煙草入れ
居間兼仏間の六畳間に赤松家の人々が集合している。上座に赤松弘が座し、左右に妻のきぬ女と娘の鷹女が座った。
今のところ、清次郎は家族ではなく客だ。しかも、無役の次男坊である。
主人である弘に相対して下座に座した清次郎は、座布団を外してから弘に向かって平伏した。
「赤松清次郎、本日帰国いたしました。再びの江戸出府までの間、暫しお世話になります。何卒よろしくお願い申し上げます」
「まあ膝を崩せ。お前達は江戸から歩いてきたんだ。座布団を支って足を伸ばしたところで、お前の弥一郎や柔太郎めが商売にしている、孝だの忠だのとうるさい孔子先生とやらも、バチを当てんべぇ」
弘は鷹揚そのものの笑顔でいう。きぬ女もにこやかにうなづいていた。
残る鷹女は無言で、身動き一つすることなく、能面の小面のような顔を清次郎に向けていた。それなのに視線の焦点は清次郎には合っていない。
清次郎と鷹女は初対面である。何故このように「嫌われている(少なくても好かれてはいない)」のか、清次郎には解らない。
とはいえど、
『このお嬢さん、おれが足なんか崩した日にぁ、飛びかかって殴りに来るだろうな』
だろうことが脳裏に|画像が再生される程度には《ありありと》想像できた。それくらいに鷹女の総身には不機嫌と嫌悪が満ちている。
当然、正座を崩したり座布団を戻したりといったことを、清次郎はしなかった。
「いえ。くつろぐよりもまず、皆様にお渡ししたい品物がございます」
清次郎は出来る限りの笑みを顔に拡げた。その場の誰の口も開かせる暇を与えまいと努めている。
「義父上、皆様に江戸土産を持って参りましたので、是非お目に掛けたいのですが……?」
返事を待たずに、清次郎は自身が江戸から背負ってきた荷物を素早く開いた。
一番下に詰め込まれた「四分の一」は芦田家に持って行く物だ。件の縞帳と草木染めの見本帳も含まれる。
真ん中の「二分の一」は明日の登城のおりに持って行き、藩の書庫に収蔵されるされることになる書籍の一部。――収蔵書の大半は秀助が背負って来た荷の方に入っている――
一番上に積まれてる「残りの四分の一」の品物が、赤松家の人々向けの土産の品となる。
清次郎は一番上の荷物のさらに一番上から袱紗包みを一つ取り上げた。
「まずは義父上さまに」
赤松弘の前に膝行して袱紗包みを置いた。中味は、
「む、煙草入れか?」
根付けは金属製の小ぶりな印籠型で、枝竜胆が浅彫りにされている。
刻み煙草を入れる袋は綿布で仕立てられていた。止め金具は菱笹竜胆の凝った文様になっている。開けてみると、内部は裏打ちがしっかりとしていて厚みがあり、頑丈そうだ。
煙管筒は木製で、一般的な物よりは太めに見受けられた。蓋を開けてみると、口は一般的な物と同じ程度の内径だった。
『あの清次郎めがわざわざ「義父上に」と言って持ってきた物なら、通り一辺倒な品ではないはずだ』
煙管筒の蓋を閉め直した弘は、煙草入れを上から下から、部分品一つ一つにまで微に入り細を穿って、矯めつ眇めつ、隅々まで眺めつくした。
「ふむ」
何か思いついたらしい弘は、煙管筒の鐺を引っ張った。
すぽん、と軽い音がした。
半寸ばかりの「蓋」が取れたのだ。
その蓋に吊られて、細長い棒状の物がずるりと出てきた。
細筆だった。
「なるほど」
煙管筒の中が二重に仕切られていて、本来の蓋を開けたほうに煙管を入れ、鐺を開けた方に細筆が入るようになっているのだ。
この事実に納得をした弘の目は、煙管筒から根付けに移った。
金属にしては軽い。
中空だな、と察した弘は、迷わず小さな印籠を上下に引いた。
こぽん、と幽かな音がして、龍脳と膠の混じった匂いが立った。
模型印籠の中には黒く染まった綿が詰まっている。墨入だ。




