黒猫とペンギンと契約書と~優秀な人材~
決着はついた。
気絶しているエビフライとメンチカツを主神レイドと六女神に任せ、僕は控室に。
目的は密談というか、対談である。
対談相手はもちろん大魔帝ケトス。
種族は魔猫。
外見はチェシャ猫のモデルとなったとされるブリティッシュショートヘアーに近いのだろうか、ふてぶてしい顔をした黒猫である。
彼は悠々と紅茶と茶請けのお菓子を貪りながら、ソファーにどでんと座っている。
『やあこうして直接対談するのは初めましてだよね? 私はケトス。大魔帝ケトス。これでも魔王軍最高幹部を任されている、いわゆる魔族さ』
『こっちの自己紹介は――まあ不要だろ』
『そうだね、もう調べさせてもらったよ』
臆することなく、僕もソファーに腰掛け。
『それで――逸話魔導書にある大暴れの魔王軍最高幹部殿が僕に何のようだ? 言っておくが、あんたの部下のニャイリスを利用してることに文句があるなら、お門違いだぞ?』
『分かっているさ、まずは先に言っておこう。こちらは君たちをどうこうするつもりはない。今のところはね』
牽制の言葉に大魔帝ケトスはふっと微笑し、慇懃無礼な紳士の微笑である。
今のところはという部分に含みはあるが……まあ敵意はないように見える。
神の教えを甘く深く諭すような、宣教師のような神父声で口を開く。
『まずは君の勝利に賞賛と感謝を送ろう、ありがとう』
『感謝だぁ?』
『私たち三獣神には君の勝利が見えていたからね、とても稼がせてもらったのさ』
それで感謝か。
しかし……。
『あのなあ、そっちの宇宙の基準は知らないが、未来視の濫用はどうなんだ?』
『何か問題でも?』
『強力過ぎる未来視は仮想世界、疑似的なパラレルワールドを生成する能力に近い。そこからあり得たかもしれない僕が量産されたのは知ってるだろ? 外なる神……ああ、僕たちは勝手にそう呼ぶことにしているんだが、ともかく! 偽神ヨグ=ソトース達の干渉の中継地点、内宇宙介入への起点にされる恐れがあるんだよ』
僕はちゃんと資料を添付しながら、グペ!
相手が強大な存在だと知っていても怯まず物申す。
黒猫は、へぇ……っと感嘆を零しながら僕の表示して見せた資料を、じっと眺め。
ニャハ!
『良く纏められているね、ねえねえ! どうかな? うちはいつでも書類仕事に追われているんだ、私の配下にならないかい?』
『あのなあ……一国の王を勧誘するって何を考えてるんだ、あんた……』
『おや、ダメ元って言葉を知らないのかい? 君が死んだのってたぶん恐怖の大王の逸話にあった1999年七の月よりそこそこ後、つまりは世紀末後だろう? その頃の日本には既にあった言葉だと思うんだけど』
いや、ダメ元で王を勧誘するなという話なのだが。
どうもこの魔猫は飄々としていて掴みどころがない。
ただまあ……逸話通りにあり得ないほどに強い事は確かだろう。
僕は単純な強さとは別ベクトルの強さを持っているので、まだ対抗できなくもないが……しょうじき、コレを敵にする愚策を起こす気はない。
僕は言う。
『とにかく、そっちにとっちゃこっちの方針なんて関係ないんだろうがな。今回の僕の勝利で、慎重策で決定したんだ。観戦して賭けにもしていたそっちも少しは譲歩して貰うぞ』
『その事なんだけどね』
『なんだよ』
『未来視も含め、もう向こうを観測して問題ないだろうとは言っておくよ』
どういう事だ。
僕が訴える観測すること自体の危険性を、この大魔帝ケトスほどの存在が把握していないとは思えない。
『実は私の友――神鶏ロックウェル卿は強力過ぎる未来視ゆえに、その制御が非常に困難でね。見たくもないのに先を見てしまう性質がある。彼の逸話魔導書を所持している君なら、それも把握しているだろう』
『まあ……確かにそういう記述はあったが』
『その点でロックウェル卿に非があるというのならば、私は全力で卿を擁護するから――そこはどうか理解して欲しい』
つまり制御できないから仕方ない。
そう言いたいのだろうか。
言葉を待つ僕の前で、黒猫はスゥっと瞳を細め……。
『そもそもだ。かつて私たちが封印したニャンコ・ザ・ホテップも、どうやら偽神ヨグ=ソトースと同じ、管理者側が生み出した存在だったって話じゃないか。だからね、さすがにこれ以上、上位存在面した連中に、私たちの世界に干渉されるのもムカツクってことでね。実は君が眠っている一年の間に処理してきたんだよ』
……。
ん?
処理してきた?
過去形のように聞こえたが。
『は? いまなんて?』
『だからもう処理済みなんだよ。そんなわけで、実はさっきの模擬戦の結果もそれほど影響しないんだよね。そっちの主神にも連絡済みだから、たぶん君、担がれていたんだろうね』
既に知っていたらしい主神レイドへの突っ込みや文句はともかく。
そんな事よりもと、僕はペペペ!
『いやいやいや! どうやって外なる神を処理したんだよ!?』
思わず素が出てしまった僕は、羽毛を膨らませ立ち上がっていたが。
黒猫ケトスは飄々としたまま、んにゃはははは!
自慢げに髯をピンピンにさせ。
『いやあ、だって向こうからこっちを観測できるんだからさあ――その逆も然りだろ? 君が懸念していたバックドアやら起点をあっち側にしかけて、罠にかけたのさ。んで、次元の壁を越えられる僕ら三獣神ともう一人の協力で、あちらさんに突入。管理者気取りの外なる神々をぶっ飛ばしてきた。それだけの話だよ』
それだけの話と言うが。
こいつら……とんでもない事をさらっとやりやがるな……。
立ち上がっていた僕は再度、ソファーに腰掛け。
『どうでもいいが……いや、良くないか。そのドヤ顔はどうにかならないのか?』
『私はまあ自慢のチャンスを見逃さないタチだからね』
うわぁ、逸話通りに変なネコでやんの。
こっちは若干引き気味なのだが、構わず黒猫は紅茶を啜り。
『というわけで、向こうを観測してもただ荒野が広がっているだけ。自動再生するにしてもしばらくは猶予がある筈。君たち兄弟が揉めることもないだろうさ。別に感謝してくれとは言わないけれどね、実際、向こうに突入してぶっ飛ばしてくるのは私たちじゃあないと、なかなか骨が折れるだろうとは言っておくよ』
恩着せがましいヤツである。
実際、恩を着せているのだろう。
チラ! チラ! っと薄目でこちらをみてくる猫に僕は肩を下げ。
『で? なにが望みなんだよ』
『へえ話が早いね。いやあ私は書類仕事が苦手でね、君の端末を一つ貸して欲しいのさ。君の統治を観察させてもらったが、情報処理能力は天才と言っても過言じゃあない。無論、君の生前の手腕も合わせてね。ちゃんとレンタル料も払うし、分身であったとしても位は魔帝を授けるし、別途で幹部としての給料をちゃんと支払おう』
ちなみに、魔帝とはニャイリスと一緒。
魔王軍の幹部という枠である。
どうやら、かなり本気で勧誘されているようだ。
この魔猫、どうも本気で書類仕事が嫌いらしい。
ある程度、そういった分野を補佐できる幹部が欲しいのだろう。
『あのなあ、部外者の僕に見られちゃあマズい仕事もあるだろう』
『君は賢明だからね、私の不利になるような不正は絶対にしないだろう? それに、私が君を信頼しているという証でもある』
『そこまで信用されるいわれはないんだが……』
『君を幹部に推薦した方からのお墨付きだからね。実際、私は君の能力も人格も信頼しているよ』
ジト目で僕は言う。
『僕を魔王軍幹部に推薦って……いったいどこのバカがそんなことを』
『たぶん、君もよく知っている方だよ』
『はぁ? どこのどいつ――』
もう一度、どこのどいつでどこのバカだよと言いかけた、僕のクチバシが止まっていた。
該当者が、一人だけ浮かんでいたのだ。
大魔帝ケトスが言う。
『ああ、そうさ――三毛猫陛下。君がかつて友と呼んでいた、あの猫だよ』
僕はしばしの間の後で言った。
『元気にしてるんだな』
『まあ色々とあったらしいし、やはり君をこの運命……このルートに導くことにほぼ全ての力を使い果たしてしまったようだけれどね。これは私も既に確認しているが――今は弱体化した状態を補うために、科学技術も用いたタブレットを使って魔術補助が可能となっている。力を使い果たしても普通に最上位クラスの力を持っているんだから、やはりあの方は偉大なのだろうさ』
じゃあ、三獣神が外なる神をぶっ飛ばす時の協力者というのも恐らく。
あの三毛猫。
異能力者の戦いにて、僕と争うことになったかつての友人。
かつて凍った脳を通り過ぎる思い出を追いながら……僕のクチバシからは言葉が漏れていた。
『はぁ……あいつ、本当になんでもできるんだな』
『時に友情は力を生む。友情だって心の力だからね。そしてこの宇宙では心は魔力の源であり、力の根源。それほどにあの方は、夜鷹だった君と友達になれたことが嬉しかったんだろうね』
良い感じの空気が流れている中。
大魔帝ケトスが、ふっと微笑し魔帝契約の書類を召喚し、スゥっと肉球で僕の前に提示する。
この流れで、そのまま判子を押す者も意外に多いだろう。
が――!
流されずに僕は言う。
『でも、それとあんたの所の幹部になる契約は、話が全く別だけどな?』
『……っく!? どさくさに紛れて勧誘しようとした私の作戦を見抜くとは。なかなかやるね』
『いやこんなガバガバな作戦で……』
『ガバガバというけれど――私はこの手でもう既に、何人かの優秀な人材の勧誘に成功しているからね。ニャイリスもその中の一匹だったのだが、やはり詐欺を本職とする君には通じないか』
尻尾をソファーで叩きながら、むぅっとしている大魔帝ケトスを眺め僕は思う。
こいつ……。
こんなおちゃらけた存在なのにクソ強いって、なかなか面倒な存在だな……と。




