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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と鷹女

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51/59

禍福はあざなえる縄のごとし

 鷹女の目が鋭くなった。嫌悪感を持って清次郎を睨み付けている。


「つまり、その短刀は偽物、ということじゃな」


 懐紙をくわえたままの鷹女に代わって、父の弘が彼女が言いたいのであろうことを口にした。


「長曽祢虎徹としては、偽物です」


 清次郎が含みのある物言いをする。

 鷹女と弘が同じ角度で小首を傾げた。


「では何か別の刀匠かの?」


 弘の問いに対する清次郎の答えは、


(よつ)()(まさ)(むね)、かと」


 というものだった。


「四谷……?」


(よつ)()()()(ちょう)に仕事場があり、作風が正宗を思わせる古風で力強い作風であることから付いた異名です。……本名は恐らく()()(うえ)ならばご存じかと」


「ほぅ、わしの知った者かや?」


 清次郎は大きくうなづいて、


(やま)(うら)(たまき)(まさ)(ゆき)


 簡潔に言ったその名を聞いて、弘は膝を打った。


「おお、(あか)(いわ)()(ぬし)(とこ)(きょう)(でぇ)の弟の山浦(くら)()(すけ)か。あれなら(てぇ)したモンだぞ」


 内蔵助は環の前名だ。


「今は(みなもとの)(きよ)麿(まろ)と名乗っています」


 源清麿と兄の山浦(さね)()()(もろ)藩赤岩村の(ごう)()・山浦家に生まれた。

 兄弟とも小諸時代から作刀をしていて、その段階で相当な腕前だったようだ。

 例えば、兄の真雄はあの(かわ)()()()()()(ただ)(よし)から特別注文を受けている。

 この時真雄が鍛え上げたのは、刃渡り()(9)(7)(.)(5)(cm)という長大な大太刀だった。

 ちなみに一般的な(うち)(がたな)()(7)(0)(cm)から()(7)(3)(cm)ほどであるから、少なくとも()(27)(cm)は長いことになる。河合五郎太夫の(きょ)()(りょ)(りょく)でなければ使いこなせない代物だ。

 なおこの大太刀は河合家の子孫に受け継がれ、今は上田市立博物館に収蔵されている。


 兄弟はさらに(けん)(さん)を積むため、上田藩のお抱え刀工であった(かわ)(むら)(さぶ)(ろう)寿(とし)(たか)に弟子入りした。


 真雄は長じて上田藩松平家のお抱え、ついで隣藩である松代藩真田家お抱えの刀工となった。


 清麿は江戸に向かった。武士になりたいがためのことだ。

 山浦兄弟は郷士だ。最下級ではあるが士分ではある。

 しかも半農半兵だから農業収入があり、下手をすると藩士として(ろく)()んでいる下級武士よりも実入りが良い。

 それでも「本当の武士になりたい」と願う者がいる。彼らのいう「本当の武士」は、各々の心の中にそれぞれの形で存在している。(やま)(うら)(たまき)の目指す「本当の武士」の形は、彼にしか解らない。


 ともかく、小諸や上田や松代のような小規模で赤字まみれの藩で新規お抱えの侍になることは難しいだろう。

 政治の中心地である江戸に出れば、大藩の(ばい)(しん)や、(ばく)(しん)――たとえ三十俵二人()()の貧乏()()(にん)であっても、幕府(じき)(しん)である以上は郷士より身分が上だ――に取り立てられる可能性が無いとは言い切れない。


禍福はあざなえる縄のごとし

※この世の幸不幸は表裏をなしていて、何が不幸のもとになり、何が幸福をもたらすかわからない。


「漢書 賈誼伝」

(白文)夫禍之與福、何異糾纆

(訓読)それ禍と福、何ぞ糾える纆に異ならん。


「史記 南越伝」

(白文)因禍為福、成敗之転、譬若糾纆

(訓読)禍によりて福となす、成敗の転ずること、譬れば糾える纆のごとし。

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