表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と鷹女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/59

早く早く

 実を言うと、清次郎が赤松の家に「帰って来る」のは今日が初めてだ。

 赤松家の養子となることが決まって以降も、帰藩することがあれば、帰る先は木町の芦田の家だった。

 近頃は当人もすっかり「赤松清次郎」と名乗り呼ばれることに馴染んでしまっているが、正式にはまだ「芦田清次郎」なのだ。実家に帰るのが当然だろう。


 養父となる赤松弘とは実父である芦田勘兵衛の友人として、うっすらとした面識があった。養子入りが本決まりになって以降、幾度か手紙の行き来がをするようになり、そのお陰で、幾分か親しみを抱くようになった。

 だが他の家族とは一面識もない。弘の後妻・きぬ女とも、妻になるらしい長女・(たか)(じょ)とも、直接的なやり取りはしてこなかった。むしろそれを避けてきたきらいがある。

 清次郎からすれば、赤松家の女性二人は「名前は知っているが、他人」という感覚だった。

 その感覚が一種の疎外感となったものか、あるいは照れからくる決まり悪さを覚えたものだろうか。


「おれは知らない人が、(こと)(さら)に女の人が苦手でね」


 ともかくも、清次郎は赤松家屋敷前に到達してから長い時間、門を潜ることも戸を叩くことも(ちゅう)(ちょ)しているというわけだ。


「ええ、そいつは前々からお察し申し上げておりますよ。よそよそしいというか、人と話すときなんかは間合いが広いと言うか」


 秀助は軽い口調で真面目顔をしている。

 重い荷物(しょせき)を背負ったまま立ち尽くしているのにはさすがに飽きた。


「先生にもいろいろご事情がおありのようでやすが……ともかくも今はここが先生の()(たく)なんでやしょ? ほら先生、早いとこお邪魔しましょうよ」


「今は……今となっては俺の家はここ、か。確かにそうだ」


 清次郎は背筋を伸ばした。(えり)(もと)を正す。


「有難う秀助。お前さんの言うとおりだ」


 ぺこりと頭を下げた。秀助が驚いた、その上で嬉しげな顔をする。


「お礼なんて……でも、おいらがちったぁお役に立ったってことでやすか?」


「うん。ちっとどころじゃぁない。お前の言葉のお陰で決心が付いた。

 行こう。いや、帰ろう。このおれの、()()()()()()()()()に」


 清次郎は一歩踏み出した。歩を進め、門を潜り、(しき)(だい)の手前で立ち止まった。

 咳払いをする。


「お頼み申ぉす!」


 という呼びかけの言葉が消える前に、玄関内の(つい)(たて)(かげ)から何かが飛び出してきた。

 清次郎は反射的に左足を引いた。右手を刀の(つか)に伸ばす。


 抜けない。


 旅装であった清次郎の腰の長刀には「(つか)(ぶくろ)」が被されている。


『しまった!』


 (あせ)りを覚えたのは、だが一瞬のことだった。

 清次郎の右手と左足は(すみ)やかに(おだ)やかに元の位置に戻る。

 衝立の陰から飛び出した人は、式台をも軽やかに跳び越えて、清次郎の真正面に着地した。


「おう、(せい)! しばらく見ぬ間に、ずいぶん背丈も何もでかくなりおったな!」


 衝立の陰から飛び出した人は、清次郎の両肩をバンバンと叩いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ