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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第四十九章 釘打ち事件
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光の中の闇

「結論から言うと、すべてが手遅れだ。いや、初めから手遅れだった。発展の後に衰退、そして崩壊がやってくるのは、そのような絡繰りが最初から仕込まれているからなのだよ。わしらは全員、助からない」

「そんな……」

「ドミノ倒しのようなものだ。最初から倒れると決まっているものをせっせと積み上げてきた。そして、その最後の決定打、破滅の訪れを告げる役目は、大抵の場合、女性が果たすことになる」


 絶望的な宣告に、俺は何を言えばいいか、わからなくなった。


「ふむ、そうだな、例えば……ところで、事件のとき、少し話したが、クレイン教授の件は覚えているかね? フシャーナは何か言っていたかね」


 いきなり話が飛んだので、少し混乱した。


「えっ? ええ、その、少しだけですが、同じ派閥だったのに裏切ったとか」


 彼は頷いた。


「この話は聞いたかね? 彼女が学園長の地位を断念したのは、病気の父の看護のためだったと」


 そうだった。俺は彼女について、あまりいい印象を抱いていなかったが、この件を知って、どう評価するべきか、わからなくなっていた。


「はい」

「わかりやすく悪人だったり、欲の深い人間だったり……そういう話ではないのだよ。マホ君だってそうだったじゃないか。彼女にしても、自分なりの正義感に突き動かされて、ああいう振る舞いをしていた。少なくとも本人の中では、私利私欲ゆえではない。だが、サラトンは彼女らのことを、なんと評価していた?」


 混沌の獣。善も悪もない。というより、評価対象とする時空間の範囲が狭すぎるがゆえに、一切が依怙贔屓になる……結果、善悪と好悪の情と、区別がつかなくなる。


「クレイン教授は、よき娘だったのだと思うよ。そして、永遠に娘のままなのだ」

「永遠? どういう意味ですか」

「父親は帝都の名士だ。これ以上ないくらい、地位の高い男性だな。そんな父が、娘に惜しみなく愛を注ぐ。娘もまた父を愛する。だが、そういう彼女にとって、他所の男達がどんな風に見えるだろう? もしわからなければ、マホ君がコーザ君になんと言ったか、思い出せば済む」


 それで合点がいった。


 どんな娘にも、家庭にいるかどうかは別として、父親はいる。子を持てたということは、結婚できずにいるコーザよりは地位の高い男だ。その意味で、マホからすれば、コーザを受け入れるというのは、ほぼ確実に自分の地位を下げる行為となる。その苦痛は想像を絶するほどで、朝食を吐き戻してしまうくらい激しいものだ。

 では、帝都の上流階級出身のクレイン教授なら、その許容ラインはどれほど厳しく設定されているのだろうか。彼女は、どんな男の恋人、ないし妻になるよりも、父の娘でいたかった。それ以外の選択は、すべて階段から転がり落ちるのと変わらないから。


 そして、蛇足ながら同時に気付いた。初めてクレイン教授に会った時、彼女には何かが欠けているように感じられた。その正体とは「成熟」だ。彼女は、いくつになっても娘のままだったから。妻でも母でもない。そういった役割を拒んできたから。人間を束縛するあの規範というもの……そこから生じる妻らしさ、母らしさというものを一切、纏っていなかった。

 なるほど、彼女は年老いただけの娘だったのだから、俺がそう感じたのも自然なことだったのだ。


 これは、タンディラールが女性官僚の採用を受け入れないことの理由でもあるのだろう。彼はノーラの利用価値を評価していながら、あくまで俺が私的な裁量で代官の仕事を任せる形にこだわった。もし、公的にノーラに官位を与えようものなら、他の貴族の娘達がなんというか。だが、その副作用は決して小さくない。


「わかるかね」


 ケクサディブは頭を振った。


「どこよりも恵まれた土地で、何不自由ない暮らしを与えられ、父親は名誉に輝き、しかも欠けることのない愛情を浴びて。この世界は、最もよいものを掻き集めて彼女に差し出した。それなのに、そこから生まれてくる心とは」


 その、好ましいものを無限に吸収するだけの、まさしく与えられることに特化した存在……なるほど、それは確かに『永遠の娘』に違いない。


「ありとあらゆる方向から光を当てて、輝かせた先にあるのは、どうしても消し去ることのできない闇だった。ひどい話じゃないか。社会は、取引は、何のためにある? 現在より未来、少しでも幸せになってほしいと、みんなが不自由に耐えながら、なんとか繋ぎとめてきた。それなのに、それが完成した先にあるものというのは」


 彼は言葉を切った。だが、言わなくても続きはわかった。

 みんなで幸せになるために、人々は手を取り合った。その先にある完成された社会。この上なく豊かなはずのその世界の中心に立つのは、究極の不寛容だった。金貨が一箇所に集まって動こうとしないのに似ている。自らが富そのものである女達は、まさしく帝都の象徴だ。際限なく一切を食らいつくす彼女らは、肥え太るほどに一切の分配を拒絶するようになる。

 社会が育て、守ってきたものとは、その社会を食らいつくす天敵だったのだ。


「帝都の女、ということですね」

「だからフシャーナは、彼女を裏切るしかなかった。仮にも帝都という秩序を守る側に立つのなら」


 果たしてそんな彼女らの中から、コーザを救う天使が現れるだろうか?


「正直、同じく帝都の守護者の側に立つわしが、こんなことを言うのは憚られるのだがね……部分的には、どうしたってサラトンの主張を無視はできんのだよ。実際、帝都の女達は、大陸では男達でさえ有していないほどの圧倒的な権力と保護を手にしている。その、持ちすぎた権利……過剰な優遇について問題になると、決まって知らん顔をするんだ。マホ君のような一部の活動家でなくともね。自分の不利益になっても公平さを守ります、なんて声を、わしはこの歳になるまで、彼女らの口から聞いたことが、ただの一度もない」


 そういう帝都の女が、性的自由の放棄という最大の譲歩を受け入れられるわけがない。コーザは結婚できないし、帝都も少子化を解決などできない。


「まぁ、こんなのは、こまごまと語るまでもなかったな。コーザ君が今の境遇を乗り越えるのは、極めて困難だろう。それとも、あちらの世界の君には、救いの手はあったのか?」


 もちろん、そんなものはなかった。

 それにしても、どうしようもない話だ。世代を超えて、大勢の人々がそれぞれ一握りの愛を差し出してきた。だが、そこに芽生えたのは、愛の花なんかではなかった。


「そして、これこそが、わしの絶望の理由だった。といっても、サラトンと違って、女性だけに絶望したのではない。たまたま絶望が、目に見える形としては、女性の姿をとっていただけだ。本質は他にある」


 根本は、富の集中にある。金貨が、さながら自らの意志をもっているかのように、一箇所に集まろうとすること。協調を生み出す努力だったはずなのに、そのための善意が、やがて人々の関係を引き裂いてしまうこと。

 明日のために積み重ねられ、掻き集められた光……愛の欠片から、慈愛なき闇が産声をあげる。それは偶然でも不運でもなく、仕組みから生じる必然だった。


「社会には耐用年数がある。そして、美徳が社会的感情である以上、慈愛は空しい。なぜなら、愛を積み重ねた先にあるのは、愛なき世界でしかないからだ。そして、偶々目に見える形で、美徳と社会の破壊者の役割を果たすのが、帝都の女達なのだ。わしはそれを見出してしまった」


 軽い溜息の後に、彼は付け加えた。


「だから、わしはサラトンのように女性を嫌ってはおらんよ。彼女らがあのようにするのは、愚かだからでもなく、邪悪だからでもない。それが合理的だからというだけのことなのだ。ただ、ああした女達が幅を利かせているのは……要するに、この社会が終末期に差し掛かっているからだ。わしら帝都の男達がなぜ軟弱なのかというのと、合わせ鏡になるようなお話でしかない。わしもコーザ君も、みんな揃って幽冥魔境に落ちる定めなのさ」


 そして、俺に目を向けた。


「君も、きっとそんな世界にいたんだろう。だからこそ、モーン・ナーの呪詛を引き受けてしまったのだと、わしはそう考えているよ」


 ケクサディブが語るところの問題は、俺にとって重大だった。これまでの道程において感じてきた生きる苦しみを、個人の体験の枠を超えて、一般化してしまったからだ。

 俺がモーン・ナーに呪われたのは偶然でも。そこに至る過程そのものは、人間が形作る世界において、必然的に生じるものだ。社会の寿命が尽きる時、そこでは愛もまた、枯渇する。美徳は後退し、それゆえに協調は断ち切られ、万人の頭上に苦悩がのしかかるようになる。


 前世の俺が苦しんできたのは、単に俺が愚かだったからではない。もともと、俺の世界にはそもそも愛が、美徳というものが払底していたから。そして、仮に俺をこの世界から消し去ったとしても、俺の苦しみそのものは居残り続ける。

 しかも、その苦しみは、単に心の中だけで完結する程度の問題ではあり得ないのだ。なぜなら……


「美徳が尽きた社会は、どうなるんですか」

「ふむ? 君はもう知っているんだろう? サラトンも言っていたじゃないか」


 彼が予告したのは、帝都の崩壊だった。


『ん? 少子化が進んで、人口が減る。帝都防衛隊の定員も埋められなくなる。移民の数は増える。暴動が起きても、鎮圧できなくなる。そのうちにラギ川北岸の市街地の中にも、治安の悪いところが増えてくる。するとそこでの商業活動も滞る。やがて衰退した帝都の権威を、各国が認めなくなる。そうして東西の海上防衛が放棄されると、海賊同然の連中がやってきて、暴れまわるようになる。インセリアからの麦の輸入も難しくなるから、餓死者が出る』


 美徳は、とりわけ慈愛は、取引の糸を結び合わせる力だ。それが失われれば、この一枚のタペストリーは縦糸、横糸の支えを失ってバラバラになる。秩序も何もない、丸まった糸屑の塊には、何の機能も値打ちもない。


「この話は帝都に限ったことではない。歴史を思い出してみたまえ。どんな国だって、だいたい数百年に一度は滅んでいるだろう? どうしてそれくらいの時間で社会が崩壊するのか。ベッセヘム王国は四百年くらい続いたね。ピュリス王国はもうちょっと短かった。最後の結果だけ見れば、戦争に負けたからということになっているが、果たしてそれで説明が完結するものかね?」


 それでは不十分だ。ではなぜ、その時点になってから、戦争に勝てなくなったのかという問いが必要になるから。


 ミーダ姫がエスタ=フォレスティアに持ち込んだ享楽と退廃の文化は、もともとピュリス王国にあったものだ。そして、この手の贅沢の類というのは、多くの場合、極めて女性的な色合いを帯びる。恐らく、身分のシグナルのために、より一層の奢侈を必要とするのが彼女らだからではなかろうか。サラトンも言っていた。女は地位に拘る、と。前世のデートを思い出してみればいい。自分一人ならチェーン店で牛丼を食べて終わりだが、女性を伴う時にはその十倍の金を払っていた。あちらの女性向け雑誌の表紙にデカデカと「幸せに見られたい」と書いてあったのを、ふと思い出してしまった。

 無論、必要を越えた消費とマウントの取り合いに加わったのは女性だけではない。その時代のすべての人に責任がある。

 それに一応、そのような贅沢にも、プラスの効用がなかったとは言えないだろう。豊かさを実感できるからこそ、人々は未来に希望を抱き、社会を大きく広げるインセンティブを得られるのだ。コストパフォーマンスで言えば、恋人を誘って食べるようなホテルの高級なディナーなんか、無駄遣いもいいところだ。時間を確認するなら、一個千円の腕時計で足りる。だが、俺達は贅沢なディナーやロレックスを欲しがる。その欲望が発展の原動力になるという面はある。

 しかし……


 恐らくピュリス王国の社会は、時間経過と共に変質していったのではなかろうか。最初は、むしろ腐敗しきっていた帝都の支配……その延長線上にあるフォレスティア王国に抵抗する新興勢力だったはずだ。だが、既存の成熟しきった社会、それゆえに流動性を失った環境に対して、リセットを目指したはずのピュリス王国だったのに、気がつけば自分達こそ、かつての帝都のように奢侈に溺れ、階層の差が固定化され、協調の緩んだ状況を作り出してしまっていた。

 稀代の悪女、ミーダ姫は、ただその最後の仕上げをしただけだ。


「統一時代だって、たったの三百年ちょっとしか続かなかった。その間に、人々の階層は分断され、富める者と貧しい者とが切り分けられた。偽帝に従うことを選んだ男達の多くは、妻子を得ることさえできなかった貧しい人々だった。彼らには、既存の秩序に従い続けることの理由がもう、なくなってしまっていたんだよ」


 書庫でフシャーナが見せてくれた治癒魔術の記録を思い出す。帝都をあらゆる攻撃から守っていた加護が失われたのは、まさに内部にいた帝都の住民が裏切ったから。なぜ裏切ったかといえば、それは彼らが、前もって社会から裏切られていたからなのだ。


「でも、そうだとしたら、どうすればいいんですか」


 サラトンは、自らの生存の持続を捨て去った。寿命が尽きたら終わり。子孫は残さない。彼の論理ではだが、女を介して次世代を持つことは、滅びの絶望をその最後の一人に背負わせること以上の何物でもないから。しかし、それを誤った態度ということはできるだろうか。

 人間の世界は、その美徳は、生まれ持ったその性質と、その構造上、必然的に滅びへと導かれる。だとするなら……


『過去に一方的に犠牲になった人々に、無限の譲歩を強いるのかね。これから一方的に生まれることを定められる人々に、今後とも負担を求めるのかね』


 ……俺達は、何をもってデクリオンの正義を否定できるというのか?


「この街」


 窓の下を、俺は見下ろした。いまやすっかり日は暮れて、空は真っ暗になっている。だが地上は色とりどりの光に満ちている。雑踏が絶えることはなく、店の呼び込みの声も時折聞こえてくる。


「これだけの暮らしを積み上げるのに、どれだけの人が、どれほどの苦労を積み重ねてきたのか。この街でも、世界のどこでも、生まれてきた子供達は無数にいるのに、その子達の未来も、結局は破滅にしか向かわないんですか。それなら、僕らは何しに今日まで生きてきたんですか」


 ケクサディブは、橙色の光の下で俺をじっと見据えて、それからゆっくりと首を振った。


「わしでは、解決策を見つけられなかった」

「そんな」

「月並みじゃがな、人間はクソじゃ。カスじゃ。ゴミクズじゃ」


 彼は俺を指差し、尋ねた。


「お前さんもその場にいたから、よーく知っておるじゃろ? サハリアの戦役がどんなもんだったか」

「はい」

「まぁわしは現場にはおらんかったがの。だが、どんなに下劣な振る舞いを思い浮かべても、あれ以上のものはなかったのではないか?」


 まったく否定できない。俺も散々殺しまくったから。


「どうしてあんな野蛮で残虐な行いができるか、わかるかね」

「恨みとか、怒りとか」

「それはやり返す側の話じゃろう。先に仕掛ける方は、恨みを抱いた瞬間から、何年も経っておるはずじゃ。人の命を奪うのに、どうして罪悪感を覚えずにいられようか」

「それは……」


 実際に彼らの中にいたから、それは答えられる。


「相手を、人間扱いするのをやめるからです。同じ氏族の人間でなければ、人間ではないと」

「それじゃ。サラトンの奴は、女は目先ばかり見るとほざいておったが、男も同じことをすれば、やはり気高さなど吹っ飛んでしまう。高みに立って世界を俯瞰する気のない奴はな、地を這う獣のように、それができる人間様に飼われておればいいのよ」


 ラークのことを思い出す。最初、氏族の仲間の中における善悪でしかものを考えていなかった彼だが、ジルと出会ったことで、その常識を揺るがされた。そうして新たな視点を得た彼は、もはやネッキャメルの頭領の地位に拘らなかった。


「帝都が女性を強く保護するようになったきっかけは、かの英雄に由来する。これも書庫で読んだのだが、知っておるかのう? 招福の女神のことを」

「サハリアの砂漠の牢獄に閉じ込められていたことは」


 彼は頷いた。


「もともと人間の願いがあって、ただそれを叶えてやっただけなのに、随分とひどい扱いをしたものじゃて。だが、彼女に限らず、一千年前の世界というのは、それはもう、女性の扱いがひどかったという。そこで帝都が女性を人間扱いすべしと、いろいろ手を尽くしたのじゃが」


 無念そうに彼は首を振った。


「これだって、サハリアの戦争と何も変わらん。救いのない話ではないか。虐げられている者を救ったら、今度はそちらが虐げる側になってしまった。だが、それではわしらはなんだ? 何をするために生まれてきた? まるで争いの道具だ。サラトンが言っておったように、将棋の駒と変わらん。世界がそんな場所にしかなり得ないのなら、家庭を築いて子供をもって、どうするのだ? どうせその子もまた、誰かに虐げられたり、逆に傷つけたり奪ったりするだけではないか」


 彼方に目を向けようとしないのなら、その行いは、あのサハリアの野蛮な戦争と大差なくなる。帝都でああした流血が巻き起こるとは考えにくいが、実質的にはコーザのような弱者を孤独な死に導いているという点で、さほどの違いもないと言える。

 してみれば、ティルノックが報復のために殺戮に手を染めたとして、それをどう裁けるというのか。彼は『犯罪』とされることを拒否して『戦争』であると宣言した。そして、逃げ場もないとわかると、捕縛されて裁判にかけられるのをよしとせず、自ら命を断った。

 いや、彼はテロリストだ、だから無条件に彼が悪い、と言い出す人は、きっといるだろう。だが、社会に拒まれた末にスラム街で数十年を生きてきた彼には、そうした声などまったく響かない。あちら側からみれば、そんなのはただのポジショントークでしかないのだ。


「どうしようもない、ということなんですか」

「だが、一つだけ、わかったことがある」


 彼はゆっくりと立ち上がった。


「それでも、愛するということから、わしは手を離すことができなかった」


 それから、室内をゆっくり歩き始めた。


「なんだかんだ、結局、学園の仕事に連れ戻されて、もう何十年にもなる。もうすぐ人生を締めくくろうというこの時期になって思うのは、満足と……安らかな気持ちだな」


 そのまま、とある戸棚に手を突っ込んだ。


「この帝都には、毎年無数の学生がやってくる。それがわしらと出会い、学び、そして故郷へと帰っていくんだ。そう思えば、わしがそのうち世を去ったとしても、本当にわしが死んだことにはならん。いや、死んで生まれ変わったと言ってもいい。また、そこから始められる」


 彼が取り出したのは、ネクタイピンだった。そこには小さなトパーズが嵌め込まれている。


「麦は一年で枯れる。だが、その種子が翌年また、芽吹いてくれる。それと同じように、わしらも生まれ変わることができるのさ」


 俺のすぐ目の前に戻ってくると、彼はそれを差し出した。


「これは?」

「受け取ってもらえないか」

「なんのために」

「希望の灯を絶やしたくないからだ」


 自然と俺の掌は開き、その小さなネクタイピンを受け入れていた。


「これでよし」


 彼はニヤリと笑みを浮かべた。


「大変な仕事は若者に押し付けるに限るな」

「あのですね」

「大丈夫、君なら見つけられる。心配なんぞしておらんとも」


 彼は勢いよくソファに背中から身を沈め、大きく溜息をついた。


「肩の荷が下りる思いじゃ」


 本気なのか冗談なのか。


「なぁに、君ならやれるさ。なにしろ君の目には、世界の彼方の景色まで映っているのだからね。そうだろう?」

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― 新着の感想 ―
これで9つ目の宝石か。 ハーレム12人という事は残りの宝石は3つ。 ノーラ、リリアーナ、ナギア、ウィー、ソフィア、マリータ、ヒジリ、ヒメノ、シャルトゥノーマ(恋情なくても亜人枠でたぶんハーレム要員に…
こんな社会でゲームが流行るのは、ある意味必然なのかもしれない。未開拓の地を擬似的に体験できるから。
社会が崩壊してたくさん死んだ事例を教えてほしいのです。
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