薄恥を掻く
「さて」
襖にさえぎられ、蒲団をかぶっている柔太郎には見えるはずもないのだが、芦田勘兵衛は困り顔で顎の辺りをなで回していることだろう。考え事をする時の父の癖の一つだからだ。
暫しの無言は長考の産物だ。
「ご家老様がどういうおつもりで彼の事柄について末輩に尋ねることを方々に示唆なさったのか解りかねます。何分にもこのことの仔細を話せば『広瀬家』と、何より当家の恥になりますでな」
柔太郎の耳が小さな衣擦れの音を聞き取った。
「なにとぞ方々におかれましてはこの儀お忘れ頂きたく、御願いいたし候」
勘兵衛の言葉は語尾に近づくにつれてくぐもって聞こえる。畳に額を擦り付けているに違いない、と柔太郎は推察した。
親子ほども年が離れている若者たちに対して、勘兵衛は平然として頭を下げている。彼はそれが出来る男だった。
「あ、先生、そんな、我々などに頭を、そんな、頭を下げないで……」
言葉を詰まらせているのは鈴木弥門だ。動揺している様子が柔太郎の閉じた目に見える。
そして、
「いいえ、我々こそ余計な詮索をいたしました。何卒ご放念下さい」
という冷静な言葉は加舎金一郎のものだ。恐らく手を突いて頭を下げているに違いない。美しく背筋を伸ばしている彼の姿を想像するのは、柔太郎には容易い。
勘兵衛と金一郎。狭い座敷で二人の男が頭を下げ合っていることになる。その二つの後頭部を弥門がオロオロとしながら交互に見ているのであろう。慌てふためいている彼の声が漏れ聞こえる。
「と、ともかく、先生も金一郎どのも、頭を上げてください。今日の……今日、我々がお伺いしたのは、このことを話すためではなくて……」
「あ、そうであった!」
金一郎は少しばかり大きな声を出した。そのあとにガサゴソじゃらじゃらといった音を立てている。
「本日お伺いたしましたのは、こちらをお納めいただくためです。
明倫堂文武両館の師家、子弟たち、及びその他藩士、それと町分村分の者たちから預かってまいりました。柔太郎どのへの見舞いの金子でございます。
取り急ぎまとめましたものにございますので、銭も銀も金も細かい物の両替をしておりません」
「……切賃も莫迦にならぬゆえ、のう」
勘兵衛が極めて真面目な声で言う。
切賃というのは、両替手数料のことだ。元々は金銀の地金を鋏や鏨で切り分けて重さを量って使用したことから、「大きな金を細かく崩すときの手数料』をそう呼んだ。
時が流れて、『小銭を上の単位の貨幣に両替する場合の手数料』もそのように呼ばれるようになった。




