四谷正宗
色々と手をつくしたようだが、結局源清麿の願いは叶わなかった。
生活に窮した清麿は刀鍛冶の仕事を再開した。それ以外に彼には収入を得る手段が、彼にはないのだ。
彼にとって、それは幸運だったのか、あるいは不幸の始まりであったのか。
しばらくして、清麿の才能を知って惚れ込んだ幕臣の窪田清音が出資者となってくれた。
お陰で前出のとおり四谷伊賀町に工房を構えることができた。今では弟子を何人か抱えているという。
古刀名刀から学びを得、質実剛健な作風の清麿の刀は、南北朝から鎌倉時代にかけての名工・正宗の再来と呼ばれるに至った。
「それで清次郎殿よ、その刀にゃ銘もない折紙もないというのに、どうしてその山浦内蔵助だら源清麿だと解る?」
清麿たちが修業していた頃の河村寿隆の工房は上田城下三の丸内に在った。赤松弘の捜査対象地域の内である。寿隆のことはもちろん弟子達の素性を知っていて当然だった。
「茎の鑢目が、向かって右上がりに掛けられた、いわゆる『勝手上り』になっていました。これは左利きの刀匠に多い特徴だといいます。そして清麿は左利きです」
鷹女は素晴らしい速さで短刀の柄から目釘を抜いた。左手で柄を握って刀身を立て、右の拳で左手首を打つ。短刀が柄から浮き上がった。鷹女は鎺を握って刀身を引き抜いた。
清次郎が再三言ったとおり、茎には何も書かれていない。鑢は確かに右上がりに掛けられている。
「それだけのことで、かや?」
娘の手元を見ながら弘が問う。
「大切先、鎬の高さ、身幅の広さ、杢目肌と柾目肌を交じえた複雑な地鉄、互の目の乱れの刃紋。飾りのための飾りではない、実用を突き詰めた先に生まれる豪壮な美しさ」
清次郎は「四谷正宗の特長」を並べ立てる。
鷹女の目が清次郎の言葉に合わせて抜き身の短刀の上を動いた。
切先、鎬、身幅、地鉄、刃紋。
清次郎の言葉が終わってからも、鷹女は短刀から目を離せない。
上から下へ、下から上へ。幾度も、じっくりと。
息が詰まった。
鷹女は柄を元に戻した。素早く目釘を刺し直す。刀身を鞘に収める。
懐紙を口から離して、大きく息を吐いた。
白鞘袋の上に短刀を置き戻した鷹女が、上目遣いに清次郎を見る。息が上がり、頬が上気していた。
何に対する興奮なのか本人は一言の言葉も口にしないので、清次郎には判然としない。
『良い刀を見て感激したか、息を詰めていたからか』
おおよそその辺りだろう。清次郎は弘の方へからっと笑って見せた。
「まあ、あくまでも推察です。ずぶの素人のおれと、おれよりは詳しい刀剣商が、
『こういった特徴があるからには、おそらくは清麿であろう』
という意見で一致した、というだけのことです。くれぐれも念を押しますが、これが真実だと思って頂いては困ります」




