筥迫
「こりゃ煙草入と矢立をひとまとめにしてあるだらず。えらい珍しいもんだ」
「義父上が外出の途中で一句閃いたおりにも使えましょうかと」
清次郎は「も」をことさら強調して言った。趣味の俳諧連歌に関係のない使用方法のほうが重要だと思っているからだ。
「何があるね?」
「煙草入れの袋の方に、ポケットがあります。縫い目を重ねて見えづらくしてありますが」
「ほーん。そこに細く切った薄紙でも入れておけ、とな?」
赤松弘の職務は徒目付である。捜査で得た情報を人の目から遠ざけるためには、懐や袂ではないところに隠しておきたいこともあるだろう。
「そのあたりは、義父上がお使いやすいようになさればよろしいかと存じます」
清次郎は義父へニコリと笑いかけた。
「よし、好きなように使う。かたじけねぇ」
弘は煙草入れを掲げて、清次郎に軽く頭をさげた。
清次郎も軽く頭を下げる。
同時に誰にも気付かれないほど小さく視線を動かした。
鷹女が、不服そうな、不満そうな、軽蔑したような、羨ましげな目を、清次郎に向けている。
清次郎は頭を下げたまま膝行して後退し、背負荷物のありかまで戻った。
「こちらは義母上に」
差し出したのは、筥迫と呼ばれる、紙入れから発展したウォレットポーチだ。薄い箱形をしており、懐紙、化粧品、櫛、手鏡、お守り、そして金子などを入れ、チラリと見せるように帯や袂に挟んで持ち歩く。
「まあまあまあまあ」
きぬ女が目を輝かせた。
筥迫は実用品だが、装飾品の側面も持っている。高級な物は革や錦織、豪華な刺繍を施した絹などで仕立て上げる。当然そういった品物は高価な代物になる。特注品を仕立てれば益々高額になる。
だから当初は、御殿女中や高禄の武家の女性、裕福な商家の婦人達が身に着ける服飾小物だった。
いつの時代でも、綺麗可愛い便利な品物は多くの女性を魅了する。その心持ちは貴賎も老若も問わない。
そうなれば、最高級の一点物ばかりでなく、材料を安価な物に切り替えたり型を統一するなどして費用削減をした量産品が売り出されるのは必然だ。
「恥ずかしながらこれはそういう既製品の品です。布地も綿で色味は地味。飾り物も房飾りぐらいしかついていない」
「いえ、私のようなばあさまには、こう言う色合いのほうがよいのですよ。真っ赤や真っ黄の小物をもっていても、それに似合う派手な着物がないですもの」
「すまんな。いい着物を着せてやれんで」
弘が、半ば冗談めかし、半ば本気で言う。
「着る物など、冬に温とくて夏に涼しければ、色やら材やらは何でもいいのですよ」
きぬ女はニコニコ笑って夫に答え、清次郎に向き直った。
「清次郎殿、ありがとう。大事に使わせていただきます」
再び頭の下げ合いが一通り行われる。
鷹女が、不服そうな、不満そうな、軽蔑したような、羨ましげな目を、清次郎に向ける。
清次郎による膝行後退と荷物探りで取り出された三つ目の土産の品は、一尺ほどの細長い袋だった。
麻の地味な袋の口を折り返し、共布の紐で縛り止めてある。
『白鞘袋』
と気付いたのは鷹女と弘だった。
白鞘は朴木で作られる刀剣の鞘だ。装飾は全くない。また材は柔らかな朴木であるから強度もない。錆を防ぎ、刀身の保護・長期保存をすることだけを目的とした物だった。
その保存用白鞘を包むのが白鞘袋だ。
白鞘袋は大抵、麻や綿で作られるのが常だ。実用品であるから、飾り立てる必要はない。だから色柄は地味で、房飾りなどもない。
「これは鷹女殿に」
清次郎が白鞘袋を差し出すと、鷹女は無言で受け取った。興味と期待と僅かな不審と疑問が宿った目を、清次郎に向ける。
「是非ご覧頂きたい」
清次郎が言い終わる直前に、鷹女は鞘袋の緒を解いた。




