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僕の悲しきモノローグ~悲しいって言ったんだから、ちゃんと空気を読んで欲しいんですけど~


 脳内での回想をモノローグというならば、これは確かにモノローグなのだろう。

 止まったような世界、僕は闇の中。

 過去の自分を思い出した感覚の中にいた。


 僕の両親は宗教に狂っていた。

 宗教にハマる、超常の存在や心を安定させる信仰自体を僕も否定する気はないのだが……彼らは度が過ぎていた。

 神そのものを信仰しているときは熱中しているのだが、自分に都合の悪い教義があると一転して冷めてしまうのだろう。

 すぐに脱退してしまうのだ。

 そうしてまた別の教えに縋って、新たな宗教にのめり込み……そしてまた脱退する。


 そんなループ。

 ありとあらゆる宗教に手を染めてはすぐに飽き……他に流れてまた入れ込んで――の無限回廊。

 それをまだ子供だった僕にも強要するのだから、たまったものではなかったのだ。


 僕が嫌だというと二人して同じ顔をして、僕の顔を眺めながらも僕の奥を眺めて言うのだ。


『死んじゃう筈だったあなたが助かったのは、神様のおかげでしょ?』


 と。

 世の中には奇跡もあるし偶然もある。

 どうも僕は生まれる前から捻くれ者だったのか、途中で逆子になったり、生まれる直前に羊水を飲んでしまい溺死しかけたりと……産まれてくるときにちょっとした手違いがあったのは事実なのだ。

 だが、医療の力で僕は助かった。

 経験や叡智、人類の技術の積み重ねには感謝してもしたりないのだが――両親はそう思わなかった。


 新婚夫婦がたまたま寄ったセミナーで、たまたま貰った怪しげだが何の効果もない数珠を身につけていたのだが……それをどうも過信してしまった。

 僕が助かったのは神様のおかげだと思いこんでしまったのである。


 思い込むだけなら良かったのだが、彼らは狂信した。

 僕を助けてくれた神様を探し、祖父祖母が遺した多額の財産を食いつぶしながら宗教を転々と渡り歩いていたのだ。

 そう……あいつら、自分がどこのセミナーで怪しい数珠を貰ったのか覚えていなかったのである。


 金は減る一方。

 それでも金を払うカモをおだてる連中の言葉のまま、彼らは宗教にのめりこむ。

 だから三歳頃の僕は言った。


『いや、それ詐欺に遭ってるだけでしょ?』


 どうやら賢かった僕は賢いだけに生意気で、両親がどういう詐欺にあっているのかを理路整然と教えてやったのだが、それが気に入らなかったのだろう。

 あいつらは僕のことを神に感謝しない悪い子だと、折檻するようになっていたのだ。


 当然、僕は神が嫌いになった。


 たとえ本当に神がいたとしても、僕は絶対にあいつらに媚び諂ったりしないと誓ったのだ。

 その誓いは今でも守られているのだから。

 存外に子供の頃の決意とは、大人になっても残り続けるものなのだろう。


 ただまあその決意こそが神への好感度アイテム、こちらの世界の神の興味を引いているのは皮肉だが。

 ともあれだ。

 僕は三歳のころからある意味で英才教育、両親あいつらが騙されてもってくる詐欺を教材にしていたというわけだ。


『なるほど、それがあなたの強さの秘訣。悲しい記憶ともいえますが……あの、少々思い描いていた悲惨な過去とは少し違うような気がしてきたのですが』


 ……なんか。

 僕のモノローグに入り込んできやがったやつがいる。

 この声は主神レイドの声なのだが、魔力の質が微妙に違う。

 魔王の野郎だ。


 モノローグモードの僕は魔王を意識し告げる。


『おいおまえ――ふざけるなよ! 勝手にモノローグの中に入ってくるな!』

『ははは、すみません。神ともなると他者の心やモノローグに入ることなど容易い、おそらくそちらの主神レイドさんも同じことができますよ』

心の声(モノローグ)に入り込んでくるなんて邪神じゃねえか!』


 僕も僕でモノローグの中で塩をまいているのだが。

 うわぁ……魔王こいつ、うちの主神みたいに塩対応にニヤニヤしながら喜んでやがる。


『邪神と呼ばれてしまっても仕方ないですね、なにしろワタシは魔王ですから!』

『そのわりには聖なる属性の魔力が痛いぐらいに跳んでくるが……まあいい! 僕の過去はどこからどーみても悲しい少年の過去だろうが!』

『それでは、あれはなんですか?』

『なにって……両親あいつらがハマった宗教の裏を関連施設と太客に送り付けて、正気に戻らせているところだろ?』


 両親あいつらが辞める気がないのなら、巣を破壊する。

 詐欺宗教を潰す!

 ごく普通の対応である。

 魔王を名乗る不審人物は、同情と感心の二つの感情を合わせたような表情で唇から言葉を刻む。


『この時は四歳……ですか。まさに神童ですね』

『まあ僕は天才だからな!』

『実際天才だとは思いますが、問題はここではありません……いえ、問題は問題なのですが。いちいち突っ込んでいるといつまでも終わらないので、先に行きます』


 妙に歯切れの悪い言い方である。

 モノローグに侵食している神たる魔王は呆れたままに、僕のモノローグを勝手に進め。

 一時間六百円でレンタルできる小さな公民館にて、信者たちを大量に跪かせる……宇宙をイメージさせる黒の全身フードを被る子供の教祖を、じぃぃぃぃぃっと見て。


『これ――あなたですよね?』

『ああ、そうみたいだな』

『それがどうかしたのか? みたいなふつーのペンギン顔で見上げないでください。あなた、これはさすがに見過ごせません。五歳の時点で既に架空の神を崇める宗教団体を立ち上げ、教祖になって――さすがにツッコミたくもなるのですが?』


 僕は、はぁ!? っとクチバシを曲げ。


『いつまでも騙され続ける両親から金を守るためにはどうするか、怪しい宗教にハマらないようにするのが一番だろ!? で、怪しくない宗教なんて僕が知る限りないからな! だったら自分で作って、自分で教祖になって両親あいつらを騙して入信させるのが最速で最良の手だろうが?』

『それで――ご両親が一時期ハマっていたクトゥルフ神話の書物、そしてダニッチの怪として発表された映画に記された父たる神ヨグ=ソトースと……、その……多くの人々に信仰された既に存在する宗教の父なる神、みだりに名を告げてはならない父神を習合させ――新たなご神体とした、と……』


 習合とは……まあ正確なたとえではないし真面目に研究している人には怒られるだろうが、こっちの神様とそっちの神様は実は同じ神様だよ!

 と、決めつけ信者を獲得する裏技と思って貰っていい。


『そりゃあ信者が力を感じるための土壌を、既に信仰されてる神様から借りてくる方が早いからな』

『……あなたはご自分で何をしたのか、まるで分かっていないのですね』

『別にいいだろう、あんたの父親だっていうわけじゃないんだろうし』


 何故かものすっごい複雑そうな顔をしている魔王であるが。


『ともあれです、詐欺に騙され続けるご両親をどうにかしようとしてあなたが偽証した宗教。それがあなたの上手すぎる嘘により多くの信者に信仰され、力をもってしまったのでしょうね』


 本当に力のある、人々の無意識の奥……ようするに夢世界に存在する邪神を誕生させてしまったのだろう。

 そして僕は願っていた。

 いつまでこんな嘘を続けないといけないのか、誰か助けてくれないか、本当にこの偽物の神が救世主でも持ってきてくれないかと。


 心の底から、祈ったのだ。

 僕が作った偽の宗教に縋る両親を馬鹿にし、もう止めようと説得したら、叩かれ腫れた頬を冷やしながら。


両親あいつらさあ、いくら僕が作ったんだ。だから宗教なんてほとんどが偽物でもうだまされるなよって言っても、信じないんだよ。これがなかなかに怖いんだ、素晴らしい教義を理解できない可哀そうな子だって、僕が教祖なのに僕に説教するんだぞ? 軽くホラーだよホラー』


 僕は笑っていたのに、魔王は笑っていなかった。


『あなたはこれですべてが解決すると思っていた。ご両親を自分が作った宗教に熱中させ、そして作ったのは自分だと種明かしをすれば……騙されていたのだと気付いてくれると思っていた。平穏な家族になれると思っていた』


 けれど、そうはならなかった。


 だから、僕は救世主の降臨を願った。

 彼らが正気に戻ったのは、僕が本当に神の子を顕現させてしまった後。

 神の子として誕生した弟の、虹色に発光する人ではない人を見て、発狂した。


 正気に戻るきっかけが発狂なのだから、それもそれでやはり皮肉的だろう。

 あれほど神を信じていたのに。

 神に盲目的に縋っていたのに。


 実際に神の子(おとうと)が産まれたら、彼らは妄想の船から降りたのだ。

 僕はそれでも、弟を愛していた。

 両親が正気に戻ったきっかけなのだから。


 愛さない筈がない。

 僕にとって弟の誕生は、まさに救世主の誕生だったのである。

 僕は、思い出した記憶を噛み締めるように……遠い目をして告げていた。


『僕が初めて成功させた偽証魔術こそが、弟の受胎ってわけか』

『処女受胎というわけにはいきませんがね、あなたの嘘は現実となった。あなたの心の中、夢の中から具現化された父たるヨグ=ソトースはあなたの母親に神の子を落とした。逆説的に、あなたもあなた自身の嘘に飲み込まれ……神の子の兄、つまりはダニッチの怪物となる筈ですが』

『僕が自分で作った偽の宗教だからな、僕自身はそんな嘘を信じる筈がない』


 だから僕は人であり続けた。

 新しく生まれた神の子のお兄ちゃんであり続けた。

 しかしだ。


 僕の生み出した偽神ヨグ=ソトースが、本当に落とし子を産みだしたのだとしたら。


『なあ、よく考えたらこれってさ。僕が弟のパパやらお爺ちゃんでもあるんじゃないか?』

『どこをどうするとそういう発想になるのか……はぁ。あなたのその強すぎるメンタルが全ての原因なのではないかと、ワタシはいま強く思いましたよ』


 だいたい、と魔王を名乗る神はやはり呆れと興味と感心を同居させた顔で言う。


『あなたがどうやって異能力者たちや異世界から帰還してきた強者たちの裏をかき、奇跡的な確率をクリアし、影で黒幕をやれていたのか不思議ではあったのですが……この宗教が母体として存在していたというわけですか』


 奇跡が実在していたとしても、その奇跡を引く土台は必要だ。


『まあ、何事にも種があるってことだろうな』

『他人事みたいに言っていますが、あなた――多くの未来視において、宇宙が崩壊する原因となっているのですが? しかも種族も能力も人間のまま……正直、異常ですよ。人の身を越える所業を犯しながらも人であり続ける等……報告書をチェックしていた時は創作かと勘違いしたほどです』


 人であったからこそ、当時の敵対者たちはなかなか僕の正体に気付かなかったようだが。

 ともあれ。


『まあ可能性は可能性。こうして現実は平和を望む鳥の王様になったんだからさあ。もういいんじゃないか』


 過ぎたこと、過ぎたことと。

 気楽にフリッパーを振り振りする僕に魔王が言う。


『ペンギンであるあなたは可愛いので全ての罪が許されますが――まつろわぬ女神たちも大胆なことをしてくれたものです』

『三女神の事か、そういやあいつら……僕の事情をどれくらいまで知って拾ってくださったんだろうな』

『さて、それはワタシには……ただ少なくとも女神アシュトレト。黙示録聖典に刻まれるバビロンの大淫婦たる彼女だけはおそらく、全部知っていたのでしょうね』


 あの女神、ほんとうにどーしようもねえな。

 いつものように呆れる僕を眺め、魔王が告げる。


『さて、少し話を戻しましょう。ここはあなたのモノローグの中ですが、このモノローグが終われば世界も動き出します。あなたが生み出した偽神ヨグ=ソトースこそが、ありえたかもしれないあなたとあなたの弟さんを蠢かす核となっている存在。ワタシはあなた自身に偽神討伐を依頼したいのです』

『元からその気だが、どこにいるのか分かってるのか。生み出しておいてなんだが……しょーじき、僕は知らないぞ!』


 ビシっと偉そうに言いきったら勝ちである。


『既に把握しているのでご安心ください。偽神の眠る場所はあなた自身が一番知っているエリア。あなたの夢の中ですよ』

『うわぁ、マジか……』

『ええ、マジです。だからこそ冥界神たるワタシの兄が時の流れで徐々に浄化し、あなたの魂の中から偽神ヨグ=ソトースを消し去るつもりだったようなのですが……』


 こちらを眺めるお相手さんの目が言っている。

 この先は自分で語れ……と。

 賢い僕は仕方なく言う。


『そこをうちのパンドラの女神(アランティア)が願いの力で、僕っていうヤバイ存在を拾い上げ……。浮かんでいた僕の魂をヤバいと知りながらも三女神が拾い。こうなった――ってわけか』


 それが真実であり、答えだろう。


 全部が少しずつ繋がっているのだろうが。

 結局のところはやらかしの初めは僕。

 魔王はよくできましたと言わんばかりの笑顔で、にっこり。


『あなたの偽証により救世主の父として観測されたヨグ=ソトースはおそらく、全てのあなたの可能性を同時に操り攻撃してくる可能性が高いです。どうか、ご武運を――』

『って! 無茶ぶりをするな!』

『大丈夫、夢の中の世界ではありますがあなたの夢の中。つまりはあなたこそがその世界では主神であり、夢の魔王アザトース。ある程度、好き勝手に嘘を具現化させることが可能ですよ』


 それでは、と告げて勝手に僕のモノローグを終了させ。

 意識は現実に帰還――。

 その瞬間に魔王を名乗る神は、指を鳴らす。


 魔術の祖を名乗るほどの強者だ、詠唱も要らないようで。

 その唇が指を鳴らしたと同時に、魔術名を告げていた。


『<汎用解除魔術:解呪ディ・スペル>』


 本来ならば魔術効果や呪いを打ち消す、汎用的に使われる解除魔術なのだろう。

 外の世界の、初級魔術のようなのだが……。

 だが、圧倒的な技量と魔術への解釈がその効果を増大させたようだ。


 光が、戦場を包んでそれで終わり。


 壊れた市場も街も元通り、ニャービスエリアでの戦闘そのものがなかったかのように復元されていたのだ。


 ありえたかもしれない僕も、弟も姿を消していた。

 ありえない現象をもとに戻す……それが解除魔術の基本だ。

 つまり敵対していたもう一人の僕すらも強制的に元の次元へと帰還させた……未来視の中へと消し去ったのだろう。


 そして本人もいつの間にか消えている。

 やりたい放題だな、おい。

 ……。


 やっぱり変人ほど強いでやんの。


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