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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十章 千年祭
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第二回戦

 今朝も快晴。白い雲が淡い色の青空の中に溶け込んでいる。けれども、そんな穏やかな雰囲気も、朝のうちだけだ。まもなく真夏の入道雲が頭上を圧するようになる。

 船上から見る限りでも、ラギ川の南岸は人で溢れていた。あちこちの仮設会場でさまざまな催しがあるらしい。といっても、それらをいちいち把握しきれている人はほとんどいないだろう。俺としても遊び歩く暇などない。日々、料理大会の準備に忙しいのだ。


 船が接岸した。少しだけ大きな揺れがきたが、すぐ乗客は並んで降り始めた。

 波止場に降り立って、俺は軽く溜息を漏らした。どうしてこんな無意味なことに時間と労力を費やしているのか、その理由を改めて思い返してしまったからだ。女は怖い。怒らせてはならない。もう少しヒジリの機嫌をとっておけば、こんな面倒な武闘大会なんかに参加せずとも済んでいたのではないか。後悔先に立たず、だ。


「よろしくお願い致しまーす!」


 船を降りたところでは、観光客向けにチラシを配る女性達が並んで立っていた。行方を遮るように手を差し出されたので、邪魔だと思いつつ、咄嗟に紙の束を受け取った。


「ありがとうございまーす!」


 どこが配布しているのだろうか。民間企業……いや、待てよ? 帝都には新聞があるが、なぜかというと、印刷技術が残されているからだ。しかし、それを自由に活用できるのはごく一部。つまり、そこそこ資本のある組織か、さもなければ政府関連だけだ。前世みたいに、そこら中にプリンターが置かれているような環境ではない。とにかく、このチラシ、どうしよう? 控室にゴミ箱でもあればいいのだが。

 今回も前回と同じ会場で試合らしい。ただ、この次は違う場所になるかもしれない。迷わないようにしないと……いや、いっそ迷子になって不戦敗にでもなれば、もう不毛な努力をしないで済むのでは?


 そんなことをつらつら考えつつ、また選手用の入口の前に立っていた。身分証を見せ、警備員に行き先を案内されて、控室に辿り着いた。

 そして到着してしまえば、待っているのは退屈だった。他の選手達と違って、俺には勝ち上がろうという動機がない。シャドーボクシングに余念がない他の選手の姿にも見飽き、かといって長椅子の上に横たわるわけにもいかず、どうやって時間を潰すかに困り始めた。


「しょうがない」


 さっき貰ったチラシ。何が書いてあるか、目を通してみることにした。


『タヨランガン飯店:早朝のお弁当予約! どなたにも食べやすいハンファン風の味つけ! 千年祭料理大会出場店』

『アラバシ交通社:小舟と馬車の予約 〜定刻通りにお迎えにあがります〜 混雑を回避したい観光客にはうってつけ』

『マシュロッタ物産:お土産の手配は弊社にお任せください……ご予算とご出身に合わせて適切なお品を提案させていただきます』


 やっぱりほとんどが広告だった。ただ、それだけでは受け取ってもらえないし、すぐに捨てられかねない。だから、実用的な情報も裏に印刷されていた。つまり、千年祭のイベント情報だ。というより、こちらが本体で、それを配布するのに必要なコストを下げるために、政府か何かが広告主を募集したのではなかろうか。

 では、肝心の情報は何かというと……


『各イベント会場への移動経路・簡易地図』

『無料船便の発着場所』

『本日の武闘大会の対戦表』


 最後の一枚が、俺の興味をひいた。ごく軽くだが。

 そういえば、俺は対戦相手も何も調べずにきている。傲慢かもしれないが、まず負けなどあり得ないし、またもし本当に強敵がいて打ち負かされるなら、それはそれで構わないと思っていたからだ。唯一、知人とぶつかるのだけが怖いだけだ。


「どれどれ」


 俺が属しているブロックの対戦表を確認。少しかかったが、ようやく自分の名前を見つけることができた。


「んで、俺の相手は……ん?」


 前回は女の冒険者との対戦だった。では、今回は……


「あれ?」


 プーイェン・ナックロブとあるが、姓の方はともかく、名前はハンファン系の女性のものだ。ということは、また女? ちょっと多くないか?

 それで変だと思った俺は、トーナメントの対戦表をじっくりと見始めた。


「なんだこりゃ」


 そこで今更ながらに気付かされた。俺の次の対戦相手は女だが、その次も女で確定している。更にそのまた次も女。男と戦える可能性があるのは、その次だ。なぜなら、このブロック、敗退していない俺以外の選手は全員女性で占められているからだ。


「嘘だろ……」


 どうしてこんなことになった? この大会、別に男女別にはなっていない。そして、一部のシード選手以外、一般参加の場合は、どこのブロックを割り当てられるかは、クジ引きで決められているはずだ。

 いや、でも、クジを引くのは選手ではなく、運営だ。厳正なる抽選の結果、この対戦表になりました、ってか? そんなわけがない。武闘大会の参加者のうち、女性の割合は全体からみれば明らかに小さい。それがこんなところに偏在しているなんて、偶然なわけがない。


「俺のせい、なわけはないよな」


 誰の手回しだろう? ヒジリ? いや、それはない気がする。では、フシャーナとかケクサディブとか。あり得ない。そんなことをする理由がない。じゃあ、あとは誰だ? 使徒とか? もしそうだとしたら、笑うしかないが。

 まぁ、大方予想はつく……


「十七番、ファルス・リンガ」


 ……呼ばれた。

 例によって、防具らしい防具をつけず、武器代わりの木の棒を適当に拾い上げて競技場に向かおうとする俺に、係員は怪訝そうに目を向けてきた。別に何か言われるわけでもないので、俺も何も言わず、薄暗い通路を一人で進んだ。真っ白な外の光に目元を抑えつつ、競技場へと立ち入った。


「お待たせしました! 第九試合! いよいよ始まります!」


 試合相手は、既に競技場の真ん中に立っていた。名前の通り、ハンファン系の特徴の強く出た黒髪の女性だ。髪の毛は短めだった。こういうのをショートボブというのだろうか。それより、なかなか姿勢がいい。手足もすらっとしていて、形がいい。女性としては背が高めで、胸は平べったく、目立たない。遠目にはすぐには女とわからないほどだ。全身に革製品のプロテクターを着用している。獲物は長い棒だが、どうも雰囲気からすると、ピアシング・ハンドに頼らずとも、素人ではなさそうだと察することができた。

 そんなプーイェンだが、俺の方に目を向けると、あからさまに睨みつけてきた。なんだ? これが初対面なはずなのだが。


「さて、今回も好カードです!」


 実況が会場の熱気そのままに明るい声でそう言った。


「ある意味、因縁の対決といえますな」

「一般枠の参加者の中では、プーイェン選手は有力な部類だといえます。なにしろ女性ながらに帝都防衛隊の正規隊員。防衛訓練校卒業後、現場で鍛えた棒術で、犯罪者を取り締まってきた本物ですからね!」


 なるほど、と納得する。初戦で相手取ったシュリンとかいう女よりは、ずっと格上だ。年齢も二十三歳で、棒術のレベルも4に達している。もともとそれなりに適性があったのが、十五歳の成人時に大学相当の防衛訓練校に入学、三年間鍛えた上で、更に六年間、実戦を意識した環境に身を置いてきたのだ。

 ある意味、ホッとさせられる。キースやアーノといったバケモノが出てくる大会だから、まず優勝なんかできっこないのだろうが、それでもこういうまともな選手が参加していると思うと。


「かたや帝立学園きっての女たらし! かたや性犯罪者取り締まりを志して帝都防衛隊の門を叩いた街の守り人! これはもう、出会うべくして出会った、因縁の対決というしかありません!」

「ちょっと待って!?」


 そこで俺は、半ば取り乱して抗議の声をあげた。前回のあの設定、まだ使いまわすの? 俺、まだスケコマシなままなの?

 それで目の前にいるプーイェンに話しかけた。


「あの、これ、誤解ですから。普通に試合をしましょう」


 彼女は、しかし聞く耳持たずといった様子で、俺をねめつけた。


「この不埒者め」

「はいぃ?」

「私は、罪のない女性を虐げ、弄ぶ男どもを成敗するために、この仕事を選んだ。いいか、女性なら誰でも思い通りにできるなどと思うな。そのことを、ここで私がお前に思い知らせてやる」


 俺は恐怖に顔を引き攣らせた。そんな俺を見て、彼女は得意げな笑みを浮かべた。ただ、恐怖の理由については、認識の齟齬がありそうだったが。


「ただ、ファルス選手には、例の妙技がありますからね」

「そこですね、問題は」


 何の話をしている? 俺は再び、実況の方に顔を向けた。


「相手が女性であれば一撃必殺! 触れるだけで全身を痺れさせ、絶頂に導く秘技!」

「そんなのあるのかと思うのですが」

「前回、見たでしょう? 対戦相手のシュリン選手が一瞬で……あれは、そうとしか言いようがありません」


 普通に鳩尾を打って気絶させただけなのに。

 だが、プーイェンはその説明を信じ切っているらしい。


「不潔な奴め。私に指一本でも触れてみろ。ただでは済ませないぞ」

「そんな無茶な!」


 これ、どういうこと? 殴ったらセクハラ? そんなの、試合が成立しなくない?


「そろそろ開始線について」


 審判が割り込んできて、俺と彼女に指示を下した。


「そろそろ試合開始です!」


 開始の合図が鳴り響く。だが、プーイェンは慎重だった。腰を落とし、棒の先端を斜め上に向けて、身構えた。なかなか悪くない。前回のシュリンは、そもそも実力的にも未熟で、だからこそ、男女の体格差からくる筋力の違いを埋め合わせるべく、奇襲を仕掛けるしかなかった。だが、プーイェンには十分な実力があり、体格も女性としては大柄。それなら、長い棒という獲物の優位を生かす方がいいと、そう判断したのだろう。

 さて、どうしたものか。いくらでも攻め手はある。仮にも熟練者とはいえ、倒せない相手ではないが……


「動きがありませんね」

「技量と経験ではプーイェン選手に分があるのでしょうが、ファルス選手には謎の力がありますからね、警戒するのは当然です」


 謎の力ってなんだ。確かに、ピアシング・ハンドという謎の力があるのは事実だけど、そうじゃない。

 いくら女の扱いに長けていたって、こんな状況、グルービーだってどうしようも……


 そこで思いついた。


「おや?」


 実況が異変に気付いて、声を漏らした。

 プーイェンの持つ棒の先端が、ぶれた。目はうつろになり、ふらつき始めたのだ。それも当然のこと。距離を置いて睨み合っているのだから、俺には呪文を詠唱する余裕がある。まずは『認識阻害』、続いて『眩惑』……精神操作魔術は重ねがけが大切だ。

 別に他の魔法を使ってもいいのだが、うっかり『行動阻害』を最大出力で使って、気絶どころかショック死、なんてことになったら目も当てられない。ここは大人しく退場していただこう。


「あ、あー……?」


 プーイェンの全身から力が抜けていき、そのまま横倒しになった。石畳の上に転がっても、起き上がる様子もない。これだけしっかり『誘眠』がきまってしまえば、ちょっとやそっとでは目覚めまい。


「な、何が起きたんですか!?」

「倒れちゃいましたね?」


 魔法を人前で使うのは避けたかったが、とにかく面倒そうな相手だったし仕方がない。掌底を打ち込んでもセクハラになるというのなら、もう触らずに倒すしかないのだから。


「し、試合続行不可能……ファルス選手の勝利です!」


 会場からブーイングの雨が降り注いだ。これも仕方がない。ろくに戦わないうちに一方の選手が勝手に倒れこんで終わりとか、面白くもなんともないだろうから。


「体調不良だったんでしょうか」

「しかしそれにしては」

「ここは、関係者の声を聞いてみるのがいいかもしれませんね」


 うん? 関係者?

 実況席の方に顔を向けてみると、そこには見覚えのある顔があった。いつものように、濃紺色の僧衣に身を包んだそいつは、さも当然と言わんばかりに頷いて、訳知り顔で語りだした。


「あれはファルスですからね、こうなる可能性は無論、予期しておりました」


 あれはリンだ。どうしてこんなところにいるのか。


「ズバリ、プーイェン選手の敗因は」

「ファルスを直視しすぎたことでしょう」

「直視? 見ただけで?」

「おお、恐ろしいことです」


 恐ろしいのはこっちだ。いったいお前、何を吹き込もうとしているんだ。


「見ての通り、甘いマスクをしておりますから、気を張っていないと、女性はそれだけで罠にかかってしまうのです」

「そ、それは……でも、そんなこと、あり得るんですか」

「たった今、目撃したではありませんか」

「た、確かに」


 いや、納得するな。まだ急病とか体調不良と判断するほうがまともだろうに。


「私はこの通り、セリパス教の司祭ですので、あれこれ言葉にすることはできませんが、ファルスは幼少期から、それこそピュリスにいた頃から、この手の才能については並外れていました。常人の枠で考えてはいけません」

「そんなものですか」

「あれは人に見えて、人の形をした色魔ですからね。既に調査資料はお送りしたはずですので、それに基づいて、今後ともご注意いただければと思います」


 調査資料ってなに!?

 だが、俺が抗議の声をあげようとも、実況席までは届かない。リンは何食わぬ顔で退出して、人混みの彼方に消えた。


「これは……もしかしたら、人外の領域を見てしまったのかも知れませんね」

「ある意味、究極の技であることに違いはありません」

「あ、ファルス選手、そろそろ退出していただけますか。試合は終了していますので」


 口をパクパクさせる俺に、審判は雑な手振りで退出を促した。それで俺は、項垂れて立ち去る以外になくなった。

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― 新着の感想 ―
ファルスの試合が完全にギャグになっててあんまり面白くない。わざと誤解されるように戦ってるように思えるし。 精神操作魔法なんて怪しい術を普通使うか? 手加減しても木剣で普通に気絶させれるのに、自分か…
女好きの風評被害で遂にインキュバスにされたファルス君かわいそ… リン女史はもっかい痛い目あったほうが良い、具体的には祖国でのあれこれとか全世界に暴露とか
おお…うん… いやまぁファルスくんもこういうのが嫌なら最初から本気を出せって話だけど…うーん…
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