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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
柔太郎と清次郎

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24/59

赤い紐

「と言った(あん)(ばい)で、おれが苦渋の決断の末に手に入れたのが、その(しま)(ちょう)である、という次第です」


 清次郎は胸を張って、荒い鼻息を吹き出した。

 柔太郎の目が針の様に細くなっている。その細めた目で、弟の(ふところ)から腰のあたりを見つめている。


「お前の話を聞く限り、(しら)()()(しょう)()()という(じん)は、商人として優れた人物だと見受けられる」


 静かな、落ち着いた声で兄が言うのへ、清次郎は、


「いや、全く(もっ)てその通りですが……」


 (こたえ)えにもならない応えを口の中でもごもごと言いつつ、柔太郎の視線を追った。

 自分の懐から赤い紐が出ている。

 紐は腰まで伸びて、先端の根付けが帯に挟まっている。


「その優れた商人が、一つの依頼(たのみごと)に二つ以上の礼金をくれるものかね? なんの意図もなく?」


 柔太郎は普段の彼の学者らしい(ゆう)(ぜん)とした(しょ)()からはとても信じられない素早さで、その紐を掴み、引いた。

 紐に引っ張られて、清次郎の懐から出てきたのは、(きん)(ふる)()色をしたの丸い金属だった。

 清次郎は慌てて手を出した。その小型の機械式時計が床に落ちてしまう前に、(てのひら)で受け止めることに成功した。

 柔太郎は弟の懐の物が懐中時計であると覚っていた。覚っていたから、紐を引いたのだ。

 そうして、中古であっても貴重で高額な機械を、板張りの床に落とさせるようなまねはするつもりがない。

 清次郎は掌の上の衝撃の小ささから、そのことに気付いた。


「ああ、おれはいつもこうだ。何かに夢中になると、他の事への気遣いをすっぱりと忘れてしまう」


 懐中時計を握り締めて、清次郎は溜息をついた。

 柔太郎は微笑して、懐中時計の提環(ボウ)に結びつけられている紐から手を放した。


「……二問作ったんですよ」


 清次郎は恥ずかしげに微笑した。


「二問? 白木屋殿の依頼の、算額用の問題を、二つ拵えた、と?」


「どちらかを選んで貰おうと思いましたら、どちらも欲しいと」


「ほう?」


「二つの問題をささっと図に書いて、並べましたら、

『両方を解いて、(しの)(ばずの)(いけ)(べん)(てん)(どう)と、()(だい)()とに奉納させて頂きます』

 と。

『ですから、謝礼の品も二つご用意いたします』

 と」


「なるほどそうやって、江戸の高級呉服屋特製の縞帳と(きん)(ばり)の懐中時計などという貴重な品の、両方手に入れたのか? それでどんな問題なのだ?」


「ははぁ、おれの拵えた問題を解きたいと?」


 清次郎はやや得意げな、あるいはしたり顔とも言えそうな顔をして兄を見た。


「……とは思う」


 柔太郎はやや口惜しげな、あるいは物欲しげとも言えそうな顔で弟を見た。


「じゃあ言えませんよ」


 きっぱりと、清次郎は言い切った。一呼吸置いてから、少々不満げな顔つきをしている柔太郎に、


「算額というのは、そこにある寺社にただ信心を持って参拝し、ふらりと絵馬堂を覗き込んだときに始めて出逢(でお)うた物を、虚心に解いてこそ価値があるのです。

 もしおれが拵えて白木屋殿が見事に解いた記念に算額として奉納した問題を、兄上も解いてみたいとおっしゃるなら、北国街道を江戸まで上って上野の山を詣で、不忍池の弁天堂にお出向きなさいますよう」


「もう一問は?」


「池ノ端中町の高級呉服店・白木屋の上客にでもおなりになって、どうにか大旦那の(しょう)()()殿と懇意になり、その()(だい)()とやらの場所を教えて貰えばよろしい」


 にんまりと笑った清次郎に、柔太郎の返答は、


「お前ならそう言うと思っていたさ」


 という言葉と微笑だった。



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