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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と鷹女

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59/59

置手紙

 それは(ちん)(みょう)な手紙だった。


(なお)(なお)

 清次郎殿には(わたくし)(ごと)き者に彼のような良きお刀をお与え下さりましたこと、心から御礼いたし候。

 このお刀のみが、(わたくし)の心の支えに()()(そうろう)

 (こん)(じょう)、肌身離さず持って参りまする。

 以後(わたくし)の事はお忘れ下さり、良き方と良き縁を結ばれますよう、お祈り申し上げ候。

                    かしく


父上様 母上様


 (わたくし)儀、このたび不孝の段これあり、筆を執り奉り候。

 かねてより心に秘めおきし思い、ついに抑えがたく相成り、密かに思い出深き我が家を立ち退き、出で立つことと可致候(いたすべくそうろう)


 (たい)(おん)ある父上様母上様を悲しませ候、家の名を(けが)すこととなりますことは、充分承知の上に御座候。


 さすれど、胸中の願いを捨てて生きることより、遠く消え失せる方が(わたくし)には(しあわ)せなので御座いまする。


 どうか、どうかお許しくださいませ。


 父上様母上様がこれまで我が身を養い被為成下(なしくだせられ)しご恩は、来世にて必ずお返し申し度く存じ奉りまする。


 何卒、この不孝なる娘をお探し下されまぜぬよう、そして(わたくし)のことはご放念くださりますよう御願い奉りまする。


 皆様どうかご()(あい)(せん)(いつ)にござれませ。


                    鷹』


 (なお)(なお)(がき)というのは追伸の事だ。手紙の本文を書いた後、書面の(そで)、つまり紙面の右端の文字のない部分に書き足す。そのため、(そで)(がき)ともいう。

 これは(きり)(かみ)に手紙を書いた場合のことだ。巻紙では現代の追伸同様に文末に書かれる。

 結果的に切紙を用いた手紙は、本文よりも追伸の方が先に目に入る。


 つまり、この手紙を開いた赤松弘の目に真っ先に飛び込んできたのは、清次郎の名前だったのだ。


 弘の脳の冷静な部位は、一読して手紙の中身を理解した。

 鷹女はかねてから剣術に身を入れていた。男に生まれていたのなら、剣術家の道を選んでいたかも知れない。

 いや鷹女は、女であっても剣術家である事を選んだのだ。

 心を決めて行動をしたのだ。


 だが(いち)()の望みを、一番最初に目に入った清次郎の名前に()けた。

 鷹女が手紙を書いた後に、自分が最後に書いた人名に心を引かれて、その元に彼の顔を見に、あるいは自分の顔を見せに来る、その僅かな可能性に賭けた。


 そして赤松弘は(かけ)に負けた。


 それにしても珍妙な手紙だ。

 書き手が真面目に書いたということはよくわかる。

 書き手の情熱が読み取れる。

 書き手の抱く希望がありありと書かれている。

 書き手の決心が(あら)わにされている。


 だがそれは、学者の末席を汚す清次郎から見ると、ともかく奇妙なものだった。

 まるで子どもが背伸びをして、漢字を()()()()に使い、難しい言葉並べたような文章に見える。


 熱意を伝えたい、真剣な心を判って欲しい。それがために、とにかく真面目な、とにかく()()()()()()文章を書かねばならない。

 鷹女はそう考えたに違いない。

 夜中か明け方か。ともかく真っ暗な中、おそらく明かりも付けずに、充分に墨をすることもせず、息を殺してこの手紙を書いた。


 両親は楽しい酒に酔って深く眠っている。(清次郎)は旅疲れのため深く眠っている。

 下男下女は明日の仕事に備えて、いつも通りぐっすり寝ている。


 そして鷹女は音も無く家から出た。


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