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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
柔太郎と鷹女

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33/59

親兄妹

 (もう)(じょ)(れつ)(じょ)という言葉を体現しているようなあの鷹女の兄……と想像した柔太郎の脳裏には、恐ろしく強げな剣士の姿が浮かんでいる。

 所が、河合五郎太夫は意外なことを言った。


「親の跡を継ぐのを嫌って、茶の湯の方に進んだ」


「茶の湯?」


 意外な答えであった。柔太郎は訊き返したあと、ひどくむせた。


 武家に取って、茶道の(たしな)みはある程度「必要なもの」であるが、それそのものを「武士の職分」として行うことはない。

 例えば、城中で茶を振る舞ったり、茶会を取り仕切ったりする「茶坊主」という役職がある。彼らは登城して働くが、武士ではではない。

 坊主というだけに(てい)(はつ)して(そう)(ぎょう)を取っているのだが、その実、(そう)(りょ)でもない。詰まるところ町人である。

 もし、武士としての役目を持ちながら茶道を習い嗜むのでは足らない、茶の道を突き詰めたい、どうあっても茶道一つで身を立てたい……というのなら、武士の身分を捨てる必要があるのだ。


 武士としての出世が見込めない低い身分の者であれば、あるいは、その低い身分を捨てて、()()()()()()を目指そうと考えることが、まったく無いとは言えない。

 事実、武家から医者や学者、書家、宗教家などに転じた例はいくつもある。帰農する者は多かったし、商才を発揮する者もいないではない。


 鷹女の兄が何をなにゆえに茶道家を目指そうと考えたのかは、他人には解らないことだ。

 しかし。

 もし、茶道一本に集中して、大家、家元、教授、といったところまで上り詰めることが出来たならどうなるだろうか、と、想像を巡らせた可能性を否定することはできない。

 武士も、富商も、豪農も、伏して教えを乞いに来るのではないか。

 城内で殿様やご家老衆の(ちょう)(あい)を得られたなら、上級中級の武士団さえも、深く頭を下げて敬うかも知れない。


 どんな理由や目的があるにせよ、思い切った行動を取ったものだ。


「まあ職分はともかくとして、だ。

 詳しいことは言えぬが、その兄という男は、仕事の上で許されないヘマをやらかした。なおかつ、そのヘマを(いん)(ぺい)しようとした」


「それは……」


「そのヘマと隠蔽工作が()()()()()に見抜かれ、関わった者ども全てが告発された。

 その(かち)()(つけ)というのが、鷹と兄の実の父親だ」


 柔太郎は息を飲み込んだ。


()(しょう)(むす)()の犯した罪だが、一方で父親の手柄でもあった。家の取り潰しはどうにか逃れた。ただし兄は(はい)(ちゃく)だ。まあ、茶の湯一本に道を絞った段階で、家を継ぐ資格を半ば失っていたともいえるが。

 ともかくも、アレの家は、家督を継ぐべき男がいなくなった。

 そういうわけであるから、鷹は(くだん)の許嫁――当然、先方の嫡男(あとつぎ)なわけじゃが――そのところへ嫁に行く心づもりでいたというのに、別のどこかの家の次男三男を婿養子(むこ)に取らねばならなくなった、という次第じゃ」


「なんと申し上げれば良いか、私などには解りませぬが……その、鷹女殿はかわいそうというか、残念なというか、(あわ)れというか」


「うむ。女人はあわれだな。

 いや違うな。武家が哀れなのだ。

 家を繋いで行かなければならないという縛りがあるから、好きな道を選び進むことが中々に許されぬ。

 たとえ許され、勝ち取ったとしても、失態があれば家を巻き込む事になる」


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