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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
柔太郎と清次郎

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22/59

赤松清次郎は幸運である。

「さすがは赤松先生、コレが何かすぐにお分かりになったとお見受けいたします」


 白木屋が心底嬉しそうな笑顔で言う。清次郎はさらに強く拳を握って、


「いやいや白木屋殿、このご()(せい)に学問をやる者で、懐中時計(ウォッチ)やら置き時計(クロック)やらをまったく知らないような(やから)がいるはずがないじゃぁないですか」


 僅かにうわずって少し震えた声で言い、引きつった音を出して笑った。


 機械式置き時計は、天文年間、というから十六世紀中頃、火縄銃とほぼ同時期にポルトガルから日本に伝来している。

 その時計は当然、欧州(ヨーロッパ)で使われている(てい)()(ほう)――一日を昼夜問わず等分に分けて基準の長さを決める。欧州、そのシステムを受け継いだ現代社会では、一日を二十四等分したものを「一時間」と定めた――で時刻を表示をする品だ。

 しかしその頃の日本では()(てい)()(ほう)――日の出と日の入りを基準に一日を昼と夜に分け、昼と夜をそれぞれを等分(日本の場合は昼夜をそれぞれ六等分し、それを「(いっ)(こく)」と呼んだ)するため、季節ごとに基準の長さが変わる――を使っていたから、持ち込まれたままの仕組みで使うことは難しかった。

 しかし日本人職人たちは、あっという間に不定時法に対応した複雑な構造の仕掛けを(こしら)えた。

 江戸前期には日本独自の不定時法に準拠した国産の「()()(けい)」は、少数ながら流通しており、裕福な大名や豪商がそれらを所持していた。


 赤松清次郎が生まれた信州・上田藩は、(おもて)(だか)五万三千石((うち)(だか)およそ六万石)の小藩だ。しかも、長く続く冷害や浅間山などの火山噴火に起因する()(きん)の影響から、米の不作が続いているから、決して裕福だとは言えない。


 だが。


 藩を治める殿様の(ふじ)()(まつ)(だいら)()は、(かみ)(くん)(とく)(がわ)(いえ)(やす)(こう)(こう)()()の五男という、やや複雑な立ち位置人物を家祖とする。(さん)(しゅう)(じゅう)(はち)(まつ)(だいら)に連なる名家なのだ。

 その上で、現藩主・(まつ)(だいら)(ただ)(かた)は譜代の名門である(さか)()雅楽(うたの)(かみ)家から養子に入った人物で、(そう)(しゃ)(ばん)から()(しゃ)()(ぎょう)を経て(ろう)(じゅう)に就任した有能な政治家であった。

 (たいきん)はないが、()(がね)は回せる。大物(ごうせいなもの)は手に入れられないが、(たからもの)は集まってくる。


 例えば江戸の上屋敷、あるいは国元の藩主屋敷、国家老の屋敷に、和時計は存在した。城下の大きな商家や寺社などの、民間人にも所持している者があった。それを「拝見」する機会(チャンス)が、禄高十石三人扶持(年収130万円程度)という微禄の家の子ども(芦田家の兄弟)たちにもあった。


 あるいは。


 江戸という都市には、日本中の人と物が集まってくる。日本にもたらされた海外の物も、だ。

 そこに高名な学者の門弟として暮らしていれば、それを「拝見」する機会(チャンス)がいくらでも廻ってくる。


 赤松清次郎は運が良い。彼は国元と江戸で、置き時計(クロック)やら懐中時計(ウォッチ)やらを見知ることができた。


「とはいえ、懐中時計(ウォッチ)の実物を手に届きそうな間近に見るのは、俺も初めてなんですがね」


「いやいや、赤松先生は正直でおられますなぁ」


 白木屋は膝を打ち、声を立てて笑った。


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