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オワタ・オンライン【∞】  作者: 水沢 流
シナリオ2:海底基地からの脱出
14/14

 残り9発。無駄な弾は使いたくない。

 そう思うフィズの願いを無視して、触手は容赦なく襲いかかってくる。


「うざいっ!」


 きっと双眸を釣り上げて、一発撃って触手に痛手を与える。

 弾が当たった瞬間、大きくのけ反った触手は、透明な液体を滴らせながら再び水中へと戻って行った。


「……」


 男を見上げる。

 救出に来た男はロープを持ったまま、ちらちらと後方を気にしているだけで、一向にロープを降ろしてはくれない。

 あくまでも、救出はクラゲを倒す事が前提であるようだ。

 正規のルートで来たら、もう少しヒントなり何なり貰えたのだろう。

 となると、もしどうにもならなかったら水中に飛び込んで、ダストシュートを泳ぎながら逆走すればいい。


 だが、


「あいつ、撃ったら落ちるかな……」


 男が立っている辺りを見て、そんな意地の悪い考えが不意に浮かんだ。

 救出に来た男が落ちる、というのはおそらくシナリオにはないはずだ。

 シナリオ以外の事が起きたらどうなるか。

 エラーが出てフリーズするか、クラゲの場所に落ちたように別のシナリオに繋がるか、はたまた、何らかの偶然が働いて当たらないか。


「…殺るか」


 ものすごく物騒な本音が口を突いた。

 ロープさえ手に入れば、それに石を結びつけて投げて、なんて方法も取れるかも知れない。

 銃を持ち上げ、ゆっくりと男に照準を合わせる。

 男は逃げない。慌てもしない。さすが、シナリオ用のキャラクターだけある。

 その事に感謝し、フィズがトリガーを引こうとした瞬間だった。


「うわあっ!」

「ラガ!?」


 声に驚いて振り返ると、触手に捉えられたラガが、高々と空中に持ち上げられていた。

 反射的に触手の方へと照準を滑らせる。

 だが、すぐにトリガーは引けなかった。

 下手に撃ったらラガに当たる。そう思ったからだ。


「フィズ、こっちはいいから謎を解け!」

「うん、出来ればそうしたい所なんだけど!」


 身もフタもない内心をぶっちゃけて、照準を下にずらして行く。

 狙うのは水面。ラガに巻き付いた触手が出ている辺りだ。


「戦力喪失はね──」


 本当は、もう戦力なんて期待していないけれど、


「ボクが困るんだ!」


 撃つ。

 途端に、触手が派手にのけ反った。

 巻き付きから解放されたラガの体が、勢いよく宙に放り投げられる。

 その落下点を予測して駆け、フィズはそっと笑みを浮かべた。


 憎まれ口を叩くのが「フィズ」だ。そうでなくちゃ、つまらない。

 ここがゲームの世界なら、自分だってゲームのキャラでいなきゃだめだよね!

 それは、玄人プレイヤーを自称する者としての意地だったのかも知れない。

 素直に「助けたい」なんて言ったら、それはもう、フィズじゃない。


 走りながら上を見る。

 放り投げられたラガの体が、大きく放物線を描いているのが見えた。

 その高度が一定ラインを超える。

 その瞬間、ブワッとラガの姿がブレた。


「え!?」 


 ちょうど、ノイズが入り込んだ画面のように、何本ものラインがラガの輪郭を乱して行く。

 それに呆気に取られている間に、ラガの姿が消えた。


「ラガ…ラガ!?」


 慌ててメニューを開き、ラガへ呼びかける。


【Error:Not Found。位置情報が見当たりません】


 さあっと、フィズの全身から血の気が引いた。


「…そんな」


 どこか、通信の狭間にでも落ちてしまったのだろうか。

 シナリオとして、想定されていない動きをしたせいで。


「…おい、クラゲ」


 行き場のない怒りが、足場のクラゲへと全力で向かう。

 いっそ、残りの弾を全部ここに打ち込んでやろうか。

 そうすれば自分もエラーになるかも知れないじゃないか。

 怒りのあまり、その考えをフィズが実行に移そうとした、その瞬間、


『エレベーターの数字、文字と6までしかないことに注目して、サイコロ一周で回答は5でどうでしょう。

間に合わなかったかな…。

ところで絵のパネルをもう一回撃ったら排水、とか無理ですか。』


 ブレイン名『しのぶ』からの通信を、リトル・リーフが展開した。


「…おまえ」


 フィズが目を見開く。

 リトル・リーフはあくまでもプログラムだ。

 妖精らしい外見になっていても、命令しない限り、通信を勝手につないだりする事はない。


 けれど、リトル・リーフは今、それをやってのけたのだ。

 まるで意志があるように。さながら主を慕う、本物の妖精のように。


「ありがとう、リトル……」 


 エレベーターに照準を向けて、5を撃つ。

 カチッ、と小さな音がして5の数字が光ったかと思うと、エレベーターが沈み、直後に水中で閃光が広がった。

 高々と上がった水しぶきは、水中でエレベーターだったものが爆発した証拠だ。

 水面が揺れ、クラゲが暴れる。


 だが、心配はない。

 これで、男がロープを降ろしてくれるのは確実だからだ。

 揺れる足場が落ち着くまで待とうと座り込んで、再び上を見上げる。

 しのぶと言うブレインにも感謝だな、と思っていると、不意に通信が入った。


 ──ラガからだった。


「無事か!? フィズ!」

「それはコッチのセリフ」


 内心の安堵を隠すように憎まれ口を叩いて、肩を落とす。

 だが、ラガはこっちの状況がピンと来ないのか、早口にブレイン名、螢火からのヒントを伝えて来た。


『136=4

1×3×6=18 18の約数『でない』最初の数字は4

542=3

5×4×2=40 40の約数でない最初の数字は3

621=?

6×2×1=12 12の約数でない最初の数字は5


とか、キワモノっぽい考え方した割に結局答えは5』


「そうだね、5で正解だった」

「へ?」


 ラガの素っ頓狂な声が聞こえる。

 フィズは笑ってしまった。

 死にそうな目に遭ったというのに、本当に、面白い奴だと。


「なんだ、そっちにも同じ通信が入ったのか?」

「違うよ、別のブレインから」

「そっか。じゃあ、扉の開き方とかは?」

「それはまだ。虹の七色かと思ったけど順番違うっぽいし。暖色と寒色のセットでもなさそうだし。と言うか、シナリオから離れたのに通信入るの?」

「はじかれる直前に入ったっぽいな。今から伝える。ええと……」


『回転灯は【赤・黄・橙】・【赤・青・紫】でセット(色の三原色で原色・原色・混合色の順)と考えると――

脱出ポッドへの扉関連とするならば、【青・黄・緑】。

近くのパネルの色を緑にする』


「だってさ」

「わかった、ありがと」

「…お前がありがとうとか」


 それ何てバグ? と通信の向こうで笑うラガに、うるさい、と苦笑してみせる。

 それから、ようやく降りてきたロープにつかまり、フィズは通路へと帰還した。

 見下ろしたクラゲには、わかりやすいドクロマークが現れている。

 死んだのはクラゲだろうに、さりげなくホワイト軍曹の名前が隣にあったのは、まあ、何かのご愛嬌だろう。

 確かにクラゲは白いが。




「なるほどねえ、ここで触手がうねうねしてたわけだ」


 通路を歩き、突き当りの扉の前で顎に手を当てて感心する。

 床にべにょりと寝そべった触手は、確かにクラゲのものだ。


「やっぱり、殺さなくて正解かも」

「何をだ?」

「さあ?」


 聞き返して来る男に笑ってみせる。

 仮に男を殺し、クラゲを倒さずここに来ても、触手が邪魔で進めなかったのは間違いない。

 だったら、男を生かしておいた方が、ロープを引き上げてもらえるだけ楽というものだ。

 そんなフィズの内心など知らず、男が扉を指し示す。


「ここだ。このパネルの謎を」

「こうでしょ?」


 言うが早いか、フィズが緑をセットする。

 そして、呆然とする男を尻目に、シナリオエンド目指してポッドへと足を踏み入れ──


「…ちゃんと作ろうよ」


 唐突に消失した景色と、代わりに現れた白一色の空間の中、フィズは苦笑するしかなかった。

 白い空間は徐々に薄れ、次の景色が現れて来る。

 現れたのは、光が走るドーム状の空間、つまりジャンクションだ。

 それに続いてラガが見えた時、ラガの目には、フィズが現れたように見えた。


「お、フィズ」


 おかえりー、なんてのんきに言うラガに負傷は見られない。

 シナリオから外れた段階で、怪我にもリセットがかかったのだろう。


「どうだった? 俺のヒント役立っただろ?」

「まあね。それより、リトルの服買いに行くから一緒に来なよ」

「ウィスパーに服? 何のメリットもないのに?」

「いいんだよ! ほら、来るったら来る! 使えない戦力に次こそ役立ってもらうために、ご飯もおごるから!」


 ぎゃんぎゃんと吠えたフィズが、強引にラガを引っ張って行く。

 それを眺めたリトル・リーフがふと、外部のブレインの方を向き、ぺこりと一礼してから大急ぎで、主であるフィズの背を追って行った。

シナリオ終了です。

閲覧、解答ありがとうございました!w


このシナリオ終えるまでは一気に書く予定だったのですが……お待たせして本当に申し訳ありませんでしたorz


また、時間を見つけて次を書くかも知れません。

その時も、よろしければ、お付き合い戴ければ幸いです。

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