表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
柔太郎と清次郎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/59

ナイショ話

「さすが兄上、行き届いておりますなぁ」


 清次郎は()(だる)の風呂敷包みを引き寄せて膝に抱き上げた。愛おしげですらあるその様子を見て、柔太郎は少しばかり厳しめの声で言う。


「おはぎは()(ずき)(あん)()(るみ)(あん)が四つずつ入っている。

 くれぐれも言うが、八つ全部がお前の分なのではない。家族四人に二つずつの勘定であるからな。

 ちゃんと、赤松のお父上と(おんな)(しょ)……お母上と、お前の(よめ)()にも取り分けて、各々召し上がって頂くように」


 清次郎が眉をほんの少し曇らせた。

 この清次郎の顔つきを、柔太郎は、

『好物の甘味の摂取量を制限されたため』

 と見てとった。だから、


「赤松のお父上がご酒を上がることに専念なさるようであれば、残ったおはぎの()()については、そちらの家中で決めることだ。私はお前に『喰うな』と言える筋合いではない」


 笑いかけた。

 清次郎は薄い困り顔のままスイと起ち上がった。

 座っている柔太郎が弟を見上げる格好だ。

 清次郎は腰をかがめて、柔太郎の耳元に口を寄せる。


「これはまだ、正式な話(決まったこと)ではないんですが……」


 ようやっと聞き取れる程のささやき声で清次郎が言う。

 なんの(ない)(しょ)(ごと)であろうか……柔太郎は耳をそばだてた。


「赤松の父の(ちゃく)(じょ)の、(たか)(じょ)殿でありますが……」


「うむ、お前の嫁女殿……ああまだ婚礼前であるから、厳密には許嫁(いいなずけ)殿ということになる、のか。しかしいつ(さかずき)(ごと)をやる予定なのだ。お前が江戸に戻る日取りは知らぬが、その前には済まさねばなるまい」


 柔太郎の声も、清次郎の声音に引きずられるようにして小さくなる。

 清次郎がこくりとうなづいた。


「そうそう、その件なんですよ。その鷹女殿にですね……このおれが、ですね……」


 言いづらそうな清次郎のこそこそ声に、柔太郎は一層神経を集中させた。

 その時。


()られ申したっ!」


 巨大な()が、柔太郎の()(まく)を貫いた。

 金属がかち合ったときの(みみ)(ざわ)りな音を数倍不快にさせたような高音が、()(がい)(こつ)の中で反響する。

 頭を抱え込み、床板に転げ廻る柔太郎に対して、清次郎は深々と頭を下げた。


「兄上より()(よう)な良きものを頂戴いたし、赤松清次郎(きょう)(えつ)にござる。(しか)らば本日はこれにてお(いとま)させて頂きます。ごめんくだされましょう」


 (こと)(さら)(てい)(ねい)(こう)(じょう)を述べると、赤松清次郎は内玄関に続く戸板をやや乱暴に開けた。

 (かまち)に脱ぎおかれていた(ぞう)()を引っかけて、風呂敷包みをしっかりと抱きしめ、ばたばたと門外へ出、あっという間に駆け去って行った。


「あやつ、私の草履を履いて行きおった」


 ようやく起き上がった柔太郎は、しばらくの間、片耳を抑えたままで板戸の隙間から弟の見える筈のない後ろ姿を眺めていた。

 ふわりと()()の匂いがする。


「あ、あの若先生……今の大声は一体?」


 しわがれた老下男の声が聞こえた。

 (ひこ)(ろく)である。

 柔太郎が(しょう)(へい)(こう)に遊学中、清次郎と一緒に浦賀の港に黒船の大きさを測量しに行った折りに、(とも)をしてくれた上田藩江戸藩邸の下働きの男だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ