表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と鷹女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/59

自らを恃《たの》む

 最初の泊まりは板橋宿だ。中山道を追分まで進んで、そこから北国街道に入って信濃を進む。

 この度の赤松清次郎の帰藩は藩命を受けてのものだから、泊まりは上田藩御用の(はた)()が指定される。


 その夜、秀助は蒲団から這い出した。


 秀助は全くの()(ひつ)だというわけではない。

 十歳ぐらいまで育ち暮らした裏長屋の近くに、小規模な筆学所(てらこや)があった。

 浪人者のお師匠さんが町人や浪人者の子どもたちに読み書きと(そろ)(ばん)を教えてい、その筆子(せいと)の中に秀助もいたわけだ。

 お陰で()()や簡単な漢字は読める。三桁程度の()()(せき)(しょう)ならどうにかなる。

 しかしそこまでだ。

 筆学所で学び取れたのは、町人が生きて行くのにギリギリ必要な基礎学問に過ぎない。

 難しい漢字などは読めない。(よん)(そく)(えん)(ざん)も四桁を越えると()(たん)にあやしくなる。


 下男として生きてゆくのなら、それだけでも十二分だ。

 だが秀助はもっと学びたいと思ってしまった。


 (あん)(どん)(ひと)()を掛けてから、火を()き立る。部屋の大半は暗闇のまま、秀助の()(もと)(まわ)りだけがほんのりと明るくなった。

 秀助は手探りで荷造りされていた書物の塔の、一番上にあった一冊を手に取った。

 その表紙にある文字の内、彼が読めるものだけをボソボソと読み上げた。


(きた)()()……(くさ)


 意味が通じない、ということは、秀助にも判る。

 だが(さと)い秀助はすぐに妙案を思いついた。そしてその妙案を行動に変換した。

 秀助は眠りの中にいる清次郎の()()をばっと引き()がした。ほとんど本能的に横向きに身体を丸めて防御姿勢を取った清次郎の体を、ゆっさゆっさと揺さぶった。


「先生、赤松先生」


 こうもされれば、さすがの清次郎も目を覚まさざるをえない。

 目覚めた直後の清次郎は(ひど)く不機嫌だった。

 起き抜けの(かわ)いた(のど)からはガサガサにかすれた声が出た。


「何がどうしたって?」


 秀助は(きょく)(りょく)(おさ)えた声で清次郎に()いた。


「先生、これの読み方を(おせ)ぇて下さい」


 清次郎は秀助が差し出した書物ではなく、部屋の中を見回した。

 闇の中にぼんやりと(あん)(どん)の灯が浮かんで見える。

 行燈の半分を衣で(おお)って明かりを弱めてあるのだから、室内は暗い。

 清次郎にはその暗い明かりに覚えがあった。


 (あし)()(せい)()(ろう)(とも)(ひろ)として瑪得瑪第加(マテマチカ)塾に入塾したばかりの、十八歳の頃だ。


 瑪得瑪第加(マテマチカ)塾には、いや江戸、あるいは(けい)(はん)には、全国から「秀才」と呼ばれる者たちが集まってくる。

 彼らは最低限、都会に出ることが許されるだけの実力、つまり「他の秀才たちと同じ程度」の学力を持っているだろう。

 それは(すなわ)ち、巨大なドングリの背比べ、だ。

 その事実を知る瞬間まで、彼らは「自分は特別な人間である」と信じて生きてきた。彼らは国元随一の秀才なのだ。藩から、領主から、同僚から、学友から、親戚一同から、金と期待を掛けられて送り出された逸材だ。

 そんな「(ひゃく)(ぼん)の秀才」が、覚悟もなしに(こう)()に出てきたならどうなるか。

 自分たちよりも更に上の純粋な天才の存在を認知したら、どうなるか。

 彼らは己が凡人(ふつう)であることを思い知らされ、多くは酷いショックを受ける。


 そのとき、秀才たちの心の中にどんな変化が起きるだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ