビックリしちゃって。しかも、うちの領地の北を通る道でしょ? どうにかあやかれないかなって」

「うーん」


 俺はノーラと目を見合わせたが、彼女は無表情のままに首を振った。


「現状では、それどころでは……移住者が少なすぎて。道路の保全や防衛だって……わかるでしょ」

「そうなんだよなぁ」


 表向きには公開していないが、現在、あの街道を守っているのは窟竜の集団だ。それを人力でこなせるほどの状況が整っているのでもない。


「すぐにこれというのは」

「そっかー」

「点数稼げないと」

「うん」


 貴族の椅子はどうしても確保したい。貴公子との結婚は、彼女にとって譲れないものなのだから。安全圏をキープするには、前回の成功に甘んじてなどいられない。


「じゃあ、なんかそっち方面でも、いい話ない?」

「えーっと? こういう意味ですか? 僕が我儘を言って聞いてくれるとなると、ティズ様に頼めば、サハリアの豪族なら」

「えぇぇ」

「でもそれやらかしたら、絶対陛下が怒るやつだし」


 大貴族と国外の有力豪族との結婚なんか、そうそう許可できるはずもない。俺? ヒメノと結ばれたところで、問題など起きないだろう。さすがにスッケは遠すぎるし、その意味ではもうヒジリがいる時点で、何もかもが今更だから。だが、赤の血盟が相手となると、話が違ってくる。それでも、俺がやる分には構わないのだろうが、ケアーナではそうもいかないだろう。


「ま、いいや。また相談に乗ってよ」


 と俺には軽く声をかけつつ、ヒジリとノーラには別途丁寧に挨拶した。


「では、ヒジリ様、ノーラさん、失礼させていただきます」


 ケアーナが去ってすぐ、後ろから声をかけられた。


「ファルス・リンガ様でしょうか?」


 スッと忍び寄るような、真っ白な手で耳元をくすぐるような声。説明のつかない妙な緊張をおぼえて、俺はすぐ振り返った。

 そこには、小柄で線の細そうな若い女が立っていた。真っ白なドレスを身に着けて、亜麻色の髪を隙なくきれいに結い上げていた。色白で、目鼻立ちも整っている。ただ、その眼差しに、俺は反射的に不安のようなものが胸に滑り込んでくるのを感じた。


「そうですが、あなたは」

「失礼致しました。直接お話しする機会があまりありませんでしたね。私はカリエラと申します」


 そうだ。妙に聞き覚えがある声だと思ったら。


「確か、今年入学なさった」

「はい」


 彼女のすぐ後ろから、同じくらいの背丈の少年が近づいてきた。


「こんばんは! はじめまして!」


 きれいに切り揃えられた亜麻色の髪。丸くて形のいい頭。これまた色白で、やや幼さを残すものの、整った顔立ち。ただ、背丈の伸びから判断すると、もう成人は近いはずだ。


「オギリックといいます! 兄がお世話になってます!」


 明るく元気でハキハキとした口調。印象は悪くない。

 ただ、やはりというか、目つきに何か小さな違和感のようなものをおぼえた。


「兄?」

「はい!」


 誰だろう? と思って見回すと、彼らの背中から、見慣れた一人の男が近づいてきた。


「ファルスか。済まんな、少々目を離していた」

「ベルノスト様。では、こちらは」

「うむ。弟のオギリックと、婚約者のカリエラだ。カリエラの方はサロンで一応、見かけたことくらいならあるだろうが、こうして話す機会はなかっただろう。事実上、どちらも初めましてだな」


 それで俺は、周囲の人間を紹介した。


「こちらが婚約者のヒジリで、ワノノマの皇女です。彼女は、カリエラ様はご存じでしょうけれどもリリアーナ、トヴィーティ伯の長女です。こちらがその従者、ナギア。最後にこちら、ノーラは騎士で、私の領地で代官を務めてくれています」

「騎士?」


 オギリックが目を丸くした。


「騎士の娘ということですか?」

「いえ、ナギアがそうですね。ノーラはティズ・ネッキャメルより黄金の指輪を授かりましたので、本人が騎士です」


 ベルノストが頷いた。


「話は聞いている」


 その口には皮肉笑いのようなものが浮かんでいたが。


「初対面でいきなりこんなことを言っては失礼かもしれないが、うちで働いているタマリアがな、それはもう妹分だといって、いろいろ教えてくれたのでな」


 俺もノーラも、これにはどんな顔をしたらいいかわからないだろうに。いったいどこまで喋ったんだろうか。


「話に聞いていた通り、大変に美しい方だ。だが、そんな見た目のことより、何より態度に芯が感じられる。ファルス、心強いことだな」

「は、はい」


 話が途切れたところでオギリックが割り込んだ。


「ねぇ、兄様」

「なんだ」

「もしかして、ファルス様ですか。以前に兄様を破ったという方は」


 この発言に、俺の内心は一瞬、凍りついた。この場で確認することか? ベルノストに恥でもかかせるつもりか?


「ああ、そうだ」

「じゃ、本当にお強い方なんですね!」


 ベルノストはまったく意に介していないというように、穏やかな表情のまま、頷いた。


「ファルスは、今時珍しく、本物の騎士になるため、修行の旅にも出ている。ムーアン大沼沢では黒竜討伐にも関わった。百年ぶりの快挙だったと聞いている。稀にみる武人だ」

「端っこのほうで剣を振り回していただけですよ」


 褒められるのはどうにも苦手だ。特にこういう場では。


「そんな凄い人なんですね! じゃあ、アルタール様と比べたら、どっちが強いんだろう?」


 息が止まりそうになった。なんてことを言い出すんだ、この子供は。いや、年齢は十四歳だし、もう半分大人だろうに。


「あまりびっくりさせないでください。いくらなんでも、私が閣下に及ぶとは、そこまで思いあがってなどいませんよ」

「これ、オギリック。さすがにそれは失礼だぞ」

「ごめんなさぁい」


 わざとだろうか? 成人前というのもあって、どうもギリギリのところを狙って踏みつけにきているような感じがしてならない。


「確かに優れた武人だとはいったが、そんなところばかり見るものではない。人の上に立つ者としての優れた資質が見出されたからこそ、陛下もティンティナブリアの地を任せることを決められたのだから」

「畏れ多いことです」

「でも、そうすると、ファルス様って、もう正式な貴族なんですよね?」


 また何を言い出すかと思ったら。俺はオギリックに答えた。


「そうなります。二年前、陛下より叙爵を受けました」

「僕も当然なんですけど、兄もまだ、爵位はいただいてないんですよ」

「今の家長がその地位についておいでなのですから、自然なことです」

「だとしたら、どうしてファルス様は、兄様や僕にへりくだった言葉遣いをなさるんですか?」


 この……!

 世間知らずなのか? わざとなのか?


「オギリック様、理由はいくつもございますよ。まず、ムイラ家は代々王家に仕えてきた由緒ある家柄です。その長年の貢献を軽んじることはできません。それにベルノスト様には数々の美点がおありです。たかだか木剣を振り回した結果くらいで、その値打ちが変わるものではありません。あなたのお兄様は、尊敬を受けるだけに値する方です」

「むず痒くなるぞ、ファルス」


 他にどう言えばいいんだ、こんなの。

 ただ、ベルノストが立派な男だというのは嘘でもお世辞でもない。ピアシング・ハンドがなければ実力では遠く及ばなかっただろう。人間性という点で振り返るなら、なおその思いが強くなる。

 それより、この二人。オギリックはひたすら子供の身分を利用して、地雷原を踏み抜きまくっている。一方のカリエラは、薄ら笑いを浮かべたまま、ただただ黙ってその様子を眺めている。気味が悪いにもほどがある。


「私は今年で卒業だが、入れ替わりでオギリックが入学することになる。ファルス、一年間だけだが、私がいない間はよろしく頼むぞ」

「はっ」


 息の詰まる時間が終わった。

 三人が去った後、俺達は部屋の隅の椅子に沈み込んだ。言いたいことはそれぞれあったに違いないが、それについて、誰も何も言いださなかった。

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― 新着の感想 ―
>リリアーナを穢す虫けらになってくれるなとか、そういう話だろう。 前に感想で書いたけど、「自分を下げて安心してんじゃねえ!」と思う。 ファルスは自虐と謙遜が大好きだよね。効果がない逆効果になると分か…
>なお、彼からは一度、宿舎に顔を出すようにと、それとなく言われた。何か伝えておきたいことがあるのだろうが、概ね想像がつく。リリアーナを穢す虫けらになってくれるなとか、そういう話だろう。 リリアーナを…
ムイラ家お家騒動の予感? そのためのファルス見定めかな
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