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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十章 千年祭
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領地より援軍きたる

「じゃあ、遅くなったけど、自己紹介も終わったところで、初めての出会いと再会を一度に祝して」


 まばらな拍手が降り注ぐ。

 みんな、どういうノリで振る舞えばいいか、よくわからないのだ。出自も違えば、種族も違う。俺と関わると、この手の未知との遭遇が避けられない。こうしてまた、人と人とが出会い、世界は加速していく。


「お茶会……お茶じゃないな、なんて言えばいいんだろう、こういうの」

「乾杯! というのも、ちょっと違う気がするのです」

「皆様、ごゆっくりとご歓談ください、かな?」


 外は生憎の雨。別邸の中庭からも、雨だれの音が止むことはない。それで仕方なく、二階のテラスに大きな丸いテーブルを三つ纏めて設置して、それを囲んで座った。

 もちろん、今回の会合の参加者に振る舞ったのは、カフェラテとチョコレートだ。


「いやぁ、本当に遅くなってしまって」

「ファルスは学生の身分だし、仕方ない」


 そう言ってくれたのは、わざわざここまで顔を出すことにしたリーアだった。


「本当はイーセイ港にいるはずだったのに」


 フィラックが、イーセイ港の責任者として着任した。今は大勢の作業者を率いて、港を利用可能にするための仕事にとりかかっている。本来なら、リーアもその横にいるはずだった。もう、商会の仕事からも引退、領地経営の仕事からも手を引いて、家庭生活に専念することになっていたのだ。だが、急遽予定を変更して、ピュリス経由で他のみんなと一緒に帝都までやってくることになった。

 理由は、販売計画の不振、だ。


「この夏が最後の仕事だと思えば。なんとしてもこの、コーヒーというのを売らないと」


 その言葉に、オルヴィータが申し訳なさそうに俯いた。


「全然売れなくて、申し訳ないのです」

「難しい仕事なのはわかっているから、仕方ない」


 反対側に席を占めているウィーも頷いた。


「何度か飲んで、慣れてくると悪くないというか、良さがわかってくるんだけど、最初はどうしてもね」

「ギィ?」


 俺以外の参加者では唯一の男性、ペルジャラナンが疑問の声をあげた。こんなにおいしいのにどうして、と。

 口の形状からして、コップを使って飲むというのが難しそうに見えるのだが、今のところ、器用にこぼさずに済ませている。それにしても、彼がこれを気に入っているのは、多分、刺激が強いからであって、別にコーヒーの味そのものが好みということでもない気がしてならない。

 他の女性の参加者達が互いの顔色を窺っているのに、彼だけはそういう変な気遣いがないらしい。一人だけ背凭れのない椅子に座って、上機嫌になって尻尾を揺らしたり床に叩きつけたりしている。これはやっぱりあれか、この世界のコーヒーにもカフェインは含まれているのだろうし、彼にとってはそういう刺激が心地よくてならないのではなかろうか。


「ふむ、初めて飲みましたが」


 なぜかこの場に顔を出しているリンが、頷いている。


「私は嫌いではありませんが、好き嫌いは分かれそうな品ではありますね。苦みと酸味、どちらも人が本能的に避けるものです。これはあれですね、ファルス」

「はい?」

「あなたは料理人でもありますから。えてして、味を知り、味を極めた人間だからこそ、その辺の一般人の感覚から遠くなっているのかもしれません。これはまだ牛乳が混ざっているから飲めますが、それ抜きのをその辺の子供に飲ませてみなさい。どんな顔をされるか」


 オルヴィータが沈んだ声で言った。


「実は、買ってくれそうなところが、薬局だったりするのです……」


 こちらの世界でも、まずは薬品扱い、というわけか。


「まぁ、夜中に飲むと、目覚ましにはなるけど……そういう売り方をしたいわけじゃないんだよなぁ。なんとか味を評価してもらいたいところなんだけど」

「でも、無理があるよ、やっぱり」

「というと」


 俺の疑問に、タマリアが意見で返した。


「だって、確かにチョコレートと一緒にこのカフェラテ? っていうのを飲むとおいしいけど、そもそもチョコレート自体が高級品なんだしさ。ファルスなら真珠の首飾りの免税特権があるから、材料をいくらでも安く買えるんだろうけど、他の人はそうはいかないから、良さを知る前に苦いのだけ味わって、やめちゃいそう」


 それも一理はある。


「料理の中に組み込まれていないからかな、とは思う」

「ふうん?」

「どんな食材でも、何と組み合わせるかってことが大事なんだ。例えば、このコーヒーの煮汁を、真っ白なお米に混ぜてお粥にして食べたい人なんか、いないと思う」

「ギィ?」


 ペルジャラナンなら喜びそうだが、他、シャルトゥノーマを除く女性陣は、みんな微妙そうな顔をしている。味を想像してしまったのだろう。


「でも、味の濃いお肉とか、そういうものの後に飲んだら、口の中が引き締まってスッキリするんじゃないか。だから、使い方からまず、売り込んでいかないと」

「なるほどねぇ」

「それに、焙煎度合いにもよる。浅煎りにすれば、今度は酸味が強くなる。果物と合わせることだってできなくはないんだ」


 だが、俺の考えに、リーアは首を振って反対の意を示した。


「セーン料理長と同じことを言ってる。それでは売れない」

「そうかな」

「もっと簡単に、他の人が飲んでるから、偉い人、有名な人が飲んでるから。そういういい印象を抱かせるほうが大事。最初の一口まで辿り着けなきゃ、その後の工夫なんていくらやっても無駄。味の良し悪しなんて、飲まなきゃわからない。もっと言うと、飲んでもわからないのも、ゴロゴロいる」


 ミもフタもないが、そういうことになってしまう。おいしければ売れる、というのは、最初にまず一口飲んでいただける、ということを前提にしている。それがそもそもの間違いなのだ。


「さっき、お茶会って言葉がしっくりこないって話もあった。だったら別の名前を定着させればいい。それが流行すれば、かっこいいことだと思われれば、自然と売れるようになる」

「確かに」

「売り方は、またあとで相談すればいいとは思う。これは会議じゃなくて、懇親会だから」

「そうだったね」


 そうして俺は、視線を正面に向ける。そこには、シャルトゥノーマの横にディエドラ、そしてマルトゥラターレが席を占めていた。


「なんか、本当に久しぶりになっちゃったけど」

「そうだぞ。旅の途中でピュリスに送られたと思ったら、半年くらいでまたいなくなった。ほったらかしでひどい奴だ」


 俺に文句をつけたのは、ディエドラだった。随分とフォレス語が上達したものだ。


「いや、でも、外の世界に興味があって出てきたんだし、あれこれ構わないで、好きにさせておけばいいんじゃないかと思ってたんだけど」

「やっぱりお前、私のこと、半分しかわかってないな」

「えっ」


 どういうことだろう? 外の世界にあれほど出たがっていた彼女だから、ほとんど誰にも縛られないピュリスやティンティナブリアでの暮らしは、望み通りのものではなかったかと思うのだが。

 しかし、そこでシャルトゥノーマが口を差し挟んだので、俺の疑問は宙に浮いたままになった。


「そろそろいいか? ずっと気になっていたんだ」

「何がだ」

「ディエドラ、どうしてお前は、ワノノマの姫、ヒジリとの婚約の件に異を唱えなかった?」


 その問いに、彼女に顔には、じわじわと笑みが浮かんだ。


「必要なかったから」

「必要ない? 今となっては争う気はないが……仮にも奴は、同胞を大勢手にかけたワノノマの、魔物討伐隊の仲間だぞ?」

「知っている」

「だったらなぜ」

「耳を貸せ」


 別に秘密にしなくても……と思ったのだが、これは何か、悪ふざけのような感じがある。何事か囁かれたシャルトゥノーマは、目を白黒させていた。


「ファルス」


 ディエドラは、不敵な笑みを浮かべたまま、要求した。


「そのうち、ヒジリと会わせてくれ」

「ああ、もちろん……ただ、暴れるのはなしだぞ」

「そんなつまらないことはしない」


 妙な真似をしないといいのだが……


「そういえば、四人とも、協力してほしいことがあるんだ」


 フシャーナから頼まれた件だ。


「ルーの種族についての詳細と、あとはペルジャラナンは、メルサック語について、知っていることを共有してほしいんだ」

「ギィ?」

「それはどこの誰に、だ?」


 シャルトゥノーマが怪訝そうな顔をしていた。


「学園長に、だ。秘密の書庫に収める情報として」

「なぜそんなことをせねばならん」


 俺は視線をマルトゥラターレに向けた。


「カディムもヘルも、ソフィアと一緒にこの街に来ている。といっても、他の人にわかるのはソフィアだけだろうけど、要するに神聖教国の関係者だと思ってくれればいい」


 その一言に、彼女の表情が微妙に動いた。俺はシャルトゥノーマに向き直った。


「学園側が差し出すのは、治癒魔術の触媒だ。そして、ソフィアが治癒魔術を学んでいる。もしかしたら、マルトゥラターレの目を治療してもらえるかもしれない。その代わり、こちらもあちらの助けになる。そういう話なんだ」

「しかし、そうなると霊」

「それは言わなくていい」


 まずいキーワードが出かかったので、最後まで言わせず、俺は黙らせた。シャルトゥノーマは何度か頷いて、納得して背凭れに身を預けた。


「目が治ったら、今度こそ故郷に帰れる。もちろん、一人で行かせるわけにはいかないから、大森林の奥地だと、それなりの準備が必要になるけど」

「本当に、帰れる?」


 マルトゥラターレの声は震えていた。


「本当に治せるかどうかは、まだわからないけど。でも、どっちにしろ、もう大森林の入口は抑えてある。亜人を捕まえて売るような連中は、もう取り締まりの対象だから」

「故郷、というと」


 リンが口を差し挟んだ。


「大森林の奥地に向かうということでいいですか」

「そうなりますね。それもラハシア村みたいな浅い位置に、新しい水の民の村を築くとも思われないから、例の沼地の向こうになると思います。といっても、よくわからないでしょうが」

「いえ」


 カップをソーサーに戻しつつ、彼女は視線を伏せて言った。


「要するに、簡単に人が出入りできないような遠方に行くと、そういうことなのですね?」

「ええ」

「寂しくなりますね」


 と、口先では言っているが、これは確認だ。いくら神聖教国が魔宮のことを部分的に帝都と共有するつもりでいるとしても、マルトゥラターレに自由に喋らせていいことにはならない。彼女が大森林の彼方にあるという故郷に引きこもるのなら、それは大変結構なことなのだ。


「ああ、そうだ」


 もう一つ、伝えておかなくてはいけないことがあった。


「赤の血盟の船が、もう間もなくこっちに来るはずだ。そこに、こちらの顔見知りも何人か乗ってる。ストゥルンも来るし、クーも来る」

「ギィ!」


 ペルジャラナンが嬉しそうに声をあげた。ディエドラやシャルトゥノーマの目も見開かれている。なんだかんだ、旅を共にした仲間だから、懐かしく思う気持ちはあるのだろう。

 やはり、出会いは人の心の中に何かを残す。俺達人間は、何かに妨げられでもしない限り、心を通わせようとしてしまうものなのかもしれない。


「それと、ワングもこっちに来る」

「それはどうでもいいな」


 シャルトゥノーマがバッサリと切って捨てた。全然好感を抱かれていない。彼の振る舞いからして自業自得と思われなくもないが、少しかわいそうでもある。


「あとは、この中では顔と名前を知っているのはペルジャラナンだけだけど、フィアンの族長のハーダーン様も、こっちに来るらしい」


 彼については、いったいどんな目的だろうか。少し気にかかってはいる。

 ティズは二つの身分を兼ね備えるようになった。世界秩序の中の一員としてのムールジャーン侯と、東部サハリアの覇者、赤の血盟の指導者。海沿いの都市、交易の要所はすべて彼が握ってしまった。そして、ミルーコンはいまや内陸の一都市でしかなくなった。ジャリマコンにはもう、ニザーン氏族はいない。近接するバタンも敵対勢力の支配都市ではなくなった。そして、赤竜の谷の向こう、以前までは接続されていた陸上の交易路は、ドゥミェコンが放棄されたことによって、途切れてしまった。もしかすると、彼の立場は思った以上に悪化しているのかもしれない。

 かつての出来事が思い出される。最初は、プノス・ククバンとして彼に会った。彼の兄を捕虜にしたのも俺だった。なのに、バタンの攻防戦では、せっかく復讐を遂げる機会を手にしながら、彼は一族の未来を選び取った。その後は、とにかく俺には平身低頭、バタンを譲ってくれ、それが無理ならタフィロンでも……なりふり構わない媚びっぷり。だが、どれもこれも同胞を守るためだった。

 純粋に俺にとっての味方ということはないのだろうけれども、今、こうして思い出してみると、好ましいところばかりが印象に残っている。できれば、力になってやりたいのだが……


「なんでもありなのよねぇ」


 しみじみとタマリアが呟いた。


「奴隷や犯罪者から、貴族まで。果ては亜人の知り合いまで。デタラメよね。人のこと、言えないけど」

「そういえば、ベルノストの仕事はどう?」

「バッチシ! 目の保養になるし、いいことづくめな感じかな! まさに貴公子って感じ」


 その言葉を聞きつけたリーアが口を挟んだ。


「そういう知り合いがいるのなら、もうコーヒーは飲ませた?」

「あ、一度、学園で味わっては貰ったけど」

「一度じゃ足りない。また仕事の話に戻って悪いけど、誰か宣伝に協力してくれそうな偉い人、見繕わないと」

「う、うーん」


 その辺が少し微妙だったりする。

 俺がベルノストをそういうことに使ったら、グラーブはどんな顔をするだろうか。自国の貴族の子弟間の関係が微妙なので、そこが悩ましい。

 アスガルに頼めば、彼なら協力してくれるだろうが……


「そこがちょっと、ややこしくて」

「使えるものは使わないと」

「グラーブ殿下がいい顔をしないだろうなぁと……」


 アスガルを広告塔にして集客したら、グラーブとしては面子を潰された格好になりかねない。といって、じゃあグラーブ自身に宣伝を頼んだとして、首尾よくやってくれるかといえば、それはそれで難しそうだし。そもそもベルノストとの関係性も微妙になってきている中で、扱いが難しい感じになってきてしまっているし。

 リーアが尋ねた。


「その、ベルノストという貴公子に頼むのも?」

「まぁ、確実に。それに周りの人も、あんまり。婚約者のカリエラとかも、多分」

「カリエラ様?」


 タマリアが声を弾ませた。


「小柄ですっごくきれいな方だったし、いっつもニコニコしてるけど、そうなのかしらね」

「そ、そうなんだ」

「え? ファルス、知らないの?」

「いや、顔くらいは一応、サロンで見てるから知ってはいるけど」


 余所行きの顔はまた別、と。顔を見る前に、声だけでベルノストとやり取りしてるの、聞いてしまっているから、かわいらしいなんてイメージを抱く余地が最初からなかった。

 いや、それより大事なのは今、この場のことだ。


「まぁ、その……考えておくよ。誰に頼むか、ね。でも、慌てなくても、この後、世界中からいろんな知り合いがくるから」

「うん」

「本当に、あちこちからやってくるだろうし。今のうちに、みんな慣れておいてほしくて」

「うんうん」


 さっき、ディエドラが言った件も、話を通しておこう。


「ヒジリには、僕から相談しておく。一度、話し合う場を設けるよ」


 そう言ってから、俺は席をたった。


「そろそろカフェラテのお代わりはどうかな?」

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― 新着の感想 ―
> シャルトゥノーマを除く女性陣は 読み返して気付いたけどシャルの味オンチぶりが再度しっかり描写されていて◎笑 > 世界中からいろんな知り合いがくる カチャン来てほしい⭐︎
砂糖ドバドバ入れたエナドリという扱いでコーヒー売り出すのが良いんじゃなかろうか 帝都の可哀想な底辺労働者にバカ受けしそう そしてコーヒーを旗印に革命だ!
帝都だと金属加工が多少できるから直火式のマキネッタで淹れたはちみつか砂糖入れたエスプレッソを朝の肉体労働者に提供したら滅茶苦茶流行りそう 軽く混ぜてサッと飲んで底に残ったコーヒー糖をスプーンですくって…
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