褒めて育てる
「赤松の父は、俺が詠んだ歌や句を見せると、必ず褒めてくれるんですよ。俺が見ても駄作間違いなしのものでも、どこかしか美点を見付けて、見付からなくてもこじつけて、褒めて下さる。
兄上もご承知の通り、俺は子どもの頃から算学以外で人に褒められたことがないものだから……いや、算学でも『算盤侍』と小馬鹿にされることの方が多かったのですが……まあ、つまりそのことがうれしくて、うれしくてならないんです」
清次郎は頬を上気させて早口に言った。
その口ぶりを、柔太郎は覚えている。
あの浦賀の港で黒船の測量をしたときだ。
日暮れて宿に戻り、黒船について、その測量のこと、全長産出の数式、外輪の径のこと、艦砲の口径のこと、使われているであろう火薬の種類の類推、蒸気船という動力機関とその操船術・航海術のこと、乗組員の練兵のこと……そういった事々を、行燈の火を生あくびをくり返す彦六に掻き立ててもらいながら、夜明けまで際限なく、計算し、推察し、想定し、議論し、語りあったときの、清次郎の、そして柔太郎の話し方そのままだった。
好きなことを語り出すと周囲のことなどお構いなしに熱心にしゃべり続けることと、当人達にとってはただの議論であるのに他人からは喧嘩にしか見えないということがらは、自分たち兄弟の生来の性質、いや、芦田家の家風なのではないかと、柔太郎は思っている。
柔太郎は心の内で微笑んだ。
「赤松殿は、己の立ち居振る舞いを見せ、褒めて育てる類型の師匠殿、だな」
心の内の微苦笑を顔に出さずにいう柔太郎に対して、清次郎は苦笑を正直に顔に浮かべて答えた。
「何かを教えることをしたとすれば、間違いなく言葉で伝える式の人ではありませんね。
というか、むしろ、口に出して語るのは苦手な人ですよ。俳諧を趣味としているというのに、ですよ。無駄なことをしゃべらないというか、いや必要な言葉すら口にしないというか。
なんであるにせよ、誤解されやすい類型の人であることには間違いないでしょう。他人にも、家族にも、理解されにくい仁ですよ。……それは徒目付の都合もあるかも知れませんが。自業自得とも申せましょうが、かわいそうな人です」
清次郎の顔が暗くなった。ただし一瞬のことだ。彼の顔はすぐに元に戻っていた。
「ともかく、俺に取っては有難い義父上です」
「で、お前は、その有難いお義父上のおわす海野町裏の家に帰らず、ありがたくもない実家なんぞに、どんな用があって来ているのだ? 板の間に墨をまき散らすためか?」




