手作りのお土産
「実にうらやましい限りだな」
心底うらやましげにいう柔太郎に、清次郎は眉根を寄せて見せる。
「兄上はそう仰いますが、コレはコレで、色々と気苦労もあるんですよ」
清次郎はわざとらしく抑えた声で言いながら、携えてきた風呂敷包みを膝前に出した。
中から書物が二冊出てきた。二冊とも手稿だ。
一つは、種々の植物の図版が描かれている。図版の横には細かな文字で簡潔になにがしかの手順が書き込まれ、鮮やかな色が添えられている。
柿渋の暗い橙色、末摘花の冴えた赤、小豆のほんのり赤い茶色、山藍の深い青、紅紫草のの紫、刈安の深黄、丁子の鈍い黄赤、槐樹の承和色、胡桃の実の皮の胡桃色、石榴の実の皮の天鵞絨色、臭木の水浅葱、蘇芳の蘇芳色、栗の毬の黒橡色、筍の皮の淡紅藤、桑の桑茶、梅の梅染、黃蘗の黄檗、楊梅の鶸茶、桜の薄紅色……
頁を繰る度に、瞳に新鮮な輝きが飛び込んでくる。柔太郎の目は驚きに見開かれた。
「うむ、なるほど、これは、そうか……」
柔太郎は勢いよく全ての頁をめくり、目を通し、もう一度最初から読み返し、最後の頁まで読み通した。
「素晴らしい!」
三度目の読み返しを終えて、柔太郎は腹の底から声を出した。
「糸や布を染めることができる草木の種類、そこから出せる色、その色を固めるための手法、ということか。
そしてこの文字は……清次郎、お前の筆跡だな。まったく、よくここまで調べ上げ、よくまとめ上げたものだ。
これは染物を生業とする人々にとっては、秘中の秘と言えるものだろうに」
「兄上のお言葉を借りれば『伝手』というヤツです。それを総がかりにしたんですよ。
幾件かの染物屋の主人やら隠居やらと、幾人もの染物の職人方に頼み込みましてね。お一人から一つ二つと、少しずつ伺った次第です。
そういう一つ二つが積もり積もって、山ほど積もらせた結果、それができあがりました」
「代講義と出教授で他人様の勉学を見、自分の学問もさらに深めつつ、その上にこのような調べ物や書き物もして……。
一体、お前はいつ寝ているのだ」
柔太郎は本気で清次郎の体調を心配している。
「俺から言わせて頂けば、そりゃは兄上の方ですよ。
藩校で他人様の勉学を見、自分の学問もさらに深めつつ、その上で養蚕と織物の研究実践をしている。
全く兄上はいつ寝ているんですか」
清次郎も本気で柔太郎の体調を心配していた。




