おおよそ七万円強
赤松弘はチラリと娘の鷹女の顔色を見た。
複雑な顔をしている。欣々然としているのか、感動しているのか、なにがしかの困惑があるのか、ともかく何か言いたそうではある。
ただ、赤松家は小禄とはいえ武家なのだ。家長である弘の許可なくして、女に発言権――特に「自発的」なもの――はない。全員が家父長制度に縛られている。
「おう鷹、言ってみるじゃねぇか」
父親に促されるまで鷹女は堪えていた。堪えていた分、口調が強い。
「清次郎殿はどうして、どのようにしてこの品を手に入れられたのでしょうか?」
一瞬、鷹女の意図を察しかねた清次郎だったが、
「どうして、とは……」
問い返しの言葉を中絶して考えを巡らした。
『鷹女殿とは今日初めて会ったのだから、妙に裏を読もうとしたり腹を探ったりせずに、言葉通りの意味だと思うて答えた方が良いのではなかろうか』
下手に穿ってみて、話がこじれても困る。
「あなたに贈るために良い品だと考えた、それだけのことです。あなたは剣術を大変に好まれると聞いていましたので。
そしてどのようにしてかというと、丁度その時にその場にいたからですよ」
事実をそのままに述べた。鷹女はまだ納得が行かないらしい。
「その時その場、とは、彼の浪人者が刀を買い叩かれた折りに、その買い叩いた刀剣商の店にいたということにございますか?」
『ははぁ、どうやらお嬢さんはあの浪人者に同情してござるな』
それぐらいは裏から透かして見るまでもなく、清次郎にも察せられる。
俸禄がもらえるだけ浪人よりは幾らかマシな貧乏侍の家に生まれ育った身だ。家財や着物を質草にしたり売り払ったりする口惜しさも情けなさも悲しみも、それこそ身に沁みて解る。
鷹女だけではない。清次郎にも、だ。
「ええ、おれはその場に居合わせた。
実はその日その時、鷹女殿への土産物を刀剣商に探しに行っていたのです。そこに件の浪人者が来ていていて、刀を買い叩かれていた。
そのお陰でというかその所為でというか、あなた宛ての土産物は、最初におれが考えていた刀の鍔から、その刀に変更になった次第で……」
清次郎の言葉の端に被せるようにして鷹女が訊く。
「お幾らで、お求めになったのです?」
語気の強い、短い言葉の陰に、薄らとした怒りのような感情が見え隠れする。
鷹女は何に対して怒っているのか。
彼女の心の深い所まで探る気を起こしていない清次郎の答えは簡潔だった。
「銀一枚」
それは刀剣商が浪人者に払った金額そのままの金高だ。
鷹女は目を見開いた。彼女が何かを言い出す前に、清次郎は言葉を続ける。
「刀剣商としても、この刀で利益を出すことには気後れがしたんでしょうよ。
たしかに虎徹としては偽物であっても良剣ではあるし、清麿の本物の可能性だって高い。
その清麿だって安い刀じゃない。少なくとも銀一枚では済まない。武器講で数打ちを注文するにも、一口が金三両はする。銀に両替したとして百八十匁になる。
それでも値踏みは商売人として矜恃を持ってしたことだ。同時にあの浪人殿に対しては憐憫のようなものを覚えたのでしょうな」
「それでは刀剣商殿は益を得ていないことになります」
鷹女の声から怒りの色が消えていた。




