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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
柔太郎と清次郎

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算盤ずく

「大きさの違う歯車を組み合わせる時に、それぞれの()(かず)(prime)にすることによって、噛み合い方が均等になるわけですな。そうすると減り方が(かたよ)らなくなる。

 歯車の素材の組み合わせによっては、必ずしもそうする必要はないのだというハナシも聞きますが……つまりは職人の都合でそうなっているわけではあるンですが」


 (prime)……(いま)(よう)に言うと()(すう)……とは、一とその数字自身以外の(やく)(すう)を持たない(割り算にしても割り切れない)数のことだ。


 (さん)(がく)()()の中には、奇妙な性質を持つこの数字たちを、(へん)(あい)する者が(まれ)とは言えぬ程度にいる。

 ただ、素数のみを研究するのは実生活にはあまり役に立たないことであるため、


「学問のための学問」

「純粋学問の見本」


 と、尊敬とも()()とも採れるいわれようをしてしまう。

 清次郎も、そういういわれようをする者の一人であるらしい。懐中時計の下げ紐を、片手の指でにじりにじりとたぐり寄せて、本体をグッと握り締めた。


「ああ、この世にある正確な事象は全て(そろ)(ばん)()くで説明ができる。なんと美しいことだろう。そして我が手の中に、その小さな一端が収まっている」


 ここで清次郎が言った「算盤尽く」は、本来の意味である「(かん)(じょう)(こう)いこと」を指しているものではないのだろう。

 この世は数字で動いている。この世の不思議はみな計算すれば解き明かせる。

 筋金入りの算学数寄の清次郎はそう信じている。


「正確に時を(きざ)むこの美しい機関(からくり)を手に入れたおれは、時そのものを手に入れたに等しい。そうは思われませんか、ねえ兄上」


 清次郎は真っ直ぐな眼差しを兄・柔太郎に向けた。(ふく)らんだ鼻から、自慢と自信で熱くなった息が吹き出る。

 柔太郎の眼が細くなった。


(ずい)(ぶん)とエラそうな口ぶりだな」


「兄上ぇ……自分が時計を持っていないものだからといって、そのようにやっかまなくても」


 にんまりと笑った清次郎の顔面に、


()()(もの)!」


 大きな声の(かたまり)がぶつけられた。


「ひっ」


 清次郎は座ったままの格好で、一尺(三十cm)ほども飛び退いた。

 その一尺を、柔太郎が一歩進んで追いかける。


「エラいかエラくないかと言えば、エラいのは時計を持っているだけのお前ではなく、正しく刻を計ることが出来るその時計である!

 大体、その(とき)を正しく告げてくれる有難い時計を持っていながら、お前はいつも時間を守らないではないか!

 今日も登城の時間を四半刻(三十分)も間違えたであろう!」


何故(なんで)そのことを? たしか、今日は兄上は非番(やすみ)だったはずでは?」


 両親が親戚の祝い事で留守にしており、且つ、兄が登城していないのを見越して、今日を藩のお偉方へ報告に上がる日になるよう、清次郎は裏表から微調節を施したものらしい。


「私自身が明倫堂(つとめさき)にいなくても、城主御屋敷(おやしき)(うち)の話は耳に入ってくる。(くに)()(ろう)(ひっ)(とう)の藤井様の筋から、な」


「二人()()()()(なみ)な兄上のところに、どうしてそんな高い所から話が廻ってくるんですかぁ」


「日頃の行いの(たま)(もの)だ。例えば、私は時計を持ってはいないが、(とき)を誤って人を待たせる様なことを決してしない。そのように、日頃より誠実に勤めているからこその信頼が、私にはある!」


 言葉にとげがあること、そのとげが時計とそれを持つ弟への嫉妬(やきもち)によるものであることは、柔太郎も理解している。恥じてもいる。そしてそのとげが清次郎に気付かれなければよいと願っている。

 願いは叶った。

 清次郎は再び、


「ひぁっ!」


 というような声を上げて、更に一尺(三十cm)ほど飛び退いた。

 広くない()()()(なが)()の一軒の狭い一室なのだ。その先は板戸で仕切られている。


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― 新着の感想 ―
お兄様の正論にたじたじですね 最近はステータスになってる気がしますが、確かに時計って手段でしかないですよね  
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