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ふわ、とフィズの肩が淡く光る。
光ったのはフィズのウィスパー。
リトル・リーフと名付けられたフェアリーに似たそれが、フィズの耳元へとひらりと近付いた。
「読んで」
フィズが指示する。それを受けて、リトル・リーフがブレイン名『螢』からの回答を読み始めた。
まずは一つ目の解答だ。
『それぞれの数値を半分にして端数を切り上げ、足し合わせる。
131(ONETHREEONE)→1+2+1=4
33(THREETHREE)→2+2=4
18(ONEEIGHT)→1+4=5
8(EIGHT)→4
83(EIGHTTHREE)→4+2=6』
「なるほど、6ね」
うんうん、と頷いて次の通信を待つ。
わずかなタイムラグの後に、次の内容が読み上げられた。
『母音の前に付く子音の数…かなあ?
2=『n』o『f』eq
1=o『d』em
3=『sh』e『d』o
となれば『y』a『shf』eh=4か、『y』ash『f』eh=2のどちらか』
「んー、選択肢は二つか」
フィズが唸る。
「どっちか、試してみればいいかな?」
どれ、とまず一つ目のケースに近付く。
そこに、追加の通信が入った。
ブレイン名は『莵夜卯月』。こちらも、一つ目のケースに対する解答だった。
『2行目が [3]+[3]=4 とすれば、[3]=2
これを当てはめて、1行目は [1]+2+[1] =4 となって [1]=1
4行目は [8]=4 なので、3行目は [1]+[8]=1+4=5となって検算成立。
というわけで5行目は [8]+[3] → 4+2 となって 答えは6』
「ふむふむ。数ではなく、X+Yって感じで見る方式か」
過程はそれぞれ異なるが、どちらも、見事なまでに同じ解を導き出している。
もはや、一つ目のケースは疑う必要もないだろう。
問題は二つ目だ。
「他に解答来てる? リトル」
問いかけに応じて、リトル・リーフが検索モードに入る。
その後、『火竜温泉ファン』と言う、これまたどこかの誰かが泣いて阿波踊りしそうなブレイン名からのヒントを受け取る事が出来た。
検索中に、白い箱に入ったポテトが表示されたのは気のせいだろう。
『丸みのある字ということで
2=n0fe9
1=0dem
3=5he60
ya5hfeh=1』
「1か……」
こちらも、理が通っているように思える。
そうすると2つめのケースの候補は1か2か4だ。
とりあえず後で全部やってみよう、と一つ目のケースに6を入れる。
結果は、正解だった。
「よし」
開いたケースから銃を出す。
取り出した銃はちょうど、サブマシンガンに似たデザインで、残弾100発の表示が銃床の部分に液晶表示されていた。
「さーて」
次は…と移動しかけたフィズが、奇妙な音に気付いて足を止める。
「ラガ?」
銃を手にしたまま、フィズが首をかしげると、ラガが通路の奥を睨んでいた。
「?」
ラガと同じ方に目をやる。
直後、フィズの背筋を悪寒が駆け抜けた。
通路の奥から、猛スピードで転がってくる巨大な鉄球。
火花を散らしながら迫りくるそれは、ぴったり、通路を埋め尽くす大きさだった。
「な、な、な……」
フィズが絶句する。
いや確かに、謎解きでピンチを演出されたことは数えきれないほどあった。
けれど、それは自分自身の安全が保証された上での話だ。
だから、余裕でいられただけだ。けど、今は違う――
「ななな何あれーっ!?」
「貸せ!」
言うが早いかフィズから銃を取り上げたラガが、通路に仁王立ちして銃を構える。
途端に、ヒュイン! と言う甲高い音が鳴り、銃全体が紫色の光を帯びた。
ラガの指がトリガーを引き込む。
すぐさま、ガガガガッ!と激しい音がして、銃口から吐き出された弾が次々と鉄球へと襲いかかった。
「ちッ!」
しかし、鉄球は止まらない。
弾かれた弾が天井や壁に突き刺さって、パシ!と弾けて紫の模様をそこに刻んだが、それすらも、迫る鉄球が邪魔でよく見えない。
一方、残弾を示す数は勢いよく減って行く。
100から90へ、90から50へ、50から30へ。
数字の色が、緑から黄、黄色から赤へと変わって枯渇の危機を訴える。
「ラガ、逃げないと!」
「うるせえッ! エレベーターに逃げても、アレ相手じゃ箱ごと棺桶だ!」
ラガに怒鳴られ、フィズは大急ぎであたりを見渡した。
確かに、エレベーターに戻るのは自殺行為だ。
それなら、どうする?
鉄球は壊れる気配を見せない。速度も落ちない。
おそらく銃の弾が尽きる方が速いだろう。
「も、もう一丁あればっ……」
急ぎ、二つ目のケースに1を入れる。
だが、表示はERROR。
さらに悪い事に、次の入力まで10分お待ち下さい、というご丁寧な警告まで出て来る始末。
あ、自分終わったかも、とフィズは天国行きを想像した。
そのついでに思い出したのは、この文字はヘブライ語であるという事。
確か聖書のネタだった。
──今、思い出しても意味はないが。
「ついてない日だなあ! もう!」
急いで他の方法を考える。さあ思い出すんだ自分、ここはROだ。
つまり、基本的なルールはROに準じている。
そこだけは確かだ。謎解きが全ての世界。
「そうか!」
ピンと来た。
「ラガ!」
「何だよ!」
「ケースの後ろに回って! こっちの解けなかった方!」
ラガが息を飲んだ。
すぐにその言葉の意味を理解したのだ。
ROは、問いに答えない限り、対象物を変化させることはできない。
つまり、問題が解かれていないケースは、問題が解かれるまで、開く事も壊れる事もないのだ。
「了解!」
言うが早いか、ラガがケースの後ろ側に駆け込み、壁に張り付く。
同じく、フィズがラガの隣に立つと、ガン! と音を立てて鉄球がケースに衝突した。
ギリギリと回転する球がケースを擦る。が、問題が解かれていないケースはビクともしない。
普通なら摩擦で削れてしまいそうなものだが、そうならないのがROだ。
「今のうちだね」
「ああ」
お互いに顔を見合わせてうなずく。
進むに進めなくなった鉄球が、ケース向こうでガリガリと耳障りな音を立てているが、そっちに構っている暇はない。
他の通路を求めて辺りを見渡すと、エレベーターの扉が、いつの間にか閉ざされているのが目についた。
ペンキで書いたような文字も見える。全部で三行だった。
136=4
542=3
621=?
おどろおどろしい字体ではない。丸みのある、やけに可愛らしいポップ調の文字だ。
腹立たしい事に、その周囲が星だの丸だのでデコレーションされている。
Good Luck!(>∀<)と書かれているのは作り手の悪意だろうか。
「あれを解けば…」
逃げられるかな、とフィズが考え出した時だった。
「フィズ!」
ラガが叫ぶ。フィズが声の方を振り返ると、ラガが鉄球の方を睨んでいた。
ちなみにケースは無事だ。未だに、傷ひとつついていない。
だが、『解き終わった方のケース』や、『それを支える床』までもが無事とは限らないという事を、二人はすっかり忘れていた。
「あっ…」
「あー……」
絶望的な声が、どちらともなく吐き出される。
その足元に、ミシミシと細かなヒビが入りつつあった。
鉄球が、ついに床板を削ったのだ。
ほどなくして、冷や汗を垂らしながら後ずさるラガの足元が、ぼこりと非情な音を立てて大きく割れた──。
現在の所持品
・なし
通路状況
★二つ目のケース
2=nofeq
1=odem
3=shebo
yashfeh=?(1ではない)
★エレベーターの扉
136=4
542=3
621=?




