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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と鷹女

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ジェラシー

 清次郎は鷹女の返答を待った。答えが返ってこない内は頭を上げるべきではないと考えたからだ。この自らの判断に従えば、清次郎は鷹女の声が聞こえない間は頭を上げられないことになる。

 それはそれで、少々じれったい。

 清次郎は頭を下げるのは形だけにすることにした。頭を下げた格好で、目玉だけを無理矢理に上へ持ち上げて、鷹女の様子を探った。

 視界の上限にある鷹女の顔は白い。先ほどまで頬に浮かべた赤みが消えている。表情は硬く、(のう)(めん)のようだ。


 清次郎は、


『これは、なにか()()()()()()()か?』


 (かた)()()みこんで身構えた。

 何を言われるのか。怒声が来るか、あるいは嫌味か、拒絶か。

 間もなく、そういった清次郎の悪い予測は見事に外れていたことが判明した。


「ありがとうございまする」


 静かな声だった。鷹女は三つ指をついて白い顔を深く下げている。

 想像していなかった彼女の行動に清次郎は泡を食った。反射的に、()()仕掛けの(から)(くり)(にん)(ぎょう)のように()()()と頭を上げた。

 普段は、学問に関しては情熱的で、家族や親しい友人相手には(ジョウ)(ゼツ)になるが、その他の事には言葉少なく冷静にあたる――つまり対外的にはおとなしい(内弁慶)というか冷笑的(シニカル)――な清次郎が、軽く恐慌に陥(パニク)った。


「ソノヨウニ(カシコ)マラレテハ、コチラガ(コマ)ッテシマイマス」


 清次郎の口から下手な役者のように抑揚のない声(ぼうよみ)の言葉が出た。両の手をワタワタとせわしなく振り回している。


「かしこまらなくてどうするのですか。お刀は武士の魂ではありませんか。それなりの敬意を払う必要があります」


 鷹女の視線は揃えて突いた指の先にある白鞘の懐剣(かいけん)に注がれている。それ以外の場所を見ようとしない。清次郎の存在など眼中にない。


『あーなるほど』


 清次郎は周りに知れないように得心の息を吐いた。

 彼女の敬意は清次郎に向けられたものではない。

 鷹女が敬意を持って接しているのは、手に入れた素晴らしい()()なのだ。

 それにまつわる来歴と物語なのだ。

 あるいは()()を手に入れることが出来た彼女自身の幸運なのだ。


 だから、(よつ)()(まさ)(むね)懐剣(かいけん)こそが重要で、それをもたらした人間のことはそこまで重要視していない。

 恐らく彼女は清次郎のことを、


『遠いところから素晴らしい物を運んできてくれた()(きゃく)屋』


 同様に見ているのだろう。

 ご苦労さまと軽く頭を下げて心付け(チップ)を払う程度のありがたみは感じているかもしれない。

 しかし、瞳を輝かせ、頬を赤らめ、(こころ)(おど)らせ、床に頭を擦り付けるほどの感謝の念を抱くことはない。


 清次郎の腹の内に不可解な感情が湧き出した。

 なんとはなく、


『妬ましい』


 心なしか、


『羨ましい』


 そんな思いがする。

 誰に対してか。

 懐剣だ。

 鷹女の心を躍らせた(よつ)()(まさ)(むね)だ。瞳を輝かさせた(みなもとの)(きよ)麿(まろ)だ。頬を赤らめさせた(やま)(うら)(たまき)だ。


 今日始めてあった女性が、「自分」ではなく自分が持ってきた「無機物」の方に愛を注いでいることが、


『悔しい』


 理解できない感情だった。


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