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残り9発。無駄な弾は使いたくない。
そう思うフィズの願いを無視して、触手は容赦なく襲いかかってくる。
「うざいっ!」
きっと双眸を釣り上げて、一発撃って触手に痛手を与える。
弾が当たった瞬間、大きくのけ反った触手は、透明な液体を滴らせながら再び水中へと戻って行った。
「……」
男を見上げる。
救出に来た男はロープを持ったまま、ちらちらと後方を気にしているだけで、一向にロープを降ろしてはくれない。
あくまでも、救出はクラゲを倒す事が前提であるようだ。
正規のルートで来たら、もう少しヒントなり何なり貰えたのだろう。
となると、もしどうにもならなかったら水中に飛び込んで、ダストシュートを泳ぎながら逆走すればいい。
だが、
「あいつ、撃ったら落ちるかな……」
男が立っている辺りを見て、そんな意地の悪い考えが不意に浮かんだ。
救出に来た男が落ちる、というのはおそらくシナリオにはないはずだ。
シナリオ以外の事が起きたらどうなるか。
エラーが出てフリーズするか、クラゲの場所に落ちたように別のシナリオに繋がるか、はたまた、何らかの偶然が働いて当たらないか。
「…殺るか」
ものすごく物騒な本音が口を突いた。
ロープさえ手に入れば、それに石を結びつけて投げて、なんて方法も取れるかも知れない。
銃を持ち上げ、ゆっくりと男に照準を合わせる。
男は逃げない。慌てもしない。さすが、シナリオ用のキャラクターだけある。
その事に感謝し、フィズがトリガーを引こうとした瞬間だった。
「うわあっ!」
「ラガ!?」
声に驚いて振り返ると、触手に捉えられたラガが、高々と空中に持ち上げられていた。
反射的に触手の方へと照準を滑らせる。
だが、すぐにトリガーは引けなかった。
下手に撃ったらラガに当たる。そう思ったからだ。
「フィズ、こっちはいいから謎を解け!」
「うん、出来ればそうしたい所なんだけど!」
身もフタもない内心をぶっちゃけて、照準を下にずらして行く。
狙うのは水面。ラガに巻き付いた触手が出ている辺りだ。
「戦力喪失はね──」
本当は、もう戦力なんて期待していないけれど、
「ボクが困るんだ!」
撃つ。
途端に、触手が派手にのけ反った。
巻き付きから解放されたラガの体が、勢いよく宙に放り投げられる。
その落下点を予測して駆け、フィズはそっと笑みを浮かべた。
憎まれ口を叩くのが「フィズ」だ。そうでなくちゃ、つまらない。
ここがゲームの世界なら、自分だってゲームのキャラでいなきゃだめだよね!
それは、玄人プレイヤーを自称する者としての意地だったのかも知れない。
素直に「助けたい」なんて言ったら、それはもう、フィズじゃない。
走りながら上を見る。
放り投げられたラガの体が、大きく放物線を描いているのが見えた。
その高度が一定ラインを超える。
その瞬間、ブワッとラガの姿がブレた。
「え!?」
ちょうど、ノイズが入り込んだ画面のように、何本ものラインがラガの輪郭を乱して行く。
それに呆気に取られている間に、ラガの姿が消えた。
「ラガ…ラガ!?」
慌ててメニューを開き、ラガへ呼びかける。
【Error:Not Found。位置情報が見当たりません】
さあっと、フィズの全身から血の気が引いた。
「…そんな」
どこか、通信の狭間にでも落ちてしまったのだろうか。
シナリオとして、想定されていない動きをしたせいで。
「…おい、クラゲ」
行き場のない怒りが、足場のクラゲへと全力で向かう。
いっそ、残りの弾を全部ここに打ち込んでやろうか。
そうすれば自分もエラーになるかも知れないじゃないか。
怒りのあまり、その考えをフィズが実行に移そうとした、その瞬間、
『エレベーターの数字、文字と6までしかないことに注目して、サイコロ一周で回答は5でどうでしょう。
間に合わなかったかな…。
ところで絵のパネルをもう一回撃ったら排水、とか無理ですか。』
ブレイン名『しのぶ』からの通信を、リトル・リーフが展開した。
「…おまえ」
フィズが目を見開く。
リトル・リーフはあくまでもプログラムだ。
妖精らしい外見になっていても、命令しない限り、通信を勝手につないだりする事はない。
けれど、リトル・リーフは今、それをやってのけたのだ。
まるで意志があるように。さながら主を慕う、本物の妖精のように。
「ありがとう、リトル……」
エレベーターに照準を向けて、5を撃つ。
カチッ、と小さな音がして5の数字が光ったかと思うと、エレベーターが沈み、直後に水中で閃光が広がった。
高々と上がった水しぶきは、水中でエレベーターだったものが爆発した証拠だ。
水面が揺れ、クラゲが暴れる。
だが、心配はない。
これで、男がロープを降ろしてくれるのは確実だからだ。
揺れる足場が落ち着くまで待とうと座り込んで、再び上を見上げる。
しのぶと言うブレインにも感謝だな、と思っていると、不意に通信が入った。
──ラガからだった。
「無事か!? フィズ!」
「それはコッチのセリフ」
内心の安堵を隠すように憎まれ口を叩いて、肩を落とす。
だが、ラガはこっちの状況がピンと来ないのか、早口にブレイン名、螢火からのヒントを伝えて来た。
『136=4
1×3×6=18 18の約数『でない』最初の数字は4
542=3
5×4×2=40 40の約数でない最初の数字は3
621=?
6×2×1=12 12の約数でない最初の数字は5
とか、キワモノっぽい考え方した割に結局答えは5』
「そうだね、5で正解だった」
「へ?」
ラガの素っ頓狂な声が聞こえる。
フィズは笑ってしまった。
死にそうな目に遭ったというのに、本当に、面白い奴だと。
「なんだ、そっちにも同じ通信が入ったのか?」
「違うよ、別のブレインから」
「そっか。じゃあ、扉の開き方とかは?」
「それはまだ。虹の七色かと思ったけど順番違うっぽいし。暖色と寒色のセットでもなさそうだし。と言うか、シナリオから離れたのに通信入るの?」
「はじかれる直前に入ったっぽいな。今から伝える。ええと……」
『回転灯は【赤・黄・橙】・【赤・青・紫】でセット(色の三原色で原色・原色・混合色の順)と考えると――
脱出ポッドへの扉関連とするならば、【青・黄・緑】。
近くのパネルの色を緑にする』
「だってさ」
「わかった、ありがと」
「…お前がありがとうとか」
それ何てバグ? と通信の向こうで笑うラガに、うるさい、と苦笑してみせる。
それから、ようやく降りてきたロープにつかまり、フィズは通路へと帰還した。
見下ろしたクラゲには、わかりやすいドクロマークが現れている。
死んだのはクラゲだろうに、さりげなくホワイト軍曹の名前が隣にあったのは、まあ、何かのご愛嬌だろう。
確かにクラゲは白いが。
「なるほどねえ、ここで触手がうねうねしてたわけだ」
通路を歩き、突き当りの扉の前で顎に手を当てて感心する。
床にべにょりと寝そべった触手は、確かにクラゲのものだ。
「やっぱり、殺さなくて正解かも」
「何をだ?」
「さあ?」
聞き返して来る男に笑ってみせる。
仮に男を殺し、クラゲを倒さずここに来ても、触手が邪魔で進めなかったのは間違いない。
だったら、男を生かしておいた方が、ロープを引き上げてもらえるだけ楽というものだ。
そんなフィズの内心など知らず、男が扉を指し示す。
「ここだ。このパネルの謎を」
「こうでしょ?」
言うが早いか、フィズが緑をセットする。
そして、呆然とする男を尻目に、シナリオエンド目指してポッドへと足を踏み入れ──
「…ちゃんと作ろうよ」
唐突に消失した景色と、代わりに現れた白一色の空間の中、フィズは苦笑するしかなかった。
白い空間は徐々に薄れ、次の景色が現れて来る。
現れたのは、光が走るドーム状の空間、つまりジャンクションだ。
それに続いてラガが見えた時、ラガの目には、フィズが現れたように見えた。
「お、フィズ」
おかえりー、なんてのんきに言うラガに負傷は見られない。
シナリオから外れた段階で、怪我にもリセットがかかったのだろう。
「どうだった? 俺のヒント役立っただろ?」
「まあね。それより、リトルの服買いに行くから一緒に来なよ」
「ウィスパーに服? 何のメリットもないのに?」
「いいんだよ! ほら、来るったら来る! 使えない戦力に次こそ役立ってもらうために、ご飯もおごるから!」
ぎゃんぎゃんと吠えたフィズが、強引にラガを引っ張って行く。
それを眺めたリトル・リーフがふと、外部のブレインの方を向き、ぺこりと一礼してから大急ぎで、主であるフィズの背を追って行った。
シナリオ終了です。
閲覧、解答ありがとうございました!w
このシナリオ終えるまでは一気に書く予定だったのですが……お待たせして本当に申し訳ありませんでしたorz
また、時間を見つけて次を書くかも知れません。
その時も、よろしければ、お付き合い戴ければ幸いです。




