贈りたいものと欲しいもの間にある解離
「さてさて」
ひとしきり笑ってから、白木屋は居住まいを正した。
「赤松先生。この白木屋庄兵衛に、算額に掲げるための難問を手前奴にお与えくださいましょうや? お礼には、この懐中時計をば差し上げます。
普段の謝儀にお金を上乗せして、とも思いましたが……、このことは普段の出教授とはまたお願いの内容が違いますゆえ、普段のようにお金で謝儀をお払いするのとは別に、ものを差し上げました方が良いかと存じまして」
清次郎は袱紗の上で金古美に光る丸い機械をじっと見て、生唾を飲んだ。
算額のための問題を作ることそのものに、大いに心引かれる。
懐中時計という機械そのものに、大いに心引かれる。
良問を作る楽しみを味わったその上に、見目麗しい機械を手に入れることが出来る。
こんな悦楽は、そうそうあるものではない。
飛びついて引き受けるのが、欲を持つ生き物である人として当たり前のことだ。考えるまでもないことだ。
清次郎は心を決めた。息を大きく一つ吐き、続いて大きく一つ吸い込んだ。
「申し訳ない。それは……引っ込めてください」
清次郎はこの上なく辛そうに頭を左右に振った。
絶対に喜ばれると思って差し出した贈り物を拒絶されてしまった白木屋の驚き振りは見物だった。
「赤松先生、懐中時計はお気に召しませんでしたか? ああ、古道具であることがいけませんでしたか?」
懐中時計と赤松清次郎の顔とを幾度も見比べたり、懐から手拭いを引っ張り出して額の汗を拭ったり、目を白黒させたり、忙しく振る舞っていた。
「いや違う。違います、そうではない」
そう応える清次郎は、白木屋とは打って変わって、体をぴくりとも動かさずにいる。
「喉から手が出るほど欲しいのです。ですがおれには……拙者には、ずっと前から白木屋殿にねだろうと思っていたものがあるんです。
そっちの方が世の中には重要で必要なものなのです。拙者個人のためでなく、世の中のためになる品なのです。
それで、拙者の人脈の中でそれを持っているだろう者は白木屋殿の他になく、機会があればそのことを相談しようと思っていたほどで。
報酬としてもらえるのであるなら、そっちの方が欲しい。そうです、そっちの方が重要なのです」
普段の清次郎に似合わず、要領を得ない口ぶりで言う。まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「ああ、白木屋殿、どうかその懐中時計をしまってください。拙者には目の毒だ。どうしても欲しいと言ってしまう。奪い取って懐に入れてしまう」
「先生、赤松先生、まあ落ち着いてください」
白木屋はさらにわたわたと慌てたが、それでも懐中時計をしまうことはしなかった。
「取り敢えず、その、手前ならば持っているであろう、世の中にとって重要なもの、というのは何でございましょう。それがどれほどに高価な物であるのかはわかりませんが、手前どもに手に入られる物であるならば……」
「手に入るも何も、すでに白木屋殿が作って持っておられるはず」
「手前が、持っている?」
「そう。呉服屋である白木屋殿ならば、間違いなく持っている」
「先生がご入り用な物で、手前が間違いなく持っている物、とは何でございましょう。申し訳ございませぬが、思い当たりませぬが」
「縞帳、です」




