それも修業
手紙の概要は以下のような物だ。
『不純な時候であるから気を付けるように。国元も朝夕が寒く昼間が暑かったり、雨が降り続いたりと、自分などは綿入れを着る始末だ。
江戸はこちらよりも早く夏が来ると聞く。筍も多く出ているそうだが、食べ過ぎては体に悪いので用心せよ。
柔太郎が昌平黌に入学したら、着物は兄弟で着回しするといい。
養子口のことはこちらで如何様にもするから心配せずによい。
お前は今まで通りに、お師匠様や学友の皆さんに迷惑を掛けないよう、勉学に励むように。
云々』
取り留めの無い内容だが、こういった文面も、筆の赴くままに書いた家族からの手紙としては不自然なものではないだろう。
「父上が考えた文面でございますから、私がどうこう申し上げる必要はないかと存じます」
「では、江戸の藩邸に送って、瑪得瑪第加塾に届けて貰おう」
勘兵衛は静かに起ち上がった。
柔太郎は蒲団の中で仰向けになった。
腕と喉がヒリつく。体がだるい。
独り言をいいたくても声が出ない。
『ああ、父上は赤松の小父御の所を清次郎の養子先にと考えられたのだな。つまりは清次郎を鷹女殿の婿にと……』
目を瞑った。蒲団が暖かい。柔太郎は深い眠りに落ちた。
十日ほど休養した後、柔太郎は出仕を再開した。
腕や脚には痛みはまだのこっている。
しかし喉は恢復した。国家老・河合五郎太夫直義特製の煎じ薬が、柔太郎の体には良く合ったものらしい。
「もう五日か十日ほどは休んでいても、誰も文句を言っては来ないと思うが」
道場に出向くと河合家老が渋い顔をした。
「寝るのにも飽きもうしたので」
そうは言ったのだが、実際は違う。
芦田柔太郎の職務は明倫堂で教授に代わって四書五経の素読をすることなのだから、喉が治って声が出るようになれば、手脚が多少痛んでも仕事に支障は出ない……と、判断したのだ。
河合五郎太夫は手にした竹刀の先で柔太郎の道着の袖口をまくり上げた。
腕には青あざがくっきりと残っている。
「お主は確かに儒学者ではあろうが、武士であることこそが本分である。
この腕で道場に来たところで竹刀が握れるか? いや、いざというときに長刀を抜けるのか?」
反論は出来ない。
「いいえ。今のそれがしには無理でございます」
柔太郎は五郎太夫の前で頭を垂れた。
「素直なことだな。己のことをそれだけ解っておれば、それで良かろう」
五郎太夫は柿渋を塗りたくったような顔で、道場の隅を指した。
「儂が良いというまではお主は竹刀を取ってはならぬ。あの辺りに控えて兄弟弟子共の稽古を注視せよ。それもまた修業だ」
「ありがとうございます」
深く礼をした柔太郎は、五郎太夫に指し示された道場の隅の壁際へ移動し、すとんと正座をした。背筋を伸ばして、兄弟弟子・師範・師範代たちの乱取り稽古を見つめている。
その日、広瀬……いや赤松鷹女は稽古に来なかった。
その翌々日の柔太郎の稽古日にも、鷹女は来ない。
その次の稽古日にも、彼女は現れない。
『稽古日を変えたのかも知れない』
柔太郎はそれまでは道場に来なかった日に顔を出してみた。
鷹女の姿はどこにも見当たらない。
『あれほど剣術に打ち込んでいた鷹女どのが、すっかり剣術を止めてしまった……とは考えにくいな。
どこか別の道場で修業を積んでいるのか、あるいは自己修練を続けているのだろうか』
たまに柔太郎は考える。考えはするが、積極的に確かめてみる心持ちにはなれない。
そんな日々を昨日まで送ってきた。
今日になって、清次郎が『鷹女にフラれた』と言ったからには、少なくとも昨日から今朝ほどあたりまでは彼女が赤松家に居たのは確かだ。
このあと彼女はどうするつもりなのだろう。清次郎と結婚せずに赤松家に居続けるのだろうか。清次郎に心を開かないまま夫婦になるのだろうか。
柔太郎の疑問は、翌日解消された。
赤松鷹女は出奔していた。




